◎48 : 目印
ジム戦が終わって、外に足を踏み出せば昨日の雨が嘘だったかのように空は清々しいくらいに晴れていた。
それは、あたしの心の心配事もひとつ、晴れたからで。
「綺麗な空だね、真紅!」
『
…うん』
眼を細めてあたしと同じように空を仰ぐ。
今回のジム戦は2戦勝ち抜いてくれた真紅のおかげでなんとか病み上がりの紅霞を出さずに済んだ。
…って喜んでいるあたしとは打って変わってこの表情。
随分とご立腹らしく。
『
…俺は大丈夫だって言っただろ』
「そ、そんなに怒らないでよ紅霞…悪かったと思ってるけど」
なんとか紅霞の手を握って謝罪すれば、少し、眼を伏せて彼も小さく謝罪した。
握った手と反対側の、大きな手が頭を滑るようにして撫でる。あったかくて、優しい紅霞の手の平に包まれてるようで目を閉じた。
『
悪かった。俺の事心配してくれたからの選択なんだよな』
「う、うん…でも、怪我させちゃったのはあたしだし、頑張ってくれたのは真紅だから」
『
…それでも、だ。』
より一層撫でる手つきが優しくなって、気持ちよさに意識を少し、体から離してみる。
天気の良さも災いしてあたしが船を漕ぎ出すと慌てたように真紅があたしの身体を支えた。
腰にまわった腕に、遠くに置き去りにされそうだった意識が走って戻ってくる。
やばいやばい、本気で寝るとこだったよ…。
『
ちょっと、立ったまま寝ないでよ』
「だ、大丈夫だよ、ちょっと危なかったけど。ありがとう」
真紅の頭を撫でて、これからどうしようか考えた。
そのとき、ポケギアが大きくなった。
「わわ、もしもしっ!」
《Monarchか!?ああ、最近繋がらなくてどうしよかと思ってたんだよ》
「え、オーアサさんですか?」
つい背筋をしゃきんと伸ばしてしまって、紅霞が後ろで笑いを堪えたような何とも言い難い声を発した。
だ、だってこれは商売だよ!ビジネスだよ!(大事なことだからね)(二回言ってみた)
一応おさらいだけど(誰に?)、あたしはワールドアイドルコンテスト、略してWICで優勝して晴れて夢のアイドルになったわけです。
いや、別にアイドルになりたかったわけじゃないんだけどね…(アイドルとは程遠い人間だし)。
で、あたしの専属マネージャーさんが彼、オーアサさん。声が出ないピチューを愛するとっても心優しい人。
たまにネガティブすぎるけど…まぁそこには触れないとして。
でも彼がなんで電話なんて?彼からっていうことは勿論仕事のことだろうし…。
続きを催促すれば彼は驚いたような声を出して、暫く、静止したようだった。
《なんで、って…CDの発売明日だろう!?》
「わっ…忘れてた…!!」
記念すべきファーストシングルの発売日が、明日。
コガネ百貨店のCD売り場で宣伝をしてほしいとオーアサさんに頼まれて頷いたのをすっかりと頭から追い出していたあたしは焦ってポケギアを落としかける。
真紅が素早くそれをとってあたしに突き出した。
「ありがとう、真紅。…で、いつまでに行けばいいですか?」
《明日の13時までに用意ができてればいいから、朝には会いたいんだが》
「明日…ですか」
ちらり、と紅霞を見れば彼は静かに頷いた。翠霞に任せて無理をしなければ明日には翼も元通りになるだろうか?
彼なら今すぐにでも飛べる、と言い張って聞かないだろうけれどでも一応…ジョーイさんのところに行こう。
真紅も疲れてるだろうから回復させてあげたいし。
「わかりました、なんとかしてみます。わざわざありがとうございました!」
《いや、じゃあ明日な》
ぴ、と電子音がして通話が途切れる。
とりあえず今日の予定はコガネに戻ること…き、きっと朝までには着くか、な?
真紅と紅霞をボールにしまってベルトにかける。5つ並んだボールに、少し首をかしげた。
赤が3つだ。オレンジは白波、ブルーは真紅。でも赤いボールは紅霞・翠霞、そしてロトムくん。
ごちゃごちゃになりそうだなぁ…そういえば他のトレーナーさんってどうやってボールを見分けているんだろう?
ボールを丁寧に拭こうと思ったこともあったけれどこの汚れ具合で中に入ってる子を判断していたあたしは断念した記憶がある。
後でジョーイさんに聞いてみようか、な?
