62 : 混在





世界が、黒に染まってる。
息苦しい。それから、すっごく、

鼻が痛い。

もがけばもがくほど、強く締まる腕。
抜け出せないことを理解してふ、と力を抜く。それから腕を彼の背に回して抱きしめ返した。
ぴくり、と少し反応した。それから一瞬力がこもって、やがて力が緩まる。

それでも腕は外されることなくあたしを捕らえ続ける。
別に、困ってるわけじゃない。腕も緩まって苦しくはないし、鼻も押し潰されているわけではないし、むしろ暖かい。
シルバーくんの清楚なにおいに包まれて絆されかけていると、ふとシルバーくんが顔を上げてしかめっ面になった。ああ体温が逃げてく!


「それ、」

「え?」


顔を上げて、シルバーくんの視線先を辿る。顔だけど目が合わなくて、何かと首を傾げれば途端にそこが絞まる。
ぐえ、と声に出してしまいたかったけど(なけなしの)プライドでそれは踏みとどまる。
絞まったのは、マフラーのせいで。


「これ、ジムリーダーのマツバのマフラーだろ」

「あ、はい、そうです」


素直に答えたら余計に首が絞まったちょっと待ってギブギブ!なんでそんなに怒ってるの!
つい咳き込むと慌てたようにマフラーから手が離される。

釣り目を少しだけ伏せて心配そうに覗き込む赤い目があたしを捕らえる。
わかってるよシルバーくん、悪気はないんだよね?とマフラーを緩めながら笑顔を作った。


「わ、わるい」

「げほ…大丈夫、でも、どうしたの?」


そう聞けば途端に押し黙る。とりあえず何か怒ってるような雰囲気くらいは理解できる。
いつもそんなにおしゃべりってわけではないんだけれども今日はとことん話しづらい。
というか何を思ってるか話してくれないし、いきなり、抱きしめるし…

い、いや!よく考えたら鼻の痛みと苦しさで完全に失念してたけど抱きしめられてたのか!

思い出して顔に熱が集まるのがわかった。ここが寒くて心底よかった。今頃ゆでだこ状態だったかもしれないし。
ひんやりとした風が通るのが今はただただ心地良い。

そんなあたしの心境を知ってか知らずか押し黙っていたシルバーくんが少しだけ、顔を背けた。


「なんていうか、その…不安っていうか…」

「不安?それって・・・」


どういう意味なの?って聞こうとして、言葉を飲み込んだ。
わからないことをなんでも聞いていてはシルバーくんのことは理解できない、そう思った。
だから今度はあたしが口を閉じて、彼の言葉を咀嚼しようとした。

だけどいきなり彼は顔を勢いよく上げて、暫く赤い顔であたしを凝視して回れ右をした。
は?え??あたし何か地雷踏んだ!?と焦ったけれど黒い服の袖を掴んだ。


「ま、まって!」

「いやだ!」

「嫌とか言わないで!どうせフスベに行くならっ…方向一緒だし!一緒に行こう!」


離さない!と言わんばかりにシルバーくんの腕に抱きついて阻止すれば、は、離れろ!と洞窟内にシルバーくんの声が響いた。
それから暫くの押し問答が続いて、あたしの「一緒に行かないなら離さない!」という半ば脅迫じみた脅しに屈したシルバーくんが肩を落として頷いた。

いつも助けてくれるくせに、一緒にいたくないってどういうことなのかな。
抱きしめてくるくせに、離れたいってどういうことなんだろう。

少し寂しいけれど、でも、彼だって思春期の男の子であるわけだし、あたしから興味がなくなったって、普通のこと。
なんて言ってて馬鹿みたいに傷ついてるのを誤魔化すようににっこりと笑って彼の腕を離した。


「お前ひとりじゃ、どうせ迷子になったり滑って転んだり、悲惨な結果なのは目に見えてるから」


ほら、と手を差し出される。
一緒に行こうと言えば嫌だといわれて、悩めば手を繋いでくれる。ますます、わからなくなる。
知りたいとも思うけれど今はきっと聞いちゃいけないんだ、聞いてしまったらきっと逃げられて、あたしじゃ追いつかなくなる。

