61 : 悪戯





あの騒動から一転して、静かな場所に足をつける。
冷たい風が進むべき道の先から吹き付けてくる。

流石に下にジュンサーさんにジョーイさん。それにジムリーダーのアカネさん、マサキさんにあとはあとはえぇっと…と、とにかく、そんな感じでいっぱい人がいてそこに降りる勇気はなかった。
いつの間にかシルバーくんはいなくなってたし、あたしはあたしでやることがあるワケで。

だから展望台に侵入する際に使用したルート、つまり天井から外に出て白波にチョウジタウンまで飛んでもらったというわけだ。
飛んで逃げた際に下から主にアカネさんからのブーイングはあたしの耳には届いてない。えぇ、断じて届いてなんかいない。
まるで指名手配犯のような逃走劇を終え、ようやくチョウジタウンから進める。

ロケット団は解散した。ひとつ、目的は果たし終わったはずなのだ。
ここまではわかっていたことだった。あたしという異端分子を抱えても尚この世界はあたしの知る運命から逃れられはしなかったということ。
だからといって、彼もあの洞窟でただじっと待っているという気はしないのだ。
それはあくまであたしの「予測」の範疇は超えない。

ロケット団のほうが普通は解決が困難だと思うんだけど、あの組織はちょっと…おバカな方が多いし。
それに比べてこれからの説得という名の戦いは真剣勝負になると思う。(別にロケット団が真剣じゃないとは言わないけど)(苦戦したことは記憶に新しいしね)

白波を一撫でしてからボールに戻す。ここからの道のりは白波や翠霞には厳しいものだ。
冷たい風ごときで弱るとは到底思えないタフさだけど、でも無理はさせたくない。
かといって紅霞を出すのも…としぶっていると、手をぐ、と握られる。


ボクでいいでしょ。紅霞を呼ぶ必要は、ないし

「ん…真紅?」

ボクじゃ不満なワケ?


じとり、と勝手に出てきた真紅に睨まれてしまう。
氷ポケモンにも水ポケモンにも強い真紅ならあの山くらいは、越えられそうだけど。

そう考えてから、首を横にすると不服そうな視線を外される。
どうやら不機嫌さは直ったみたい。よかったー。

ところで、さっきからなんか暗いような…


「今日って天気悪いっけ?」

天気じゃなくて…アイツ、ヒスイに用事みたいだけど

「へ?」


真紅の指差すほうを見上げると、真っ赤なギャラドスがあたしを見て、不器用に笑った。
ここはいかりの湖ではないのに、なんで。そう口にする前に彼が大きな口を広げた。


この土地の下はいかりの湖とつながっていてな。…坊主、そう睨むな。

「ギャラドスさん、」


どうしてここに?という質問をぽつりとこぼす。真紅はいつでも戦えるように拳を作っているけれど、ギャラドスさんには戦う気がないように思えた。
ずずず、と音を立ててあたしに顔を近づける。大きな瞳があたしをとらえた。
こんなにギャラドスって大きかったんだ、精神的にも時間的にも落ち着いた状況で見てなかったような気がして、改めてそう感じる。

忘れたか?と低く、言われて首を捻る。彼の瞳は少しだけ寂しそうで、あ、と小さく声が出てしまう。


「もしかして、紅霞に勝ったから…?」

思い出したようだな。さぁ、ボールに入れろ

「えっ、でも!」


確かあの約束は本気ではなかったように感じていたし(それはあたしの主観だけど)、そもそも賭けの対象はあたしであってギャラドスさんではない。
だからこそその申し出には簡単に頷くことができなかった。恐らくとても優しいポケモンだ。あたしを心配してくれている。
だからなのかもしれないけれど、彼は長年このいかりの湖を守ってきたのではないの?

だとすれば尚のこと連れていってしまうことはできないというのに。


余計なことはお前さんが考えることじゃあない。
 俺を連れて行け、後悔はさせない。



有無を言わせない言い方に反論は喉で滞ってしまう。
ちらりと真紅を見ると、頭に声が響いた。真紅の声だ。


別にいかりの湖の主、ってワケじゃないみたい。
 ただコイツ正直いけ好かない…紅霞の気持ちが少しわかるよ。白波より、なんていうか



厳しそうだし。なんて小声になる真紅のふわふわの頭をそっと撫でる。
確かに、「甘くは」ないよね。でもいい刺激にはなると思う。大人の白波だけじゃなくて、真紅たちにも。

だから、着いてきてもらいたい。彼に。

鞄をに手を入れてボールを取り出そうとして、ふと我に返る。
ロトムくんのボールで、もしかして…最後、だったの?

