65 : 新開





「よ、調子はどうだ?」

「あ、いつものおじさん!」


ジムの入り口でおじさんに話しかけられる。サングラスは相変わらずで、その奥から鋭い眼光があたしに向けられる。
いつもと違う雰囲気で軽くした返事の続きを飲みこんでしまった。

緊迫感を肌で感じる。
それが、良い事か悪い事かはわからない。ただこの奥に続く飲み込むような施設と、ピリピリとするこの空気が、あたしの首を絞めるようで。


「よく、ここまで来たな。キキョウジムで出逢ってからいろんなことがあったと思うが…
 未来のチャンピオン、信じてたぜ!」

「あはは…そう、ですね、」


ついにきてしまったんだ。ここまで、きたんだ。
もう戻れない、戻るつもりはないにしても、それでも崖っぷちに立たされているような気になって喉を鳴らす。

とん、と肩に手を置かれて振り向いたらおじさんがニカッと笑った。


「未来のチャンピオン、健闘を祈ってるぜ」

「…おじさん、ごめんなさい。あたし四天王には、挑戦するつもりはないんです」

「まーそうだろうと思ってたが、それでも、未来のチャンピオンには代わりないさ」


その才能は伝説のチャンピオンに匹敵するからな。と笑われて「伝説のチャンピオン?」と首を捻る。


「ワタルさんのことですか?」

「いやー、ワタルに勝ち、そして次のチャンピオンにも勝ったヤツがいたんだが、チャンピオンを辞退したんだよ」

「それ、って」


ぞくり、と背筋が凍る。伝う冷や汗を感じる。
その人を知っている。あたしは、知っていたはずなのに・・・!

黒い髪が風に揺れるのを見た。赤い瞳が細められたのを見た。笑うピカチュウを、あたしは見ていた。


「レッドっていうガキなんだが、消息不明らしいな。」


言葉が、声にならずに喉で溶けた。




「これより、挑戦者ワカバタウンのヒスイと、ジムリーダーイブキのバトルを行います!」


よろしくお願いします、と頭を下げる。
正直今回は苦戦しそうで口を硬く結んだ。使用ポケモンは3体、と告げられる。

最初に出されたのはギャラドスだった。
それならとポケギアを差し出す。大きなギャラドス相手ではあるけれど相性的には有利。
よろしくね、
「橙華!」

橙華頑張る。アレ倒す。


ふわっと浮かんだ橙華がギャラドスの顔の位置まで飛んで対峙する。
ばちばち、と音を鳴らして橙華が動く。


「ギャラドス、噛みつく!」

「っ…橙華、避けて!」


急旋回して避けようと試みた橙華だけどあの鋭い牙が掠ってしまった。
噛みつくは悪タイプの攻撃技。攻撃力の高いギャラドスに効果抜群の攻撃技があたると、いくら相性が良くたって傷は浅くはないだろう。
それに、あのギャラドス…すごく速い。次に避けられるかはわからない。

地に体をつけているとはいえ、ここはジム内。
さほど広くもなくあの大きなギャラドスの跳躍なら橙華の浮遊能力と引け劣らない。


「次は当てなさいギャラドス、もう一度噛みついて!」

「橙華、電磁波!動きを鈍らせて!」


真っ直ぐに向かってくるギャラドスにも怯まず電磁波を放つ。
麻痺した巨体が横たわり、険しい表情で橙華を睨みつけた。

これで暫くは橙華が近づかなければ噛みつかれはしないだろう。

「橙華、上昇して電撃波!」

「させないわ、ギャラドス、龍の怒り!」


ぞくり、と鳥肌がはしった。龍の怒りの怖さは白波のときで十二分に理解しているつもりだったから。
あの威力が当たれば橙華も危ない、と叫ぼうと口を開くけれどもう遅かった。

ギャラドスの口から竜巻のようなものが真っ直ぐに橙華に向かっていく。
橙華からも電撃波が放たれる。合わされば竜巻の側面に絡みつくようにして電撃波が伸びていく。
橙華は、動かなかった。

