40 : 灯台





三本の尻尾が巨体を叩く。
頭を数回、獰猛さを見せ付けるように容赦なく振った。

ヒスイ、只今ピンチ真っ最中。


てめー!俺様の前に立つとはいい度胸じゃねぇか!


木っ端微塵にしてやるぜええ!と恐ろしいことを平気で言い放つ彼を、なんとしても仕留めなくてはいけない。
勿論あたしのランチ兼おやつのためにである。

前回までのあらすじはこうだ、あたしたちヒスイ一行は自家製ミルクで美味しいプリンが食べられるというモーモー牧場へとやってきた。
だけどモーモー牧場の食事処は休業、理由は美味しいミルクを提供してくれるミルタンクの元気がなくなってしまったからだ。

かくなる上は根本の原因を突き止めようと真紅捜査官と捜査した結果、なんとミルタンクは恋煩いをしていたらしい!
そう、この男らしい彼、ケンタロスにだ。

ということで何故あたしたちが網とロープを片手にこうしているか確認できたところで。


で、作戦は?

「真紅捜査官!君に決めたっ!」

(捜査官?) 決めてなかったの?


呆れたように真紅がため息を吐いた。
仕方ないでしょ、食欲の前では人は皆無力なものなのよ。(多分。)

野生のポケモン相手に、相性の良い真紅が苦戦するはずもなくひょいひょいっと軽い身のこなしでケンタロスを翻弄する。
まんまと真紅に踊らされたケンタロスは怒りに任せて一直線だ。


「いけいけ真紅ー!」

いけいけしんくぅー、じゃないだろ。指示はどうした。

「はっ…そうでした。真紅、発勁!」


見事真紅の発勁が決まってダウンするケンタロスの足をロープで縛って念のため網をかぶせる。
まるであたし、ロケット団みたいだ。

ケンタロスは数分もしないうちに覚醒してあたしたちに威嚇を始めた。


おまえらくたばりやがれええ!

「くたばる前に話を聞いてほしいんですけど、」


ひょい、とあたしが屈んでケンタロスの前に出ればきょとんと彼は眼を丸くした。
中々物分りの良い闘牛らしい。

尻尾を少しふらふらと動かしてあたしを見つめるケンタロスの頭を撫でながら事の詳細を話せば、彼はちょっとだけ顔を赤くした。
どうやら色恋沙汰には無縁の人生(牛生?)を歩んできたらしい。


なんだ、はやく言えよな、そういうことは。
 へへっ、俺様もついに嫁を娶るときが…


「じゃあ、(あたしのランチのためにも)一緒に彼女に会ってくれる?」


お腹と背中がくっつきそうなのを気合いで誤魔化しながらケンタロスに頼めば顔を緩ませて彼は笑った。
なんだかとってもいいポケモンのようだ。縛られたままでれでれしてる彼は実に可愛い。

網と足を縛っていたロープをほどいて傷薬で彼を処置した後、彼を連れてミルタンクのいる小屋まで戻る。


「おねーちゃん!…そのケンタロスは?」

「えーっと…それは…」


ポケモン同士の恋愛は、トレーナー(というより飼い主に近い彼女たちやその両親)抜きでは話は進められない。
どうしよう、さっぱりランチのことしか考えてなかった!と頭を抱えるのも束の間、ミルタンクが勢い良くケンタロスに抱きついたのだ。


ああきてくれたのね、わたしの王子様!

王子様だなんて…おれっちはそんな…

いいえあなたは紛れもなくわたしの王子様よ!


ミルタンクとケンタロスが抱き合うあまりにも奇妙な光景に少女たちとあたしは言葉を失った。
あれ、これで良かったん…だよね…?

でもミルタンクが元気になったことに彼女たちはすぐに喜んだ。



「こうして無事腹も満たし、冒険を続けるヒスイたちであった!」

何ヒスイ、冒険記でもつけるの?

「つけないけどさ…」


遠くに見えるアサギシティの町並みを眺めながら真紅のつっこみが入る。
もうすぐ町に入るけれど、日はまだそれほど落ちてない。
因みにしぼりたてのミルクで作ったプリンは絶品でした。真紅はアイスを食べてたみたい、それもすっごく美味しそうだった!

お昼寝でばっちりパワーを充電したあたしは町の探索でもしようかな、と浮かれながら町に入った。
町のすぐ近くにはジムがあって、そこから丁度見慣れた赤が出てくるところで。

あれは!


「シルバーくんー!」

「ん…?」


顔を上げ鋭い視線があたしに一瞬刺さるけど、すぐにその鋭さは僅かに丸みを帯びる。
結構仲良くなった(と勝手に思っている)ので自然と彼の足はあたしのほうに向いていた。

挨拶もほどほどに、あたしは話を進める。


「ジムには挑戦したんですか?」

「ああ、ジムリーダーか」


彼は視線を海のほうに向けた。海岸に建った大きな塔、あれは灯台だ。
そういえばミカンさんって…。


「灯台のポケモンの看病で留守だと。ジムリーダーのいないジムなんかに用はないからな」

「なるほど、ね…」


灯台の灯りであるデンリュウが確か、病気だったんだっけ。
シルバーくんはそれだけあたしに告げて足を町の外に向けたので、その腕をがし、と掴んだ。


「何処に行くんですか?」

「っ…関係ないだろ」


掴んだ腕を振り解かれて足早に町に背を向けて彼は行ってしまった。
でも彼の事だし、ポケモンでも探しに行ったのかも。

あたしも灯台に行こう、と町へと歩き出す。
暫くして見慣れたアフロと目が合った。


「「あ」」


なんでアフロさ…じゃなかった、オーバさんがここに。
オーバさんの向こうにはあのぼーっとした彼もいた。海を眺めて立っている。


「よぉヒスイ!また会ったな!」

「お久しぶりですね、オーバさんに…えっと」

「デンジ。」


さっきまで海に向けられた視線がいつの間にかあたしに向いていて、すみません、と小さく謝罪した。
よほど海が好きなのかまた視線を戻される。なんだろう、嫌われてる?

