60 : 報復





休憩する間もなく、相変わらず世界は止まらない。
高いビルが並ぶ活気あふれるはずのこの町は、いまや無人ではないかと思うくらいに静か。
その元凶を追い出すため、あたしは…。


「ちょっとずぶ濡れ、本気で行く気かよ!」

「当たり前ですよ、他にどうするってんですか」


若干むっつりと返したあたしに、元ロケット団、現在はフォトショップ"KOGANE"の見習い店員(それってバイトじゃ…)の下っ端さんが考え込む。
ラジオ塔は今、ロケット団に占領されている。ラジオから流れたあのロケット団の放送を聞くまですっかり忘れていたあたしは白波の背に乗って急遽コガネシティまで戻ってきた。

白波の体はもうすっかり良くなって、リハビリに、と乗せてもらったのだ。
流石に白波といったところで、紅霞に乗せてもらうよりはずっと安心して乗れた。
…これからは、白波に乗せてもらおうかな。

なんてことはさておき、彼のいう「イケてる」ユニフォームに着替えたあたしは周りの様子をうかがいながらフォトショップに残っている彼に軽く手を振った。
残念ながら服装は足の出るようなスカートではなく、男性用のものだ。
にしても…ちょっとあたしには大きすぎるような…。


ヒスイ、服変

「橙華もそう思う?やっぱりこの服センスないよなぁ…」




橙華が体ごと首をかしげたけれど、それに気づかないでひとりあたしはうんうんと頷いていた。
だって…どう考えても…!
あたしが改めて自分の着用しているユニフォームに眼を落とす。

まぁ、なんでもいいや。とにかく!今はそんなことで文句を言ってる場合じゃないしね。
堂々としていなくちゃ。
ラジオ塔にはすんなりと入ることができ。階段の前に腕を組んだロケット団の下っ端がひとり、立っているだけだった。
町にもちらほらと見かけたけれどたしかユニフォームが足りないとかぶつぶついってたよね…そんな人数がこの上にいるというのは、慎重に行かなければいけない。

先日の彼…ラムダ、そう、ラムダ。
彼のようにまるでルールに縛られない戦い方をする人間もいる。そういう人間は、誰が傷ついても関係ないんだよね…それは白波が傷ついたあの日、痛いほど理解した。
油断しちゃいけないんだ。今日はみんなついてる。大丈夫。でも細心の注意を払っていかなくちゃ。


「お、お前新入りか?若いのに感心、感心!」

「は、はい、一生懸命頑張ります!」

「よしよし、通って良いぞ!」


すんなりと騙されてくれた彼は「借りモンのユニフォームか?ぶかぶかで大変そうだな」なんて後ろから声をかけてきた。
へらへらと曖昧に笑って頭を下げようとすると、向こう側から赤と黒に包まれた人が走ってくる。
あ、やばい、なんかすごくやばい。

そう思っても時既に遅し。
あたしは俯き加減で(でもバレるわけにはいかないので無視して登り続けることもできずに)なんとか成り行きを黙って見守ろうと決意する。
案の定、彼が荒々しく階段を見張っていたロケット団の胸倉を掴んだ。


「雑魚共!弱虫共が寄り集まって人に迷惑かけるような真似してるんじゃねぇ!」

「なんだこのガキッ…!?」


ああどうしよう、なんでシルバーくんが。
バレませんようにバレませんようにっ!こんなことならさっさと上に上がっておけばよかったんじゃ…!

なんてあたしの虚しい願いは見事に打ち砕かれる。
あたしと目があった彼は、なんと目の前の下っ端を殴って気絶させ、そして今度はあたしの肩を掴んで壁におもむろに押し付ける。

ダンッ、と壁と背中がぶつかり音を立てる。あまりの強さに、むせ返った。


「ヒスイッ……!なんで、こんなカッコしてんだよ、おい!!
 お前がいくらポケモンを大切に想ってて、傷つけられたくないからって…こんなこと意味ねえだろッ!」

「シルバーくっ……!!」


バリバリバリ、と耳をつく音と、布が引きちぎられた痛み。
肩があらわになって、思わずシルバーくんの胸を跳ね除けるように押した。けれど、全く動く気配はなくて。

気がついたときには痛く、抱きしめられていた。


「バカ野郎…」

「シルバーくん………この服、」


借り物なんですけれど。ぼそり、と呟けば、は?と体が離され目を合わせられる。
暫しの沈黙の中、遠くから声がした。上からだった。


「おい、なんの騒ぎだ!?…おい、何倒れてっ………」

「逃げるぞヒスイ!」

「うぁっ!?」


ぐい、と引っ張られラジオ塔から脱出する。
…って、振り出しに戻ったってことだよね!?

借り物のコスチュームは破られるし、侵入には失敗するし、"Monarch"じゃないのに露出してるし。
はぁ…シルバーくんのバカ。あほ。空気読めっ!!


