◎08 : 沈みゆく大地
「ヒスイ!」
眼を開けると、シンクがいた。
「もう着いたんだ、シンク。」
「そんなことはいいよ!今アリエッタの魔物とラクトが荷物を陣の付近に運んでる。
っていうか無茶しすぎ!考えなさ過ぎ!いい加減にしてよ・・・」
ぎゅう、とあたしの手をシンクは握った。
そうか、倒れちゃったのか、あたし。ばっと起き上がってブーツを履いた。
シンクは無言であたしのことをただ見ている。
「止めても、無駄なんでしょ?」
「そうだね、あたしがこうして頑張らなきゃいけないのは、ここに生きてる人たちを救いたいから」
せめて、死んでしまった人たちの大切な人を救うため。
苦しい胸を押さえてあたしはまた陣に飛び出した。
ばん!と7回目の音がしたとき、後ろから声をかけられた。
「導師ヒスイよ、こんなところで何をしている?」
「投獄されたって聞いたけれど、詠師ヴァン?」
ふう、と膝をつく。シンクは最後だろう転送のために住民を先導していた。
「このような力が・・・まさにローレライの使者だな」
することはローレライに反するものだが、とヴァンが笑った。
そういえばこの服もヴァンが特注で作らせたものだったっけ・・・なんか無性に脱ぎたくなってその考えをぶち壊した。
止めるの?とちらりと見上げれば、いいやと短く答えた。
「障気障害者を増やさないために導師ヒスイは救助活動を行っている。・・・だろう?」
ああ、そうか。この人は。
ホドを崩落させた人たちを許せない以前にやはり、同じような人間を作りたくなかったんだ。
本当は、彼は、悪い人なんかじゃなくて。
理想を追い求めてるだけ・・・それはあたしも一緒で。
「そうだね、詠師ヴァン。先遣隊をここに集めてから奥に行ってくれると助かる」
尚もあたしは命を考えて。それはきっとあなたも同じで。
にっこりと笑ったその表情を了承ととってあたしはまた立ち上がった。
ルークたちがきた、とシンクから報告を受けて転送の準備をする。
先遣隊の人もワケのわからないままシンクやアリエッタに言われてここにきたんだろう。
よくわからない顔をして陣に乗る。
「さぁ、ラストだからアリエッタも乗って。あ、アリエッタの友達、君もだよ?」
あたしをここまで運んでくれた大きめのライガの頭を撫でて乗せた。ラクトにも、乗ってもらう。
「アリエッタは今犯罪人として本来ならダアトにいるべき人間だから。
ラクトがダアトまで"連行"してあげて」
「わかりました。」
「シンクもほら、乗って?」
そう言って詠唱を始める。どどどど・・・と地が揺れた。始まってしまった・・・!
あたしは詠唱を続ける。はらり、と上から石が落ちてきた。
「危ない!」
シンクが陣から飛び出してあたしの上に落ちてきた岩を砕いた。
ああ、詠唱が終わっちゃう・・・!
ばん!と音を立てて人が消えたと同時に大地が崩れた。
あたしを庇うように抱きしめながらシンクは落ちていく。
彼の意識も、あたしの意識もそこで途絶えた。
「ヒスイ、起きてください」
ジェイドの声であたしは失っていた気を取り戻した。
ぐっと身体を起こすと既に起きていたシンクに身体を支えられる。
「無理しないでよ、あんだけ力を使ったんだから。」
「力?なんのことですの?」
近くにいた女性があたしの顔を覗いた。ああ、ナタリアに会うのは初めてだったなぁ。
あたしは薬を噛み砕いて飲むと、起きたルークにそっと眼をやった。
ここに六神将のシンクがいることでほんの少しぴりぴりしているようだった。
ルークはあたしには気付かずにティアのほうに寄った、その刹那。
「ぅ・・・痛いよぅ、父ちゃ・・・」
声が、した。
まさか、そんな救ったはず!ばっと泥の海に眼をやると彼がいた。
あたしに水をくれた、少年だ。
ナタリアが「今助けます!」と海に入ろうとするところをジェイドとティアに止められた。
胸が苦しい。けれど彼は、もっとつらいだろう。
力の入らない足を思い切り叩いて立ち上がらせると、手を掲げ詠唱を始める。
途端時を司る晶霊であるゼクンドゥスが出てきてあたしの肩を掴んだ。
彼が出てくるなんてよほどでない限りありえない。
『今すぐその詠唱を止めろ。でなければお前もタダでは済まない』
「・・・。」
時よ・・・ぴたり、とこの付近の時が止まった。
動かないのは無機物だけで、ルークたちやシンクは止まっていない。
こうすることで力を少しでも長引かせることができる。
シンクはだっと泥の海の上を走った。凍っているわけでも固まっているわけでもない。
ただシンクという異物に対応できないのだ、時が止まっているから。
ずるり、と彼に覆いかぶさっていた男から彼を抜くと抱いて戻る。
シンクがこちらに戻った瞬間時が進み始めた。
どくん、と胸が鳴った。
「今のは・・・?」
「今回復しますわ、ヒール!」
少年の傷は癒された。彼をナタリアに預けてシンクがあたしに近寄る。
