39 : 進行





暗い

闇のような、だけど、現実味のある

この感触…?


--- 何故私を作った


どくん、と身体中からみなぎってくる力

制御なんて、できるはずがない


--- 私に何を為せと云うのだ


やめて、さけばないで、つめたいそれをあたしにむけないでッ…!


--- 何故、この生は意味を




「ッ………!!」


つう、と背中に冷たい汗が滴った。身体はひどい汗をかいている。
纏わりつく布に眉をひそめてそっとポケギアをとれば時刻は真夜中をさしていた。
完全に意識をこの世界に持ってきたあたしはそっと隣で寝ている真紅と離れる。

ぴくり、と耳が揺れたけれど瞳は閉じられたままだったので、忍び足でバスルームに向かった。
熱めのお湯を頭からかぶって、夢の事を小さく思い出す。
あたしの夢に、たまに登場する…それはほとんどは現実では覚えてないこと。

だけど、今回は違う。

今まで見てきた夢のことも思い出すくらい…一体、どうして?
堂々巡りの考えにシャワーを止めて、湯船に浸かった。

水面に映る自分の顔は紛れも無く"あたし"なのに、どうして"彼"のことを思い出すのだろう。
一体彼はどこで、何を伝えたくて、あたしに…。


ヒスイ?…いるのでしょう?

「白波?」


ドア越しに小さく、抑えるような白波の声が聞こえて視線をドアに向ける。
滲んだ扉の向こうに白波の大きくなった水色の身体が見えた。

ちゃぷん、と水が音をたてる。


眠れなかったのですか?

「うん…まぁ、」


あまり、夢見がよくなくて。そう笑えば、あったまってくださいね、と水色が扉の奥へと消えた。
起こしちゃったかな、とシャワーもそこそこに浴びて出れば部屋には白波以外がいなかった。

隣で寝ていた真紅も、ベッドに長い頭を乗せていた翠霞も、床に大の字で寝ていた紅霞もいない。
いるのはきらきらした珠を首につけている白波だけ。


「みんなは?」

ボールに入っていただきました。ぐっすり眠っていましたから…。
 ヒスイ、髪は乾かしましたか?


「あ、うん…」


では行きましょうか、と長い身体を一室の扉へと向ける。
慌てて鞄を持って(荷物は全部綺麗に鞄にまとまっていた)(白波がやってくれたんだろうと思う)外に出る。

ジョーイさんもいないまま書き残しを急いで残して自動ドアをくぐれば、夜の独特のにおいが鼻をくすぐった。
白波はいつものにこにこした顔であたしを待っている。


すみません、急いでしまって

「べ、別にっ…だいじょぶ、だよ…」


肩で息をするあたしを見て苦笑した白波はゆっくりと歩き始めた。(足はないけど)
空を眺めれば雲が、まるで月を避けるように遠くへと広がりながら移動している。
きらりと白波の珠が光った気がした。

彼は進化してハクリューとなったわけだけど、大きさは平均のハクリューと比べて小さい。
それでも抱きミニリュウと平均ミニリュウの差を考えればかなり縮まった。
人型をとったときの彼は、ゆうに180センチを超えるほどの(あたしからして)巨人。
ヒョロっとはしてるけど…。

そんな彼が何故原型の時は小さいのか。聞くべきか、聞かないほうがいいのだろうか。
マツバさんにあれだけ怒っていた彼だから、聞いてほしくないことなんだろう。
わからないけれど何か事情があるのかもしれないし。(身体が悪いとかだったら、嫌だな)(でもジョーイさんに診てもらった時何も言われなかったし…)

ちらり、と横を歩く白波を盗み見れば、彼は空を見上げていた。
釣られて見上げれば雲はひとつもなく細い月と輝く星空があった。

あれだけ、曇っていたのに。


力が、大きいのだと言われました


小さく、薄暗いエンジュシティの闇に彼の声が溶け込んだ。
何の話かわからなくて首をかしげれば、彼は視線を少しだけ闇に向ける。

突然の話題にどう反応すればいいかわからず(そもそも何の話だかもきっと理解できてないけど)黙っていれば、意を決したように視線をもう少し下げて白波が口を開いた。


龍族というのは、寿命も長く、強大な力を秘めています。
 龍族の長と呼ばれる方…ポケモンですが、彼にこう言われました。
 力の大きさゆえに、身体がそれを制御できないのだと。


「だから、」


小さいんだ、と心で呟けば困ったように白波が笑う。

そういえばあたしはみんなの過去を知らないし、思うに、みんなのこと自体を知らなさ過ぎる気がする。
それって、トレーナーとしては別に問題ないだろうけど(そもそも一般のトレーナーは会話もできないのだから)、でも…仲間として、友達として、は?

それでいいのかな、ふとした疑問が膨らんで、助けを求めるように白波を見る。


ヒスイ、あなたは、少し気負い過ぎてしまいますね…
 ゆっくりで良いのですよ、あなたの傍を、私たちは離れませんから



ふふ、と大人っぽく白波が笑った。つられてあたしも頬をゆるめれば歩幅が少し大きくなった。
大丈夫、あなたのこともちゃんと迎えに行くから。
夢の中の紫がふと脳裏によぎって、首を少しだけ横に振った。



眼を覚ませばふわり、と良い香りがした。
大きなピンクの花が目の前にあって、あたしは揺れる"何か"に乗って移動していた。
薄緑の"何か"がふと振り返って、にこりと笑う。


おはよう、お寝坊なお姫様。僕の背中の寝心地はいかがだったかな?

