37 : 先見





結局シルバーくんに半ば無理矢理ポケモンセンターに連れて行かれて、検査結果を待つ間隣には足を組んで雑誌を読んでいる彼が座っていた。
少しはやめの昼食にしながら(皆は今日はポケモン用のご飯)、ぼんやりとサンドイッチを頬張る。

マツバさんには「君は後で僕のジムに来る。僕には、それがわかるんだ」と言われて別れた。
思うにマツバさんはなんていうか、先見の明があるのだと思う。
彼に限らずそうだ、あたしの元の世界では霊能力者と予知は密接な関係があったと思うし…。

だとしたら、尚更あまりお会いしたくは無いな。ゴースト系は幼虫系ポケモンよりは不得手でないにしろ、避けて通りたい弱点でもある。
でも今回は進化した紅霞と翠霞、そして、ゴーストの弱点である悪タイプの攻撃を持つ真紅がついている。

白波も、いつか進化しちゃうのかな…?
唯一抱ける大きさの白波を見れば視線に気付いてにこり、と笑いかけられる。
…でも翠霞が言うに、龍族は身体の成長が遅いっていうし!


「進化する前にピカチュウあたり捕まえたいなー…」

「ピカチュウなんてほしいのか?」


吃驚したようにシルバーくんがあたしを見た。そういえば、あたしがポケモンを捕まえたがるのは初めてかもしれない。
でも電気タイプのポケモンはいないし(白波が電磁波を扱えるけれど、それとは別だよね)、ピカチュウなら抱けるし。(ここが重要!)

オーアサさんのピチューを思い出しながら、「可愛いじゃないですか」と笑う。


「白波以外進化しちゃったから、あたし、抱っこできる子がほしくて」

「白波、ミニリュウのことか…確かに、カイリューになればでかくなるな」


それから、少し考えるようにして彼はふ、と笑った。


「お前も、可愛いところがあるんだな」

「はっ…!?」


見たことが無いくらい柔らかい表情で笑うシルバーくんに、顔が赤くなった。
と、年下の男の子にからかわれて何赤くなってるんだろう!馬鹿ヒスイ!と項垂れた時丁度良くジョーイさんが紙を持ってきた。


「ヒスイさん、検査結果が出ましたよ。大丈夫、どこにも異常は見つかりませんでした」

「そうですか!」


良かった、これでジム戦に臨める、と紙を受け取って頭を下げると雑誌を投げてシルバーくんが立ち上がった。
そっか、付き添っててくれたんだ。シルバーくんの責任ではないのに。(マツバさんがいたらきっと「運命」だと言うのだろうそれに、責任はない)

慌てて腕を掴めば、少しだけ、視線を向けられる。いつもの鋭い視線。


「あの、もう行っちゃう…んですか?」

「…お前が挑む前にジム戦を済ましたいだけだ」


また、会えるかな。腕を放せば、その手はあたしの頭に向かい帽子を払い落とす。
くしゃり、とあたしの頭を撫でたその手と、あたしを見ていた優しい視線はすぐに離れてしまった。

…落ちた帽子を、拾わなくちゃ。

屈もうとすれば蔓が伸びてきて帽子を掬った。


なんなんだか、アイツ。

「翠霞…シルバーくんは、イイヒトだよ?ちょっと怖いときもあるけど。」

…はい、帽子。それよりヒスイ、折角紅霞が進化して飛行タイプが追加されたんだから、どう?


にっ、と不敵な笑みを浮かべる翠霞に首をかしげた。
どう…って、一体何の話だろう?

翠霞の答えを待っていれば、帽子を掬った蔓(既に帽子は受け取っている)が今度は鞄をまさぐった。
一枚のディスクを巻きつけて、あたしの手に落とす。

これは…ハヤトさんにもらった、


「羽休め…?」

そう、紅霞に覚えさせてもいいんじゃない?

いいのかよ翠霞、お前ますます不利になるってことだぞ?


紅霞の言葉に、確かに、と頷く。だって翠霞は草タイプのみだけれど、紅霞は炎タイプに飛行タイプが加わった。
つまり、翠霞は圧倒的に不利になったということでしょ?
なのにわざわざ敵に塩を送るっていうのは、翠霞は何を考えているんだろう。

ディスクをあたしから奪った紅霞に翠霞は笑った。


僕が不利になっていることは百も承知だよ。
 だけど紅霞、考えてもみなよ。炎に飛行タイプの君と僕が戦えば、僕は戦略を練り効率よく戦うことができる。
 いいかい紅霞、僕は君の好敵手であるけれど、それ以上にヒスイを護る事を優先している。
 僕はね、紅霞、君にはない有り余る程の知識と知恵を持っているんだよ



必要なのは力だけさ、と笑った翠霞は黄色の触覚のようなものを揺ら揺らと揺らした。
流石翠霞、肝が据わっているというか怖いもの知らずというか。

その"塩"が放つ光をしっかりと眼に焼き付けた紅霞は、光となって消えるディスクを握りつぶした。
恐らくはもう必要がないんだろう。まるで、溶けてなくなるようにそれは消えたから。


ハッ…上等じゃねェの、頭でっかちの坊主が。
 完膚なきまでに捻り潰してやるよ


自分だけ強くなってると思ってるの?馬鹿だね、これだから脳まで筋肉でできてるヤツは…

ンだと…!?

