54 : 爆発





ただいま潜入捜査中に出逢ったあのチャンピオンのワタルさん(本人はそんな紹介はしてないけど)(このド派手な恰好は紛れもなく彼である)と任務続行中であります。
あたし、ヒスイの任務というのはこのロケット団アジトチョウジ支部(?)で謎の怪電波の調査、そして原因となる機器の破壊であります!

…けど。


「カイリュー、破壊光線だ。」


どかあああん、と派手な音と共にロケット団の下っ端たちが倒れていく。
…あれ?今、カイリュー…ロケット団に攻撃しなかった?


「おや、狙いが外れたみたいだ。命中率が悪い技だしね…もう一発破壊光線だ」

「ワタルさんんっ!?」

「ヒスイちゃんはゆっくりお茶でも飲んでてくれればいいよ、僕が全部片付けるからね」


にこっ、と爽やか笑顔で振り向いたワタルさんにそう言われるも、だってあなたのカイリューが清々しいほどの笑顔でロケット団に向かってまた破壊光線打とうとしてるし。
…ど、どうしよう、つっこむべき?

既にロケット団の下っ端の死体の山ができていて(『ヒスイ、まだ生きてますよ、かろうじて。』)、どんどんノックアウトされた下っ端をカイリューがぽいぽいと山にしていくものだから、正直反応に困ってしまう。
このとおりあたしも白波も傷つくことなくここまでこられたのはワタルさんとカイリューのおかげなんだけれど。

…っていうか既に、これって、


「潜入捜査どころじゃないですよね、すごい数の下っ端だし、バレてますよね」

「まぁ破壊光線、無駄に派手だからね」


あはは、と笑うワタルさんに(こんなキャラだっけ!?)(チャンピオンって変人が多いって聞いたことがあるけど…まさか、ね)苦笑して周りを見回した。
…あ、あそこなら。


「ワタルさん、このままじゃ埒があかないのであそこからこっそり中を探ってみます。」

「だ、ダメだよ女の子ひとりで…カイリュー破壊光線!」

「いってきます…」


しっかりカイリューに破壊光線を命じてるあたり、この人は楽しんでいる。
とりあえず危ない人の傍には寄るなと小さい頃注意されたことを言い訳に換気用のダクトの蓋を外してもぐりこむ。
幸いにも、カイリューの破壊光線に気をとられている下っ端ばかりであたしのことを見ている人間なんていない。

…っていうか、あたしがいることにすら気がついてない人のほうが多いだろうけど。

中は狭いけれど空気の通り道、っていうだけあって埃で汚れたりはあまりしてなかった。
道は複雑だったけれどなんとか這いつくばって耳を済ませた。
とりあえずは声のする方向に行けばいいと思う。

微かに聞こえる声を頼りに、あたしは白波とゆっくり…音をたてないように進んでいく。


ヒスイ…感じ、ますか?


蚊のなくような、小さな小さな声で白波が呟いた。あたしには何のことかわからなかったけれど、振り返った白波の顔色が幾分か悪くなり始めていて慌ててボールを掴んだ。
それから、少し感じる違和感。気にしなければなんてことはないけれど…これってもしかして…


「電波が、"音"が強くなった…?」

まだヒスイは感じないのですね…良かっ、た。
 真紅の波導の力が少しずつ弱くなってきているのです。急がねばなりません…



あたしが掴んだボールを見て首を振った。
入らないつもりだろうその態度は白波の揺ぎ無い決意を示している。

白波は頑固だけど、今はまだ、少し余裕がある。ワガママは聞いてあげよう。
あれから随分進んだからきっともうそろそろ着くと思う。

光の差し込むダクトの金網を取り外して下に落ちる。
丁度、ソファの上だったようで豪華でふかふかのそれにぼすん、と音をたてて落ちた。

普通こういうときってもうちょっとカッコいい登場の仕方なはずなんだけれど、な。
まぁいっか!


「正義の味方、ヒスイ参上!さっさと降参しなさ……え?」

「よく来たな、ランスから話は聞いている…君がヒスイくん、か。」


ソファに座ったまま悠々とデスクに向かっている男性に声をかける。
振り返った彼が恭しく帽子をとってあたしを見る。この人、知ってる…

サカ、キ?

にやにやとした笑いが張り付いたそれは気味が悪い視線をあたしに向ける。
どうやらここには電波を発している機器みたいなものはない。
けど、この人がサカキならきっと倒せばロケット団は機能しなくなる…はず!