「あ、すいか…?」


ぼーっとした頭で翠霞を見れば、苦笑してまた上下に身体が揺れ始める。
翠霞が歩き出したのだと思って地に足を伸ばせば身体を巻いていた蔓が(この時初めて気がついたけど)きつく縛ってそれを拒む。


まだ寝惚けてるでしょ?そろそろお昼だけど、ランチにしようか?

「そういえば…」


きゅるきゅる、と丁度お腹が切なそうに鳴いた。
朝ごはんも眠たさに負けてあまり摂ってない。変な時間に起きたから、睡魔に手招きされたんだ。

でもなんで翠霞の背中に乗ってるんだろう、と首をかしげれば横を黙って歩いていた真紅と目が合った。


…いつも心を読んでる訳じゃないんだけど。

「あ、そうだよね。えっと…あたし、なんで翠霞の背中で寝てるの?」

ボクが乗せた。アンタ、先を急いでたじゃん。


うっすらと朝食の時を思い出す。食欲もなく、先に進もうとして…それから、どうなったっけ?
真紅が押し殺したように笑って、視線を戻す。

どうやら今回は心を読まれてたみたいで。


道のど真ん中で倒れて、何かと思ったら寝てたってワケ。
 だからボクがコイツの背中に乗せた。


「あ、そうなんだ…ありがとう、ふたりとも。」


翠霞の首を撫でながら真紅にそう言えば、つんと鼻先を明後日に向ける。
相変わらずてれやさんである。(そこが凄く可愛いんだけど!)

のっそのっそと翠霞に背負われて(という表現が正しいのかはわからないけど)暫く歩いていると平屋のこじんまりとした建物が見えた。
建物…というほどしっかりとしたものではなく、あれは…。


「馬小屋、みたいな?」

ここのミルクは美味しいって評判なんだよ、ヒスイ。
 ほら、あそこ



しゅるりとあたしの身体に巻きついてシートベルトの役割を果たしていた蔓が片方解けてある場所を指した。
"モーモー牧場 とってもおいしい、しぼりたてのミルクをどうぞ!"と書かれた看板が目に入る。
なるほど、たしかに、ランチにはいいかもしれない!


「モーモーミルクかぁ…美味しそうだね!」

チッ…なんでミルクなんか、

へぇー…真紅はミルクが嫌いなんだ?お子様だね


ぎろり、と翠霞の一言に反応した真紅が彼に睨みをきかせたけれど翠霞は飄々と笑っているだけだった。
手を出すこともなく、真紅は苦虫を噛み潰したような顔をして『嫌いだとは言ってないでしょ』とだけ小さく呟いた。

それが聞こえたかそうでないかわからないけれど、翠霞の足取りが軽くなる。


そういえば、ここのミルクで作ったプリンは格別だって聞いたことがあるよ

「プリン!?」


暫く甘いものとは無縁の生活をしていた気がして、まるで元気の出る魔法のような言葉に眼をきらきらさせれば、嬉しそうに翠霞が頷いた。
翠霞も甘いものが好きらしい。甘いものが苦手なのは紅霞しかいない。

お店の入り口の扉をあけようと手に力を入れれば、がちん、と音がした。
しまっているのだ、まだ昼間だというのに。扉には「暫く休業します」の文字。


ヒスイ…こっち。

「あ、うん」


翠霞に釣られて馬小屋のような建物を覗けば、一匹のミルタンクの隣に2人の少女が。
ミルタンクはなんだかとても元気がなさそうだった。

心配そうな少女たちがあたしに気付くと、あ、と小さく声を上げた。


「おねーちゃん、トレーナーさん?」

「う、うん、そうだけど…ミルタンク、どうかしたの?」

「わかんないけど、ここ最近ずっと元気がないの」


眉尻を下げてもう一人の少女が口を開いた。「ジョーイさんに診せてもわかんないって言われて、」と寂しそうに話す。
元気がないからと言って話せないわけでもないみたいで、ミルタンクがため息を吐いてあたしを見た。

そしてがっかりするようにまた視線をどこか遠くに向けた。


「真紅、」

…こんなくだらないことにボクの力を使わないよ?

「お願い…真紅」


ぎゅ、と真紅の手を握れば暫く沈黙が続く。
だけど結局折れたのは真紅だった。


あーもう、貸し一つだからね!

「ありがとう真紅っ!」


ぎゅっと真紅を抱きしめるとため息を吐いて彼はあたしの手をとった。
そのままミルタンクのほうに手の平を向ける。重なった真紅の手の平からじんわりと何かを感じた。


--- はぁ…なんで愛しの彼はわたしに気付いてくれないのかしら?


強い波が押し寄せると共に、彼女、ミルタンクの声が聞こえた。
そのまま意識を集中させれば景色が見える。

あれは…


「ケンタロス?」


あたしが呟くと同時にぶちん、と切れるように波がなくなった。
声も映像ももうあたしの意識には入ってこない。

真紅がピクピクとこめかみを痙攣させている。


こんなことで…!

「ねぇ、ミルタンク。あなた…恋煩いしてるの?」


あたしの問いに、ミルタンクの顔が赤くなった。
…仕方ない、ここは女ヒスイ!人肌脱ぎましょう!



2009.12.28



back

ALICE+