◎64 : 変改
しんと辺りが静まる。
案内をしてくれたハクリューも、まわりのミニリュウたちもあたしという一点を見つめたまま動かない。
そしてあたしも、彼、龍族の長の言葉を待った。
あたしにとって、本来ならば眼を瞑って通り過ぎたい場所だった。
まず第一にあたしが調律者としての責務を全うするための過程であるからである。
正直なところ、あたしはまだ踏ん切りがついてはいなかった。自分が人間でもなくポケモンでもないという異端を受け入れ切れていない。
それに、あたしはこの世界に降り、この旅を始めて随分経つけれどこの世界を離れる気はまるでない。
彼らがあたしの望む答えを必ずしも持ち合わせているとは思ってない。だけど、一度受けているもの、本当はできるかぎりやり遂げたい。
ただしあたしは善人ではないから、あくまでついでで、用が済んだら、はいさようなら。なんて元の世界に送り返されるなんて"のたまう"ものならばこの場にいる龍族全員を敵に回してでも責務を放棄して進ぜよう、だなんて覚悟はある。
そして第二に、白波がこの地出身であること。
これはすごく重要なこと。前者はまだあたしに決定権があるけれども白波の事情は白波に決定権があるのだからあたしがどうこう言うべきことではない。
だからここには訪ねたくなかった、白波は、大人だ。あたしよりもずっと。
ここに来るまでに白波の誠意はきちんと受け取ったつもりだし、彼から受けた愛情を疑っているわけではない。
だけど、彼にはあたしと同じように責務があったんじゃないだろうか。
あたしを一目見て「調律者」だと気づいた。そう思っていたけれど違う。
恐らく、白波は・・・
『よくやってくれたな、ミニリュウよ』
「
…は。」
頭を下げた白波を横目に、それでもあたしが怖気づいてはおしまいだと食いしばる。
なんで黙ってるの、白波。あなたはミニリュウじゃない、立派なカイリュー。あなたの名前はミニリュウじゃない、白波でしょう!
「失礼ながら!」
一歩前に出て、頭を下げた白波より長に近づく。
深く呼吸してから、白波を見る。
「彼はミニリュウではなく、立派なカイリューです。あなたと同じ、カイリューです。
そして彼には白波という名がありますゆえ、」
言葉を、そこで切った。
長である彼なら、白波がもうカイリューであることはわかっていたことだろう。これは侮辱だ。
あたしをなんと言おうとも気にしない。だけど大切な家族を蔑むようならば容赦などしない。
いかばかりか射抜くように長を睨みつけてやれば彼は少し、ため息を吐いた。
恐らく白波にではなくあたしにだろう。当然だ、彼らにとって、そして人間にとっての希望である人間がこうも感情的であることは彼らにとって好ましくないだろうから。
だとしてもあたしは怒りを抑えることはしなかった。さっきも言ったけど、あたしは善人じゃあない。
『ミニリュウ…失礼、白波を扱う者じゃ、いかほどのものかと考察しておったが、とんだじゃじゃ馬娘だったようじゃの』
「自覚しておりますが、白波を"扱った"と考えたことはございません」
『…確固たる瞳をしておる。しかし主、』
長が、白波を見る。困ったように白波が顔を上げると、長が柔らかく笑った。
・・・どうやらあたしは試されていたような、気がする。
『白波、良い名をもろうたな』
「
勿体無いほどの、名にございます」
ふわりと白波が笑ってようやくあたしも肩の緊張をほぐすことができた。
ここには喧嘩をしにきたわけじゃない。だけど話を聞くより先に確認したいことがあった。
「過去を学ぶ前に、ひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか」
『答えられる範囲であらば。』
「白波の目的は、"調律者"を探し出すこと」
ぴくり、と小さく、白波の肩が震えた。やっぱりそうだよね、ずっと燻っていたこと。
「目的がよくわからないあたし」の前に「あたしの正体と為すべき事」を知っている者が"偶然"にも出逢う?