ふと顔を上げるとあたしの立っている少し先で、シルバーくんが片手を軽く上げていた。
昨日のお礼もちゃんとしてなかったや、と歩き出せば顔に何かがぶつかった。…いや、シルバーくんに投げつけられたんだ。
白くふわふわの、おおきな帽子。見覚えのあるそれはあたしの帽子に違いなくて。
「忘れてただろ?帽子を洗った。あとこれも、」
距離が短くなってかけられた言葉は挨拶すらなかったけれど、投げつけられた帽子は太陽を反射して光るほどに白く綺麗だった。
洗ってくれたんだ…なんだかすごく申し訳なく帽子を抱きしめて腕の中の帽子から頭を上げれば今度は5つのバッジが差し出されていた。
…シルバー、くん。
「…なんだ、意外か?お前のバッジなんて俺は要らない。その手の中のもな」
「別に…意外じゃないです。シルバーくんは、本当はすっごく優しくていいひとって、知ってますから」
ありがとう、とバッジを受け取って帽子につける。それからミカンさんから受け取ったスチールバッジ。
並んだ6つのバッジを見る。バトルは相変わらず苦手で、嫌いなもの。
だけどみんなで勝ち取ったバッジはどことなく誇らしげに帽子を飾っていた。
もうすこし、あと少しだ。
もう一度帽子を抱きしめて、それから、シルバーくんの細い腰に強く抱きついた。
迷惑だっただろうに、あたしを励まし、勇気付けようとしてくれた。突破口を開いてあたしの心に太陽を戻してくれた。
「ありがとう、シルバーくん!昨日のことも、今までのことも!」
「ッ…いいから離せ!」
べりっと効果音がつくくらい勢いよく剥がされて(予想はしてたけどね…)、シルバーくんの顔を覗き込んだ。
少し朱がさしこんだ、彼の顔。
なんだ、嫌がられてるわけじゃなかったんだ。ふふっとあたしが笑えば袖を顔にあててさっさとジムの中に入っていってしまった。(これからジム戦だったんだ)
さよならの挨拶もなかったけれど、いつものことだ。
また会えるって確信してるから。きっと、あたしもシルバーくんも…なんだか嬉しくなって軽くなった足取りのまま、あたしはポケモンセンターに向かった。
「あなたのポケモンはみんな回復しましたよ。リザードンも、もう大丈夫」
「ありがとうございます!」
ボールを受け取って、みんな出してあげる。ポケモンセンターは広いから大きな紅霞や翠霞がいても問題ない。
今日いっぱいは空いているという微妙な時間。とりあえず気になっていたことを聞いてみることにした。
「あの、ジョーイさん」
「なにかしら?」
「同じボール同士でポケモンを見分けるって、どうしたらいいんですか?」
3つのボールをジョーイさんに見せればあら、と彼女は柔らかく笑った。
ド派手なピンクの髪の毛だっていうのにジョーイさんもアカネさんも引けをとらないくらい美人なんだよなぁ。
アカネさんに至っては出てるところ出てるし…う、羨ましいわけじゃないよ!
ジョーイさんがモンスターボールを別に取り出してあたしに見せてくれた。
ただのモンスターボールじゃなくて、透明の入れ物に入ったモンスターボールだ。
透明の入れ物の真ん中には何かが張り付いている。
「これはボールカプセルっていって、シールを貼るためのボール用のカプセルなの。
ここに花びらのシールが貼ってあるでしょう?見ててね、」
ぽん、と床に投げられたボールからは花びらと共にラッキーが出てきた。
周りの花びらは地面に着く前に拡散するように宙で消える。
す、すごい!たかがシールにこんな効果があるなんて!
と感動してジョーイさんを見れば彼女もあたしの反応に満足したのか、ラッキーをしまってにこにこと微笑んだ。
「ボールカプセルもシールもコガネ百貨店で売ってるわ。じゃあ、私は仕事に戻るわね」
「ありがとうございましたっ」
頭を下げて、ジョーイさんの後姿を見送ってポケモンセンターをみんなで出る。
清々しい天気はまだまだこれからと言うかのように青が頭上を広がっていた。
「んーっ…!明日まで何しようか!」
『
ヒスイ、アサギの町を散歩してみませんか?』
『
ロトム、アサギ、見る。ロトム、ヒスイ一緒。』
白波の言葉に反応してロトムくんがあたしの腕の中でしきりにまわりを気にし始めた。
けど苛々したように翠霞が頭を左右に大きく振って腕の中のロトムくんを睨みつける。
『
誰かコイツに文法ってものを教えてあげなよ!なんでこうっ…苛々させる口調なんだ!』
『
いらいら?いらいら、ロトム、知らない』
『
だああああっ!!』
確かにロトムくんの話し方はよくわからないけど…でもロボットってみんなこんな感じじゃないの?
