50 : 導引





"彼女は悪魔?それとも小悪魔?"

"期待の我侭新人、アルバム製作発言ポロリ"

"容姿端麗ボディガードとの恋!?"


「………なんなんだ、これは」

見ろよこれ、俺の事"容姿端麗"だって…やっぱわかるヤツにはわかるんだよなっ!


にやにやと紅霞があたしから引っ手繰った雑誌(どれも表紙を飾るのは"Monarch"だ)を見てだらしない顔をした。
器用に爪を使ってページをめくる彼はとても楽しそうだった。

只今、紅霞に乗ってエンジュシティに到着したところである。
今日の天気は晴天、前にこの町にきたときと同じくらいの空の明るさがそこにはあった。
ほとんど舗装がなされていない道もブーツにしたら痛手だけれど、じゃり、と鳴る音はまさに古き良きって感じ。

ポケモンリーグでは空を飛ぶで飛んでいける場所は行ったことのある場所だけ、という決まり事がある。
だから次の目的地、チョウジタウンまでの道のりをここエンジュシティから徒歩で歩かなければならないのだ。

飲み物の調達に立ち寄ったエンジュのショップであたしのカゴに紅霞がつっこんだのは今、彼の手にある雑誌を含む数冊。


「もう、紅霞!こんなに買ったら重たいでしょ!」

あー?なんだ、重いなら持ってやるよ、ほら貸せ

「そういう意味じゃなくてぇええ!!」


荷物を紅霞に奪われそうになって死守していると(『遠慮すんなって』)(「紅霞の手が塞がったら誰が戦ってくれるの!」)、くすくすと背後で笑い声が聞こえた。
決して嫌味なものではなくて、とても上品な笑い方。どこか聞き覚えがあるその声に振り向けば金色の髪が揺れた。


「マツバ、さん?」

「こんにちは、ヒスイちゃん。ゴースたちから君がエンジュにいることを聞いてね…
 その様子だとタンバシティから飛んできたのかい?」


す、と頭を撫でられて、どうしてここに?なんて疑問は喉につっかえて中へと戻っていく。
あたしの鞄を掴んでた赤黒い手が、頭を撫でていた大きな手を払いのけたことでやっと呼吸ができたような気がした。

び、びっくりした。マツバさんのこういう天然プレイボーイ(って歳じゃないだろうけど)的な部分が女性トレーナーにモテる要因に違いない。

紅霞、と呟けば先程とは違ってむっつりとした顔で逆に睨まれてしまう。
睨んでもだめだよ、マツバさんになんてことするんだ!(彼が傷つくと彼のファンの怒りを買うことになるだろうし)


「紅霞がごめんなさい。…マツバさんは、買い物ですか?」

「ううん、ヒスイちゃんに用があって」


にこにこと笑顔で差し出されたのはポケギア。
黒のシックなフォルムは彼らしい。かっこいいなぁ…さすがはジムリーダー・マツバっていったところだね。

とは言わずに首を捻れば、にこにこしたまま彼は少し下がった目を伏せて、先程紅霞と取り合ってた鞄に視線を下げた。
鞄の一点を見つめる彼にあたしも視線を下げれば、ポケギアがかかっていた。


「番号、教えてほしいなって」

「あっ…はい、ぜひ!でもちょっとだけ待ってもらっていいですか?」


ポケギアを外して画面をとんとん、と軽く叩く。
途端に画面の文字や画像が歪んでオレンジの身体が飛び出てくる。ロトムくんだ。

ほとんど、ロトムくんはボールには入ってくれずにポケギアに入ってしまう。
なるべくポケギアの機能をそのままにしてほしいっていうあたしの要求には応えてくれて、タンバシティでハナノさんから電話がかかってきたときのようにはならなくなった。

ロトムくんがポケギアから完全に身体を出してあたしの腕の中にくる。
やっと使い方がわかってきたあたしが自分の番号が書いてあるページを出そうとポケギアをいじり始めたとき、今度はマツバさんが首を傾げた。


「ロトムを初めてみたよ」

「あ…ゴーストタイプのポケモン、ですしね。マツバさんもやっぱりご存知だったんですか?」

「うん、すっごく珍しいポケモンだって聞いたことがあるんだ」


マツバさんが少し近づいて、ロトムくんの視線にあわせるように腰を折った。
だけど、触れることも話しかけることもしないで少しだけ視線を合わせてからすぐに身体を上げる。


「このロトムはシンオウ地方からやってきたんだね」

「え、わかるんですか!?」


するりとマツバさんにポケギアをとられたことも構わず、あたしが少し声を上げると彼は笑顔を崩さず軽く頷いた。
「ゴーストタイプのポケモンは、なんとなくね」と曖昧に笑う彼がいつの間にか後ろに現れていたゲンガーを身ながらそう言った。

アンノーンの力もないのに、意思疎通ができる…すごい、マツバさん…!

