◎38 : 共鳴
開けた場所、つまり、ここがバトルフィールドだということ。
明かりが灯されてようやくあたしの視覚は光を吸収する。
ふわりとマツバさんの隣で何かが浮いた。あれば、ゴースの進化系の…ゴースト?
目が光って彼の前に躍り出ると大きな口を開いた。
不敵に笑ったこの顔も、今は怖くなんかない。
やらなければならないことが、あたしにはあるんだから。
「使用ポケモンは2匹、ゴースト、行っておいで」
「白波、お願いします!」
『
私は初めてのジム戦、ですね。ふふ、どうぞお手柔らかに。』
白波が頭を下げる。おや、とマツバさんの眉尻が下がった。
白波を見て顎に手を当てる。
当の本人も可愛らしく頭をかしげた。
「そのミニリュウ…随分と、小さいんだね」
「へ?」
予想外の事に間抜けな声が飛び出した。だって、白波が小さいって…。
鞄から図鑑を取り出す。ゴーストの説明を始めた図鑑を遮って、ミニリュウのページを出した。
図鑑がミニリュウのデータを表示する。高さ1.8メートル、重さ3.3キログラム。
…高さ、1.8"メートル"?
いや、センチであっても困るけど、どう見ても全長はその半分もないくらいの白波がむっつりとあたしを見た。
否、あたしではなく、図鑑のほうが正しいかもしれない。
『
私の大きさは…確かに、妥当ではないですけれど』
「白波って、実はすっごく小さいんだ…」
腕に抱けるサイズ、というのはどうやらすごく稀みたいで、見る見るうちに白波が不機嫌になっていく。(珍しい)(というか、初めてかもしれない)
コンプレックス、なのかな。あたしも決して大きいほうではないから、よくわかる。
むっつり顔のままゴーストを睨む。そして、マツバさんに向き直った。
『
デリカシーのない方ですね…私たちポケモンだって、気にしていることのひとつやふたつはあるんですよ。』
普段笑顔を(良い意味でだけど)貼り付けたような白波だけれど、今回はどうもそうは行かないようだ。
目を少し開いて(心なしか少し光った気がした)マツバさんを睨んだ。
「じゃあ始めようか。…ゴースト、呪い!」
「あ、白波、電磁波!」
ばりばり、とひどく痛そうな音がしてゴーストがふらりと地についた。
電磁波は決まったけれどすばやさとしてはゴーストのほうが上だったようで、呪いが白波に効いている。
呪いが進む前に、ゴーストを倒してしまわないと。
白波はそれでもよろけることなく毅然とした態度で前を、ゴーストを見据えている。
「ゴースト、ナイトヘッドだ!」
「白波、龍の怒り!」
ひゅう、と息を吸う白波がゴーストのナイトヘッドで吹き飛んだ。
壁に激突してそのまま地に伏せる。駆け寄ろうとすれば、何かに腕を掴まれた。
…真紅?
『
まだ、アイツはやる気だよ』
「でもっ…!」
『
白波が負けたらボクが勝って見せる。だけどまだ…負けてはいない』
そうでしょ、と真紅が白波のほうを向けばふらり、と立ち上がった白波がこっちを見る。
その瞳に迷いはない。
『
勿論です。が…流石にミニリュウでは、厳しいようですね』
『
すみません、ヒスイ』と白波が呟いたのとほぼ同時に彼の体が光りだす。
まさか、まだ勝負は終わってないのに…?
徐々に光が大きくなって隣に立っていた真紅がにやり、と笑った。ポケモン図鑑が反応する。
《ハクリュー、ドラゴンポケモン。ミニリュウの進化系で、水晶の様な珠には天候を自由に操る能力が秘められている。》
図鑑に表示された説明と共に出てきた高さと、白波のサイズを比べる。
進化して確かに大きくなった。けど…
『
やはりまだ…』
「…ちょっと小さいかも」
4メートル、というには少し小さいそのサイズは流石に抱けはしないほどだけど、でも、半分少ししかない。
って、今はそんなこと言ってる場合じゃなかった。だって白波がいくら進化したところで"呪い"は持続している。
現に凄く苦しそうな顔をしているし…。
『
ヒスイ、神速を使って。』
「しんそく?でもそんな技知らないし…」
『
白波もそう言ってる、…ヒスイ。』
赤い瞳がじっとあたしを見る。悩んでる暇なんてない。
でも図鑑に載っている「神速」はノーマルタイプ。
つまり、ゴーストタイプには効かない。なのにどうして…?
ぐらり、と白波の体が揺れた。わからなくても、きっと大丈夫。
だって白波の言うことだから…信じるべきなんだ。
「白波、神速!」
『
行きますよ!』
「神速…?血迷ったかい、ヒスイちゃん!ゴースト、ナイトヘッド!」
ゴーストが手を合わせて、白波を捕らえようと視線を凝らした。
…そっか!どうしてノーマルタイプの"神速"を白波が選んだかやっと理解できた。
流石白波だね…もう少しあたしが、気付くのがはやければ。
消えた白波がゴーストの前に姿を現した。ゴーストの瞳が揺らいだ。
今しかないっ…白波、頑張って!