だからもう、あれ以上は聞けず仕舞いで繋がれた手を大事に、奥へ奥へと進む。
進めば進むほど冷たい風が肌を切ってるんじゃないかってくらいに痛く感じる。けれどここで手をポケットにつっこむと滑って転んでシルバーくんを巻き込むかもしれない。なんて考えるとそれはできなかった。
別に壊滅的にバランス感覚がないとは思わないけれど、彼の前で何度も失敗してる手前馬鹿な真似はできない。

先導してくれる背中を見ながらふと、彼は今ここがどこで、出口に向かっている確信があって先導してくれているんだろうか。
そーっと顔を覗き込むと、少し赤い顔がこっちを向く。寒いのかな?いつもあったかそうな恰好してるけど…。


「な、なんだよ」

「出口、わかって歩いてるんですか?」

「…は、」


一瞬の沈黙の後、少し考えたシルバーくんはボールを投げる。出てきたのはゴルバットだった。
ああ、進化してる。とこっそり思いながら彼を見る。彼はちらりとあたしを見た後、主人であるシルバーくんを見る。

ごめんね、ズバットちゃんは今いないんだ…あたしのポケモンじゃないし…。
なんとなく寂しそうなゴルバットくんに心の中で謝罪してその成り行きを見守る。


「ゴルバット、出口を探せ」

へいへい…


ゴルバットくんは嫌そうにあたりを飛び回る。けど、別に懐いてないわけではなくて、たぶんシルバーくんが嫌いなわけでもなくて、そういう性格なんだと思う。
少し演技染みていたし。

ぱたぱたと飛び回るゴルバットくんを見ながらシルバーくんが口を開いた。


「あのズバットは元気なのか?」

「ズバットちゃんですか?多分、元の洞窟に戻ったんじゃないかなぁ…あれ以来会ってないんですけれど、」


ぴくり、とゴルバットくんが震えた。ああ、気がかりだよね…恋人だもんね…。
いつか会わせてあげたいなぁ、シルバーくんを連れ出さないといけないから難しい。
だってシルバーくんって神出鬼没だし…。

ぼーっと考えていると手が引っ張られる。見るとゴルバットくんは先にぱたぱたと飛んでいて、シルバーくんが後を追おうとしていた。
ああ、迷惑かけちゃったなと足を動かせばふ、と彼が笑う。


「考え事しながら歩くと転ぶぞ?」

「転びませんっ!!」

「どーだかな」


くっくっ、と押し殺したような笑い声が聞こえる。いつも不敵な笑みしかしないシルバーくんの笑った顔に驚いて息が詰まる。
ふと目があって、すぐに不敵な笑みに戻ってしまう。ああ、レアだったのに。


「ぼさっとするな」

「はぁい」


また気をつけて歩き出したあたしに視線を投げかけながらも納得したのかシルバーくんも歩き出した。
凍った場所は転ばないようにゆっくり、ゆっくりと歩いていく。

氷の混じった土を踏むといつもより音を立てる。

そういえば白波の故郷は、フスベだったよね。とりあえずついたら、まずは龍の穴に行こうかな。
確かそこにミニリュウとかいたような…気がしたから…
そう考えるとふと、寂しくなる。白波がまだ"ミニリュウ"だった頃、あたしは彼をここまで連れてくるために捕まえた。
もし、ここに残りたいと言ったら?そんなこと、ないだろう。けど。
それでもやっぱり不安になって唇を固く結ぶ。

どうであれ、龍の穴に行こう。白波がどうするかは別に、前に聞いた龍族の長と話してみたい。
白波の意思は、トレーナーとして、家族として、尊重すべきだ。
ぎゅ、と手を握るとシルバーくんの視線があたしに向けられる。


「・・・寒いか?」

「平気、です」

「平気な顔ではないだろ」


言葉こそきついものではあるけれど、心配そうな表情に笑顔を作る。
寒いのは寒い、もちろんそれは軽装のあたしには仕方ないことだけれども、また彼を心配させてしまうのは嫌だからほら、と彼の手を引いてゴルバットの背中を追いかける。

と、ふと、赤と白が目の前をよぎる。
まるでサンタクロースのような恰好のポケモン…あれって、なんだっけ。

ぱたりと図鑑を開くとデータが出てくる。


「へぇ、デリバードって言うんだ…おぼえてなかったなぁ」

「ポケモン塾にでも行ってたのか?」


声がかかって思わず「え?」と振り返る。シルバーくんは少し眉をひそめた。


「おぼえてなかったって、言っただろ」

「あ、あぁ…そう!そうなの!塾!」


慌てて頷く。そうだ、シルバーくんはあたしが向こうの世界の…厳密には違うような気がするけれど、とにかく向こうの世界で生きていたことを知らない。
向こうで知ったこと、といってもほとんど薄れてしまった曖昧な記憶だとしても、それは迂闊に口にしていいものではない。
すっかり油断しきっていた自分自身に喝をいれて、それから急ぎ足のデリバードの背に手を振って見送った。
かわいいなぁ、なんであんなに急いでたんだろう?

