◎10 : 白銀の吐息
ケテルブルクは物凄い寒さだった。
「はぁぁぁぁ、さぶっ!」
「ヒスイ様は薄着ですからね・・・」
イオンと比べて肌が露出した服(言っておきますがこれはヴァンの趣味です)を着ているため、物凄い寒い。
比較的厚着のラクトがマントを外してあたしにかけてくれる。
「ありがとうラクト、あいしてる〜」
「是非シンクに言ってあげてください」
あたしがラクトに抱きつくとクスクスと彼は笑った。
ダアトは火山があったりなんだりであったかいから寒さに随分慣れてないんだよなぁ。
タルタロスがグランコクマに向かう途中に故障してしまったため、最寄の開かれてる港であるケテルブルク港にきている。
にしても寒い!寒い!
真っ白な雪がこうもさんさんと降り注いでいたら確かに綺麗だけど凍死する。
唯一の薄着といったらアニスか・・・腹出しルークくらいしか仲間がいない。
太ももから脛まで一気に出してる上に、二の腕まで出てるあたしはラクトのマントにくるまった。
「ヒスイ様、はい、手を」
「うん〜・・・」
差し出された手をすり抜けてラクトの腕にしがみついた。
ちょっとはあったかいかもしれない・・・。
というか、なんか無性に眠たく・・・・・・・・
「ヒスイ、寝たら置いていきますよ〜?」
「ッハ!寝たら死ぬだろ!起こせよラクト!」
ジェイドに声をかけられて我に返る。
「寝るな!寝たら死ぬぞ!」って脳内の誰かがあたしをたたき起こした。
「ヒスイ様がおやすみになられたら私が運びますから」とへらへらとラクトは笑っているけれど・・・。
むしろ一緒になって寝そうなあなたがこわい。
もそもそと雪道を歩く。雪ははまっていれば滑らないのだけれど、街が一番こわい。
雪かきした後の道って面白いくらいよく滑るからなぁ。
これはこれで歩きにくいから疲れるんだけど。
港からややしばらく歩いて町に着くと、ティアが不意にジェイドを見た。
「この街の2人の天才・・・バルフォア博士とネイス博士って・・・大佐とどなたですか?」
「ディストですよ」
ジェイドの代わりにイオンが答えた。
彼の顔はいつもの作り笑顔ではなく心底嫌そうな顔になっていたからだ。
それに大してアニスが吃驚して声を上げた。
「はぅあっ!?ディストが天才なんですか!!?」
「アニスのトクナガを作ってくれたのはディストじゃないですか。」
イオンが忘れたんですか?と答えるとあたしの肩に乗っていたクポが自己主張のために飛んだ。
『クポもディスト博士に作ってもらったクポ!』
「え・・・そのトクナガとクポ、彼が・・・?」
ティアがあたしのクポを抱きながらちょっと頬を染めてイオンを見る。
ああ、可愛いものと接しているティアも可愛いなぁ。大人っぽいけれど。
イオンがディストとアニスの馴れ初めを話している間、ラクトがあたしの肩を抱いた。
「ヒスイ様は・・・ディスト様とも仲がよろしいのでしたね」
「嫌いじゃないな・・・ディストはディストのいいところがあるし。
あれで結構優しいんだけどなぁ・・・。」
ジェイドがどこからかメスを取り出してルークとガイにじりじりと迫っている。
どちらがいいかという決断はしがたいけどね、彼ら同様に。
ジェイドは鬼畜だしディストは鼻タレだしなぁ。
段々指がかじかんできてはぁーっと息をかけると、見かねたラクトがジェイドの背を叩いた。
「すみません、ヒスイ様と私は暖かい場所で暖をとらせてもらっても構いませんか?」
「あぁ、そうですねぇ・・・ヒスイ、あまりうろうろしないで暖かくしてホテルで待っていてください」
「はぁーい・・・」
ラクトとジェイドの心遣いによってあたしはホテルのレストランで暖かい紅茶を飲むことに。
(因みにクポがその言葉であたしの肩に戻ってきた。ティアがすごく残念そうだ。)
彼らはネフリーさんのところに行くはずだな、とクポから手帳を取り出した。
じーっとラクトは手帳を見ている。
「大まかに分けて、4つの言語で構成されているんですね」
「よくわかったね・・・ひらがな・カタカナ・アルファベット・漢字っていう文字を使うの。
実際にはアルファベットだけは違うんだけどね、あたしたちの国の言葉じゃないの」
ラクトはよくわからない、と言った顔で紅茶を一口口に含んだ。
それもそうか、古代イスパニア語とフォニック言語は世界共通だし。
走り書きのメモをしながら自分の国について話した。
もう2年も過ぎたんだよなぁ、ここにきてから。