「白波、渾身の力を込めて…龍の怒り!」
クリーンヒットしたゴーストが地に倒れて、白波も体を地に下ろした。
マツバさんも少しだけ眉をひそめてゴーストを戻す。
だけどその瞬間、白波も倒れる。呪いが効きすぎてたんだ。
あたしが、もう少ししっかりしてれば…
『
うじうじ悩んでないで、はやく白波をボールに戻しなよ』
呪いはまだ持続してるんだからさ、と真紅があたしの手を指差した。
多分これは彼なりの慰めなんだ。
あたしはオレンジのボールを掲げて白波を戻す。
「ありがとう、白波。ゆっくり休んでね…」
『
感傷に浸る暇なんてないよ、次、行くよ!』
ひゅん、と飛んで真紅がバトルフィールドに立つ。
ゲンガーも出てくる。図鑑がぴかぴか光ったけれど、既に閉じているから説明はない。
真紅とゲンガーが対峙して、マツバさんが微笑んだ。
「一戦目は負けたけれど、ヒスイちゃんのハクリューももう戦える状態じゃない。
だからまだ僕にも勝機があるってことだよね」
「…真紅を甘く見ない方が良いですよ」
彼の血の滲むような努力を、コガネシティで毎晩見てきた。
白波も、真紅も、紅霞も翠霞も…あたしは信じてる。
それが強さだということをあたしはツクシくんとのバトルでちゃんと学んだ。
一生懸命頑張ってくれた白波のためにも…それから、まだ届かない"彼"に会うために、も。
「真紅」
『
言葉は必要ないよ、ヒスイ。』
そうでしょ?と頭の中で少し可笑しそうに真紅の声が聞こえた。
確かに、そうだよね。あたしもくすりと笑う。
マツバさんはじっと真紅を見ていた。真紅…ルカリオというのはこっちでは珍しいポケモンらしいから、タイプの想像がつかないんだと思う。
でもタイプとして戦うタイプとはルカリオというのは程遠い存在だ。
油断は禁物…だけど。
《
ほら、行くよ。》
「わかってるもん…お願いね、真紅。」
ぎゅ、と手を握る。汗を握る、というのはこの事だと思う。
だけど不思議と緊張してない。はやく終わらせたい気持ちはあるけれど…どこか、楽しめてるあたしがいて。
みんなが傷つくのは嫌だけれど、つまり…そうならないために。
「あたしが、成長するしかないんだ」
真紅が走り出した。電光石火で間合いが詰められる。
どんなポケモンだって真紅のはやさには敵わないでしょ?
まさに、烈風のようにゲンガーの背後に現れた真紅がにやり、と笑った。
マツバさんが目を開く。
「指示していないのに…!」
『
終わりだよ、吹き飛びな!』
真紅の楽しそうな声が聞こえて、彼の黒い手から闇のような光が噴き出すようにしてゲンガーに直撃する。
爆発するかのように光が大きくなって、体が吹き飛ばされそうになるのを必死で堪えた。
風圧が弱くなって目を凝らせば、倒れたゲンガーと、視線だけをゲンガーに向ける真紅の姿があった。
格闘タイプはゴーストタイプに圧倒的に不利だと言える。だけど、真紅はそれを補って余りあるほどの技を習得しているんだ。
真紅が歩いて戻ってくる。だけど、マツバさんだけは浮かない表情だった。
ぐったりとしているゲンガーをボールにしまってあたしを見る。
「…何故、指示を出さなかったんだい?」
静かな問いには、冷たい…何か、痛いくらいの感情がこもっているのを感じた。
それはあくまであたしの予想でしかないのだけれど。
視線を真紅に向けて、また彼に戻す。
「いえ、指示は出していたんです。真紅…ルカリオは、人の心を読めるから」
そっとその黒い頭を撫でれば、少し真紅は目を細める。
マツバさんが立ち上がって、あたしに手を差し出した。それを握り返せば固くなっていた彼の表情も柔らかくなる。
「世の中にはまだまだ僕の知らないポケモンがいる…そういうことだね、ヒスイちゃん」
「そうですね…あたしも、ポケモンのこと、もっと知りたいです」
"彼"の事も、みんなのことも。
ぎゅ、と強く手を握れば、その手を軽く引かれる。そのまま肩を抱かれて手が離れた。
「さ、ハクリューのこともあるし、ポケモンセンターに行こうか」
「…はい!」
真紅の手を掠め取って、慌てて手を引けば、呆れたように少しため息を吐いてそれでもしっかりと繋いでいてくれた。
今日はお疲れ様、真紅。それに、白波もね。
オレンジ色のボールをこつん、と指で弾けば、かたりと弱々しくそれが揺れた。
2009.12.15
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