◎51 : 予感
三本の大きな木の下でぼんやりとはやめの昼食兼、休憩をしていた。
ここは丁度エンジュシティからチョウジタウンまでの距離にして半分ほど。
昼食はあたしが作る。流石に他人の前で白波が手伝うことはできないし、ここまで運んでくれた彼(というよりはラプラスに感謝すべきだけど)に礼の意味でもあり必然的にそうなった。
相変わらずの無表情を決め込んだ強引な親切少年は黙々とスープとパンを咀嚼している。
たまに、視線をあたしのほうに移してはすぐに逸らすという好意を繰り返しているようで、正直、やっぱりこの人の考えてることはよくわからない。
ただこの人は相当…強そう、ということだけはポケモンフードを食べる彼の手持ちのポケモンたちを見ればわかった。
リザードン・カメックス・フシギバナ…オーキド博士から受け取れるポケモンを3匹全て持っている。それに加えてラプラス、カビゴンという比較的大きなポケモンばかりだ。
可愛らしいポケモンといえば彼が連れ歩いているピカチュウのみ。
「…そのポケモンは、」
「は、はいっ…!」
いきなり話しかけられて思わず手に持っていたスープを落としそうになって、真紅が素早く支えてくれた。
あまり食が進まないのか(それともポケモンフードが苦手なのか)ほとんど食事を手につけずにあたしの隣に腰掛けている。
因みにロトムくんは何も食べなくても問題ないみたいで、食事に呼びかけてもいつも反応がない。
…故障しちゃったりとか、するのかも。
意識を彼に戻して視線の先をたどった。あまり多くない言葉だけでは彼の真意を探ることはできない。
ここ数時間であたしが学んだことである。
帽子の奥から突き抜けた視線の先には、あたしの隣に座る真紅がいた。
真紅も彼をじっと睨み返している。(とは言っても彼は真紅を睨んでいるわけではない、と思う)
「見たことが、ない。…図鑑も反応しない」
「あ、この子は…」
『
ルカリオ。…人間からはそう呼ばれている』
あたしが説明する前に真紅自身が軽く、吐き捨てるように言う。そして目つきを一層鋭くさせた。
真紅には何か感じるのだろうか。それとも、単に気に入らないのか。
どちらにせよこれ以上は聞くな、とでも言いたげな視線に彼も気付いたようだった。
「…図鑑に載ってないポケモンなんて、初めてだ」
「あたしの図鑑もだめみたいです。ウツギ博士が言うには、今オーキド博士がバージョンアップの試作段階に入ってる、って。
マサラタウンに行けば博士に会えると思って旅してるんです」
彼の視線があたしの帽子の隅…つまり、バッジが並ぶそこで留まったのを感じてそう付け足した。
彼はきっとカントー地方出身だと思う。ジョウトのポケモンがいないからだ。
それにあたしにカントー地方出身か聞いてきたときにニュアンスが少し、他の言葉たちとは違った。
何がなんてはっきりとは言えないけれど。
「船には、乗らないのか?」
「乗りたいなーとは思っているんですけれど…でも、チケットもないですし。コネもないから仕方なくバッジ集めてるんです」
「…それにしては」
楽しそうに見えるけど。小さく、彼が視線を落として呟いた。
確かにさっさとカントーに行ければいいけれど、こうして旅をしているうちに思ってもみないことが起きたりする。
色んな人と出会ったり、親しくなったり。もちろんそういう人たちと長い時間を共有することはできないけれど、また会えるって信じて別れるのも醍醐味だと思う。
これ以上のお喋りはお互いに自然としないまま食事を済ませた。
まだラプラスに乗って少し、移動しなくてはならない。食器を水洗いしていると隣に彼が屈んできた。
「手伝う」
「あ、いえ、慣れてますから…」
やんわりと遠慮するも彼にはまったくと言っていいほど通じていないようで、残っていた皿を洗い始めた。
手付きは慣れている。彼のポケモンを見てもそう思うけれど、きっと長い間旅をしているんじゃないかな…。
それも結構無茶なもの。
ポケモンセンターがあれば自分で料理する必要もないし皿を洗う必要もない。
まるでポケモンセンターすらないような場所にばかり好んで行ってるんじゃないかってくらいの手際の良さ。
考えすぎかもしれないけど…でも、
「知ってる気がする…」
あたしは、この人を…知っている?