精神年齢はともかく、肉体年齢がまだまだ現実世界に追いついていないけれど・・・。
「あたしの世界は何百という国があって、その大きな国が使う言語が英語っていうの。
だから、あたしの国でも英語を習っておくと便利ってことなんだよね」
「へー・・・結構面倒なんですね。だったら全世界エイゴに統一したらいいのでは?」
「それだと各国の文化が衰えるから・・・なんじゃないかなぁ?」
でも日本語は言葉の中でも難しい部類に入るんだって。と話すとラクトが関心したように手帳の走り書きを見ていた。
そういえばラクトは片目の譜眼を完成させている。
幼い頃のジェイドよりは今のラクトのほうが頭がいいのか・・・と思うといつか解読してしまいそうな気持ちになってぱたんと閉じた。
「あたしはもうあの世界には戻れない。だから・・・いいんだよ。」
「では何故ヒスイ様は手帳に母国語で書くのですか?」
う。確信をついてきた。
未来のことを書いているから・・・ともいいがたい。あたしは導師で、預言を読み解くことができる。
それなのに未来のことをわざわざ母国語で手帳に書く必要がないからだ。
つまり、"預言の外れた先の未来"を書いているわけで、その話は誰にもしていない。
ヴァンはあたしがどこまで知っているかも知らないだろうし・・・。
返答に困ったあたしを見て、ラクトは眉毛をハの字にして頭を下げた。
「すみません、困らせてしまったようで・・・」
「ううん・・・言えない、けれど。
あたしはみんなが大好きだから」
そういえばにっこりとラクトが笑った。
あたしのしていることは正しいとは言えない。未来を知っている上でそれを捻じ曲げるということは・・・
未来に存在しないはずの人間が現れたり、存在するはずの人間が消えていたり。
人間だけじゃない、街も森も川も動物も。
すべてに私欲をぶつけるということなんだ。
それでも・・・成し遂げなければならないのは、きっと未来を知らなくてもあたしは同じ事をするだろうから。
導師という立場を最大限に利用して世界を変えただろうから。
今はそれに余裕を少しプラスした状況なだけ。
考えれば考えるほどに落ちていく気分をそらすため、山になったシュガーの袋の残骸を見た。
何袋紅茶にいれるんだろう、ラクトは。
彼は並みの甘党ではない。これで細いんだから驚きだよね。
羨ましいなぁ・・・。
と、最後の1袋を紅茶にいれたところでジェイドがこっちに歩いてきた。
「今日はこのホテルに泊まることになりました。
・・・ラクト、それは何かの実験ですか?」
「へ?あ、ああ、これは紅茶ですよ♪」
彼がにっこりと笑うと、ジェイドは呆れたように眉間をおさえた。
そうだよね、流石のあたしもここまではしないよ。
どう考えても二桁はいれてるだろう砂糖紅茶を彼は一気にぐい、と飲み干すと、ご馳走様でしたと笑った。
砂糖が全部溶けているのには驚いた。ラクトはかなり頑張って溶かしたに違いない。
ホテルは2人1部屋で、ティア・ナタリア、アニス・イオン、ガイ・ルーク、そしてラクトとあたし。
ジェイドはひとり別室をとったようだった。
相変わらずラクトは甘いお菓子を頼んで食べていたが、ふと外を見た。
「雪が、綺麗ですね。」
「見る分には凄く綺麗だよね。寒いけど・・・」
あたしがふう、とため息を吐くとラクトが食べかけのスコーンをテーブルに置いた。
「・・・あれは、少しだけ雪が積もった晩でした。」
ラクトが片メガネをテーブルに置いた。
あたしはラクトの隣に座っていたので、何の話だろうと彼を見上げる。
それはいつになく真剣な面持ちのように見えて、見ていられなくなって視線をスコーンに戻す。
「私は、カンタビレ様の元補佐官として辺境の地に任務に赴いたときの話です。
もう・・・3年以上前の話になりますけれど。
神託の盾には気がついた頃から所属していました。私は、孤児でしたから」
ダージリンの紅茶をひとくち飲むと、彼は続けた。
その瞳はまだ決心がつかないのか、少しだけ揺らいでいる。
「体の弱い、少女がその村には住んでいました。その子も私と同じ孤児で、ひもじく生活をしていました。
そんなことも感じさせないくらいに元気な子でしたけれど。」
丁度ヒスイ様くらいですね。と彼はあたしの頭を撫でる。
大切だったんだろうな・・・と思わせられるような優しい話し方だった。
「その子はある日突然、私の前に姿を現さなくなりました。
