◎45 : 新晴
『
にぅにぅ、がにぅー。(何はともあれさ、ヒスイが僕らの言葉を理解できなくなった原因はアンノーンのペンダントにあるだろうね)』
『
きゅう?きゅぅきゅきゅるぅ…(でも彼らがヒスイを見捨てるとは思えませんよ?困りましたね…)』
「なんだかよくわかんないけど、すごい新鮮かも」
あたしが白波と翠霞の会話を(理解はしていないが)聞いていると、隣で真紅がため息を吐いた。
あたしの言葉をポケモンは理解できる。だけど、ポケモンの言葉はあたしたちには理解できない。
そもそもなんでこうなったのか、眉間に皺を寄せて考えてみてもさっぱりわからないのだ。
タンバシティからアサギに戻ってくるまで、あたしは紅霞と会話をした。
そこまでは確実だった。
ボールに戻ってもらうときに紅霞は何も言わなかった。だけど、アカリちゃんは?
…思えばそこから変だったかもしれない。
外れたままのペンダントをつけようにもつけられず、結局、あたしの手の中におさまっている。
一体どうしろというのだろう。アンノーンは、あたしを…見限ったの、だろうか。
そう考えれば考えるほど、鼻の頭がつんとして涙が出そうになる。
けれど翠霞が何かを思いついたように顔を上げた。
『
めが!にぅにぅめがに?にうにー♪(そうだ!僕らが人の姿になればいいと思わない?流石僕だね♪)』
『
きゅう!きゅるきゅるぅ!(流石翠霞ですね!では早速…!)』
ふわり、と栗色の、綺麗な髪を編んだ男性が現れた。
あ、白波。
「
これでやっとヒスイと話せますね。不安だったでしょう?ヒスイ。」
「はぐはああああ!」
『
また泣き出したし…』
ぎゅっと大きな白波に抱きつけば、よしよしと彼はあやしてくれる。
だけど翠霞はそれを呆然と見ているだけ。
「すいか…?」
『
にぅ、めがめがにぅ?(…真紅、君も人の姿をとってみてくれる?)』
『
…ん。』
翠霞の言葉に頷いた真紅が眼を瞑った。暫くそうしていたけれど、すぐに眼を開けた。
『
無理みたいだね』
「
私が人の姿ができるのは…アンノーンの力では、ありませんから」
にー、と可愛い鳴き声で翠霞が頭を垂れた。
そんな翠霞の頭を撫でながら、傷ついた紅霞を思う。彼も、アンノーンの力で話すことが出来、そして人の姿になることができた。
紅霞と翠霞。白波や真紅もすごく大切だけど、ふたりは、すごく特別なパートナー。
だから、妥協なんかしたくない。
「原因を、突き止めます。このままになんかしておけない」
「
えぇ、ヒスイならそう言うと思いました。そうすべきですから」
『
…ボクはこのままでも構わないけどね』
真紅の投げやりな言葉に手をとって、首を横に振る。
よくない。そんなの、よくないに決まってる。みんながあたしを護ってくれるように、あたしも、みんなを護りたい。
みんなのこと、まだまだ知りたい。だから。
そのためにも…絶対、なにがなんでも諦めない。
『
…はぁ、わかったよ。ヒスイがそこまで決心してるなら、ボクが解決してあげる』
「真紅が…?どうやって、」
『
原因はそのペンダントだってことはわかってる。
ヒスイ、ボクは波導使い。波導がボクを導いてくれる。』
かちゃり、と黒目のないアンノーンのペンダントをあたしから取り上げた真紅はくるくると指でそれを器用に回した。
…真紅がそう言ってくれるなら、とちらりと翠霞を見た。
翠霞は頭が良いし、こういうことに向いていると思う。だけど言葉が通じない今、真紅のほうが頼りがいがある。
白波はしっかりさんだけど、ちょっとだけぽやっとしてるし…。
「
真紅、私たちに手伝えることはありますか?」
『
ボクに何かあったときのために、ボールの中に身を潜めていてよ。
それからヒスイ、アンタのことはボクが護るから』
じ、と赤い瞳があたしを捕らえる。真紅の申し出はありがたいけれど、でも、あたし真紅になにかあるのは…嫌だよ?