でもマツバさんの瞳はすごく深い。彼と長い間視線を合わせないのはまるで心の奥底まで覗かれているような気分になるからだった。
もっとも、彼はそんな無粋な真似はしないってことはわかってるけど…。


「ヒスイちゃんの心は顔に出るから、心なんか読まなくてもわかっちゃうしね」

「っ…マツバさん!」


ふふっ、と笑うマツバさんからポケギアを些か乱暴に受け取れば「ごめんごめん」と笑いながら再度頭を撫でてくる。
子ども扱いして…もう大人なのに!(中身は!)

そうだ、と彼は巻いていたマフラーをとってあたしの首にかける。
この人は大人っぽい性格をしている割には、言う前に行動するタイプのようで(前の焼けた塔のときもそうだった)(シルバーくんが王政について言ってたときの話だけど)今回もまったく意味が分からず頭の上にハテナを浮かべてマフラーを手に取った。
長身の彼が使っていただけのことはあり、あたしには少し長い。


「あの、これ…」

「チョウジタウンに向かうんなら、是非持っていって。
 スリバチ山もチョウジタウンも…その先にある氷の洞窟のせいで少し肌寒いんだ。」


全部のジムをまわり終えたら、返してくれればいいよ。なんて彼は笑って踵を返してしまった。
言い逃げはズルい。でも彼の歩くスピードは有無を言わせないものだった。
もし少しでもあたしに意見する暇を与えるのなら待つなりゆっくり歩くなりするはずだから。

…意外に、頑固かも。
ぬくぬくと暖かい彼の体温の残るマフラーを何度か巻いて汚さないようにしてから、ロトムくんをポケギアに戻して紅霞を見る。
あらら、飽きて座っちゃってるし。


「ごめんね紅霞、お待たせ。出発しよう?」

…余計なモン受け取りやがって

「紅霞?今何か言った?」


後ろをゆっくりとついてくる紅霞に振り返って尋ねれば『別に、』と素っ気無い返事がかえってきた。
ちょっと待たせすぎたみたいで、すごく不機嫌だ。

彼の手をとってゲートをくぐればちょっと機嫌をよくしたみたいに横に並んで歩いてくれた。
街中だと抵抗があるけれど広い場所だと気兼ねなく大きなポケモンを出せる…ってすっごくいいな!
自然ばんざいだーっ!


「天気もいいし、みんな出したいね!」

でもスリバチ山の中に入るんだろ?あそこが入り口みたいだな


紅霞が顔でさした場所はさほど遠くもない距離にある、山。
ポケギアのタウンマップを見れば、確かにゲートを抜けてすぐにスリバチ山とあって、内部の説明によるとすっごく広い、そうだ。

別ルートは波乗りが必要…泳いで渡れるような距離でもないし、選択肢はひとつしかない。

ふわふわしていた気持ちがなんだか急に沈んだような気がして光を反射してキラキラと光る湖に足を止める。
波乗りかぁ…波乗り…。


「たとえばさ、ギャラドス…とか。」

正気とは思えない発言だな…なんでよりにもよって凶悪と名高いギャラドスなんだよ

「あの顔が可愛いと思って………なんだろ、これ」


紅霞にギャラドスの魅力を語っている途中で足元にころころと何かが転がってきた。
…赤と、白の帽子だ。それを拾い上げて裏地を調べてみる。


「名前書いてないや」

当たり前だろ…


やっぱり?と笑って転がってきた方角を見れば、先程からあたしの心を曇らせている穴。
スリバチ山の入り口が見えて、そこから吹き抜ける風に前髪が少し揺れた。

自分の帽子を押さえて暫くその少し冷たい風を受けながらそこを眺めていれば、黄色い何かが猛スピードで中から出てくるのが見えた。
黄色い何かが走ってあたしたちに近づくにつれて、それが何か段々わかってくる。


「もしかして…ピカチュウ!?」

あ、マスターの帽子!あなたが拾ってくれたの?


駆け寄ってきたピカチュウが帽子を指差して笑った。
すっごく可愛いのにどうやらご主人様がいるようで残念に思ってため息を吐けばぱちり、とポケギアが一回鳴った。

ロトムくんごめんね、ちょっとした出来心なんだよ!(君のほうが可愛いから!)


