v0.08 : dusky





何度目かもわからないキャンプの用意を、ヒスイは手伝う。
力のない<召喚術師>の彼女に加え、やはりあまり頼りにならない<付与術師>のシロエと、一番頼りになるもサボりがちな直継が今回のキャンプ設置係だ。
今回の、というのは語弊があるかもしれない。今回"も"が一番正しい言い方だ。

ブランとアカツキは見える範囲での、少し離れた場所にいる。
毎日の狩り(連携のための、モンスター相手の特訓)が終わっても、こうして彼女とブランだけは別に特訓している。
ヒスイは近場に落ちている、燃やせそうな枝を集めながら、シロエのほうを向く。


「街にはいつ帰るの?」


彼女の言葉にうーん、とシロエは首をひねった。

シロエは、ヒスイとブランには街にあまり帰りたくない旨を伝えていた。もちろんそのことについては直継もアカツキも承知の上で、ふたりが良いのであれば、といった提案にすぎない。
ふたりもそれに同意し現在に至る。しかし、かれこれ一週間以上は野宿している。

鞄に詰め込んであった"湿気たせんべい"の在庫も残りわずか、となってきたのも確かだ。

シロエの悩む姿に「わからなくもないけどさ」とヒスイは苦笑した。


「街、嫌な雰囲気だもんね。戻りたくないよね。
 私だって、みんな魂が抜けたようにフラフラしてるの、嫌だよ。生きるって目標がないとできないのも事実だけど」


まるで目標のない彼らは死んでいるのと同じ、とでもいうかのようなヒスイの言葉にシロエは眉をひそめた。
事実その通りではあるのだが、本当に彼らは、ただ息をしているだけなのだろうか。そう思案しているようにもとれる表情だった。

集めてきた枝をローブを広げた上に溜め込んだ彼女は、シロエを安心させるために笑顔をつくった。
私たちは、生きてるからね。まるでそういうかのような彼女が数日前にこぼした一言が、シロエの脳裏にひっかかっている。

『ここは、現実だから』

モンスターとの戦闘で、さして深くもない切り傷を負ったヒスイに痛みはないかと問うた際、大丈夫だと告げられた後、か細くこぼれたその一言が今もシロエの脳にこびりついて離れない。

-- ここは、現実だから

彼女は傷に、ひとつだって表情を変えることはなかった。
もちろんシロエとて、低レベル帯のモンスター相手の攻撃なんてさほど痛くはない。が、気づきもするし、やはり少しは驚いたりもする。
直継のようなタンカー<壁役>であったなら特訓を始めた頃からどの攻撃がどれほどの痛みを伴うのか理解もしているだろうし、覚悟もあるだろう。

だが普段攻撃に曝されることのない<後衛職>の<召喚術師>に、その覚悟があるというのだろうか?

この世界にきたあの日、無謀にも外に出て行こうとする人影を、シロエはふたつ確認していた。
あの後姿はヒスイとブランだったのだろう。今ならはっきりと理解できる。
彼の強さは、スタートダッシュのはやさ。

しかしヒスイはそれほど強くはない。というより、異質だ。

彼女は常にシロエの視認できる範囲、つまりシロエよりも前に出ているが、攻撃は一切しない。
無言で召喚した妖精型の<幻獣>、<フェアリー>と呼ぶそれを適切な位置に動かして直継やアカツキをサポートしている。

主に回復だが、召喚された<フェアリー>は二体いる。紫を差し色としたフェアリーを彼女はセレネと呼び、黄緑を差し色としたフェアリーをエオスと呼ぶ。ベースカラーは黄色に近いクリーム色をしていて、いかにも妖精らしい見た目をしていた。
それらは所謂<召喚術師>が呼べる<方術召喚:ブラウニー>に近いものらしく、増えるのだそうだ。

ただし用途は全く異なる。
彼女の呼ぶフェアリーは手伝いこそしないが、ヤマト列島に存在する(勿論シロエの知る範囲でだが)どの召喚獣よりも"回復行動"に優れている。
彼女自身は大した攻撃力もサポート力も持っていないが、このフェアリーを召喚することによって、シロエたちやブランに欠けた<回復役>を補っているのだ。

しかし、彼女はフェアリーしか扱わない。
この一週間、彼女はフェアリー以外を召喚していなかったのだ。

それについて口出しするのは、<回復役>の欠けたこのパーティーを支えてくれている彼女に対し失礼な行動ではないか。シロエはそう考えるあまり、彼女に言及できずにいる。


「シロエさん、どうしたの?」


きょとんとした顔をした彼女が、いつの間にか拾った枝を床に置き、自分を覗き込んでいた。

透き通るようなふたつの瞳が鏡のようにシロエを映した。彼女の髪色も、瞳の色も、不思議な色をしている。
どちらかというと青に所属するだろうこの瞳はアイスグリーンともいえるし、光の加減ではラベンダーに近いともいえる。彼女の髪の色も似たような色をしていて、澄んだ水を表すような白藍だと思うと、一部は薄葡萄や菖蒲の色に近い色合いをしたペールトーンだ。

こんなキャラを作れたかどうか、キャラメイクにこだわりのないシロエの知識不足で確証は得られなかったが、とにかく神秘的であった。
しかし、その彼女の神秘的な髪はフードの付いたローブにすっぽりと隠れてしまっている。
瞳は覗き込まれたりすればもちろん見ることも可能だったが、彼女は深くフードをかぶっているためにほとんどの時間はそれに隠れていた。

彼女のように物珍しいキャラメイクは目を引く。
おそらくブランの提案だろうその服装にはシロエも同意するが、些か残念だと思う気持ちも否めない。


「……?」

「シロエさん?」


なぜ、自分は残念がったのだろうか?

