◎52 : 雨雲
がさがさ、と風に木の葉が揺さぶられて音をたてる。
茂みに隠れてそっと覗けばやはりと言うべきか、黒服に大きな"R"という文字。
ロケット団が見える。しかも邪魔なことにゲートを占拠しているわけで。
『
やはりここを突破するのは無理そうですね…』
白波が困った顔を少し離れた場所にいるロケット団たちに向けた。
チョウジタウンから少し北に位置するこの場所はいかりの湖に行くのに必ず通らなければならない道。
だけど彼らと関わりたくない。できるだけ。
どうせ後から関わらなくちゃならないなら今だけ平和に過ごしたい。
町では"赤いギャラドス"の噂でもちきりだったし、コガネや他の地方からもテレビ局の人が訪れていた。
彼らがゲートを通ろうとする度に恐らく下っ端ロケット団に追い返されて走って横道の草むらの中へと入っていくのを目撃している。
…腑に落ちない。草むらを通ればいいだけなんだろうけれど、でも、なんていうか。
「ムカつく。」
『
ぶっとばすか?』
「それじゃつまらない……あ、そうだ!」
紅霞がいきなり顔を上げたあたしに首をひねるのを無視して、きらきらとした瞳をあたしに向けていた白波に向き直った。
白波ならいける。財布を取り出して、それを白波に渡す。
彼も受け取る際に人の姿になってくれた。ハクリューのままじゃ、買い物はしてもらえないし。
「白波、お酒買ってきて。あと、タオルも。できれば数本瓶に入ったのがいいな…アルコール度数が高いのね」
「
…飲むなんて言いませんよね?」
「ま、まさか。飲まないよまだ夕方だし…」
「
夜だとしても許しませんが、飲まないというのであれば。」
なんとか納得してくれた白波が背を向けたのを確認して、あたしはまわりを確認した。
夕方ということもあって人の通りも少なくなっているし、うん、大丈夫そうだ。
これから暴れている赤いギャラドスを落ち着かせに行くわけだけど、その後、あたしはロケット団の基地に向かうことになると思う。
ってことは徹夜かも…明日ジムに挑戦できたとしても、出発できるのは明後日かな?
尤もこれは勝てたらの話だし、事はそんな単純ではないだろうけれど…。
…そういえば。
「ジム、誰で挑戦しよう?」
『
チョウジジムは氷タイプの使い手、冬のヤナギだね。
氷タイプは僕と白波は苦手だけど…一番強いのは鋼と格闘を合わせ持ってる真紅。
それに炎タイプも弱点だから、紅霞も戦えそうかな?』
『
俺は約束したからな、絶対譲らねェ。』
断固としてバトルすると言い張っている紅霞の言い分も尤もだし、相性も悪くない。
翼の具合ももう何事もなかったかのように動かすことができるからバトルに支障もないと思う。ということで、紅霞は決定として。
個人的には相性の良い真紅にも出てもらいたいなー…と視線を向ければ、怒ってるんだか普通の表情なんだかよくわからないむっつり顔でひとつ、彼は頷く。
『
ボクも出る。』
「ありがとう、真紅。でも何試合するんだろう?三試合かな、それだともうひとり決めないと…」
『
三匹の可能性は高いね。ボクも出てもいいけれど…』
翠霞の高い防御とテクニカルな技を駆使すれば相性が悪くても戦えるかもしれない。
…けど、できるだけそれは避けたかった。苦手なものは誰にだってあるし強要すべきことじゃない。受け入れて、対処すべきだ。
とは言っても氷タイプは白波にとって数少ない弱点だから…。
やっぱりここは翠霞に頼もうか、と思案しているとふと頭の上に重みがかかった。
顔を上げようにも上げられず、翠霞をちらりと見れば彼の視線があたしの頭の上へと向けられる。
『
また君?今話し合ってるんだから少しは静かに…』
『
翠霞、キライ。ロトム、ヒスイ助ける。ヒスイだめ?』
「えっ…と……ロトムくん、ジム戦に出てくれるの?」
僕も嫌いだよ、と悪態を吐く翠霞に拳骨を落として尋ねればオレンジの体がこくり、と頷いた。
そっか…そういえばロトムくんは電気タイプ。氷タイプっていうと水タイプを併せ持つポケモンが多かった…気がする!