「はいはいそこまで!ふたりとも、喧嘩はジム戦が終わってからね!」


もう、とため息を吐いて残っていたご飯をふたりの口に突っ込んだ。
すぐこうなんだから…!



ひゅう、と風が吹いて、ジムの中に紛れ込む。開いていた扉が急に閉じて、暗闇の中で、ジム内にある雷雲の光だけが頼りだった。
かちっと音がして顔を向ける。その瞬間、あたしの背筋が凍った。


だーれだ!

「おばっ………」

ちょ、ちょっとヒスイ…!こんなところで倒れないでよ!

「なんだ、ちょっと脅かしただけなのに。」


あたしを支えていた真紅が声のほうを睨む。ライトをつかって驚かしてきた人は、にや、と笑った。
この顔、それにこのサングラス…!


「お、おじさん!驚かさないで下さい!」

「悪かったな、未来のチャンピオン!さぁて、今回はマツバが相手だな。
 知っているかもしれないがアイツはゴーストタイプの使い手だ。弱点は…」

「大丈夫です」


いつもありがとうございますね、と笑えば、曖昧に彼は笑った。
そして、ちらりと真紅を見る。


「悪いが足場が悪いからポケモンはボールにしまってくれ」

ヒスイをひとりになんかさせられるワケないじゃん!


ただでさえ落ちやすいのに!と真紅が文句を言い始めたのを慌ててボールに戻して、「頑張ります」と苦笑する。
すごーく高いように見えるけれど、恐らくこれは幻覚…ないし、CGのようなものなんだから。

流石にジムで死者を出すわけにはいかないと思う。


「落ちても平気だけど慌てるなよー!」

「はーい!」


おじさんに手を振って道を歩く。道自体はそんなに狭くはない。
つまづいて転んでも、落ちたりはしないほどだ。

ただひとつ、小さくなる灯火を除いたら…何の問題もないのだけれど。
続くだけ真っ直ぐに歩いてみよう、と歩けば、不意にかかとが落ちる。慌てて手を伸ばせば、何かに掴まることができた。


「いらっしゃい、ヒスイちゃん」

「その声…」


暗闇の中からまっすぐに伸びた手はあたしを引き上げる。目の前に立つ人の姿すら見えないほどの闇に眼を凝らす。
けれどいくら経っても輪郭すらみえてこない。でも彼が誰かはすぐに理解できた。

だって、ついさっきまで聞いてたようなものだもんね。


「マツバ、さん」

「君が今日、焼けた塔で落ちたあの瞬間を夢で見たんだ。
 まさか、僕が原因だとは思わなかったけれどね…怪我はなかったかい?」


ぴかり、と一瞬雷が鳴って(実際に本物があるわけではないと思う)(だってここはジムの中だから)その光がマツバさんの表情を見せた。
優しそうに笑う彼、でもどこか哀しそうにあたしの頭を撫でる。
顔はすぐに闇に溶けてしまった。


「大丈夫です、あの、あたし挑戦しに…」

「わかってるよ、開けた場所まで案内するから」


ぎゅ、と手を繋がれて、ゆっくりと進む。
足音とか、気配とか、視覚が使えない今頼れるのは自分の感覚だけ。
あたしを思ってかゆっくりとマツバさんは歩いてくれた。

たまに、あたしの顔にマツバさんのマフラーがあたる。


「あの、勝敗は…バトルの結果は、わかるんですか?」


先見の明があるのなら、わかるのかもしれない。そう思って興味半分で聞いてみればいや、と短く返事が返ってくる。


「僕自身や、身近な…家族のことなんかは、まったくわからないんだ」


バトルは僕が関わることだから、そう彼が言う。握られた手は暖かくて、だけど、どこか緊張している気がした。
暗いせいで、あたしが緊張しているんだ。きっとそうに違いない。

でも、もしかしたら、彼ならわかるだろうか?あたしの"未来"を。
立ち止まれば、マツバさんも止まって振り向いた。離れそうな手を繋ぎとめるように一歩だけ彼はあたしに近づく。

聞くべきだろうか、聞かざるべきだろうか。
何が不安なのかはわからない、でも、確かにスイクンはあたしに言った。
「理解している」、と。

顔を上げれば、マツバさんの輪郭が少しだけ見えて、繋がった手と反対の手があたしの頬を撫でる。
頭は帽子が乗っかっているからかもしれない。落としたら、不味いし。
どこか慰めるような、癒すような、優しい手つきで頬を滑る指は細いながらも大人の男性を感じさせる。


「もし、その問いの答えを聞きたいのなら、まずは僕に勝つことだ。
 …君が負ければ君はこの先に進めない。知る必要のない未来を知ることは、時に残酷なものだから」

「…はい」


たくさんの人の未来を視てきたのだろう、マツバさんがそう言うのなら。
今はまだ聞くべき時ではないんだ。もしかしたら、バッジを手に入れた後だって、そうかもしれない。

だけど…あたしは止まれない。こんなところで、立ち止まるわけには行かない。
なら、ただ今はこの優しい彼を倒すことだけを考えなくちゃ。あたしが揺れれば皆も動けなくなる。

再び歩き始めたあたしたちは、先程より少しはやく足を動かした。
繋がる手を強く握り返せば、マツバさんにあたしの決心が伝わるように、彼も握り返してきた。



2009.12.09



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