首をかしげれば「アイツはあーいうヤツなんだ」とオーバさんが歯を見せて笑う。


「でもてっきり、もうシンオウ地方に帰ったのかと思いました。」

「あー…デンジのやつがさ、ポケギアの新しいやつがほしいって。
 シンオウ地方にはポケギアがないんだよな」


ほら、とオーバさんがポケットから取り出したポケギアはなんだかくたびれていた。
こっちに住んでいるわけじゃないから中々替えたい時に替えられないそうだ。
因みにデンジさんの使ってるポケギアは3年前のらしい。

ふと、自分のポケギアを見ながらケータイを思い出す。


「番号って、ポケギアを替えても変わらないんですか?」

「ん?あー、変わんねーなぁ。俺3回くらい替えてっけど。」


そうなんだ、結構便利かも。
ほとんど時計とお守りとしてしか使われてないあたしの哀れなポケギアはまだ新品のように綺麗だった。

ウツギ博士の改良が加えられたこのポケギアは最新型らしい。


「あ、そうだヒスイ!番号交換しようぜ!」

「えっと…は、はい。」


ポケギアを鞄から取ればいきなりにゅ、と手が伸びてあたしの手の中にあるそれを奪う。
その手の主を見れば、オーバさんではなく海を見ていたデンジさんだ。

あ!とオーバさんが大きな声を上げた。


「オレが先にヒスイに許可もらったんだぜデンジ!ずるいだろ!」

「知るかアフロ」


そんな微笑ましいやりとりの中、デンジさんのポケギアとあたしのポケギアが近づいた。
その瞬間、そう、一瞬だけだけど何かがポケギア同士の間できらり、と光った。
ただそれに気付いたのはあたしだけだったようで言い争いはまだ続いていた。

あれはなんだろう、と思ったけれどたまたま太陽に反射して何かが光ったように見えただけかもしれない。
まだ太陽はこんなに高いんだし、何かが反射しても不思議じゃない。

オーバさんの手に渡ったポケギアの周りはもう何も光らなかったのでさして気にするほどでもないかとすぐに忘れることにした。

あたしの手の中に戻ってきたポケギアを鞄にかけながら顔を上げる。


「ここの灯台は、機能してないんだな」


ぼんやりと灯台を見上げたデンジさんがぽつりと呟く。
あたしは首を少しだけ横に振った。


「機能できないんですよ。灯台の光の役割をしているポケモンが、病気らしくて。
 あたしもこれからお見舞いに行こうかと思ってるんです。」


何か手伝えることがあるかもしれないし。そう付け足せば、にかっと笑ってオーバさんがデンジさんの肩に腕をまわした。


「邪魔して悪かったな!じゃあ俺たち、コガネに戻るわ!」

「大体俺とアフロは暇してるから」


とんとん、とポケギアを指で叩いたデンジさんにこくり、と頷く。
どうやらトレーナーはトレーナーらしいけれど、あまり忙しくない、でもシンオウ地方にはすぐに戻らなければいけないらしい。

一体どんな職業なんだろう?と首をかしげたときにはふたつの寄り添った(多少語弊があるかもしれない言い方だが)背中があたしに背を向けていた。
彼らのポケモン、ちょっとだけ見せてほしかったな。なんてことを思っている暇もなくあたしは灯台まで走った。



エレベータで上まで一気に上がれば、髪をサイドに少しだけ結った少女と目が合った。
その隣には苦しそうにデンリュウが横になっている。
少女はあたしを見るなりきっ、と睨んだ。


「誰ですか、あなたは」

「ワカバタウンのヒスイって言います、デンリュウのお見舞いにきたんですけれど」


何か手伝えることはありますか?そう聞けば、睨んでいた瞳をすぐに丸くしてデンリュウに向ける。
彼女は恐らくアサギシティのジムリーダーのミカンさん。鋼タイプのポケモンの使い手だった気がする。

少しだけ視線を泳がせた彼女は観念したようにあたしを見上げた。


「私はアサギジムのジムリーダー、ミカンと申します。
 ごめんなさい、ここ最近物騒な噂が絶えないものですから…。
 あの、すごく大変なことを頼んでいいですか?」

「あたしにできることなら」


にっこりと笑ってそう言えば、彼女は安心したように少しだけ表情を柔らかくした。
可愛い。ファンが多いのも頷けるなぁ…なんてことをぼーっと考えてたら、ミカンさんが立ち上がって柵に手をついた。


「タンバシティにあるすごい薬屋さんから、薬をもらっていただけませんか?」

「すごい…」


そんなんで大丈夫なのか、と言いたいのをぐっとこらえる。
きっと症状を説明したら薬をくれるだろうし…


「任せてください!じゃあ急ぎますねっ!」


不安そうな彼女にひとつウィンクをして、あたしはエレベータに滑り込んだ。
よし、そうと決まればさっさとタンバシティに向かおう!



2009.12.29



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