でもあたし、ロトムくんが使える技を知らないかも。
「ロトムくんって、電気タイプの技は使える?」
『
ロトム、電撃波する。』
『
電撃波っていうと必ず命中する技だね、僕のマジカルリーフと同じ効果を持ってるはずだ』
「すごいね、ロトムくん!」
ぎゅ、と小さい体を捕まえて抱きしめれば翠霞が尚も面白くなさそうな顔をしてあたしを…否、ロトムくんを睨みつけた。
翠霞はもう可愛がれるような大きさじゃなくなったのに…でもその反応が嬉しくて片方、腕を翠霞へと伸ばす。
首を撫でれば少し、彼は眼を細めた。
『
僕だってチコリータの時からマジカルリーフが使えたよ?』
「わかってるよ、翠霞はすごいって。あたしより頭も良くて知識もあって、でも自分の弱点は素直に受け止めて努力も惜しまない。
確かに弱点が多い草タイプだけど、翠霞の魅力は弱点の多さなんかじゃ霞むことすらないんだから。ね?」
『
まだまだお前は青いなァ、草坊主?』
にやにやと(珍しく)黙って話を聞いていた紅霞がようやく口を開いたと思えば翠霞に喧嘩をふっかける。
だけどちらりと彼は紅霞を見ただけで言い返すことはしなかった。多分、翠霞は言い返すほどの言葉でもないと判断したのか…でもまぁ、ほどほどだったらいいと思うんだけどな、喧嘩だって。
今度は黙った翠霞が人化してあたしのベルトからボールをするりと抜き取ってそれをロトムくんに向ける。
赤い光に包まれたロトムくんがボールに戻ったのを確認して、別のボールを真紅に向けた。でも、光は出ない。
「
そろそろ白波が戻ってくるから、真紅、戻ってくれるかい?」
『
…湖に着く前でも、何かあったら出してよね』
真紅も同じようにボールの中に吸い込まれて、ちらり、と翠霞は紅霞を見た。
でもボールは向けない。炎を模った幾何学模様の赤いボールはまだベルトにしっかりとはまったままだった。
背後からヒスイ、と落ち着いた声が聞こえる。振り返ればお酒の瓶を両手いっぱいに持った白波が立っていた。び、びっくりした…!
「
お待たせしました。ヒスイ、これでどうなさるのですか?」
「これはね…まずお酒をちょっと抜いて…」
いそいそと作業を始めるあたしの横で翠霞はタオルを差し出してきた。流石は翠霞さん、あたしが何をやりたいのかよくわかっているみたいだ。
原型に戻った白波と紅霞が体を小さくしてあたしの作業を凝視している。
タオルをぎゅうぎゅうとお酒が半分、入った瓶に詰める。それを何個も作ってほぼ、完成だ。
翠霞が大半の瓶を抱えて、あたしもその残りを抱きかかえた。
それからゲートに近づいていく。
『
…何すんだよ?』
「いいから奥さん、黙って尻尾を出しなさいな」
ふふふ、一回やってみたかったんだよね!まるで気分はCIAのスパイさながら♪
にやにやとあたしが笑うのがあんまり気持ち悪かったのか(…)、そのまま黙って紅霞は尻尾を突き出したままかたまってしまった。
瓶から少し出したタオルの先に火を灯す。これを紅霞と翠霞に持たせた。
自分もふたつ、手に持つ。
「じゃあ翠霞、紅霞、上空から頼んだよ!」
「
了解。ヒスイも気をつけてね?」
「まーかせなさいって!」
いつもより幾分も楽しそうなあたしに今度こそ紅霞が戸惑いの視線を向けてきた。
あたしはドラマや映画、小説なんかに影響されやすい人間だからついこんな無駄な知識ばかり増やしてしまうけれど、それが今回役に立つのだ。
ゲートから出てきた人物が見張りと話し始めた。今だ!と翠霞を見上げれば紅霞に跨った彼があたしにウィンクをひとつ送って瓶をひとつ、落とす。宙を舞った瓶が落ちてガラスがはじけた瞬間その場は炎に包まれた。
夕陽に照らされた空も相俟ってまるで地獄のよう。
「やばい…ちょっと威力、高いかも…?」
『