図鑑を見ながら、プレゼントという攻撃方法にくすりとしてしまう。
ほとんど活用されないこの図鑑(オーキド博士ごめんなさい!)は実に便利なものだったりする。
技名とかも調べられるし、ゲームにはなかった機能が追加されてて知識の少ないあたしは重宝してる。
はやく、アップグレードしてほしいなぁ…真紅やロトムくんのデータが入ればいいのに、そしたらもっと彼らを知れる。

鞄に図鑑を戻して息をつくと、甲高い声がした。ゴルバットくんが何か焦ったようにばたばたしている。
何事かとあたしが走る。シルバーくんも追うように走ってくる。
まるべく凍ってない道を走れば一面氷が張っている真ん中で舞妓さんがおろおろとしていた。
あたしたちを見るなり手を振ってから、口元に手を当てる。


「草履が氷に張り付いてとれなくなってしもたんどす!後ろから背中を押して助けてくださいましなー」

「は、はい!今行きまっ…ぐえっ!」

「早まるな馬鹿。どうせこけて変なところに滑っていくのがオチだろ」


マフラーをひっつかまれてついに変な声をだしてしまったが、この際気にしてはいけない。
シルバーくんを見、でも!と抗議の声を出せばふ、と彼が笑った。


「行ってこいニューラ!傷はつけるなよ」


ボールから出されたのは悪い猫のようなポケモン。どうやら氷が得意らしく颯爽と滑って彼女の後ろにつくと、ゆっくりとその背を押し始めた。
あのポケモン、どこで捕まえたんだろう?ここらへんでは見かけない気がするけど…

彼女を押したニューラは得意げに笑ってからこちらに戻ってくる。
ありがとう、と感謝すればすぐにニューラは赤い光に包まれてしまった。


「ほら、いくぞ」

「あ、はい。でもあたしは大丈夫ですよ転びませんって!・・・・ってうわああ!!」

「…世の中じゃそれを転んでるっていうんだろ」


呆れたように転んだあたしを見て手を差し出す。ぐうの音も出ずにその手を借りると思ったより強い力で引き寄せられる。
足元が氷じゃ中々バランスもとれなくてシルバーくんに抱きついてしまって、慌てて離れようと腕に力をいれる。

けど、体はそのままだった。まわされた腕はかたい。


「ゆっくり、バランスをとれ。掴まったままでいい」

「え、でも」

「いいって言ってるだろ」


あたしがバランスとれたのを確認して、ゆっくりと手を引いてくれる。
嫌じゃなかったかなぁ…ごめんね、シルバーくん…やっぱり迷惑かけてばっかりだ。
わかってはいたけど項垂れながら(でもシルバーくんの手はがっちり掴んだまま)(実に現金なものである)なんとか舞妓さんのところまでいくと、彼女はシルバーくんとあたしに頭を下げた。

しゃらん、とかんざしの綺麗な音がした。


「ほんま助かりましたえ…おおきに。あんさんらええ人どすなぁ。
 ふふ、お熱いどすわぁ・・・若いってええどすな」

「なっ…!!」

「あ、別にあたしたちはそんなんじゃ…」


否定しようとした途端、シルバーくんがあたしの手を離し、走り出してしまった。
ああ、置いていかれた…まぁいいか、お互いフスベには用事があるわけだし…。

でもさみしい。中々仲良くなれないなぁ・・・。


「はぁ…」

「ふふ、仲がよろしゅう」

「そんなことないですよ、今だって逃げられてしまいましたし」


肩を落としたあたしに微笑むだけで舞妓さんも出口へと向かっていった。
強い風が吹き込んでマフラーをぎゅっと握る。


「彼、赤い顔で走って行きましたんえ」


なんて、舞妓さんが言ってることにも気がつかず。



2011.02.19



back

ALICE+