◎47 : 試練
「ミカンさん!」
「…ヒスイさん。リザードンの調子はどうですか?」
困惑した表情であたしの腰を見るミカンさんににっこりと笑った。
ジョーイさんからもバッチリだと太鼓判をいただいたのだ。今度は中断しないようにしないと。
にしてもポケモンセンターってすごいよね、あれだけの怪我を簡単に治してしまえるんだもの。
昨日の反省も兼ねて、あたしは青色のボールを取り出した。
目の前にはハガネール。大きな身体に足が竦みそうになるけれど、そんな暇すら自分に与えてあげない。
「ワカバタウンのヒスイ、再度よろしくお願いします!」
「えぇ、ですが、手加減はしません。」
ハガネールが吠えたのを見てあたしはボールを大きく投げる。
光に包まれて、黒の中に埋もれた赤い瞳がハガネールをしっかりと見据えた。
「お願い、真紅!」
『
…悪いけど、アンタに勝ち目はないよ』
ボクが出てきたんだからね、と不敵な笑みを浮かべる真紅にミカンさんは目を細めた。
もしかしたら彼女はルカリオというポケモンを知っているかもしれない。だって、真紅は格闘と鋼タイプを持っている。
鋼タイプのジムリーダーのミカンさんなら…。
でも、負けるつもりはない。
「ハガネール、地震です!」
ミカンさんの指示に大きな尻尾が地面に何度も叩きつけられる。揺れが迫ってきて、あたしは床に手をついて指示を出した。
「真紅、飛んで!」
やはりミカンさんはルカリオがどういうタイプのポケモンか知っていたようで、繰り出された地震に地面が割れる。
大きく地を蹴った真紅が心配そうにあたしを見た。
こくり、とひとつ頷く。
「真紅、悪の波導!」
『
ヒスイ、それは…』
「めいっぱい、よろしくね」
小さく呟けば何をあたしが期待しているのかわかったように手に黒い光を集める。
禍々しい光が真紅の手を離れてハガネールに纏わりついて消える。
ハガネールに悪タイプの技は効かない。けど…
「ッ…まさか、ハガネール!?」
「真紅、たたみ掛けて!発勁!」
悪の波導の追加効果である怯みが現れたことを確認して、更に攻撃を繰り出す。
格闘技に弱いハガネールがぐらり、と大きく揺れる。
だけどこれほど大きな身体では流石に一度に終わらせるのは厳しいようだった。
ヒスイ、と頭の中で真紅の声がした。
《
ヒスイ、アレを使ってさっさと決めるよ》
アレ、と呼ばれた技を思い浮かべる。
大きな口が開いて真紅の前に飛んでくる。
「真紅、波導弾ッ…!」
『
吹き飛べ!』
開いた口の中へ、真紅が力を込めて弾を放てば巨体が大きく吹き飛んだ。
そのままジムの壁へと激突する。
倒れたハガネールの頭を撫でたミカンさんはそっとボールに戻す。
こういう対応はやっぱりバトルに慣れたトレーナーらしいと思う。あたしだったら取り乱したり、するし…。(一生慣れそうにない!)
「行ってください、レアコイル!」
「レアコイル…」
電気と鋼、ふたつのタイプのレアコイル。飛行タイプも兼ねている紅霞にはやっぱり少し厳しい相手だと思う。(岩タイプの技をまともに受けるよりはいくらかマシだとしても)
だけどこのまま真紅で戦うのって、どうだろう?
今まで勝ち抜きで戦ったことがない。
それは、真紅だけに負担をかけさせることになる。
「…真紅、」
『
もし、ボクの負担になるとか考えてるなら…バカだよヒスイ。
ボクは…アンタのこと、信じてるんだから』
最後は小さく、消え入りそうな声で呟いた真紅の背中を見つめた。
しっかりすべきなのはいつもあたしなのに。ホント、バカ過ぎる。
だっていつだってみんなあたしを信じて助けてくれてる。そうでしょ?
「真紅、もう一戦お願いします!」
『
そうこなくちゃね!』
出来損ないの兄のためにも、と不敵に真紅が笑うと聞こえたのか赤いボールがガタガタと揺れた。
真紅が危なくなったらお願いね、と声をかければ、ボールは動きを止めた。
でも本当は紅霞にはバトルさせたくないけど、ね。
「レアコイル、超音波です!」
「ッ…真紅、耳を塞いで!」
『
く…っあ!!』
「真紅!?」
ぐらり、と真紅の身体が揺れる。人間には聞こえない振動数でもポケモンは聞き取れる。
耳を塞ぐだけじゃ防げないの…?