「ボスの、サカキさんですか?」

「…え、嘘、似てる?一生懸命練習したかいがあるぜ!」


途端、にやりと笑った彼が顔のマスクをびりびりとはがした。(ぐろいって…!)
タレ目の、変な髪型の人ははっきり言って、全然シルバーくんに似てない。


「…えっ、誰ですか?」

「俺はロケット団幹部のラムダだ!ま、趣味は変装。よく似てないって言われるんだけどな」


にかっ、と人懐こい笑顔を向けられて首をかしげた。
一応…この人がきっとエラい人なんだよね。つまり、倒して別の部屋を見なくちゃいけないってことだろうけど。

なんだか調子を狂わされてしまったけれど、とりあえず。

手を上げてパソコンを破壊した。連絡はとらせない、応援を呼ばれちゃ困るし。
ぷすぷすと煙をあげるパソコンを一瞥して彼はにやにやと笑った。


「可愛い顔してやるじゃないの?おまえ、女だろ?」

「はっ…?」

「いいねーこういうウブな反応!」


あっという間に間を詰められて、あたしは焦って後退った。
な、なにこの人、全然キャラつかめないしなんかすごく面倒くさそう…!

彼があたしに向かって歩くたび、あたしは一歩後退する。
ぴたり、と背が壁についてついになくなった逃げ場に舌打ちのひとつもしたくなったけれど、顎を上に持ち上げられて目の前のタレ目に息を呑むしかなかった。

きん、と頭に響く音。先程から強くなる電波。
不味い不味い不味い、はやくしなくちゃ。足を浮かせて蹴り飛ばそうか悩んでいると途端に彼が離れる。刹那、光線があたしと彼…ラムダさんの間を通って壁にぶつかり、大きな穴を開けた。


「おー、おまえの手持ち?破壊光線が使えるハクリューねぇ…」

「白波…?」


おっかねー、とけらけら笑うラムダさんを他所にあたしと彼の間を隔てるよう白波が入って牽制する。
ラムダさんもすぐボールを投げた。…え、みっつも?


「ゴルバット、マタドガス、ラッタ。あのハクリューを始末しろ。」


先程よりずっと冷たい声。三対一なんて卑怯、だと言えれば良かったかもしれないけれど相手はロケット団。
それはあたしのミスだ、予想できたことなのに。

白波は既に電波の影響でふらふらだしあたしも辛くなってきていた。
はやく、なんとかしなくちゃ。じゃないと本当にひどい怪我をするかもしれない。


「っ…白波!」

大丈夫です、ヒスイ。


苦しそうに顔を歪ませた白波が笑った。些か不恰好のそれは白波の自尊心。
嘲笑うかのように立ち塞がる三匹を睨みつけた。


「白波、大文字!」


ぶわり、と白波の口から炎が噴き出される。大文字は確かに高威力な技だけどその分スタミナ消費も大きい。
いつもの白波ならきっとなんてことないんだろうけれど…今の状況は、不味過ぎる。

大文字がゴルバットに直撃するのも気に留めていないように、ラムダさんはマタドガスに煙幕を指示する。
煙の中、視界が遮られて気配で相手を探る。

細かく小さい足音が聞こえる。浮遊しているマタドガスのものじゃない…これはラッタ?
でも、なんだか、嫌な予感がする。大きくなる足音に白波が飛び出した。

あたしの前には長い長いラッタの歯。


「ッ…!」

ヒスイ!!

「げっ…!」


流石にラムダさんもこの事態は予想できなかったのか、多少なりとも気にするような声が漏れる。
鋭い歯は目の前にあって、あたしは動けない。間違いなくこの歯で噛まれると痛いだろうな。

時が一瞬止まった気がした。どうしようもないほどにあたしは何もできない。
人間だからか、それとも"あたしだから"か…こんなんじゃ、誰も救えない。

自分すら最低限まもれるようになるべきなのに。

目の前を水色が駆けた。その体が赤い水滴がいくつもいくつも垂れ落ちる。
噛まれずに済んだ。でも、こんなの、あんまりだよ。


「…白波?」

行かせるものかっ!