どくん、また胸が大きくなる。途端視界が真っ暗になって怒涛のように咳が押し寄せる。
悪魔が、まるで暴走するかのように。
チカチカと視界が点滅して、微かに見えたのは赤だった。
真っ赤に染まった、あたしの手は、自らの口元を押さえていた右手。
ノドを切ったわけじゃない。これは悪魔じゃない。
シンクが何かを叫んでいるのが見えたけれど、あたしにはもうその声は届かなかった。
本物の悪魔が、覚醒した。
「ヒスイ!?ねぇ、しっかりしてよヒスイ!」
「ティア、ナタリア、回復を!」
シンクの悲痛な叫びにジェイドが我に返り2人に指示を出した。
彼女たちが回復を唱える間、ガイとイオンはあたりを見回す。
ここに浮かんでいる地面ももう沈みかけていた。
「旦那、ここももうじき沈む。あそこにあるタルタロスに乗り込もう!」
「くっ・・・シンク、ヒスイをよろしく頼みますよ」
ジェイドの顔が苦々しく歪んだ。彼がこんな顔をするとは珍しい、と導師イオンは思った。
同時にこんなに近くでシンクを見たのは初めてだとも思っていた。
「イオン様、時間がありません」
「あ、はい、すみません。」
ヒスイは浅い呼吸を繰り返していた。上手くできないのか、胸が上下に動く。
シンクはただ彼女を離すものかと力強く抱いてタルタロスに乗り込んだ。
簡易のベッドに横にさせてぎゅ、と彼女の服を握り締める。
「死神に、言われてたんだよ」
ナタリアとティアは必死に回復譜術を施してヒスイの呼吸を整えさせた。
シンクは彼女たちが回復している間も離れようとはしなかった。
「ディストですね」
「・・・あいつが一番ヒスイの体のことを知ってた。ボクだけに教えてくれたんだ。
ラクトも知らない、ヒスイの身体のこと。
・・・ヒスイの身体には、別の悪魔がいる」
それは、原因不明の悪魔で。
譜術を使用すればするだけ蝕む毒で。
解決方法が何もなくて・・・救われているのに、救うことができなくて。
「ヒスイは、このままだとっ・・・」
「シンク・・・」
イオンが、そっと名を呼ぶ。
きっ、とシンクが彼を睨みつけてそのまま近づくと胸倉を掴んだ。
「アンタが導師として、しっかりやればヒスイはこうならなかった!
アンタのせいだ、アンタのッー・・・!!」
「シンクやめなよ!イオン様は悪くない!」
アニスがシンクの手を掴んで睨む。
ああ、お前なんか被験者イオンの足元にも及ばないね、所詮アンタもレプリカなんだよ!
そう叫ぶことが出来ればどれだけすっきりするだろうか。
ぐっ、とその言葉を飲み込んでまたヒスイの傍に座った。
「・・・外の様子を、見ましょう」
ジェイドの一言でぞろぞろと出て行く。
タルタロスを暫く動かして、沈むことがないか確認したあとジェイドは甲板に向かった。
ヒスイがうっすらと眼を開いた。シンクははっとしてヒスイの手を握った。
「ヒスイ!・・・まだ、起きちゃダメだよ」
「シン、ク・・・ここは、タルタロス・・・?」
ごほ、と咳き込む胸を押さえて上半身だけ起こした。
少しだけ深呼吸するとぎゅ、とシンクをヒスイは抱きしめる。
「心配、かけたね。ずっと泣いてた?」
「ば、バカでしょアンタ、ボクが泣くはず・・・!」
す、とシンクの言葉を遮って彼女は彼の顔を隠していた仮面を取り上げる。
真っ赤な瞳がそこにはあって、バツの悪そうな顔をしてシンクは視線を泳がせた。
仮面を返してくすりと彼女が笑うと、「・・・当たり前でしょ」とだけ彼は呟いた。
「外の様子を、見たい」
「だめだよ、まだアンタは安静にしてなくちゃ。」
「シンクがついてきたらいいだろ?」
にこっ、と彼女が笑った。
この笑顔にシンクはめっぽう弱い。彼女を横抱きにして甲板を目指した。
「そうですわね。アクゼリュスは・・・消滅しましたわ。何千という人間が、一瞬で・・・」
「それは違うね」
ナタリアの言葉を遮ってシンクが甲板に姿を現した。
ヒスイはいそいそとシンクの腕から抜け出すと、へらりと笑った。
「ご心配おかけしました、導師ヒスイ、ただいま参上!なんてね」
「もう、心配したんですよヒスイさま!」
怒ったようにアニスがぷぅ、と頬を膨らませた。
ごめんごめん、とヒスイが謝った。まだ本調子じゃないのか、顔色が幾分か悪い。
ジェイドはちらりとヒスイを見てからシンクに向き直った。
「どういうことですか、シンク。」
「ヒスイはアンタたちがアクゼリュスに到着する数日前から住民を避難させてたんだよ。
ほとんどの人間は今頃バチカルの城の地下にある訓練施設に運ばれて保護されてるって手筈」
「まぁ、この事を導師ヒスイはご存知だったのですの!?」
「・・・秘預言に詠まれていることを身体の弱い導師イオンに代わって詠むのがあたしの仕事ですから。
本当はもっと多くの民を、救うべきでした。あたしの力不足です。」
頭を、深々と下げた。ナタリアは少し考えた後、頭を横に振った。
「あなたは・・・その小さな身体で、たった数人の仲間と精一杯の努力をなさったのでしょう?