「おい、何ふてくされて…わ、悪かったっていってるだろ!?」

「言ってない!言ってないじゃないですか!もう、なんてことしてくれたんですかー!」

「そんな作戦聞いてない!」

「聞いてない!?だって話してないですもん、いつ話すタイミングがあったと!?」

「よ、弱いヤツの考えそうな作戦だから思いつくワケないだろ!!」

「ッ〜〜〜……もう、バカ!!」


今までにないくらい叫んで、ケンカして、あたしはすぐ近くにあった公衆トイレに駆け込んだ。
シルバーくんがなんか叫んでたけど知らない!もう、この服どうしたらいいのよ!!

乱暴に着替えたのはハナノさんが選んでくれたワンピース。
暫く着てなかったけれど…もう、怒ったんだからね!

トイレから出て行くとバツの悪そうな顔で待っていたシルバーくんが。
まぁここのイベント忘れてたあたしも悪いよね、ふう、大人の対応、大人の対応…。


「あたしも、言い過ぎました。ごめんなさい。
 今からでも間に合うのでラジオ塔にいってきます」

「おい!まさかお前…ロケット団全員を相手にするのか!?」

「まさか!そんな馬鹿正直な真似してる時間も余裕もないですよ!」


そういってあたしは白波のボールを投げる。山吹色の体が大きく伸びをした。
その背に跨って、にやりと笑う。


「下からがダメなら……上から行くんですよ」

全く、貴女って人は…


そう呆れながらもくすりと笑う白波を撫でて、それからしっかりと掴まった。
でも白波は一向に羽ばたく気配はない。…どうしたんだろう、そう思ったその瞬間、腰に腕が巻きついた。


「俺も行く。」

「…はいはい」


シルバーくんもやっぱり気にはしているようで、意思を曲げるつもりはないようだった。
なら、連れて行けばいいか。あたしひとりじゃどうにかならないこともあるかもしれない。
いてくれたほうが、ずっと心強い。

あたしはもう一度しっかり白波の首に腕を縫いつけた。
今度こそ大きく羽ばたいて空に飛んだ。
最上階は展望台になっていて、その部屋の上…丁度屋根となっているあたりに降りる。
白波をボールに戻してから換気用のダクトに潜り込む。ダクトの入り口は閉ざされていて簡単には開かなかったけれど、シルバーくんが開けてくれたので思いのほかすんなりと事が運んだ。


「ッ…あなたたちは、」

「あなたが首謀者ですね」


あたしの言葉に観念したのか、彼は眉を潜め、数秒悩んだ後話し始めた。
水色の髪が鮮やかなのに、彼の瞳は冷たい。

だけど真っ直ぐだった。追い求めるような、渇望の眼差し。
似たような瞳の人を、あたしは知っている。ちらりとシルバーくんを盗み見れば彼もまた何を感じているのか、じっとロケット団を見ていた。

ふと、彼がトランシーバーを取り出した。まずい、と思った瞬間にはもう遅かった。


「"幹部たちに告ぐ。展望台に侵入者在り。至急応援されたし"。
 ふう……さて、紹介が遅れましたね。私はアポロ、ロケット団の最高幹部です。」

「お前の名前など興味はない。さっさと消えろ!」

「威勢のいい…ですが邪魔させるわけにはいきません。
 我々はラジオ局を乗っ取り、全国に向けてこのロケット団の復活を宣言するのです。
 どこかで修行中のサカキ様もきっと帰ってこられ…ん?あなた、その髪と瞳…」


アポロと名乗ったロケット団の幹部はふとシルバーくんに視線を向けた。
もしかして、シルバーくんのことを知っている人…?

声をかけようとしたその時、後ろから声がした。


「アポロ様!…このクソガキ!戦いなさい!」

「ヒスイ!そっちは任せたぞ!」


真っ赤な髪の女の人の標的はどうやらあたしみたいだった。
半ば強制的に任され仕方なくボールを投げる。

シルバーくんのことを知っている人なら…シルバーくんにとって、知られたくないことをずけずけとあのアポロって人は話すかもしれない。
そんな人伝で…しかもロケット団からなんて、シルバーくんの過去は知りたくない。

シルバーくんのお父さんは確かにサカキかもしれないけど…でも、それ以外の、シルバーくんの気持ちとか、想いとか、全部無視した内容なんて知りたくはなかった。
あたしはまだシルバーくんに何も話していないし、シルバーくんのこと、ほとんど知らない。
画面上のライバルだったあたしの世界のシルバーくんは、捻くれてて、素直じゃなくて、口が悪くて、でも優しくていつもあたしを支えてくれてる…背をぴたりと合わせた彼こそが、シルバーくんその人なんだから。