まさか。会ったことがない人だし、知ってるはずがない。
「どうした?」
動かしていた手を止めて、彼が少し顔を上げてあたしを見た。
ほら、あたしはこの人を知らない。見たことのない顔だしこんな変わった人なら印象が強いだろうし。
きっとどこかですれ違ったのをたまたま覚えてたとか、そんな程度だ。
こんなにかっこいいんだから覚えてても不思議じゃないもんね。
首を振って皿洗いをお互いに再開させた。最初はなんだかとっつきにくい(いい人だけど)変だと思っていた彼も、一生懸命に皿を洗う彼はまだ少し幼さが見え隠れして可愛らしい感じがした。
鋭い目つきも今は結構角がとれた…と、思いたい。帽子のつばの奥にあるそれを見ることはできなかったけれど。
支度も終えて、ポケギアに入っているロトムくん以外はみんなボールに戻す。
先日掘り込んだ模様は自分でいうのもなんだけれど中々よく出来ていると思う。ほとんどカラーは使わずに黒で描かれている。
他にも白や赤といった色もあったけれど、一色のほうがクールだと思ったからだ。
(男の子ばかりのボールだし、可愛くしても怒られそうだったのもあるけれどね)
ラプラスの背中で燦々と降り注ぐ太陽を浴びていると人間でも光合成ができそうだ、といつもなら考えないようなことを思って腕を伸ばした。
隣に座る彼の視線はラプラスの頭の上にいるピカチュウに向けられていたけれど伸びをしたあたしを捕らえてすぐにこちらに向く。
「疲れたか?」
「あ、いえ。気持ちがいいなー、と思って。」
澄んだ青い空、輝く太陽!水音がうるさすぎず、静かすぎない程度に流れていく。
次はこの水の音をイメージして曲を書こうかな…輝く水面は鏡よりも鮮明に、だけど揺れながらあたしと隣に座る彼を映した。
綺麗だ。すごく。だけどこれは束の間の休息。
きっといかりの湖ではロケット団によるポケモンへの虐待が行われている。
す、とラプラスの硬い、灰色の背の殻を撫でる。すべてのトレーナーがポケモンに優しければいいなんて理想論をかかげられるほどの器にあたしはない。
だけど、届く範囲なら…ハナノさんのように柔らかなあの笑顔を向けられずとも、苦痛や憎しみから救う手助けはできるはずだ。
拳を固く握り締めればバンクルが微かに揺れた。
「思い詰めた、顔してる」
「えっ?あ、いえ…なんでもないんです」
曖昧に笑うと、彼は無表情であたしをじっと見てきた。逸らせないし、彼は逸らそうとはしない。
話してみろ、って、ことなのかな。少ない言葉と表情の意図なんて出会って数時間のあたしには知る由もないことなのだけれど、でも、直感的にそう思った。
少し目を伏せてから、そのまま視線を流して水面へと戻す。
「ミュウツー…って、ポケモンを探しているんです」
「……ミュウ、ツー?」
「はい。どうしても、会わなくちゃいけない理由があるんです」
本当の旅の理由。目的。水面に映る彼は少し悩んであたしと同じように水面に視線を向けた。
水の上で視線がぶつかった。あたしの表情を窺っているのか、じっと見られている状況はあまり好ましくなかったけれどそれでもあたしも彼のように表情を崩さなかった。
そうすべきだと思ったのだ。
少し、間をおいて彼は水面越しに口を開いた。
「捕まえたい、のか?」
「…わかりません。でも、会わなくちゃいけないから」
大きく一度、波で消された姿に今度こそ大きく視線を上に上げる。
青い青い空が広がったこの空をいつまでも眺めていたい気がしたけれど、空を伝って前方に視線を向ければそこには山、そして陸地。
あと、きっと数分も経てばこの心地よく揺れる背から腰を上げなければならない。
ふと彼のピカチュウくんと目が合った。可愛い口が弧を描いて、ラプラスの頭から飛び降りた。
落ちてくるピカチュウくんを慌てて抱きとめれば可愛らしくやっぱり微笑んだ。
『
えへへ、こんな天気だとぼく、ねむくなっちゃうな』
ふあ、と可愛らしく欠伸をしたピカチュウくんの頭をそっと撫でれば気持ち良さそうに目を細めた。
ピカチュウって思ってたより、結構重い…けど可愛くて痺れ始める太腿に気がつかないように黄色い身体を抱きしめた。
あ、太陽のにおいがする。
『
マスターよりやわらかいー』
逃げられることもなく、むしろお返しとばかりに抱きついてくるピカチュウくんの一言にあたしは固まってしまった。
や、やっ…やわらか、い!?
「(太った?あたし、太った…?いやむしろ元々太って……!?)」
『
どうしたの?あ、そろそろ陸だよ、おねーさん!』
ぴょん、とあたしの太腿から飛び降りた彼がまたラプラスの頭の上に立って進行方向を観察し始めたのを見てあたしは内心ほっとする。
大きな意味もないみたいだし…う、うん、気にしちゃいけないよ。
「……フジ老人」
「へ?」
「シオンタウンに住んでいる…フジ老人。彼に会うと良い」
突拍子もなく、彼が帽子を深くかぶりなおして一言だけそう言った。
フジ老人…聞いたことがある。彼の言うとおり恐らくはシオンタウンに住んでいるだろう。
でも…何故?もしかして、ミュウツーに関すること…なの、だろうか。
ラプラスの動きが止まって、あたしは差し出された手に気がついた。
その手に躊躇していれば、奪われた左手が些か乱暴にひかれて足を踏み外す。そのままひかれ続けた腕に身体もついていって、気がつけば彼の胸にもたれるような形で抱きとめられていた。
「すっ…すみません!」
「…?
ああ…気にしなくていい」
解放され、離れた身体はまだ少し火照っている気がして少し俯いた。
こんなことシルバーくんにしかされたことがなかったのに、なんだか他の人にされると新鮮…ってそんな悠長に考えてたらだめだあたし!
「あ、あのっ…そういえば、すっごく今更なんですけど、」
「…ん?」
「名前、」
なんていうんですか?本当に(数時間も一緒にいたのに)今更聞くのもどうかと思ったけれど、彼の身体がこれより先はあたしひとりで、と言いたげな距離をとっていた。
だから、今聞かないといけない気がしたんだ。
暫く悩んだように視線を下に下げた彼は、やがてあたしの瞳を見た。
柔らかくなったと思う、数時間前よりもずっと。笑いこそしないけれど瞳は柔らかく細められていた。
「もし、また出会うことがあるのなら…その時に教える」
「…また、会えますか?」
「わからない。…でも、あんた次第だ」
彼が、ついにあたしに背を向けてしまった。いつの間にかあたしの背後からはラプラスが消えていて、本当に彼とはここでお別れなんだと確信する。
…だけど、なんとなく、なんとなくだけどまた彼と会える気がした。
あたし次第だと彼は言ったけれど、きっとあたしは会いに行くと思う。
いつかはわからないけれど、だけどいつか、必ず。
名前の知らない彼の肩に乗ったピカチュウくんが振り向いて、それから小さく手を振った。
2010.02.23
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