床に手をついた真紅がレアコイルを睨みつける。だけどその焦点はどことなく頼りなくて。
どうしたら混乱状態から抜け出せるだろう、いったい、なにをすれば…!
ぐらぐらと揺れる真紅の背を見ていたら、どこからか声が聞こえた。
低い、冷たい声。気がつけば目の前からレアコイルもミカンさんも消えて、まわりはシンプルなバトルフィールドではなくなっていた。
「一体どうなって…」
揺れる真紅の背はそのままに、あたしはゆっくりと徐々に色をなくして闇に染まる辺りを見回した。
どうして、こんなことに。バトル中なのに…白昼夢ってやつだろうか?
声が大きくなる。
『こんなタマゴが何になるというのだ』
『これはリオルのタマゴといいましてな…波導を操れる最後のポケモンといわれております』
『ほう…ならお前に任せる。ギンガ以外…"ディアルガ"以外に私は興味ない』
『仰せのままに』
短い会話が終われば、ばちり、と真紅の身体が揺れた。
見ているのは幻想でも、存在しているのは現実。10万ボルトを全身で受け止めた真紅が膝から崩れるように落ちる。
それと同時に悲痛な叫び声が聞こえた。
---
いやだ!
「真紅…?」
---
やめてッ…!!
声がこだまして、消える前に別の叫びが聞こえた。
聞き慣れた声より少し幼い、真紅の声で・・・
---
いやだ、もうやめてよう…
---
いたいよ、くるしいよ、もうやだよ!
何度も何度も懇願する声は少しずつ小さくなっていく。駆け寄りたいのに、黒い世界から何かが伸びて、阻むようにあたしの足に絡みつく。
やめて、あたしは真紅の傍にいかなくちゃいけないの!
「真紅!真紅、しっかりして!」
---
もうやだよ…しに、たい
---
コロしテ、ヤる…!!
「ッ……」
息を、呑んだ。出会ったばかりの頃の真紅が、あたしを冷たい赤の瞳で睨みつけたあの真紅が。
それ以上に深い、あたしの知らない真紅が。
今の真紅を闇に引きずり込むような…嫌な予感だけが背筋を走る。
声が出なくなっている。出そうとすれば、ヒュッ…と風の切れるような音が聞こえた。
これは真紅の過去、混乱して、過去と今の区別がつかない。
きっと、波導が乱れている…
言わなくちゃ、真紅に。大丈夫だよって、誰も、真紅を傷つけたりしないって。
伝えなくちゃ。
「し……くっ…!」
振り絞った声は情けないほどに小さくて、彼の背中まで届くことは叶わなかった。
あたしに縋りつく闇が身体ごと、引きずらんと肩まで伸びてきて。
真紅の心の闇だと思えば、不思議と怖くなかった。
だけどやらなくちゃ。このまま闇に飲み込まれてもいいけど、真紅だけは助けなくちゃ。
あたしの大事な仲間、家族なんだから…!!
「ッ…真紅!!!」
『
…っヒスイ?』
闇と同化していた身体がゆっくりと振り返る。
赤い瞳は揺れて、あたしを包んでいる黒い闇に向けられる。
「約束したでしょ、護るって。仲間なんだよ、家族なんだよ?」
闇になんか、囚われちゃいけない。あたしも、真紅も。
眼を覚まして、真紅。ここはあなたの過去じゃない…!
『
ヒスイ、……ありがと。』
「しん、ッ…!?」
ぶわり、と強風が吹いた。それは白のような、淡いクリームのような色をしていて。
闇に染まった世界から黒が剥がれていく。
膝をついた真紅が立ち上がって、目の前を見据えた。
さほど時間が経っていたわけじゃないのが幸いしてミカンさんはあたしの様子に気付かなかったみたい。
しっかりと立ち上がった真紅にミカンさんが警戒する。
「レアコイル、超音波です!」
『
何度も同じ手、喰らうと思うワケ?…笑わせないでよね。』
「真紅、波導弾!」
黒い手に光が集まる。そのまま、大きな弾をレアコイルは全身で受け止めた。
効果抜群だからか、それとも、真紅の力の強さかはわからないけれど、一撃でレアコイルは床に落ちた。
過去に、真紅が何をされたとか、どういう思いをしたとか。
そういうのはよくわからないし…知る必要は、今はないと思ってる。
だけど真紅は思い悩んでいるんだ。
いつか、いつかでいい。真紅が打ち明けてくれたら。
その時は力になれたらいいな。
駆け寄ってきた黒の、ふわふわした身体を抱きしめながら、あたしはゆっくり眼を閉じた。
2010.02.01
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