49 : 仕事






緊張、しているのですか?


栗色の髪が一房、あたしの横でふわりと揺れた。
目の前のテーブルには彼が入れた紅茶と、彼の手作りのスコーンが置いてある。
深いチョコレートのような彼の柔らかい髪が白く細長い指に絡まって耳にかけられる。

なんてことないただの仕草なのに、どうして彼がすると様になるのだろうか。
…彼が美人だからに違いない。


「ありがとう、白波。そりゃあ…ちょっとは、するけど」


一口紅茶に口をつければ、今まで口にしたことがない味にあたしの様子を見ている白波を見上げた。
にこにこと笑っている白波はいつもと違って黒いスーツ姿。
まるで執事のようだった。


気がつかれましたか?それは翠霞と一緒にブレンドした茶葉なんですよ。
 翠霞はよく育てられていますから、葉や花が香り高いでしょう?


「うん…すーってして、落ち着いた!ありがとね、白波。」


いえいえ、と尚も笑って彼は一触即発な状態の紅霞と翠霞の間に割って入っていく。(いつものことと言えばそれまでなんだけど)
いつものポケモンセンターの一室とは打って変わって豪華で広いこの一室の家具を壊したら大変だ。

ここはコガネにある世界有数の高級ホテルのスイートルーム。
オーアサさんの会社が用意してくれた部屋で、数日あたしのために予約していてくれているらしい。
た、高いんだろうな、きっとすっごく。

朝市でコガネに飛んできたあたしは黒いスーツを4着、用意してもらった。
(もちろんひとりひとりの身長にあったものだ)
前の…WICの時とは違ってコガネ百貨店内でやるイベントだから、特等席にいてもらうわけにもいかない。

で、用意してもらったのがこの黒スーツ!と、サングラス。
これをつけて横に立っているだけでボディガードみたく見えるんじゃない?というギリギリの中での翠霞さんの提案なのだ。

あたしとしてはボールの中にいてもらってもよかったんだけど…。


ねぇ、アイツがきた。

「久しぶりだな、Monarch!調子はどうだ?」

「オーアサさん!」


真紅がオーアサさんを連れて入ってくる。黒いスーツの紅霞と翠霞もちゃっかりとサングラスをつけていたし、白波は黒スーツサングラスに笑顔というちょっと異様な組み合わせで彼を迎え入れる。

ちらりと時計を確認すればもうすぐ出る時間だった。
あたしもオペラ仮面をつけて(前の物より衣装も仮面もとても質の良いものになっていた)立ち上がった。
紅茶からはまだほんのりと湯気がたっている。


「もうばっちり用意ができてるって顔だな。ほら、頼まれてたこれ」


す、と差し出されたのはあたしが今つけているオペラ仮面がジャケットになっている…CDだった。
ずっと前に頼んでいたもので、買い物に付き合ってくれた真紅への御礼。

ぴくり、と真紅の少し長く尖がった耳が動いた。


「ありがとうございます、オーアサさん。」

「なんのなんの。元々Monarch用にとっておいたヤツだしな!」


ははは、と豪快に笑うオーアサさんからCDを受け取ろうと手を伸ばせば真紅の手がそれをひったくった。
じ、とそれを見ていたかと思うと急に顔を上げた。


後でこれ、中身見ていい?

「もちろん。真紅のものだからね…後で、一緒に見てみよう?」


よしよしと黒い髪を撫でれば(いつもと違ってニット帽をかぶってはいない)(サングラスやスーツとは相性が悪すぎたのだ)小さく彼は素直に頷いた。

ん?とオーアサさんが首を捻った。どうしたんだろうと真紅と一緒に彼を見上げれば、彼は目線を真紅に合わせるように腰を曲げて顔をゆっくりと近づけた。
とはいっても、決していかがわしい意味じゃない。(ちょっとドキドキした…!)(オーアサさんがショタコンだったらどうしようかと!)