あまりにも出来過ぎた話だ。
だからこそ聞かなければいけない。
『そこまで理解していて何を、』
「"調律者"であるあたしをここまで導いた白波を、今後どうなさるおつもりですか?」
確認すべきなのはここだ。
あたしは白波に、絶対の信頼を寄せている。だから彼があたしをただの"調律者"としか見ていないだなんて疑ってはいない。
問題なのは、一番大切なのは、今後白波とあたしが、みんなが、一緒にいられるか。
今のあたしにとってこれ以上重要なことなんてない。
『…そなたは、どうあるべきと考えるかね?"調律者"よ』
質問に質問で返すとは、なんて少しむっとした。だけど、これはチャンスにも思えた。
あたしの意見を聞いているのだから、少しくらいは可能性があるんでしょう?
心配そうにあたしを見る白波。それは、不安なのかな。何考えてるのかは真紅じゃないからわからないけど。
でもあたしは白波を信じてるんだから、そんな不安そうな顔、しないでよ。
「あたしは、白波を家族だと思っています」
しん、と静まり返る。水が流れる音が無音にだけはさせまいと頑張ってくれている気がした。
ふと左手が何かに包まれる。見ると白波の手があたしの手を包んでいた。
大きな手、あたしを何度も助けてくれた暖かさ。嬉しくなって、ぎゅって握り返した。
「家族は一緒にいるべき。あたしは、そう思ってます」
緩んだ顔のまま長にそう続けると、長も朗らかに、笑った。
「ねぇ、白波」白波はどう思ってる?
そう尋ねようと彼のほうに顔を向ければ、柔らかな圧迫感が体中に広がった。
こうして白波がスキンシップをはかってくることなんて中々ないな、レアだー。なんて抱きしめられながら思う。
甘い香りがする。あったかくて、しあわせー。
とか思ってると小さく耳元であたしの名前を呼ぶもんだから途端にほんわかムードではなく慌てて離れてしまったけれど!
『ほっほっほ、仲睦まじく暮らしておるようで安心じゃ!
早速、本題に入ろうかの』
「う、は、はい…」
「
どんな話か私も詳しくは存じ上げておりませんが、私がいますから」
家族は共にあるべき、でしょう?
ふわりと、と微笑まれて、つられて笑顔になる。思ったよりあたしが緊張していたみたいで面目ないな、なんて。
長に真っ直ぐ、向き直る。まずは聞かなきゃ、そして果たすべきことを、為さなくちゃ。
もちろんそれに大事な家族と離れるという結末がついてこない場合だけどね。
『さて…知っているだろうことをまた聞かされることは苦痛であろうからの、知りたいことを聞くが良い。答えられる範囲であらば答えよう』
「聞きたい…こと、」
白波のことですっかり頭がいっぱいになってて、慌てて整理する。
まず、過去。白波が推測をまじえて話して話してくれたものは、真実という確証がない。
彼女が、何者か。まずはそれを知らなくちゃ。
「"ヒスイ"について、教えてください。あたしは彼女をまるで知らないから」
『…彼女はとても平和な世界から来たらしく、力は持っていなかった。
ただ、慈しみの心と、ポケモンへのひたむきな愛情があるだけ。
それでも彼女の願いはとても強いものであった…この世界は、願いが強ければ強いほど、ポケモンはそれに応える。そうは思わんかね?』
「…そうですね、そう、思います」
それ以上は教えてくれなかった。だけど"ヒスイ"はきっととても優しい人だったんだろう。
だから、今ポケモンたちは人間と共に生活できている。
次に、これも彼女についてだけど。
「"ヒスイ"はどうなったんですか?」
『消滅した、と云われておる。じゃがそうは思わん。あるべき世界へと還ったと、わしは思っておる。』
「
還った…?」
『その通りじゃ。何故今アンノーンたちの力があれほどまでに衰退しておるか…