どうしたのだろうと私が様子を見に行ったとき、彼女は痩せ細って部屋の片隅に蹲っていました。
私が彼女に何か作るために連れて帰ろうとすると、嫌がった彼女は家を飛び出しました。」
「彼女の家は戦争で無くなった親の家でしたが、まだ借金が残っていたらしくて、数日前に彼女の家に取り立てにきたそうです。
その時に借金を理由に・・・彼女は・・・・」
ふう、とラクトが肩を落とした。
3分くらい、時間をあけて、ゆっくりと口を開いた。
聞き取れないくらい小さな声で。
「犯されたんです」
・・・と。
ラクトにとっては多分、妹のような存在だったのだと思う。
目尻に涙を溜めて、彼はまた口を開いた。
「その事実を知ったのは彼女が死んだ後でした。
あの日道は凍っていて、彼女は足を滑らせ崖から転落したと聞かされました。
あのとき私が彼女を乱暴に止めていれば、彼女に触れずにいれば・・・
そう思い村を去って本部に戻ってきたのです。」
私にとっての彼女は自分のようで、全然違う妹のようで。
そう痛々しく笑うラクトは窓に眼をやりながら一筋、涙を落とした。
「あなたの守護役を任されたときに、本当は嫌でした。また失うかもしれない、と思って。
あなたの姿を見たときに本当に嫌になりました。あなたはどこか彼女と似通っていたから。
でも、今あなたといるのが楽しいのです。このときが好きなのです。」
戦争が始まるかもしれないのに、私は不謹慎ですねとラクトは笑った。
あのとき、怪我をしたシンクを見て、必死に守ろうとしたあたしを見て、自己嫌悪に陥ったから。
だから泣きそうになりながらあたしを抱きしめたんだ。
ソファに膝をたてて、あたしは自分よりずっと大きいラクトを抱きしめた。
頭をぽんぽんと撫でる。
あたしには、ラクトの全部を理解することはできない、けど。
「あたしは、大丈夫だよ。ラクトが思っているよりもずっと強いから」
「そうですね・・・ヒスイ様は、私なんかよりもずっと強い」
譜眼を刻んだのは、戒めだと彼は言った。
真実を知ったその日、身体を傷つけることで忘れないように。
そのお陰で譜術の転用で身体能力を大幅に上げ、ヴァンの眼に留まり今までより高収入で仕事できていると笑っていたけれど。
いつか、彼の眼が元に戻る日がくればいいな。
譜眼は元には戻らないだろうけれど、気持ちが、いつか。
こういう寒い日は朝に弱いあたしは、何故かはやめに目を覚ました。
なんでだろうと思って目を閉じて夢に溶けながら考えると、ばたんと扉が開いた。
「ヒスイさま朝ですよっ!・・・ってあれぇ〜!?
ラクトってばヒスイさま食べちゃったの!?シンクとヒスイさまを応援してるって口では言っておきながら!」
「おはようございます、アニス。食べてはいませんがヒスイ様は柔らかくてあったかかったですよ」
へらり、とラクトがあたしの頭の上で笑った。
・・・ん?頭の上?
そういえば起きたときから随分あったかかった。と思って目を開けて状況を確認する。
あまいにおい、細くてもしっかりした腕があたしの頭の下に・・・下に・・・・・・
「ら、ら、ラクト!?」
「あ、もう、アニスが静かにしないからヒスイ様が起きちゃったじゃないですか」
「いやいやラクト、自分の置かれてる状況考えないと・・・大佐にバレたら・・・」
「私がどうかしましたか?アニスv」
でたああああああ!と言ってアニスが物凄い勢いで走り去った。(きっとシンクも吃驚のはやさだ)
あたしは置かれているまったく見に覚えの無い状況と目の前の般若にパニック状態だ。
シンクと一緒に寝るのはいい、シンクはまだ可愛い子供だし。
でもラクトは男だよ!しっかりした成人男性・・・!
かぁぁっ、と顔を赤くすればラクトは「風邪ですか?熱ないかな」とおでこに手を当てる。
この際般若でもいい、般若ジェイドで我慢する!あたしはジェイドの胸に飛び込んだ。
「穢されたぁっ!」
「ラクト・・・天光を満つる処我は在り」
「まてまてジェイド、インディグネイションはだめだからあああ!!」
あたしが冗談でよよよ、と泣いたフリをすればジェイドは笑顔で詠唱を始める。
ラクトが何もしないことは知っているからいいけれど、もう、ラクトは・・・。
心臓に悪すぎる!
08.07.25 10 -- 泣くのは今日で、終わりにしよう。
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