最善の努力をしていただいて、キムラスカの代表として礼を言いますわ。
わたくしはナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアです。」
す、と右手を差し出されヒスイもその手を握り返した。
でももう無茶はなさらないでくださいませ、というナタリアは優しい笑顔をしていた。
ですが・・・と続けたナタリアはルークを見た。
みんな、ルークを見ている。
事を起こしたのはルークなのだ。
「……俺は……俺は悪くねぇぞ・・・・
だって、師匠が言ったんだ……。そうだ、師匠がやれって!
こんなことになるなんて知らなかった!誰も教えてくんなかっただろっ!
俺は悪くねぇっ!俺は悪くねぇっ!!」
切羽詰ったようにルークが激しく弁解をする。
そうだ、ヴァンに言われたようにやったんだ。浅はかな行動なのは否めないけれど、ルークひとりを責めるのはお門違いだ。
ヒスイはそう思ったが、ジェイドがくるり、とこちらを見た。
大佐?とティアが視線をジェイドに向ける。
「艦橋に戻ります。……ここにいると馬鹿な発言に苛々させられる。」
身体を、大事にしてください。
ヒスイの横をとおったジェイドはそっと優しい視線をヒスイに向けてから中へと戻っていく。
心外だ、という顔をしてルークがいないジェイドに噛み付くように叫ぶと、ナタリアがつらそうな顔をして彼に背を向けた。
「変わってしまいましたのね……。記憶を失ってからのあなたは、まるで別人ですわ……。」
ナタリアが去ると尚も納得が出来ない、と言うかのようにルークはただ叫んだ。
「お、おまえらだって何もできなかったじゃないか!俺ばっか責めるな!」
「あなたの言う通りです。シンクの言うように僕は無力だ。だけど……」
「イオン様!こんなサイテーな奴、ほっといた方がいいです!」
イオンの言葉を遮ってアニスが彼をひっぱりながら中へと戻っていく。
ガイもため息を吐いてルークを見やる。そのため息の半分は自分に向けていたのだが、今のルークにはそんなことに気付く余裕がなかった。
「ルーク……。あんまり幻滅させないでくれ。」
「少しはいいところもあるって思ってたのに……。私が馬鹿だった……。」
ガイとティアが去って、残るはあたしとシンク、そして本人のルークとミュウだけになった。
シンクは当然だと、我関せずの素振りでヒスイを見ているだけだ。
彼女はルークの傍に寄った。
「なんだよ、お前は身体張って守ったって言い訳すんのかよ?
俺は、俺はッ・・・」
「言い訳は、しない。」
すっと手を、ルークのふわふわとした頭に乗せて撫でた。
彼女の意外な行動にただ眼を丸くした。
「言い訳しても、あたしが救えなかった命は戻ってこない。
預言を知っていて止められなかったのはあたしの責任だから。
ルークさんは後悔してるかもしれないし、これで学んだこともあると思う。だけど・・・
後悔の先にあるものを、しっかりと見極めてほしいんだ。」
ふう、と息を吐いて座り込んでいたルークから手を離し立ち上がる。
シンクが寄ってきて肩を抱いた。
「お前は、何も言わないのか?」
赤い髪が揺れて、シンクを見た。
ちらり、と仮面の内でルークを見やると、ふう、とため息を吐いた。
「どうしてボクがアンタに何か言わなきゃいけないのさ。
アンタはヒスイの身体を労わるような言葉すらかけられない、その真実だけで十分だよ」
「シンク!」
「行くよ、ヒスイ。アンタはまだ寝てなきゃ。」
ぐっとヒスイをシンクは引っ張った。
残されたルークにミュウの言葉は届かなかった。
08.07.21 08 -- 外殻大地編完結。
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