暫く眺めていた彼はあたしをちらり、と一度見てから再度真紅に視線を戻した。


「Monarchのポケモンと同じ名前なのか?ほら、ナイトだよ」

「あっ…あー、えっと…」


言葉を濁して翠霞を見る。彼はこういう時の咄嗟の判断に長けている。
あたしには彼の才能は生かせていないけれど…ウツギ博士曰く、天才らしいし。

目が合った翠霞がこくりとひとつ頷く。
つまり、言っても差し障りがないってことだと思う。


「えっと、オーアサさん、この子はその"ナイト"です」

「…擬人化したのか。俺のピチューもできるようになったよ」


ふわり、と彼も笑った。「あまりしてくれることはないがな」と言って真紅の頭を大きな手が乱暴に撫で付ける。
振り払う素振りをしなかったのはあたしがオーアサさんに絶対の信頼を置いているからか、それとも、彼がポケモンを心底愛しているからか…。
あたしには真紅がどう思っているかはわからないけれど、少なくとも嫌な感情はあまりないみたいだった。


「ああ、時間が迫ってるな。Monarch、出られるか?」

「勿論ですよ!」


軽い荷物を持とうと手を伸ばせばするりとそれは紅霞の手の中におさまった。
顔を上げると頬に軽くキスを落とされる。
まるで、翠霞みたいだ…。


周りの事は任せろよ、お嬢様?

「紅霞…執事のつもりならもっと丁寧な話し方じゃないと。」

白波みたいに俺がなったら気持ち悪ィだろ。


手をぷらぷらとして"勘弁してくれ"ジェスチャーで笑う紅霞に確かに、とあたしも笑って同意する。
ふと肩を引かれて振り向けば、今度は別の頬に翠霞がキスを落としてきた。

この世界そんなにスキンシップ激しくないって…!


紅霞ばかりズルいでしょ?さぁ僕のお姫様、お手をどうぞ


何を張り合ってるんだか、と跪いた彼の手をとれば甲にも唇を落とされた。
立ち上がった翠霞に手を引かれて部屋を出る。エレベータでフロントまで下がれば、びっくりするくらいのフラッシュ音と光に包まれる。

みんなはサングラスをつけているからいいけれど、あたしは仮面の穴から光が差し込んで痛いくらいだった。
す、と紅霞が前に出る。身長の高い白波と一緒にまわりの人たちを牽制してくれて、なんとか通ることができた。

こ、こわかったぁ…!


大丈夫か?


百貨店までの道程はこの無駄に大きく広い車で向かうことになっていて、乗り込んで腰をつければ紅霞が不安そうにあたしの顔を覗く。
仮面越しに目が合って、大丈夫、と笑えば彼も納得したように少し、あたしの頬に手を滑らせてから離れる。(なんだろう)(ちょっと寂しくなった)

テーブルまで置いてあるこの車は所謂リムジンというもので、そんなに偉くないのに、と肩身がすごく狭くなった。
股を開いて堂々と腰掛けている紅霞を少し、じと目で睨みつけてやる。(やめてよ恥ずかしい!)

あ、そうだ。この間にオーアサさんに話をしなくちゃ。


「オーアサさん、あの、新曲について話したいんですけれど」

「ん?どうした?」

「えっと…次にもし、CDを出しても良いのなら…アルバムにしたいんです」


一瞬、彼は眼を点にして、それから顎に手を当てて少し考えるように唸った。
ここが"日本"と同じような戦法でCDを売っているとしたらここでアルバムを出すのは異色だからだ。

"日本"と違って英米といったところではアルバムからシングルカット、つまり、先にアルバムを出しておいて所謂流行りそうな曲をシングルとして出していくという戦法がほとんどを占めていて、日本とは大きく違う点。
日本の場合だと、シングルは大体"売るため"に作られるものだ。

そんな音楽をするくらいなら、ポケモンセンターの裏でひとりで歌い、踊る方がずっと性に合っているし。

じーっと彼を見てから、暫くの沈黙が流れた。彼もついに顔を上げて「わかった」と一言、だけど力強く頷いた。
わ、わかったって。だってオーアサさんが決めていいことじゃないんじゃ…?