彼の気持ちを尊重するために、あたしはボールを投げた。


「シルバーくんこそ…負けて大恥、かかないでくださいね!」

「ふんっ…それはこっちの台詞だ」


お互いに走り出す。


「さっさと片付けさせてくださいね、おねえさん。」

「小生意気なガキね…あら、丁度良かったわ、ラムダにランス。ガキを始末しましょ」


時間を彼らに与えすぎてしまったようで、残りの幹部がここにくるまでの時間をアポロさんに稼がれてしまった。
真紅だけじゃあ流石に分が悪そう、とちらりとラムダさんを見る。

にっこり、と微笑んだ。まだあたしの腕や足には包帯が巻かれている。
彼もとっくに気がついているだろう。


「数日ぶりですね、ラムダさん。あの時はおアイコでしたけれど、今日は負けませんよ?」

「ははっ、なーに言ってんだよ、こっちは大人3人だぜ?お嬢ちゃん」

「久方ぶりですね、ヒスイ。でもいくら貴女でも私たちには勝てないでしょう。
 私に付き従うと言うのでしたら今ならばまだ見逃してさしあげても良いのですが。」


ランスさんが冷たく笑った。
へぇ、ヒスイっていうのか。なんてラムダさんは言ってるけれど男性ふたりのその態度にキレたのか、萌えるような赤い髪を振り回して女の人が叫んだ。


「アンタたち、そんなこと言ってる場合じゃあないでしょう!?
 行きなさい、ラフレシア!ガキのひとりやふたりチョロいわよっ!」

「ゴルバット、行きなさい。」

「マタドガス、いってこい。おぉっと、今回は仲間がいるから大爆発はさせねぇって、安心したか?」


安心した?馬鹿言え、警戒したっての!
あたしはふたつボールを取り出して宙へと投げる。今回は悪いけれど、あたしも暢気ではいられない。

ボールから飛び出した翠霞と白波、そして真紅に笑いかけた。
ふたつのボールがあたしの手元に戻ってくる。


「いい?三人とも、よく聞いて。
 思いっ切り、暴れていいよ!」

最高だね…コイツら、ムカつくし。手加減なんかしてやんないよ

大人げないとは思いますが…すみません、ラムダ、貴方だけはヒスイを傷つけた以上生かしておくわけにはなりませんので。

うわっ…白波、相当キてるねー。まぁ僕も許したわけじゃないんだけど。
 でも復讐は白波に任せて、僕はサポートにまわるよ


「(…ちょっと、まずいかなぁ)」


あの白波がぷっつんしているだなんて、槍でも降るんじゃないかな、なんて思いながらも頬が緩んでしまう。
白波を信じてる。でも、すごく嬉しいんだ。あたしのことを大切に想ってくれてるから、怒ってくれてるんだよね。

白波が息を吸った。口元が光ってくる。
これは言わずもがな破壊光線だ。最初っから飛ばしてくるなぁ…白波ってば。


「白波、破壊光線!…ッ真紅!」

任せて。白波、アンタの隙はボクが埋める


破壊光線をまともに受けたのはマタドガス。やはり、あの大爆発を懸念して先手を打ったのだ。
白波も翠霞も、真紅のようにあたしの心の中を覗くことはできないけれど、あたしの戦い方は理解してる。

飛び出した真紅がラフレシアに蹴りをいれる。


「うっとおしいポケモンね…ラフレシア、毒の粉!」

「翠霞、アロマセラピー!」

任せてよ、ついでに光の壁!

「ゴルバット、あのメガニウムに超音波です!」


サポート役から潰そうとしているのか、ゴルバットが翠霞に近づいてくる。
だけど反動はもう終わったんだよ、残念だったね、ゴルバット。

白波がゴルバットの前に立ち、にっこりと微笑んだ。その瞬間、雷が落ちてくる。
威力の高いそれにゴルバットが床に落ちると、向こうでもラフレシアをノックアウトさせた真紅がこちらを振り返った。

全員倒したと思った、けれど、ラムダさんはにやりと笑った。


「…なんてな、マタドガス、大爆発だ!」

「ッ…翠霞!」


ぎゅっと目を瞑ると大きな爆風があたりをとりまいた。
でも…悪いけれど、ラムダさん。


「ありがとう、翠霞。」

白波に話を聞いたときから警戒してたんだよね。


がらがらと音をたてて透明の壁が崩れた。
白波に気をとられている間に翠霞にはリフレクターを張ってもらっていた。
その確認と、力をリフレクターにこめるようにと叫んだのだけれど、必要なかったみたい。

だってあの、天才翠霞様ですしね。


「ありがとう、翠霞。でももうひとつお願いがあるの」

なぁに、ヒスイ?ヒスイの言うことならなんでも聞いてあげるよ


お互いににっこりと笑顔を貼り付けたまま幹部3人に向ける。


「あの三人に、痺れ粉。」


思いっきりキツめのやつをね。

翠霞は楽しそうに笑い、そして、反対に彼らは恐怖で青ざめていた。
ざまぁみろ!



2011.09.12



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