33 : 手繋





ジムリーダーのアカネさんと別れてからすぐ、ポケギアが鳴る。
それから数時間CD音源の録音でオーアサさんに捕まって、ようやく解放されたのが夜の11時だった。

ポケモンセンターに戻ってジョーイさんに翠霞だけを預けて(真紅は無傷だけど、翠霞はメロメロだ)(ボールに戻ったら治るんだっけ…?)ベッドに大袈裟に身体を預けた。
3つボールを投げれば3人が疲れきったあたしの顔を見て心配そうに瞳を開いた。


ヒスイ、化粧を落としてからにしないと…

「まだ寝ないよ、白波。それよりもこれをどうするかだよね」


どん、と鞄から3つの札束をベッドの上に取り出して置いた。紅霞がげ、と言ったのが聞こえた。

これはオーアサさんからもらった札束。所謂、優勝賞金というもので、本来ならばあたしに直接渡すものがあたしの素性が明らかでないため捕まらず、マネージャーのオーアサさんに渡ったということだった。
それに今日はオーアサさんの会社の社長さんにも会った。あまり、感じの良い人ではなかった。

それがストレスのひとつ。

それから条件付でこれからの活動をすることになった。
ひとつは、ポケモントレーナーとしての活動が優先だということ。そしてもうひとつが、オーアサさん以外の人間とは話すつもりはないということ。
交渉は全てオーアサさんにしてもらう、そうすれば彼のクビはあたしの活動が終わったときになるはずだ。…あたしが、売れなくなれば話は別だけれど。

ぴ、と人型をとった真紅がテレビをつける。WICの録画映像が流れて、あたしが映った。
消そうと真紅の傍にあるリモコンに手を伸ばせばその手を阻まれる。


<WIC優勝者"Monarch"のデビューシングル!>


オペラ仮面がCDジャケットになっていて、あたしの写真などはWICのものを使うとオーアサさんが言っていた。
恥ずかしくなって「消すか、チャンネル変えて?」とやんわりと言えば指がボタンを押す。

変わった先でもWICの特集をやっていて、げっそりと札束を掴んだ。


口座に預けなければいけませんね

「オーアサさんに用意してもらった口座に預けてくるよ、CDの売上とかもそこに入るんだって」


数枚お札を抜き取って財布にいれてから、立ち上がる。ぐ、と腕を掴まれて振り返れば、気まずそうな赤い瞳があたしを見た。


…ボクも行ってもいい?

「…?うん、おいで?」


手を握れば、あたしよりやや大きくなった彼も立ち上がる。本当に、数センチしか違わない。

実はアカネさんのミルタンクと戦った後、真紅はリオルから、ルカ…ルカリオ、であってるっけ、に進化したんだ。
進化条件はさっぱりわからないし、どんな技が使えるかもわからないけれど、また真紅が教えてくれるらしい。

前よりもずっと力の制御がしやすくなった真紅は幾分も身軽だった。
弟みたいに可愛かった真紅も今じゃあたしと同じくらいの身長になってるし。

ちょっとだけ残念。


どこに行けばいいの?

「えっと…広間のシークレット預かりシステムって、言ってた。かな…?」


所謂ATMみたいなものがポケモンセンター内に設置されている。
簡単に見つかって、まさかこんなとこにお邪魔することになるとは、と少し苦笑した。
真紅を待たせてお金をそこに預けると(やっと心が落ち着いた)(だって大金だし…!)ひょっこりと真紅があたしのほうに顔をだした。


ヒスイって物欲がないよね

「うん?あるある、たまには美味しいものを食べたいなーとか。ケーキバイキングとか!」

…ボクはヒスイのご飯、嫌いじゃないけど


むっつりと真紅が言う。なんでそんなことを言うんだろう、と考えて、あ、と声が漏れた。
少し赤い視線が上がる。


「じゃあ真紅、一緒に買い物に行こうか。暫くコガネには戻ってこられないし!」

ぼ、ボクは別にほしいものなんかッ…!

「いいのいいの、余分にお金財布に残したし、必要なものも揃えに行かないといけないからね。
 荷物持つの手伝ってくれたら、嬉しいな?」


帽子から少しだけ跳ね出ている髪を撫でるように指を滑らせれば、びくり、と身体が動いてすぐに離れてしまった。
…まぁ、恥ずかしがる年頃だよね、うん。(ちょっと傷つくけど)

ウツギ博士に電話すべきか考えていると(真紅が進化したから、一応ね)、ジョーイさんがあたしを呼んだ。
赤いボールと封筒をひとつあたしに渡す。


「飛脚からお手紙を預かったわ。それと、ポケモンの回復が終わりましたよ。」


はい、どうぞ。と渡されて、封筒の差出人を見る。あ、ハナノさんだ。
ボールを腰につけて(『出してくれないの!?』なんて翠霞の声が聞こえた気がした)封筒を開く。
綺麗で、ほんの少し丸い字をみて心が和んだ。