「良かった、落とし主が見つかって。マスターさんに返してあげて…」

「ピカチュウ!」


あたしがピカチュウくんの小さな手に帽子を渡そうとしたとき、あの穴からいつの間にか出てきたんだろう人が少し先で声を上げた。
ピカチュウくんがくるり、と帽子を受け取って手を振ったが駆け寄ろうとはせずに帽子を持って彼がくるのを待っている。

ピカチュウのトレーナーである彼もさほど慌てた様子もなく、黙々とただピカチュウを見ながら歩み寄ってくる。
黒い、不揃いな髪…赤い瞳。髪に癖があまりないぐらいで、まるで大きくなった真紅を見ているかのような気分になって紅霞を見た。

彼も少しばかり眼を細めて、彼を興味深そうに見ていた。(不思議と睨みつけてはいなかった。ように感じた)


マスター、この人が帽子拾ってくれたんだよ!

「…拾ってもらったのか。」


膝を突いてピカチュウから帽子を受け取った彼はそれを深くかぶった。
赤い瞳がじ、とあたしと紅霞を見つめて、抑揚のない声で「悪かった」と言った。
赤い瞳。あたしが知る中で彼は三人目だった。真紅、シルバーくん、…そして帽子の彼。

ここだとそんなに赤い瞳は珍しくないのかもしれない。
あたしは首を横に振って「いえ、気にしないでください」と曖昧に笑った。

ピカチュウくんと目が合って、今度こそちゃんとした笑顔を作ることができた。
やっぱり可愛いな、ピカチュウ。


「…カントー地方の、人間なのか?」


すぐに踵を返すと思った彼が紅霞を見ながらそう言うので、首を横に振った。
きっとオーキド博士からもらったヒトカゲが進化したと思ったのだろうか。彼にジョウト出身だと言えばとくに驚いた様子もなく、そうか、と頷く。


「よく、育てられたリザードンだ。」

「…あ、ありがとうございます!」


なんとなく褒められたのがこそばゆく感じていつの間にか離れてた紅霞の手を繋ぎなおせば、我に返った紅霞が手を握り返してくれた。
穴が開くほど帽子の彼を睨みつけていた紅霞だけど…ホント、凝視ってくらい。
珍しい恰好でもないと思うんだけどな、と紅霞を見上げれば一瞬だけ視線をあわせてくれた。

あたしのためなのか、一言も言葉はかけられなかった。


「えっと、あの…じゃあ、あたしはこれで」

「…スリバチ山に行くのか?」


あたしの足先が(仕方なく)山へと向いたのに驚いたのか、彼が少し帽子のつばを上げてこちらを見た。
この人だって今山から出てきたのに、どうしてそんなことを聞くんだろう?少し驚いた声色に色々考えてみた。

どうせこの人だってあたしを小さな少年だと思っているだろうし(いつものスタイルだからね)、そうだったら「女の子ひとりで…」なんてことも言わないだろう。

少し考えた彼が目を少し伏せて、すぐに上げた。


「…修行か?」

「ま、まさか!チョウジタウンに行くんですよっ!」


修行なんて発想どっから持ってきたんだこの人!とつっこみたいけれど初対面。
慌てて否定するとまた目を伏せられてしまった。何かを思案しているように少し視線を横にずらして、それからピカチュウに手を差し出した。
そこからピカチュウが軽々と彼の肩に乗って、えへへ、と小さく笑った。

よくわかんない人だけど…話は終わりってことでいいのかな。
いい加減穴を開けそうなくらい凝視している紅霞を引っ張ってスリバチ山に向かおうとすればそれはまたも阻止された。

腕を軽く掴まれて、その犯人を見ればまるで「何をしている」というかのような表情。
あ、あたしがそれを言いたいんだけど…!


「チョウジタウンに、用事なんだろ?」

「え、…そうです、けど」

「行かないのか?」


彼が指差す方向を見れば、先程まではいなかった水色のポケモン。
ラプラス…?この人のポケモン、なのだろうか?
…もしかして、


「乗せていって、くれるんですか?」

「…ここの山は広い」


返事のつもりなのだろうか、言葉とは裏腹に中々強引に腕を引っ張る帽子の少年に「ありがとう」と言えば彼は何も言わずにラプラスの背に立ってあたしに手を差し出した。
変人じゃなくて、ちょっと無口な人なだけなのか。


「紅霞、戻っててくれる?」

ロトム、いざって時は任せるからな


あたしのポケギアに小さく呟いてから彼は赤い光に吸い込まれていく。
紅霞を飛ばせても問題はなかったんだけれど、無駄に体力を消耗させたくない。
エンジュまであたしを運んでくれたのだって紅霞だし…ね。

少し間があいたけれど彼の紳士的な態度に遠慮せず、手をかしてもらった。もう一度礼を言うと今度はピカチュウくんがいえいえ、と笑った。
無口なだけで悪い人ではないみたいだ。こんなにもピカチュウが懐いているんだし。

ラプラスの背に腰を下ろせば水面が静かに波紋を広げた。
ゆっくりと遠のいていく陸地に、ラプラスもいいなぁ…なんてちょっと思ってしまう。

ああ、すっごくいい天気だ。



2010.02.19



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