それはすなわち、"ヒスイ"の身を案じておったからじゃ。そして、"ヒスイ"を助けた』
神の欠片を作ることは"ヒスイ"と力を合わせることができたなら、アンノーンたちにとってはそれほど苦行というわけではなかったはず。
そう長が視線を下げながら言う。
どれだけ、"彼女"は強く、偉大だったんだろう。気になって尋ねてみた。
『彼女は、小さな少女だったそうじゃよ』
丁度、おぬしくらいの年頃かのう。と朗らかに言われてしまった。
(元々の年齢はさておき)この年代、あたしはどんな子供だっただろうか。短く小さな足で、祖父を追いかけていた気がする。
初めて買ってもらったゲーム。子供らしく、騒いだ。
あの頃は御祖父様も健在で・・・。
目を伏せたあたしの顔を覗き込むように白波が屈んだ。
大丈夫、と笑ってみせて、それから視線を上げる。
「あたしは、"調律者"は、人間でもポケモンでもないのですか」
逃げ出したい。心底そう思った。だが彼、長は少し眼を見開いて、白波を睨みつけた。
『頭ばかりでかくなりおって…その答えじゃが、頷けも否定もできぬ。
おぬしは何をもってして"人間"と、そして"ポケモン"と位置づけるのじゃ?』
「そ、それは・・・」
『力があるということが人間ではないというのなら、そなたは紛れもなく人間ではなかろうて。』
それから叱るように、白波に『あまり怖がらせるな』とたしなめたのが聞こえた。
白波は押し黙った。それから、申し訳無さそうにあたしを盗み見る。
化け物だと罵られたこともあったけど、でもよく考えたらあたしはそれ以外ではいたって人間そのものだ。
人間以外の姿はとれない。それだけで、なぜか胸を撫で下ろせた。
そう思うと急に力が抜けてふらり、と体が傾く。
慌てて離れた左手があたしの後ろに回され、少し強めの力で支えられた。
「
すみません、私が至らないばかりに」
あなたを傷つけてしまった。眉尻を下げた白波の顔が映って、あたしは首を横に振った。
「ポケモンとか、人間とか、関係なかった。生きてるってことだった。
それってすごい素敵なことだって、わかったの。たとえあたしが曖昧だったとしても、それでも、あたしも、人間もポケモンも存在して生きている。
それだけで十分だって、」
彼に差し出そうとした己の手の汚さに、同時に自嘲してしまう。
同類だね、よろしくね、なんて・・・間違ってた。お互いが曖昧な存在であるからって同情し傷を舐め合うべきじゃない。
伝えなければならないことは、思い出とか、感情とか。幸せのはずなのに。
ああ、最後に聞かないと。
「最後に。
・・・あたしはこれから、どうすべきですか?」
その問いに、彼は瞳をゆっくりと細めた。
『何をもって区切りとするか。ではおぬしは区切りをつけるべきと考えるのかの?』
彼の言っていることがいまいちよくわからず咀嚼する。
区切り、それは、役目を終えること。役目を終えたら、あたしは元の世界に還らなければいけないかもしれない。
役目を"終えなければ"?パラドックスだ。
つまりあたしは役目を終えたとアンノーンに思わせなければ"還ることができない"。
ばっ、と顔を上げたあたしに長は口角を上げた。
『おぬしがどうしても区切りをつけるべきじゃと思ったその時、答えを見つけるべきじゃ。
そしてひとつの妙案を思いついたようじゃの』
「・・・はい!ありがとうございました!」
わしは何も言っておらんて。茶目っ気たっぷりに瞳を閉じて笑う彼に頭を下げて白波に抱きついた。
あたし、仕方ないから世界まもる!
嬉しくてそう言えば白波がそれもちょっと、と苦笑しながら抱きしめ返してくれた。
2012.02.27
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