あたしが悩んでいるのに気がついたのか、彼はにかっと人懐こい笑顔を浮かべて笑った。
隣の白波をばしばしと叩きながら胸を張る。


「今の会社での俺の立場はほとんど社長と同じくらいだからな…むしろ、社長もお前のおかげで儲けさせてもらってる!
 "Monarchが移籍を考えるかもしれない"ってちょっと脅せば済む話だ、心配するな!」

「そ、それはそれで心配します。あたしすごく我侭みたいじゃないですか…!」


えー!とあたしが声を上げたとき、車が止まった。防音のはずの車の外から僅かに歓声が聞こえてきた。
開けられた扉から、白波と紅霞が先に出て行く。

あたしもあわせて出ようと中腰になれば、小さく、オーアサさんが笑った。


「お前はもっと我侭になっていいんだよ」


優しい父親のような、そんな瞳と視線がぶつかったとき、真紅に少し強く手を引かれた。
外も眩しいほどにフラッシュがあたしを包む。
紅霞と白波の背に隠れるあたしだけど、これだと愛想が悪いかな、と思って隙間からカメラに向かって手を振ってみた。

や、やっぱりやめればよかった。更にたかれたフラッシュに少し、苦笑した。

CD売り場のところで看板にサインを残して、軽くキスをして用意されていた椅子に腰掛けた。
思ってたよりもふわふわでよかった、と落ち着いているとオーアサさんに手を引かれてすぐに立ち上がることになった。
せっかく落ち着いてたのに…。

少し高い場所にのぼってマイクを手渡される。わかってはいたけれど、歌わないとだめだよね。
とりあえず、挨拶。あたしは"Monarch"…ヒスイじゃない。


「Hi…こんにちは、みなさん。ここにたくさんの人が集まってくださって、すっごく光栄なことね。
 ここにいるほとんどの人があたしのCDを持っているってことを誇りに思ってる。
 是非、CDを聞きながら是非、踊ってほしいわ。Mr.オーアサ?あたしは何をすればいいかしら」


にっこりとオーアサさんに笑顔を向ければ、紅霞たちがあんぐりと口をあける中面白そうに口角をあげていた。
これが"Monarch"として定着すればいい。ちょっと我侭で、強気で、女らしい。
そうすればオーアサさんが会社でへこへこすることもないと思う…し。

この口調が裏目に出なければ、なんだけれども。


「質問がある人は挙手をお願いします!」


オーアサさんが声を上げると、一瞬静まって、すぐにたくさんの手が上がった。
良かった…口調の件は大丈夫みたいだ。


「何故英詩になさったのですか?」


オーアサさんが指名した記者の人がメモを出しながら顔を上げた。


「ポケモンと同じで、音楽は性別や世代、そして国境を越えるわ。
 どんな音楽でもそうだけれど…でも、言語に向き不向きがあるもの。あたしはあたしの音楽に向いた言葉を使っているだけなの」


それに、とっても英語が好きなの。とあたしが笑えば彼は手を先程よりずっとはやく動かしてメモをとる。
他の記者の人は同様にそうしていたけれど、ふと、ずっと後ろの方が赤い頭がちらついた。

あの髪色…


「ッ…!」

大丈夫かっ!?


あたしが思わずマイクを落として、後退ったのを紅霞が腕を背にまわして支えてくれた。
こくこくと頷けば、彼がマイクをそっと拾った。

電源を切って「どうした?」と優しく聞かれて少し距離を詰めた。


「シルバーくんだと、思って…」


でも、と顔を上げる。あの赤い頭はもうそこにはなかった。
きっと気のせいだ、と笑ってマイクを受け取ったあたしに紅霞は複雑な顔をしたけれど、何も言わずに付かず離れずの位置へと戻った。

質問は続く。この後、一曲歌っておしまいだ。


「まさか、ね…」


きっとあたしの気のせいだ。疲れてるのかな、自嘲気味に笑ったあたしの視界の外で、紅色の瞳が見ていたなんてそのときあたしは気付くことができなかった。



2010.02.18



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