長い体に噛み付いたラッタが、白波に振り払われて壁に激突する。
ぼたぼたと落ちる血が絨毯に似つかわしくない染みを広げる。

あたしを庇った白波は既に、満身創痍。あたしの責任だというのに。
振り返った彼の口が綺麗に弧を描いた。


怪我はありませんか?ヒスイ…

「あっ…手、当て……しなくちゃ、」


恐ろしいと思った。笑顔を無理に貼り付ける白波も、後ろでニタニタと笑うマタドガスも。
そして何よりあの人が。人間が。

また、また傷つけた。あたしも、何もかもが怖い。


「まー、おアイコでも俺は問題ないんだよな。悪いけどそのハクリューは始末させてもらうぜ?
 おまえは、俺と一緒に本部行きだ。
 …マタドガス、大爆発しろ」


冷たい声がしてマタドガスが光を発する。
白波はあたしを守るように細いからだが擦り寄ってくる。せめて、せめてこれ以上傷つけないようにあたしもその細いからだをしっかりと抱きしめた。

全てはあたしの判断ミスから始まっていた。正しい選択が何かはいまでもわからない。
でも目の前に見えるのは、勝負に負けたあたしの姿。
弱りきった、白波の体だ。


「ごめんな、さ」

謝罪は必要ありません、ヒスイ。私はあなたを護ると誓った。


白波の笑顔が消えた。マタドガスの光がいっぱいになって、部屋を包み込んだ。もう目も開けていられない。
スローモーションがかかったような世界の中なのに意識だけははっきりしている。腕に力をこめて白波に抱きついた。
死ぬつもりもない、易々と死なせもしない。

たとえ勝負に負けても、全てを手離してなるもんかっ…!

爆発した。ゆっくりとマタドガスが力を放出している気がした。
あたしに擦り寄った体がマタドガスと同じように輝く。それは光の中にいるからそう見えるだけかもしれない。

でもはっきりと、声が聞こえた。爆音の中なのに、とても澄んだ声がした。
しっかり者でやさしくて、あたしの足りない部分をさりげなく助けてくれる。


ヒスイを傷つけるなアアアッ!!


爆音と、切るような風圧と、焦がすような熱を体全体で感じ取った。

ゆっくりと瞳を開けると既に、部屋はぼろぼろに崩壊していた。部屋をしきる壁という壁が崩れてふかふかのソファも無残な姿になっている。
あたしを包む力が少しだけ、緩んだ。その隙間からラムダさんの姿を探したけれどそこにはもういなかった。

爆発からどれだけの時間が経ったのかはわからない。数秒かもしれないし、数分かもしれない。実は数時間経っていたかもわからない。
でも、あたしが顔を上げれば安心できる笑顔が、貼り付けたものではなく、自然とこぼれる大好きで、初めての顔があった。


ヒスイ…私は貴女の剣です。そして、時には盾になります。
 貴女が私を想ってくださるほどに私は…強くなれる。そう、でしょう…?


「白波…っ!?」


どさり、と横に倒れた淡い山吹色の体に迷わず傷薬を吹き付けた。
応急処置程度にしかならないけれど、持っていた薬全てを使って処置をする。

あたしを抱きしめていた巨体は、白波だった。綺麗な水色の体が山吹色となった。
ワタルさんのカイリューよりも大きな体を優しく撫でる。

進化してまであたしを守り抜いてくれた。今度はあたしが、あなたたちを助ける番だよね。


「ねぇ、白波、あなたは…あたしの剣でも盾でもないよ。
 やさしいやさしい、ナイトなんだから。」


今は少しだけおやすみなさい。額にひとつキスを落として彼を撫でる。
体は白波が庇ってくれたとはいえぼろぼろだ。あちこちに飛んできた破片が食い込んで、それを引き抜くたびに声を殺すほどの痛みと多少の血が焼け焦げた絨毯の成れ果てへと飛んでいく。

立ち上がる必要はなかった。休んでいた脳を叩き起こすだけの痛みは十分ある。
白波は本当に命を懸けてくれた。あたしを護るために。あの爆発でこれだけの傷で済んだのは紛れもなく彼が代わりに受けた傷があってこそだ。
だから今度は、あたしが。


「全部ぜんぶゼンブ……消えちゃえ」


自分でも驚くほどの低い声に、体が反応するように疼いた。
手に力が集まって床を伝う。黒の光がはやいスピードで壁の残骸やかろうじて無事である廊下を伝っていく。

白波とあたし以外、視界に映るものすべてを黒へと染め上げる。

絶望に呼応して破壊するんじゃない。白波、あたし、力の使い方間違ってないよね?
そうだよね、アンノーン。今度こそあたしは正しい選択肢を選べてるよね?


--- 上出来だ、"調律者"ヒスイ…。


何処からか聞こえた爆発音の中に、アンノーンの声が混ざった気がしてあたしは瞳を閉じた。



2010.03.15



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