珍しいキャラメイクだから?
言うほど自分はキャラメイクに対してこだわりがあるわけでもない。他人のキャラをまじまじと眺めるような趣味は持ち合わせていないはずだ。

では、なぜ"残念"なのだろうか。

覗き込む宝玉に苦笑し、フード越しの彼女の小さな頭を撫でる。
途端に彼女は、この薄明かりの中でもわかるほど白い頬に紅をさして俯いた。


「あ、あの、はずかしいから」

「ああ、ごめんね。そろそろ灯りをつけようか」


シロエが杖を取り出し、コマンドを選択するその視界が急に明るくなった。

目の前の彼女が呼び出した<マジックトーチ>が彼女に微笑みながらふわふわと浮いている。
彼もコマンドからマジックトーチを選択して同じように呼び出したが、少し違和感をおぼえた。

はやすぎる。
目の前の彼女は一瞬にして<マジックトーチ>を呼び出したのだ。

提案をしたのはシロエ自身だ。つまり、頭の中にその考えがあってから、口に出し、それが彼女に伝わって、彼女が承諾する。
この工程を辿って彼女が<マジックトーチ>を呼び出すのだから、当然、シロエより後に出されるものだと思っていた。

数日彼女のことを見ていたが、とくに頭の回転がはやいというわけでもなさそうな彼女がなぜ、今、自分より"はやかった"のか?

眉間に皺を寄せるシロエを気にすることもなく、彼女は「ふたりを呼んでくるね」と踵を返す。
途中で直継と何かを話している彼女は至って普通の<召喚術師>である。

考えすぎだろうか。シロエは頭を二度振って、彼女の集めた小枝に火をつけるべく、火打石を取り出した。





昨晩のキャンプ中に、明日は街に一度戻ろう、と言い出したのはシロエだった。

ブランが聞くところ、彼には街の情報に聡い知り合いがいるらしい。この世界での情報の価値は高い。大方、街の外の様子と情報交換するつもりだろう。
それが彼の推理だったが、現実はもう少しあたたかかった。

シロエと取引していた相手の女性は<三日月同盟>という中規模ギルドのマスター、マリエールという女性だ。
しかしブランの想像していた人間とは大きく異なっていた。

彼女は、どちらかというと頭の軽いタイプらしく、その大きな胸を押し付けられる挨拶代わりの抱擁と、初めて出会う自分たちに対しての警戒心のなさ。
なんというか、とにかく軽い。そして頭の良い方ではない。

そんな彼女が今の時代の情報の価値を理解しているとは到底思えなかった。
つまり、全面的にシロエを信じているということらしい。そしてシロエも、彼女に対し情報の出し惜しみがなかった。
どうやら彼らは知り合いらしく、信頼関係の上でこの取引は成り立っているらしく、そしてこの<三日月同盟>ギルドマスターのマリエールはそれにはっきりと理解しているかも正直なところ怪しかった。

しかし、このちゃらんぽらんなギルドマスターの代わりに頭のきれる補佐がいる。
クラスティに高山三佐がついているように、マリエールにはヘンリエッタがついていた。

聡明な女性らしい容姿に負けず、頭のきれる女性らしいことはわかったが、そんな彼女はアカツキを見るや否やべっとりとくっついて離れる素振りを見せない。
どうやら可愛らしい女性に目がないようで、フードを深くかぶったままのヒスイには目もくれずに彼女に飛びついていた。

まともな人材らしい人間もいるにはいるのだが、このギルドでは女性が主体のようで、男性陣はいつもの、といった表情で雑務をこなしている。
全員の顔が見られたわけではないのだが、<三日月同盟>に所属する冒険者はレベルカンスト者が少ないように思えた。

そんなブランの観察とは裏腹に、ヒスイはマリエールの可愛らしい部屋を見てはキラキラと瞳を輝かせていた。もちろん、フードの深さで誰にもその行為はバレることはないが。

自分は女性らしさに欠けているとヒスイは自覚している。ぬいぐるみも兄からもらったものくらいしか持っていない。


「そういえばな、最近…初心者ばかりを集めてるギルドがあるんよ」


自己紹介もそこそこに、マリエールは話を始める。

理由は不明だが、<ハーメルン>という中規模ギルドが初心者を集め始めているという話である。
街から初心者の姿が減っている。それ自体は良いことなのだけれど、問題はギルドにある。なんでも<ハーメルン>は<大災害>前は評判の悪いギルドだったそうだ。

ヒスイとブランの表情がかげる。

一週間以上前に、この話は既にクラスティから聞いていた。
大手のギルドの情報網は広い。が、はっきりとギルド名は出してこなかった。あの頃はまだ確証が得られなかったか、そもそもクラスティはふたりにギルド名まで明かすつもりはなかったかのどちらかである。

どのみち既にギルド名が出てしまうほどの規模に<ハーメルン>は成長している。シロエたちにはそれがどういう意味かはまだわかっていないようだったが、ヒスイとブランには理解できている。
ぎり、とブランが歯を食いしばった。

不穏な空気を携え、彼らが<三日月同盟>のギルドホールを後にする頃には、すっかり日も暮れていた。





2015.11.20





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