心で強くそう思えば、きょとん、と一瞬眼を丸くして、それから、柔らかく眼を細める。
赤い瞳が少し揺らいだ。
『
アンタは…何も、心配しなくていいよ。』
杞憂だから、と黒のふわふわとした手で頭を撫でられる。
まるで、ボクを信じて、って言っているかのような優しい手つきで。
わかってるし信じてるけど…ちょっとだけ、怖いんだよ。
眼を伏せれば翠霞が心配そうにあたしの頬に擦り寄ってきた。
『
にぅ…(ヒスイ…)』
「翠霞の声も…紅霞の声も……はやく、聞きたいよ…」
長い、優しい色の首を抱きしめれば頷くように一度翠霞が鳴いた。
そろそろ、頃合が良さそうだ。そう思ってあたしは立ち上がった。
「あたし、紅霞の様子見てくる。」
『
ボクも行く。…白波、アンタは元の姿に戻って、翠霞とここにいてよ』
「
ですが…」
『
……大丈夫』
ぽつり、と真紅が白波にそういうと、渋りながらも白波はハクリューの姿に戻った。
翠霞が少し、寂しそうにこっちを見ていて、大丈夫だよと笑いかける。
傷ついた紅霞は見たくない。だけど、傷つけたのはあたしだから。
だから…こんなことがないように。決意すべきなんだ。
覚悟を。
暖かなぬくもりに目覚めれば、紅霞の手があたしの手に重なっていた。
それをそっと退けようとしてぴたり、と動きを止めた。
ペンダントが、光ってる。
すぐ近くにいるはずの真紅に知らせようと顔を動かせば、彼は黙ってそれを見ていた。
真紅はまだ幼い、進化したといっても、子供。なのに寝ずにあたしを見ていてくれる。
あたしの頭に真紅の声が響いた。
《
ヒスイ、光がおさまるまで動かないで》
「ッ……!」
呼吸をすることもできない気がした。この光は、あたしにチャンスをくれるために?
それとも、見限る…ため、に……?
段々弱くなってくる光に真紅の瞳の赤が鮮やかに光った。
ばん、と窓が開く。夜の潮風が一室に入り込む。ペンダントが外へと投げ出されるように飛び出して、真紅がそれを素早く追った。
あたしは自分にかかっていたタオルを紅霞にかけて、同じように窓から飛び出した。
二階だからなんとかなる、と思っていたけれど予想外に高いことに気付く。
最悪なことに、気付いたのは落ちてる途中で。
「やばっ…!!」
「
やばいと思うのでしたら、普通に玄関から来るべきですよ?」
「白波!」
人の姿の白波が下であたしを受け止めて、にこりと笑った。
あたしをゆっくりと降ろすと、ハクリューの姿に戻る。だって、イケると思ったんだもん…。
これ以上言い訳は言えそうにない雰囲気で、あたしは真紅が走り去った方向に顔を向けた。
砂浜で仁王立ちした真紅と、宙に浮かんでいるあれは…ペンダント?
翠霞があたしを蔓で持ち上げて、背に乗せた。そのまま猛スピードで走り出す。
揺れる身体に必死に捕まる。翠霞ってこんなにはやいんだ…!
