63 : 勇敢





フスベについてから、身を切るような寒さから随分和らいだ風を感じながら白波をボールから出した。
ぐ、といきなり肩をつかまれて、首を捻る。


「どうしたの?白波。おなかすいた?」

ヒスイッ!!真紅に何かされませんでしたか!?


ぐぐぐ、と顔を近づけてくる白波に「大袈裟だよー」と笑って見せた。
そりゃああんまりほめられたことではないけれど、真紅もまだ(リオルからルカリオに進化したとしても)幼いのだから、甘えたい盛りなのだ。
そして悪戯盛りでもある。

ああヒスイが穢されてしまった…』だのなんだのわけのわからないことを項垂れながらぼやく白波を引き摺ってポケモンセンター裏のほうに歩いていく。
実際は引き摺れるはずもないので(体重がまるで違うからね)、とぼとぼと後ろから白波がついてくるかたちではあったのだけれども。

龍の穴と呼ばれる洞窟が見えたあたりで足を止める。流石に、波乗りしないと行けない距離にその洞窟はあるようだった。
ゲームではすぐそこだったけれど、波乗りかぁ…ちらりと白波を見る。


乗られますか?

「…流石に、濡れたくないかなぁ」


寒さは氷の抜け道より幾分か紛れたとはいえ、やはり寒い。普通の地域に比べると、寒い。
かといって飛ぶには些か不便な地形でもある。周りは狭く助走もつけにくいし、何より目立ってしまう。
街中でカイリューが飛行するとなるとどうしても物を破壊しかねない。
じつはとても面倒だったりするのだ。
白波も波乗りは可能だけれども得意ってわけではないから、やっぱり濡れてしまうだろうし。
(それに第一、空を飛ぶを使うほどの距離でもないんだよね)

と、ここまで考えて思いついた。彼に頼もう!


「ギャラドスさん、お願いします!」

波乗りか?


ボールを投げて出てきた赤い身体の彼に頭を下げる。秘伝マシンを彼の頭に近づけるように掲げれば、ディスクから放たれた光の球がギャラドスさんの中に吸い込まれていく。
前の羽休めの技マシンのときと違って、光の球になってしまった…前々から思っていたけれどよくわからない作りの秘伝マシンに首を捻る。

そもそも彼なら波乗りの秘伝マシンを使って技をおぼえる必要性を感じられないのだけれど、それを彼に聞けばどうやら人を安全に乗せるすべを学んでいるそうだ。このディスクから。
やっぱり納得ができなくて鞄にしまわれたディスクに首を捻った。
が、いつの間にか人の姿になっていた白波がギャラドスさんとあたしを繋ぐように手を差し出してくれる。
やっぱり寒そうで、眉尻がいつもより少し下がっているようだった。


「白波、寒い…?」

いえ、大丈夫です。それより…


波乗りで離れた洞穴まで進んでいく。ギャラドスさんは速い泳ぎで進んでいるため幾分も風が冷たい。
マフラーがばたばたと宙で遊ぶ。白波が後ろからあたしを支えてくれる。

少し、白波が緊張しているように感じた。強張っているのが、ただ寒いだけなのかはわからないけど、あたしを支える白波の手が少し痛い。
一族の長と会わなければならない。彼がなぜフスベを出、なぜロケット団に捕まったかはわからない。
もちろん知りたいとは思うし、何かくすぶってるなら力になりたい。
片手はギャラドスさんの背について離せないけれど、反対側の手を白波の手と重ねる。

出会った頃よりあたしも、白波も。ちゃんと成長してるよ。

ようやく対岸にたどり着いてギャラドスさんに御礼を言うと、彼はニヒルに笑って水に潜った。
どうやらこの先も波乗りが必要になるところがあって先回りしてくれるそうだ。
大丈夫かな…?野生のポケモンに襲われても彼なら大丈夫だとは思うんだけれども。

入り口に立っていた男の人がす、と腰を曲げた。
あたしにではなく、それは白波にしているのだと視線の先から感じられた。


「お待ちしておりました。長老様のところまでご案内いたします」

ありがとうございます


抑揚のない声で白波が答えるのを黙って聞いていた。
お互いに、無言。どういう間柄なのかもよくわからないし、何よりこの重々しい空気。
案内されるがままなんとなく階段っぽいような坂(きっとそんなに手を加える必要もないからだろうけど)を下る。龍の穴内部は少しじめっとしていて、普通湿度があれば若干暖かく感じるはずなのにそういうわけでもなく、冷たい空気が漂ってる。

男性がちらり、とあたしを見、それから視線を少し下げた。


「では、失礼致して、」


そういうと彼はきらきらと輝いた。いや、変な話なんだけれども輝いたのだ。
その瞬間彼は消えていた。違う、消えたわけではない。キラキラとした瞳をあたしに向けたままだったのだから。