つーっと背に流れる冷や汗。ギャラドスさんは眼を大きくして混乱しているようだった。
混乱しているのはあたしも同じで。鞄に手を入れたあたしと、首をかしげるあたしと。
硬直する世界。

どっ…


「(どうしよう……!!)」

…どうした?おまえさん、複雑極まりない顔をしているが


もしかしてヒスイ…』と呟いた真紅の言葉に引きつった笑顔を返そうとしたとき、後ろからだみ声が響いた。
振り返ると釣竿を持ったおじさんがあたしに笑いかけて、隣に立つ。目の前のギャラドスさんに臆することなく豪快に笑った。


「おうおう嬢ちゃん、ギャラドス相手に度胸あるなぁ!」

「お、おじさん、こそ?」


真紅に向けられるはずの苦笑いがそのままおじさんに向かうと、一瞬鋭い視線で射抜かれて、むせるほどの衝撃を背中に受けた。
一瞬驚いて息をすることを忘れて、数秒してむせて咳をすれば、怒ったようなおじさんの顔。
それから少し、視線を合わせたままだったけれどすぐにニカッと笑う。


「お・に・い・さ・ん!だろ、嬢ちゃん!!クカカッ」

「す、すみません…げほ」


少し残る息苦しさに眉をしかめるとそれをみたのかおじさんが眉尻を少しばかり下げる。
悪かったな、と頭をぽんぽんと叩かれる。


「嬢ちゃんに乱暴しちまったな。すまんすまん、ギャラドスの良さをわからねぇ連中の多さに辟易してたとこでな。
 つい、興奮しちまった。悪いな…ほれ。」


ぽん、と手に押し付けられる青いボール。スーパーボールとは違うそれを受け取ると、おじさんが帽子の上からぐりぐりと頭を撫で付ける。
照れ隠し…?んん?


「あの、これ」

「嬢ちゃんギャラドスを捕まえたいんだろ?ボールの在庫も尽きちまったみてぇだし、それ使うといい。
 知り合いから譲り受けた珍しーいボールでな、ルアーボールっつうんだ。ほれ、投げてみろ」


ギャラドスなんて滅多に釣れねぇんだぞ、と笑うおじさんに誤解を解こうかと口を開いた瞬間、ぐっと強い力で押し付けられる。
目の前の赤い光。慌てたように黒い手がのびてあたしの体を支えたが、それと同時にあたしの目の前から彼が消えていた。
そう、ギャラドスさん。

そして動いているボール。チカチカと点滅するボタン。まさかっ…!


「ギャラドスが自分からボールに入っただと!?嬢ちゃん…ナニモンだ…?」

「どっ…どうしよう真紅!?」

ボクにわかるわけないじゃん…!とりあえずボール投げてみ……あ。


真紅が提案したときには既にボールの揺れも、ボタンの点滅も静かになっていた。
顔を見合わせて、静かになったボールをとりあえず高く掲げてみる。


「ぎゃ、ギャラドス、ゲットだ…ぜ?」

はぁ…言葉もないよ、全く。


バカヒスイ、なんて呟かれてぐうの音も出ずに、にこやかにしているおじさんに頭を下げた。
でもごめんなさい、やっぱりおじさんはお世辞にもおにいさんとは呼べないです。



釣りのおじさんと別れてから暫く進むとついに氷の洞窟(精確には抜け道、らしいのだけれど洞窟に変わりはないし…)の入り口にたどり着く。
曝け出された足にぴしぴしと容赦なく吹き付ける冷たい風に思わず毛穴がキュッとなった。(気がした)


ヒスイ、ホントにそのカッコで行くの?その…足。

「わかってるよ、ちょっと待ってね…」


きょろきょろと辺りを見回して茂みを見つけて、潜り込む。それから鞄からタイツとマフラーを取り出して着用した。
ワンピースだから寒いには寒いけれど、これでなんとか素肌は守れそう。
マフラーは魔法がかかっているみたいに暖かくて、待っていてくれた真紅の手をとって寒い洞窟の中に踏み込む。

上から落ちてくる雫が凍ってつららになって、それでも凍らなかった分は地に落ちて水溜りから氷を張る。
そうやってこの冷たい洞窟内は凍りだらけでブーツで慎重に歩いていく。


「すごいねぇ…寒いし、こわいけど、とても綺麗。ほら真紅、あれはつららだよ。
 光が反射して、すごく綺麗だー……っぅあ!?」

ちょっとヒスイ!?気をつけてよ!