大丈夫ですよ、波乗りが使えますから』
にこり、と恐れるわけでもなく白波が笑ってそう言った。…けど、やっぱりちょっと。
「これはやりすぎじゃ…ッ!!」
「また落ちてきたァァァ!」
どかーん、と熱風がしてさらに投下された即席火炎瓶がゲート周辺を覆いつくすように燃えた。
逃げ場を失ったロケット団の下っ端ふたりに加えて、ゲートからもうひとり下っ端が出てくる。
そ、そろそろいいよね。きっと。
「な、なんなんだこれは!」
「なんなんだこれはと言われたら!」
「
答えてあげよう愚者どもに。」
ば、と紅霞から飛び降りた翠霞がびしっと下っ端三人に向かって指をさした。
…あれ?おかしい。
「翠霞、台詞が打ち合わせと違うよ?」
「
アドリブにも上手く対応しなくちゃ立派な女優になれないよ、ヒスイ」
『
いつ打ち合わせたんだよ。それにいつから女優を目指してンだよ。』
紅霞のつっこみも虚しく、翠霞とあたしはくるりと彼らに向き直った。
まだ名台詞の途中だもんね!
「世界の破壊を防ぐため!」
「
ポケモンの平和を護るため、」
「愛と真実の正義を貫くっ」
「
インテリジェンスな主人公」
「ヒスイ!」
「
翠霞!」
「銀河を廻る主人公のふたりにはっ!」
「
ホワイトホール、白い未来が待っている!」
「なーんってね!」
びし!と手に持っていた火炎瓶を突き出せば、炎の中で彼らが口をあんぐりとあけていた。
…あれ?決まってない?
「どうしよう翠霞、滑っちゃったみたい」
「
それよりもまず、それも投げておこう?」
邪魔だしね、と奪われた火炎瓶ふたつは見事に彼らがかたまって待機していた場所に投げられる。
途端、ぎゃーっ!という叫び声と共に彼等の足元が炎に飲まれた。
あ、熱そう…。
でも同情はしないよ、だって邪魔だしね。そっちが悪い。
あの"下っ端の下っ端"さんが気に入っているロケット団特製スーツにいくつも焦げ目と穴がついて、ボールを投げようとしたひとりの下っ端さんを別の下っ端さんが止めた。
きっと、たぶんだけど…ドガースとか、マタドガスとか出そうとしたんだろうな。
でも生憎の火の海でそれも敵わなかったようだ。どうだ、思い知ったか!
彼らがぼろぼろになった服を抑えながらなんとか火の海から脱して逃げていく。
その後ろ姿はあわれなもので、ポケモンバトルなんかできるような状態じゃなかった。
…服、すっごくセクシーになっちゃってたし。
「白波、波乗りお願いします!」
『
ええ、任せてください。』
す、と彼が目を閉じると、ゴロゴロ…と不吉な音が空からした。
見上げれば先程までの夕焼けも何処かに消えてしまっていてぽつりぽつりと雨が降ってくる。
それに気にも留めずに白波は水を使って大方の火を消してしまった。
砕けたガラスがまるで"まきびし"のように散らばっている。
「掃除しなくちゃね…」
後のことを考えていなかったあたしが呟けば、白波がにっこりと笑って口から竜巻を出した。
それが転がっていたガラスを粉々に…そりゃあもう高性能ミキサーのごとく粉々に砕いてどこかへと飛ばす。
…言葉もないよ、白波。
「でもまぁ…粉々だから危険もないよね。ありがとう、白波」
『
いえ…先を急ぎましょうか』
何かを感じるのか、白波がゲートの入り口を見ながら緊迫したように言う。
…バトルの手間は省けたけれど、でも、時間かかっちゃったよね。
赤いギャラドスがまだ、誰にも危害を加えずに、誰からも危害を加えられずにいることを祈って。
紅霞の上に乗った白波がゲートより高い空へ、翠霞に跨ったあたしがゲートへと駆け込んだ。
雨脚が、強くなって音をたてた。
2010.03.03
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