数日しか彼女と一緒に居なかったけれど、あたしにとっては母も同然だった。
便箋を封筒にしまったあたしは暫く花柄の、ピンクのそれを眺めていた。



百貨店に入るとでかでかと貼ってあるポスター。ご丁寧にも"Monarch"と見える。
大きなオペラ仮面に目を逸らせば、真紅が視線をそのままに「これ、いつ発売なの?」と小さく口を開いた。


「えっと…1週間後くらい、かな?」

ふーん…


なんで?と聞こうにも既に真紅は先にエスカレータに乗ろうとしていて、疑問を飲み込んで追いかける。
買い物カゴに足りなくなったもの(飲み水だとか)を色々いれていく。途中で真紅がそのカゴを引っ手繰った。


「あっ」

いいから、ホラ


カゴを片手に、空いた方の手を差し出される。どういう意味かわからなくて戸惑っているとあたしの左手をとった。
きゅ、と軽く、でも強く繋がれた手にあたしが視線を上げれば、少し彼は戸惑うように視線を泳がせる。


人、多いし。アンタすぐ迷子になりそう、だから。

「…うん、真紅がこうしてくれるだけですごく安心する。ありがとう」


あたしも握り返せば、照れたように顔を背けて歩き出した。慌てて、引っ張られる手の方へと歩き出す。
人間嫌いは相変わらずみたいだけど、ちょっとずつ、仲良くなれてるよね。

買い物も程ほどに済ませて会計を済ませると、いきなり肩を掴まれる。
ぐ、と引っ張られる方へと顔を向ければ、知った顔があたしを捕らえた。


「やっぱそうだ!お前、あん時の!」

「あっ…!」

ちょっと、…ヒスイに触れるな

「い゛っ!!」


あたしの肩を掴んでいた手の少し先の、手首あたりを真紅が掴んだ。
流石格闘タイプ。めき、と嫌な音を立てて、手がすぐに離れる。

真紅は涼しい顔で彼を睨んでいた。


「真紅、大丈夫。この人は知り合いだから」

「馬鹿力だなあ坊主…それに、ずぶ濡れ帽子!久しいな!」

「元下っ端の下っ端さんこそ。」


くす、と笑うと、彼も同じように笑った。彼はヤドンの井戸の情けない門番さん。
こんなところで会うとは偶然っていうのは面白いものだよね。

彼は真紅を見て「キョーダイか?」と首を傾げる。
確かに、髪色は一緒だけど…。


どうでもいいでしょ、アンタに関係ない

「おーおー、ずぶ濡れは随分こえーヤツと一緒にいるんだな。買い物途中か?」

「あ、はい、」


真紅の手を握って(ちょっとは威嚇しないでくれるとありがたいんだけどな…)「下っ端さんは?」と尋ねれば、彼はニカッと笑って指差した。

その先には、オペラ仮面のポスター。


「"Monarch"のシングルを予約しにな!もう3時間は並んでくたくただぜー」

「はっ…?か、買うんですか?」

「もうこれぞヒトメボレってヤツだな!あのセンス!あの歌声!あのダンス!
 全てがイカしてるって思わないのか!?」


は、はぁ。と頷けば、彼はそれから熱く語り始める。

好かれるのは嬉しいけれど…なんというか、年中ロケット団のあのユニフォームを着ている人にイカしてるって言われると。
(…もしかして、R団ユニフォームと同レベル?)(…考えないようにしよう)

彼は一通り語り終わったあと、あたしに名刺を渡した。
そこには「旅の記念を笑顔と一緒に。フォトショップ"KOGANE"」と書かれている。


「俺、今は拝借したロケット団スーツを使って写真屋やってるのさ。
 コガネの地下通路に店構えてるからさ、後で時間があったらこいよ!」


じゃ、俺は仕事だから!と片手を上げて去っていく彼にようやく真紅が視線を落とした。
殺気染みたものが消えて(真紅威嚇しすぎ…!)真紅の顔を覗き込めば、少し先程より肩を落として赤を少し伏せる。


「どうしたの?」

ボク、ヒスイのCDっていうの、欲しかったんだけど


3時間も並べないでしょ、と眉尻を下げる。
なんだかそれがすごく可愛くて、手をぎゅっと握った。


「真紅のほしいものなら、ちょっと恥ずかしいけど、オーアサさんに言ってとってもらうよ。
 あたし、真紅にそんなに好かれてたんだぁー…」

べ、べべべつにすっ…スキなんか、じゃ…ッ!


テレないテレない、と彼の手をひいた。
最初とは違う位置だけど、満更ひかれるのも嫌じゃないみたいな真紅はゆっくりとあたしの少しだけ後ろを歩く。

写真、かぁ。行ってみようかな。
皆で写真だなんて、なんだか、楽しそうだし!
ベルトについているボールを3つ、撫でれば、少しだけカタリと動いた。



2009.11.24



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