瞬間、爆風であたしは目をつむった。


「橙華!」


爆風の中、叫んだ。橙華は無事だろうか、痛くなかったかな、こわくなかった、かな。
まだ収まらない爆風の中細く目を開く。かろうじて、橙華は浮いていた。
ベルトから橙華のボールを取り出して向けようとした。

ふわ、と橙華が少し浮く。


橙華負けない。ヒスイ、居場所くれた。だから負けない。

「とう、」


ばたん、と大きな音がして青い巨体が崩れ落ちた。
イブキさんが渋い顔をしてギャラドスをボールに戻す。


嬉しかった。だから、


ありがとう。橙華がいつもの表情で、それでも笑ってるように思えて、ボールじゃなく手を掲げた。
「ギャラドス、戦闘不能!」という声も遠くに聞こえるくらいにあたしの腕の中に落ちてきた橙華をゆっくりと撫でた。

弱々しく擦り寄る橙華に小さくキスをしてボールに戻す。
こちらこそ、ありがとう。久しぶりにボールでゆっくりしてね。


「キングドラ、任せたわよ」

「翠霞、お願い!」

任せてよ


キングドラに向かい合う。たしかタッツー・シードラの進化系だけどドラゴンタイプがあるはず。
ということは…翠霞の草タイプの攻撃の通りはいいわけではない。

だけど水タイプの攻撃は翠霞なら十分耐えられる…任せたよ、翠霞。


「翠霞、葉っぱカッター!」

「キングドラ、煙幕で牽制なさい!」


葉っぱカッターが煙幕の中に消えていく。恐らく命中はしてないと思う。
この視界の悪さじゃどんな技にしてもヒットさせるのは難しそう・・・翠霞も静かにキングドラの様子を窺う。

埒があかない、と口を開いた。


「翠霞、マジカルリーフ!」

了解、行くよ!


葉が飛んでいく。それを耳をすませて聞いていればどこかでキングドラが呻くような声を上げた。
でもこのまま煙幕がはれるまで同じことを繰り返すことはできない。
向こうからは翠霞がどこにいるか大体わかっているからだ。

ならば、こちらから攻めてやろう。


「翠霞、マジカルリーフ!蔓でそれを追ってキングドラを捕まえて!」


指示に頷いた翠霞が蔓でマジカルリーフの後を追う。
そのままキングドラを捕らえて煙幕の上に持ち上げる。


「のしかかり!」


蔓をしまう要領でキングドラを引き寄せた翠霞がその体でキングドラに圧し掛かる。
キングドラが呻く中、イブキさんの口角が上がった。


「今よ、破壊光線!」

「しまっ…!!」


眩い光線が翠霞を押しどけてジムの天井まで彼の重い体を浮き上がらせる。
思い切り天井に強打した体がそのまま落下する。

あれじゃ、翠霞が…!

急いでボールを向けて翠霞をしまう。よかった、地面落下の追い討ちは避けられた。
ごめんね翠霞、すぐにポケモンセンターに連れて行ってあげるから。

キングドラが鋭くあたしを睨みつけていた。久々に追い詰められた感覚を味わう。
戻す気のないキングドラにひとつ、息を吐いた。


「白波、おねがい。」

ええ、お任せください


必ず、あなたに勝利をお約束いたします。彼があたしの手をとって薬指にキスをする。
うう、まるで騎士のようだな、と顔に熱が集まるのを感じた。
そうだあの時ロケット団のアジトの地下で白波に言った言葉。

