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こんな日ぐらい、と思うが、矢張性に合わない。願い事なんて。
修治を幼稚園に迎えに行くと、手に小さな笹を持っていた。
「どうしたんだい?其れ」
「きょうつくったの!」
「へえ、佳く出来てるじゃあないか」
深い緑の折り紙の笹に、色紙で作られた提灯、短冊。
「ママと、もとくんにもみせたげる!」
まだ卯羅の腕に抱かれて、周囲をキョロキョロ見渡す修治の弟、基治。
「修治上手に出来たね」
「もとくんのもつくってあげる!」
先生にさようならをし、園を出る。私の外套の腰紐を掴み、あっちへフラフラ、此方へフラフラ。
「ほら、真っ直ぐ歩きたまえ。轢かれるよ」
すると私の脚にくっつく。そのまま四人で散歩がてら、探偵社に向かう。自分の家のように戸を開け元気に「ただいま」をする長男。
「修治くんお帰りなさい」
「あっくんあのね!つくったの!」
敦くんに駆け寄り、笹に見せる。
「僕たちも準備したんだよ」
大きな笹。本物の笹。国木田くんの背丈よりも高い笹。
「ほら、折り紙もあるよ」
「あっくんときょーかちゃんにおしえたげる!」
幼稚園で教わった七夕飾りを手解きする。折紙教室の隣で端末を立ち上げ、仕事の続きをする。
「おい太宰」
「なあに?国木田くん」
「下の子供は順調か?」
「順調だよ?寧ろ早いくらい。首も据わったよ」
見たい?と訊くと無言で眼鏡を上げた。医務室に居るだろうから、二人で覗きに行った。
「卯羅〜国木田くんが基治見たいって」
戸を開けると膿盆が飛んできた。避けて卯羅を見ると、基治にご飯をあげていた。
「与謝野先生、治さんはいつも見てるから……」
「国木田、何固まってるんだい」
医療用スツールを引きずりながら、母子に寄った。基治は私に気付くと、乳を離さないまま、じっと見つめてくる。
「大丈夫だよ、取らないから」
飲み終わった基治の頬をつつくと、顔を逸らされた。
「ね?可愛いでしょ?」
「貴様の計画のなさに言葉も無いわ」
「そうやって〜。あんまり凝り固まった事云っていると、婚期逃すよ?」
「馬鹿を云うな。俺の計画はもう完璧に組み立てられている」
適当にあしらって、基治を抱き抱える。
「国木田おじちゃんが基治にご挨拶したいって」
訝しげに国木田くんを眺める。
「見れば見る程、太宰に似ている」
「遠回しに華がある赤子って云ってくれているんだね!解るよ解る」
「誰がそんな事!貴様の顔は軽薄の具現化だろうが!!」
国木田くんの怒鳴り声に吃驚して、基治が愚図りだした。喃語で文句を垂れた後に、眼を潤ませる。
「あーあ。国木田くん泣かせた〜」
「治さんも意地悪しないの」
「パパ!もとくんは!」
泣き声に引き寄せられる様に我が長男が登場。手には短冊とクレヨンを握っている。
「やあ修治。国木田くんがねぇ」
「ぼっぽ!もとくんいじめないで!」
其れに狼狽える国木田くん。私は修治の短冊に、何やら書いてあるのに目を止めた。
「修治、お願い事書いたのかい?」
「かいた!パパにはおしえなーい!」
「えー狡いじゃないか」
敦くんの元に戻り、割りと大きな声で短冊の話をする。
「パパにはおしえないけど、あっくんにはおしえたげる!」
「修治くんは何をお願いしたの?」
「パパとママともとくんとずっといっしょ!ってかいた!」
満面の、本当にこれ以上ない笑顔で。
「きっと、太宰さんも卯羅さんも、同じ事お願いするよ」
「しゅーじね、パパもママもだいすちだからね、もとくんもね、ずっといっしょなの」
声を掛けるか。いや、このまま見守ろう。基治も愚図るのを止めて、眠っていた。
「可愛いね」
卯羅が一緒に修治を眺めながら呟いた。
「とても可愛い。でも肯定も否定もしてやれない」
自ら絶たなくとも、何れは。
「でもね、まだ、まだこの子達が大人に成るまでは、居てやりたい」
「そうしてくださいます?」
「笑えるよ。次から次へと手離したくないモノが増える」
過る旧い友の顔。あの時に総てを手放した筈なのに。いいや、唯一手元に残した。
「パパもかくの!ママも!しゅーじ、もとくんのもかくね!」
私達の分の短冊も握り締める。手首の包帯を掴まれ、書くように要求される。
「なにかくの!」
反対側に座って覗き込んでくる。
「修治教えてくれなかったろ?パパも教えない」
「えー」
何を書こうか。
「ママはぁ?」
「ママはね、修治と基治が元気に大きく成ります様に、って」
「しゅーじいっぱいおおきくなる!パパよりもおっきくなるもん!」
「へえ。それは楽しみだ」
此れで佳いだろう。星に願いを掛けることを忘れた男の、精一杯の願い。笹の一番高いところへ付けた。
「何て書いたの?」
「他愛も無いことだよ。君達と差異はないさ」
鏡花ちゃんとナオミちゃんが素麺を用意してくれた。周囲に汁を撒き散らしながら食べる修治。まだ啜るのは苦手。
「貴方がそう願うなら、其れで佳いと思うの。きっと、織田作が聞き届けてくれる」
自分達の子供が、人の輪に入って笑っている。想像できなかった。あの時は一切考え付かなかった。隣で私の腕を擦り、第二子を抱く彼女と、家庭を築くことも。
「私の予想を超えるものは現れない、か」
「本当感傷的ね」
「なんだかね。どうしても、あの子の願いは叶えてやりたくて仕方ないんだ。余りにも純粋で、綺麗で、私には一生得られない物を持っている。其れを大事にして欲しい」
「修治も基治も大丈夫よ。そんなに心配しないで」
「そうだね。何せ私らしくない。……却説!国木田くん!今夜は飲み明かそうじゃあないか!」
国木田くんの目の前に、与謝野先生が持ってきた酒瓶を置いた。
矢張、私には此れが性に合う。

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