宙に浮いた白波と一緒に砂浜までくると、蔓が伸びてあたしを砂の上に下ろす。
だけど蔓は絡まったままだった、恐らくこれはあたしが近づかないように警戒してるんだ。
真紅が歯を剥き出しにして威嚇する。
『
観念しなよ…ボクからは逃れられない!!』
黒い塊が真紅の手の中から飛び出した。途中ではじけて、はじけた小さな塊が執拗にペンダントにぶつかる。
最後の一つがぶつかって、真紅とみたあのときの光が、ペンダントから溢れるように漏れだした。
壊れたら、どうしよう。その心配も次の瞬間には杞憂だと理解した。
光の中からあたしに向かって黒い何かが飛んでくる。
「アンノーン!」
実際には、意思はないと思うけど。アンノーンのペンダントがあたしの首に巻きついて落ち着くと動きを止めた。
黒目は元に戻ってる。
ちらり、と翠霞を見れば複雑な表情の彼。
『
ヒスイ…?』
「翠霞ぁ!わかるよ、翠霞の声、ちゃんと聞こえてるよ!」
ぎゅーっと首に抱きつけばそのまま人の姿になって抱きしめられる。
一回りまた大きくなった彼の腕と、不安そうに揺れた瞳。
抱きしめる力が、いつもよりずっと強くて、こんなに力があったのかと変に冷静に考えていた。
良かった、アンノーンはまだ、あたしを見捨ててない。
『
ヒスイ、真紅を』
「あ、れ……」
光の中から現れたのは、オレンジ色の、小さな…なんだろう、これ。
ぼたり、と砂浜に落ちたのを真紅が眼を細めて見る。
手を暫くかざしていたけれど、ひょい、とそれを掴んだ。
それに近づく。途端、そのオレンジの中に丸いものがふたつ浮かび上がった。
「真紅、これ…なに?」
『
ボクは知らないよ。でも…生命反応を確認した。
これは生き物。それだけは、確かだね』
真紅の言葉に、ならこのふたつの丸は目だろうか。きょろきょろと動く瞳のようなものは青色になったり緑色になったりしている。
ふと、目が合う。
「あー…えっと、あなたは、誰ですか?」
『
ロトム、ロトム。ロトム、知らない。
あなた、だれ?』
「えっと…あたしは、ヒスイです。この黒い子が真紅で、緑が翠霞。水色が白波。」
抑揚のない言葉に、暫くオレンジの子(ロトムと名乗った)が眼をチカチカさせる。
まるで、ロボットのようだ。話し方には感情の起伏がない。
あたしの紹介の一言だって、きっと「困惑」や「不安」などの感情があるはず。なのに、ないのだ。この子を生物だと言った真紅も少し、驚いていた。
『
認証完了。ロトム、それ入る。』
それ、とロトムくん(男の子だろうか?機械的でよくわからない)の視線の先をみんなが見る。
それは…胸についている、ペンダント。
黒目が慌てるようにあちこちに動いた。
「だ、だめだめ!ロトムくん、これはだめなの!」
『
拒否?ロトム、理解した。ロトム、それ好き。落ち着く。』
心なしか少し、しょんぼりしたような気がした。(つまり感情が少し見えたのだ!)
だけどそれとこれとは別。明らかにこのロトムくんがペンダントに入ったから通訳機能がなくなったんだ。
それは困る。すっごく、困る。
でも………
「なんだか…可愛いかも」
『
可愛い、何?』
『
あーもう、ヒスイ!そんな得体の知れないもの抱かないでよ!』
ぎゅ、と抱けば、ロトムくんがぱちくりと眼を瞬かせた。
ああすっごく可愛い!なんだかよくわかんないしお騒がせな子だけど!
「ママ、あたしこの子飼いたい!」
『
絶対ダメ!拾った場所に戻してきなさい!』
なかなかノリノリで返してくれる翠霞も結構必死らしく、蔓であたしからこの子を奪おうとする。
なんとか身じろぎしながら避けてたけれど、ついには奪われてしまった。
「あーっ!ロトムくん!」
『
絶対ダメだからね、僕、ヒスイと話せないなんて耐えられないよ』
翠霞が蔓でしっかりとロトムくんを抱きかかえたままきょろきょろ辺りを見回す。
すると、するりと蔓からロトムくんが消えた。
腕に僅かにかかる重さに視線を下げれば、何時の間にかロトムくんが。
『
ロトム、ヒスイ好き。ヒスイ一緒。』
「だって、翠霞ー♪」
『
ヒスイ、それゴーストタイプのポケモンみたいだけどいいの?』
真紅の言葉に、暫く、思考が停止した。つまりゴースやゴーストやゲンガーみたいな…ポケモンだって、こと…?(そもそもポケモンなの?)
ゆっくり視線を下げれば、純粋そうな瞳をあたしに向けたロトムくんが。
つまり、こわい顔とかしてるわけじゃない。困った癖はあれども。
「か、可愛いし…たぶん、イケる…?」
『
ボクに聞かないでよ。でもまぁ、これで一件落着でしょ?』
頭の後ろで両手を組んだ真紅がポケモンセンターに歩き出したのを見て、慌ててあたしも後を追った。
良かった、話せるようになって。元に戻って。
…見限られた、わけじゃなくて。
「…思ったより、依存しちゃってるんだ」
ぼそりと呟いた言葉はロトムくんにしか聞こえなかったようで、彼は瞳をぱちくりとさせた。
2010.01.18
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