--- やさしいやさしい、ナイトなんだから。

顔を上げた私に青い瞳が優しく細められた。安心して、あたしも笑う。


「いってらっしゃい、白波。」

はい、いってきますね


白波が進化してから、そういえば初めてのジム戦だ。
ドラゴンタイプの弱点は、ドラゴンタイプ。でも大丈夫、白波は強い。

手負いのキングドラの体力は僅かのはず。


「魅せつけて、龍の怒り!」

本物の怒りをお見せいたしましょうか

「キングドラ、動きなさい!」


キングドラが力を入れて避けようとするがはやい"怒り"がキングドラをとらえると反対側の壁に叩き付けた。
今のキングドラは破壊光線の反動で動けないはずだ。

白波は相変わらずニコニコと笑っているのがまたこわい。こわすぎるよ白波…。


今のは翠霞と橙華の分をお返し致しただけです。さあ、次のポケモンをお出しください。
 龍族の誇りをかけて、完膚なきまでに叩きのめしてさしあげますよ



目が笑っていない白波に苦笑していたら、くるり、と白波が振り向いた。
どうしたんだろう?と首を傾げるとにっこりと笑顔を貼り付けて『図鑑を見てください』とあたしにまた背を向ける。

言われたとおり図鑑を開いたところでイブキが歯を食いしばってボールを投げた。
出てきたのは綺麗な瞳をしたハクリューだった。緑の瞳で真っ直ぐに白波を見つめていた。
あの緑の瞳、どこかで…


ヒスイ、準備はよろしいですか?

「へ?あっ」


慌てて図鑑を見る。技、増えてる。もしかしてこれ…?
そう思って白波を見ると、黙って彼はひとつ、小さくうなづいた。

でも、この技は命中率が不安。ハクリューはドラゴンタイプ。白波はドラゴンに加えて飛行タイプも追加されているからめっぽう氷タイプ技に弱い。
・・・冷凍ビームがあるとも限らない。

でも、怖がっていても前進できない、し。


「ハクリュー、電磁波!」

「ッ…神速で避けて!」


目にもとまらぬ速さで白波が避ける。緑の瞳が大きく開かれた。
距離は詰められた。一発で、決められるはず。

任せるよ!


「白波、流星群!」

龍族の誇り、その身で受けなさいッ!


ぞくり、と震えた。図鑑に表示された流星群の文字。
龍族の全てを懸けた最強の技。

目の前で起こっていることがわからなくなりそうで、言葉を失った。
爆風が収まったそこには凛と背筋を伸ばして立つ白波と、横たわるハクリューの姿。


私の誇りは、誰にも崩させはしません


ピシャリと言って振り向いた彼があたしに歩み寄ってくる。
あたしがお礼を言おうと口を開くけれど、そこから声が出てくることはなかった。

崩れるように(でも体重はあまりかけられずに)あたしを抱きしめるオレンジの体。
そんなに疲れちゃったかな、大技、だから?白波、と声をかければ回された腕が強くなる。


「ごめんね、白波。あとありがとう、疲れてるならポケモンセンターまでボールに、」

ヒスイ、私、ようやく理解しました。望む答えを。

「…う、ん?」

ですからやはり、負けたくないな、と思うのです


一体何の話かな、と首を捻ればそれ以上は話を続ける気がないようで、彼の視線がイブキさんに移った。
離れていく体にそれほど疲れた様子は見受けられなかったので、もう一度ボールに入るか一応尋ねてみた。

首を静かに横に振られて彼女に向き合う。


「あの、イブキさん、バトルありがとうございました…」

「…憎らしいほどにあのカイリューはよく育てられていたわ。このハクリューが敵わないポケモンなんていないと思ってたもの」


それも、同じドラゴンタイプに。そう曖昧に笑ったイブキさんはあたしの勝利を認めたくないようだった。
ハクリューと目が合う。緑の瞳がキラキラとあたしを見つめ返した。


「この子は、大切な人のパートナーの妹なの。
 なぜかあなたからは、彼と戦っている気分になった。おかしいわよね、あなたはまだ旅を初めてそれほど経っていないんでしょう?」

「・・・はい。」


この、ハクリューが誰かはわかった。
ワタルさんのカイリューの妹なんだ。だから、この瞳をおぼえていたんだ、あたし。

流石にチャンピオンのワタルさんと比べられるとちょっと気恥ずかしかったけれど、ワタルさんに会ったことは伏せておこう。
彼女の瞳、きっと、恋する女の人の眼。だからあたしが会ったことを言うとやっぱり不愉快になるだろう。

今度ワタルさんに会ったらフスベに少しでもお休みもらって顔出すように言っておかないと!



2012.03.06



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