◎43 : 堕涙





ポケモンセンターで遅い昼食に口に運ぶ。今日は忙しいから作ってはいない。
ここに設置されている食堂でのご飯だ。だから皆はポケモンフード。
あたしはオムライス。

スプーンでとろとろの卵を掬って口に運べば甘い味が広がった。


「んーっ…美味しい!」

『さっきまでピーピー泣いてたヤツだとは思えないくらいの豹変ぶりだな』

「そ、そんな風には泣いてないです!」


紅霞の余計な一言にむっとしてスプーンで乱暴にオムライスを掬えば横から首を伸ばしてきた翠霞がそれを食べる。
あ、あたしのオムライスが!


『ゴチソウサマ、ヒスイ。オムライスと間接キス、どっちもね♪』

『こンの…エロ草が!』

「ああもう2人ともこんなところで暴れないでよ!白波ー!」


あたしの叫びに上品に(手も無いのに!)食べていた白波がひょいと顔を上げる。
『お2人とも?』という白波の一言でぴたりと紅霞と翠霞の動きが止まった。
流石白波、猛獣使いになれるよ。


『食事中くらいは静かにしましょうね、ヒスイが困っているでしょう?』

『『スミマセンデシタ…』』

「流石白波さん!」


ふふ、とあたしが笑えば少し得意げにそれほどでも、と白波も笑う。
相変わらず睨み合っている2人に牽制しながらも上品にフーズをかじる白波は器用だ。

刹那、ピロピロと間の抜けた音がした。この音はポケギアが発しているものだ。
鞄にかけていたポケギアを片手でとれば着信はハナノさんからで。
食事中に、と思ったけれど白波に2人を(精確には真紅もなんだけど)(彼は年上の2人よりもずっと静かだ)頼んで席を立つ。

すぐに通話ボタンを押した。


「もしもし、ハナノさん?」

《------ちゃ-- --て----の--》

「もし、もし?」


向こうでは確実に何かを話しているんだけれど、まったく聞こえない。
屋外に出たときには既に電話がきれていた。

もしかして、ハナノさんに何かあったんじゃ…!?

そう思ってかけなおそうとポケギアを見れば、その不安はすぐに別のものと変わった。
ハナノさんじゃない、原因は、あたしにあった。

ディスプレイが、なんていうか…ぐちゃぐちゃだったのだ。
物理的にではなくて、まるでウィルスでも入ったかのような…そんなかんじ。

途端あたしは電源ボタンを押して祈るように胸に押し当てた。
あまり使ってないし、ポケモンセンターにテレビ電話があるのだし必要もないかもしれない。
だけどあたしの宝物。お守りで、大切なプレゼント。

ウツギ博士の御好意なのにっ…!!

がちゃり、とポケギアがペンダントにあたった。このペンダントは意思を持っているけれど感覚があるわけでも感情があるわけでもない。
だけど、あたったことに少し謝罪をする。黒い瞳が右を向いて左を向いた。

電源を入れた途端、ぴろぴろぴろと音が鳴った。
今度こそと通話ボタンを押せば向こうから懐かしい声が聞こえた。


《ヒスイちゃん!?大丈夫!?》

「は、はい、ポケギアがちょっとおかしくなっちゃってて。」


でも大丈夫です、と笑えば安心したようなハナノさんのため息が聞こえた。
でもなんでこんなにはやくなおったんだろう?やっぱり機械はおかしくなったら再起動、が基本なのかな。

ハナノさんにはあれから機会を見て、怪しまれない程度のお金を送っている。
実際にはあたしには有り余るほどの大金が口座におさまっているわけだけれど、それを全て送ることはできなかった。
あの賞金を手にしたのはあたしではなくMonarchなわけだし。


《それで…あのヒトカゲくん…前に会ったときは進化していたわね、あの子は元気にしてる?》

「はい、紅霞…ヒトカゲくんはリザードンまで進化しちゃったんですよ。
 前のプリティさはもう見られないですけれど、すごく…ホントにすごく、あたしの事を支えてくれてます」


手持ちのポケモンが増えて、最近、紅霞といる時間が減った気がする。
ルカリオに進化した真紅のことや、体格が伸びない白波のこと、ちょっと前はWICだとか。
紅霞のことを後回しに後回しにしているのに、彼は。

いつだってあたしの後ろで待っててくれたな…。

ハナノさんの一言でなんだか自分が情けなくなってきた。自分の事ばかり考えてて、情けないし、恥ずかしい。
それでもあたしには紅霞のいない生活なんか考えられないのに。

大切な、相棒なのに。


《…ヒスイちゃん、ウツギ博士から私、色々聞いちゃったの。》

「はい………っはい!?」

《ヒスイちゃんが別の世界で暮らしていたこと、とか》


静かにハナノさんが言う。彼女との付き合いはあまり長くはないし、怒ってるのか、悲しんでいるのか、はたまた別の感情なのか。
そのまま暫く、お互い黙っていた。どう切り出すべきかわからなかった。