ぎゅっと手を握られて、危うく転びそうだった体をなんとか持ち直す。
余所見してたら危ないなぁ、油断しすぎかなって凍った地面をブーツの先でとんとんしながら真紅に視線を移す。


「ごめんね、ありがとう。やっぱり凍った道はこわいねー…気をつけないと。」

ホント、ヒスイはボクがいないとダメだよね

「うう……」


返す言葉も見つからず、真紅に繋がれたままの手を見やる。
迷惑してないかな、こんなんじゃ嫌じゃないかな…もっとしっかり、しないとだめだよね。

鼻の頭につんとしたものを感じたのに気づかないフリすればくるり、と真紅が振り返った。
黒くてふわふわした手があたしの目を柔らかく塞いで、すぐに離された。

青い帽子に黒い髪、紅い瞳が目の前に映る。あれ、少し、視線が高くなって、


バカすぎるよ、ヒスイ。
 ボクがヒスイに対して怒るときは、ヒスイがボクを裏切ったときだけだし


「真紅…背、ちょっとのびてる?」


鼻先が触れるほど近づいて、それから、視線を合わせる。やっぱり、前に見たときよりちょっと成長してる。
すごい!やっぱり成長期なのかな?まだまだ幼いと思ってたのに真紅もおっきくなってるんだ。
紅霞と翠霞のときは進化で急成長しすぎて全然気づかなかったし、白波は元々大人だったし…

擬人化の成長速度にも個人差があるとか?…翠霞に相談してみようかな。


ね、成長してるのが背だけだと思ってるワケ?油断しすぎ。

「へっ…!?」


目の前の顔が大きくなって、呼吸が、止まる。
触れそうで触れない距離。白くなった真紅の息が顔にあたる。口角を上げて、細くなる紅い瞳が悪戯心だと理解させているはずなのにあたしだけ麻痺したように少しも動けない。


このまま奪っちゃおうか、


アイツらどんな顔するかな、と真紅が力を入れた瞬間、力強く引き寄せられた。
真紅とは反対側からの力、そのまま目の前から赤い光に包まれて真紅が消える。

何がなんだかわかんなくて腰が抜けたようにその場に崩れてしまったあたしを後ろから抱きしめる腕。
真紅がボールの中に戻ったということがようやく働かない頭で理解したあたしが振り返ると、至極不機嫌そうな真紅とは少し違う紅い瞳。紅い髪。鋭い視線。


「お前のポケモン、躾がなってないんじゃないのか?」

「あっ…シルバーくん、真紅、ヒトだったのに?」


言葉が足りないあたしの疑問もにシルバーくんは答えずにボールを落とした。
受け皿のように広がったワンピースがそれを受け止めて、暫くしてからボールをしまった。

なんで真紅のボールがわかったのかとか、そもそも擬人化してた真紅がポケモンだとなんでわかったのかとか。
どうしてこんなところで油売ってるのかとか、色々尋ねたいことはあったんだけど。

でもさっきの真紅の行為が頭の中でぐるぐるまわる。
あれは……もしかして、もしかしなくとも、「触れてた…?」


「ッ…触れたのか?」

「え?」

「唇、触れたのかって聞いてる。」


苛々したようにシルバーくんに睨まれる。掴まれなおした腕がみしみしという、痛い。
もしかして声に出してた?いや、それよりシルバーくんに見られて…?

自覚すると、一気に顔に熱が集まったように感じた。まさか、あたし真紅とキス…!?
いや、あれは家族のスキンシップ的なものとしても!(真紅はまだまだ子供だしっ!)
それをシルバーくんに見られたという事実があたしを真っ赤にさせた。正直、真っ青になりたい気分だったんだけど体というのは羞恥にめっぽう弱いみたいだ。

答えられずにいれば掴まれた腕ごと体を壁に押し付けられた。
行き成りで背中に本日二度目の衝撃がくる。痛いし、冷たいし、こわいし…っ!


「シルバーくっ…」

「キスしたのかって聞いてるんだ!!」

「・・・ッ!!」


答えようがないよ、だって一瞬だったし確証はないし、そんなのわかるわけないのに。
シルバーくんの痛みに耐えるような視線と腕にはしる痛みと、悲痛な声が、あたしから声を奪ってしまう。

そのまま、シルバーくんとの距離が縮まって、視界が一瞬だけ暗くなった。



2011.12.28



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