いやロトムくんはロボットじゃなくて(真紅曰く)生命反応がある、生物なのだから…。
勢いよく走っていった翠霞がざぱーん!と音をたてて海へと飛び込んだ。
ばしゃばしゃと泳ぎ始めた翠霞に真紅も同じように飛び込んだ。幾分か真紅のほうが綺麗に泳いでいる。
白波もするすると海に飛び込んで海水をめいっぱい浴びるとこちらを見て微笑んだ。
「みんな、楽しそう。紅霞も入れればいいのにね」
『
俺はいいんだよ、お前がここにいるなら。
ほら、お前もいってこい!』
あたしの腕にいたロトムくんをひっつかんだ紅霞は楽しそうに白波たちのほうへとロトムくんを投げる。
一瞬ぽかん、としてしまったけれど、ロトムくんが真紅と遊び始めたのを見てほっと胸を撫で下ろした。
途端に今度はあたしが紅霞の腕の中へ吸い込まれるようにおさまる。
『
次は絶対俺を出せよ、いいな?』
「ふふっ、わかったわかった。紅霞は戦いたい盛りなんだ…ね……?」
『
どうした?』
人がひとり、座れるくらいの小さな岩の上に座ってるおじさん。
隣にはラーメン屋のような屋台があるけれどお客の姿もなくてぼーっとしていた。
「あそこの屋台…ラーメンかな?」
『
ラーメン?ここじゃ暑くて売れねェだろ。それに、食堂のほうが安…あ、おいヒスイ!』
紅霞の制止も何処吹く風という感じで軽くスルーして浜辺の岩に座ったおじさんの前に立つ。
すぐに紅霞の気配がすぐ後ろでしたけれど振り向くことはしなかった。
空気から伝わる熱で彼だとわかる。水が近いのが気に食わないのか、小さく舌打ちしたのが聞こえた。
「あの、こんにちは。何を売っているんですか?」
「ああお嬢さん、ここは売っているわけじゃないんだよ。」
立ち上がったおじさんが屋台から何かを取り出しひょい、とそれを投げる。
投げられたものをキャッチすれば…ボールだ。モンスターボール、だと思う。どうして断言できないのかというと、ボールに何かが刻まれている。模様のようなもの。
これは?と首を傾げれば手の中にあったボールがおじさんの手によってひょいと掬われた。
「これはボールペイント。ここは、ボール・ペイント・ショップって言って…まぁ若いお嬢ちゃんならシールのほうが好きかも知れねーけどなぁ。
ボールに刺青のように模様を彫るのさ。ただ見分けをつけるためだけにだから、ボールカプセルが開発されて以来客もめっきり減っちまった。」
「っ…あの、模様ってあたしが考えてもいいですか?」
「ああ、特殊なインクを使ってるから預かりシステムや回復マシンに何も影響はねぇしな。
規定としてどんなボールかわかる程度の模様ならひっかからねーよ」
これだ、あたしの求めていたものは!おじさんの手に戻った模様付きのボールをきらきらと眺めていると、戻ってきた翠霞が首をかしげた。
『
ヒスイ、どうしたの?』
『
ボールに模様を描くんだとよ』
「5つ、やります!」
空のボールをとりだしてぐい、とおじさんに突きつければにやり、と彼は笑う。
それは商売人の顔なのだろうか。紙とペンを差し出されて、でも手渡されることなくあたしの前にちらつかせる。
「まず、一回描いた模様は消せない。それと、ボールカプセルとシールを買うほうがずっと割安だ。
だかもしアートに拘るんなら…お嬢ちゃん、やって損はねーぜ?」
「やりますっ!」
紙とペンをひったくって、どんな模様にしようか、と先程までおじさんが座っていた岩に腰を下ろした。
宙を泳いでいたあたしの視線が紅霞とぶつかって、止まる。
好きにしろよ、と呆れたような、でも楽しそうに彼が笑うのをおじさんはあたしのボールを磨きながらにやにやと見ていた。
2010.02.17
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