ハナノさんが最初に、口を開く。


《だからね、あの…ヒスイちゃんに養子縁組の話を、したくて…!
 べ、別に責めてるつもりはないの!ヒスイちゃんは確かに嘘を吐いたけれど、決して全てが全て嘘ではないわ。
 私がヒスイちゃんの立場ならきっと同じ事をしたと思うもの》


だからね、彼女が言葉を紡いだとき、砂浜に丸い染みができた。
声を漏らしたら心配をかけてしまうとわかっているのに、本日二度目の涙がぼたぼたとだらしなく重力に従って落ちる。

ああ、一体どうしたんだろう、あたしの涙腺は壊れてしまったみたいだ。

得体の知れない人間に、彼女も、そしてウツギ博士も。どうしてこんなに優しくできるんだろう。
それはあたしが子供のように見えるから?本当は一人立ちできる歳、なのに。

だけど、だけど。


「ハ、ナノ、さん」


ずるずると情けない鼻をすする音を隠すこともせず、がらがらになる声を振り絞った。


「あたし、ホントは、こっち来る前、は、」


成人してたんです、振り絞った声でそういえば、一瞬空気が止まって、それから小さくハナノさんが笑った。
笑う、ところだっけ…?

呆気にとられて涙も鼻水もひっこんだあたしはぽかん、とポケモンセンターの玄関口で馬鹿な顔をしていただろう。
何せ顔がもう既にぐちゃぐちゃだ。


《なんとなく、感じていたの。だってヒスイちゃんはずっと大人びていたもの》


別の世界からきたって聞いて、まず最初にもしかしてと思ったことがそれだわ。なんて、ふわふわと笑う彼女にはきっと一生勝てなさそうだ。
勘が鋭いのか、そうでないのか。ハナノさんは、やっぱり、ハナノさんで。

まだ顔にへばりつく涙を袖で拭って、でも、とあたしは口を開いた。
もう大丈夫、ちゃんと話せる。彼女の魔法の笑い声で。


「あたし、ハナノさんをお母さんって呼びたいです」


はっきりと、これ以上ないくらいはっきりと、あたしは意思表示を一度だけ口にした。
電話の先で笑い声に混じってあたし同様の、情けない音がした気がした。



薬を受け取ったあたしと紅霞はすぐに海岸にきた。
バッジもある、秘伝技もおぼえてる。あとは…紅霞が落ちないことを祈るだけだ。


「こ、紅霞…」

『(俺に跨るヒスイ…やべえ、イケる。できれば恥じらいながらが…)』

「…紅霞さん?」


あたしが紅霞の肩を叩くと慌てたように(少し頬が赤い)彼がびくん、と反応した。
すぐに焦点をあわせたらしく(考え事?)いつもの不機嫌そうな紅霞に戻った。


『あンだよ』

「お、っ…とさないでね!」


落ちないでね、と言おうと思ったけれど紅霞は炎タイプ。落ちる先は海。
彼が落ちるはずがない。いざとなったらきっとあたしを見捨てる!

泳げないこともないけど長い時間なんて絶対無理…!


『…むしろこっちがオトされたんだがな』

「え?なんて言ったの…もしかして落とす気なの!?」

『ばーか!んな訳ねェだろうが!』


最初に呟いた一言が聞き取れず慌てれば彼は笑ってあたしの足の間に首を突っ込んだ。
そのままぐらり、と体が揺れて文句が喉でつっかかって出てこなかった。


「う、わぁ!」

『チッ、スカートの下、ちゃんと履いてんのかよ』

「そんなとこばっかり見ないで…っきゃあ!」

『そうカッカしてると乱暴運転になるかもなぁ!』


楽しそうに空を飛ぶ紅霞はなんだか余裕そうで、すぐに不安はなくなった。
強めの潮風に髪が煽られて、紅霞の大きな翼が羽ばたく音と相俟っている。

空を、飛んでる。あたし…。いや紅霞がだけどね!
でもすごい!まるでっ!


「空を飛んでるみたい!」

『飛んでるけどな、実際に。』

「つっこまないつっこまない!」


赤い太陽が海に反射して光る。きらきらした海面が綺麗で思わず身を乗り出せばぐっと肩を上げられた。


『いくら俺様が天才だからって危なっかしいことはするなよ』

「ごめん…でも、すごく綺麗で」


首を撫でればそうか、と一言だけ返ってきた。

いつか紅霞の背に乗って、空を散歩できればいいのに。そう思ったのはまるで数年前のような気分だった。
あたしは紅霞と一緒に旅してる。この強い風も、音も、光る海も、全部現実。


『嬉しいことでも、あったみたいだな』


顔がにやけてる。だなんて紅霞が振り向きもせず言うから思わず口に手を当てた。
くくっ、と紅霞が笑う。


「にやけてるだなんてわかるはずない!」

『わかんだよ、俺には。お前単純だし。』


わからないことなんてひとつぐらいだ。小さく呟いたのを今度は聞き逃さなかった。
だけど追求しようと口を開いたとき、いきなり急降下する。
まるで「聞かないでくれないか」という懇願のような。