彼は、ハクリューだった。


おや、進化したのですね


嫌味ったらしく白波が言った。珍しい、彼がそんなことを言うなんて。
キリッとした顔のハクリューはつんとして答えずに先を飛び出した。慌ててギャラドスさんを呼ぶ。


「ギャラドスさん!」

わかっている。ほら乗れ


ギャラドスさんに先に乗った白波に向かってジャンプする。きっちりと受け止めてくれて、そのまま流れるようにギャラドスさんにしがみついた。
水の中にいた彼は冷たかったけれど今はあのハクリューを追うのが先決だった。


「ギャラドスさん、彼を追ってください!」


彼は大きく鳴いて追いつくためにスピードを先程より出してくれる。危うく落ちそうになれば後ろから白波が被さるようにして支えてくれた。
後ろ抱き、と口を真一文字に結んで腰に回された腕に耐える。ううう…思うにこっちの世界に生きてる人もポケモンもスキンシップ過剰というか距離近すぎというかまぁ今更だけどさぁ…。


ヒスイ?大丈夫ですか?


整った顔があたしを覗き込むものだからつい逸らして「平気です…」と力なくこたえてしまった。

ギャラドスさんがハクリューに追いついたのはそれからすぐ後のことだったけれどなんとか赤くなった顔を元に戻すことには成功した。
す、とハクリューが地に降りてあたしを見る。何も言わずに、ただ、あたしのことを見ていた。
それを遮るようにして白波が立ち塞がる。なんだろう、今日の白波は機嫌が悪い。

そう思ってすぐにハクリューの彼が口を開いた。


『飼われたのですか、哀れな』

…飼われたとお考えになる貴方の思考が哀れだと気づくべきでしょう?

『ふん…調律者ならば救えると?もはや、手遅れとも知らずに』


冷たい視線がぶつかっていて、思わず後ずさった。背に硬いものがぶつかって振り返ればギャラドスさんがいた。
困ったように口を閉じて、それから言葉を選ぶように視線を迷わせた。


人間がそうあるように、ポケモンにも確執があったりする。生きていればそうなるものだ。
 カイリュー…白波と言ったか?彼もまた、生きているというわけだな



自嘲気味に笑った彼がボールに戻ったのにも気がつかず、白波はハクリューを睨みつけたままだった。
確執、ね…何があったか知らないけれど、でもほら、挨拶って大事だと思う。頑張れ!空気ぶち壊せ!


「白波のお友達なんですね!あたしはヒスイ、あなたは?」


にっこり、なるべくにっこりを心がけて手を差し出す。ハクリューは手がないから困っちゃうかもしれないけど、まぁ気持ち気持ち!
なんて思ってたら差し出したあたしの右手を鋭い視線で射抜いた後、さっさと行ってしまわれました。
うぐぐ、嫌われちゃったなぁ。右手をぷらぷらさせて戻せば白波にそれを捉えられてしまう。


すみません、彼が…

「白波のせいじゃないから!ほら、行こうよ」


調律者扱いが、嫌だと思ったんだ。わがままだけど、だけどあたしはあたしなんだって、伝えたかったんだ。
それが拒まれた気がしてつらいけど、全員に好かれるなんてそんなことあるわけないって知ってる。
必要とされているだけましなんだよね。


ヒスイ、・・・

「だいじょうぶ、」


ぎゅ、と手を握って歩き出した。大きな手が、長い指があたしの指と絡んで暖かい。
水のカーテンがすっと空いてそこから入る。祠がくる途中に見えたけれどあそこは恐らくドラゴンポケモンを選ぶ"人"のための修行施設のようなもので、ここは違う。

そのドラゴンタイプが済む恐らくすごく神聖な土地。
澄んだ空気があたしと白波を包んで、澄んでいるはずなのに呼吸をするのがつらく感じる。

奥に腰掛けたカイリューの青い瞳が視線をあたしに投げかけた。


『そなたが調律者か、為るほど…良い眼をしておる』

「初めまして、ヒスイと申します」


深く呼吸をして、少し下げた頭を上げる。なるべく胸を張って、顎を引く。
正直に言うとまだこわい。自分が人間であることを否定されるのは、とてつもなくこわいことで。
だけどあたしは出会ったポケモンたちと、まだ出会ってないポケモンたちと。
いい人の未来も悪い人の未来もみんなみんな背負ってるんだ。
それ以上に、ここに白波もボールに入った彼らも守らなくちゃいけない。家族だから、仲間だから。

だから、知らなければ。


「過去を、学びにきました」




2012.02.25



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