『スピード上げるぞ、しっかり歯ァ食いしばれよ!』


急に強くなった風圧にまるでそれが拒絶のように感じて、言葉が胸へと落ちていった。



灯台の最上階でミカンさんに薬を渡す。
思ったよりも悪化もしていなくて、薬を口にしたアカリちゃんは少しむせる。

粉薬だから苦そうだ。とても。

それでもすぐに顔色が良くなって、良かった、と胸を撫で下ろした。


「ありがとうございます、ヒスイさん」

「いえ…遅くなってごめんなさい」


謝罪すれば首を横に振られた。
でもここまで時間を短縮できたのはジム戦を頑張り、あたしを運んでくれた紅霞だ。
ボールをとんとん、と二回指の腹で叩いてありがとね、と心の中でお礼を言った。


「これでジムを再開できます」

「じゃあ、挑戦してもいいですか?」


今なら勝てる。そんな気がした。
それもハナノさんの力なのかもしれない。だなんて、ただ浮かれているだけだけれど。

ミカンさんは少し時間を確認して、構いませんよ、と笑う。
アカリちゃんの体から光が徐々に漏れ出す。すごい…フラッシュ、なのかな?
それを見たミカンさんが立ち上がってアカリちゃんの頭を撫でる。


「どうぞ、ジムまでご案内します」

「あ、はい」


まさか1日でジム戦を二回もするなんて。
ミカンさんに手を引かれ灯台を後にした。もう大分夕陽も落ちている。
タンバシティに向かったあの時も確か、これくらいの時間だっけ。

ジムの中にはいつものおじさんがいたけど(ホントこの人どうやって移動してるんだろう…!)声はかけられなかった。
きっとすぐ隣にミカンさんがいたからだ。

凝った仕掛けもなく(マツバさんのところはすごかったのに)バトルフィールドに立った。
ミカンさんといえば鋼タイプ。だよね。
じゃあ鋼に強い紅霞と真紅あたり、だろうか?


「使用ポケモンは二体、構いませんね?」

「はい!ワカバタウンのヒスイ、よろしくお願いします!」


挨拶も程ほどにあたしはボールを投げる。赤の…つまり、紅霞だ。
少し驚いた彼もジム戦だとわかったらすぐにやる気になったようで、口から炎を漏らした。


「行ってください、ハガネール!」

「ハガネール…地面と、鋼…」


だけど恐らく岩タイプも使える。気をつけないと。
紅霞よりずっと大きなハガネールが紅霞を見据えた。


「紅霞!岩タイプの技に気をつけよう!」

『がふっ!がうー!!』


最初、紅霞が何か気合いのようなものを溜めているのだと思った。
だけどそうじゃなかった。ハガネールとあたしを交互に見て、何かを言っているのだ。

それを、あたしが理解できない…?

がしゃん、と何かを落としたようで、ゆっくりと足元を見る。
何をしても外すことができなかった、アンノーンからもらったペンダント。
それが落ちていた。


「なん、で」

『ぎゃう!がうがふがっ!』

「どうし、て……?」


耳に入るのは知らない何かの声。紅霞じゃないよ、きっとどこかでボールを間違えちゃったんだ。
一体誰のボールを持ってきちゃったんだろう。…灯台で紅霞をボールに戻して、ここに来るまでミカンさん以外誰とも会ってないのに?

膝をついてペンダントを拾い上げる。いつものように、"黒目"を動かさない。
いや、動かせないんだ。
だって…

無いんだもの、どこにも。

手の平で拭って汚れを落としても変わらない。さっきまで、確かに、あった。
確かに、紅霞の声を、言葉を、聞き取れたのに。

刹那、黒くて大きな影があたしの目の前を覆った。いつの間にかハガネールに攻撃されていたんだ、あの"リザードン"は。
大きなハガネールの尻尾から弾かれた岩が、あたしに向かって飛んでくる。


『がふが!がうああああ!!!』

「ッ…!!!!」


目を硬く閉じて、ペンダントを握り締めた。
でも痛みも衝撃もこないで、だけど、柔らかな暖かいものにあたしは包まれた。

目を開ける。膝が、何かで濡れた。


「っ…え……?」

『がふ…がぁふ……』


視線を上げれば、傷ついた片目、青い瞳、閉じられているほうとは反対側の、傷のない澄んだ青色がゆっくりと閉じられていく。
ずるり、と"リザードン"が倒れた。
その怪我もその瞳もその温かさも、紅霞の証明で。

そして、彼の背後には大きな岩。

怪我のないあたし。

膝を濡らす、紅霞の……血。


「こう、か…?」


ミカンさんが何かを叫んだ。何を言っているのかよくわからなかった。
何が起こっているのかもよくわからなかった。

ただ、わかるのは、あたしにはもう紅霞の言葉を理解できなくて。

あたしのせいで、彼が大怪我をしたということだけだった。



「いやああああ!紅霞ぁッ……!!」




2010.01.13

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