◎12 : 数え切れない思いを胸に
ぶわ、と潮風があたしの髪の中に入り込んだ。
「ここなら誰もいないし静かだから、ちゃんと話せるでしょ」
「そうだね・・・海が綺麗だ」
水色に近い海。それが、光を弾いてキラキラと輝いてみせる。
グランコクマは水の都と言っても過言でないくらい水を重宝しているから、比較的海が綺麗なのだ。
まさかこんな抜け道があるとは思わなかったけれど・・・。
シンクはあたしをちらり、と見て岩に座った。
仮面は外さないけれど。
「いい加減、アンタのこと、話してよ。どうして教会を出たわけ?
あそこならアンタに危害を加える連中はいないのにさ」
「まずひとつは、シンクを探しに。」
彼が今更ヴァンに協力するとは思えないけれど、ずっと傍にいたかった。
最近はシンクなしで安心することができない。何かを、怖がっているように。
だけどあたしにはその何かがわからない。
つぎに、とあたしは続けた。
「シンクは知ってるでしょ?ヴァンの望むレプリカ世界を。
あたしはそれを止めるために動いてる。これからの計画も、全部知ってる」
「それはアンタが"預言者"だから?」
少し、シンクの声が低くなった。彼にとって預言が憎むべきものだというのは今も変わらない。
あたしは首を横に振って、彼の腰掛けている岩に背中を合わせるようにして座った。
「アクゼリュス崩落の時点でおかしかったの。
アクゼリュスはレプリカであるルークが消滅させるのではなくて、アッシュが消滅させると詠んでいるから。
だから、預言はもうあてにならない・・・それくらいはシンクだってわかるでしょ?」
「・・・」
「いや、もしかしたら違うかもしれない。ジェイド・バルフォアがレプリカという存在を作り出したところから、預言は狂ってる。
・・・のかもね。」
あたしは今の話をジェイドが聞いていたらどう思うか、少し自嘲的に笑った。
じゃあどうして、とシンクは言いたそうにあたしを振り返った。
もう、シンクは仲間だよ。大丈夫、信じなよ。
心の中であたしはそう繰り返して、2回深呼吸を繰り返した。
「あたしはルークが、アクゼリュスを崩落させることも、
シンクが生まれたことも、
"導師イオン"がモースとアニスに殺されることも、
ヴァンがエルドラントを浮上させることも、なにもかもすべて」
「それは、ヒスイ"だから"知ってるの?」
シンクの問いに深く、頷いた。
異端だと、人殺しだと、言われるかもしれない。
それでもあたしは成すべきことを成さないといけない。それが、預言以上の運命を変えることになっても。
どうして、彼は口を開いた。
「ねぇ、そんなこと言われたら、言えないじゃん。
教団も神託の盾もルークもヴァンも捨てて、2人で暮らそうって。逃げようっ・・・て。
アンタの覚悟してる眼を見たら、言えないじゃんか・・・」
「・・・もうひとつ、シンクに言わないといけないことがある」
彼が地殻に落ちること。そこでヴァンに救われること。
そして、ヴァンの手駒となってエルドラントで死ぬこと。
言えば、実行してしまうかもしれない。
あのとき彼は"死を望んで"いたのだから。
自分で選択して勝ち取った死だと、あたしは思うから。だから、言葉に詰まった。
でもきっとシンクは"何故自分にこれほどまでに固執しているか"を考えたらわかっちゃうだろう。
頭のいい、彼のことだから。
「ヒスイ、ボクが死ぬときはヒスイを守って死ぬときとヒスイが死んだときだけだ。
ボクの命はヒスイを守り抜くためにあるし、ボクが裏切らなければアンタはボクから離れない。
あのときの約束、ちゃんと憶えてるから」
不意に、身体を寄せられた。
ああ、幸せなんだと。そう感じてしまうあたしは不謹慎だ。
シンクの胸に頭を埋めて思った。
ふと、首に何かひんやりとしたものを感じて顔をあげた。
シンクがあたしに何か首飾りをつけたらしい。
「アンタのこと探してるときに、見つけたんだ。」
綺麗な色だったから、と言われてクポから鏡を取り出した。
黒の中にところどころ緑が埋め込まれているような、雫型のペンダントトップ。
彼の言うとおり綺麗な色をしていて、あたしはぎゅ、とシンクに抱きついた。
「ありがとう!大切にするねっ」
「(指輪を買う勇気があればよかったんだけど・・・)・・・うん、そうしてよね」
シンクは立ち上がってあたしに片手を差し出した。そろそろ、ジェイドたちが戻ってくるかな。
あたしとシンクはそのままこっそりまた街の中へと戻っていった。
ラクトは読書に勤しんでいたらしく(何処から出したんだろう?)、あたしたちが戻るといつもの素敵な笑顔で迎えてくれた。
「おかえりなさい、ヒスイ様、シンク。」
「ただいまラクト!ジェイドたちは?」
あたしがわふっと抱きつくとまだお城のようですよ、と笑った。
その後すぐシンクにべりっと剥がされたけれど。
シンクとラクトを連れてジェイドたちに会いに行くと、彼は無言であたしの腕を引っ張った。
いきなりのことでバランスがとれずにジェイドの胸に体当たりすると、彼が屈んであたしの耳元で囁く。
「第三師団の・・・タルタロス乗組員が全員無事にグランコクマに帰還していました。
貴方ですね?」
「うっ・・・」
「ありがとう、ございます。」
そう言って彼があたしを解放すると同時にシンクがあたしを引っ張った。
今度はシンクの腕の中にいることになって、あたしは多少の息苦しさから逃れるためもぞもぞと身をよじる。
シンクは彼を睨みながら(身長差でどうしても見上げる形になるけど)牽制する。
「ボクのヒスイに触るな!」
「おや、いつから貴方のヒスイになったのですか?是非お聞きしたいものですねぇ」
「そんなことより!これからどうするんだ、ジェイド」
あたしがやんわりシンクから逃れてラクトの隣に行くと、シンクとラクトは無論あたしについてくるとして。
セントビナーの人間を避難させるはずだ。
「これからセントビナーの人々の救援に向かいます。」
「そっか、じゃああたしたちはここでお別れだね。」
あたしがそういうと予想外だったように眉毛を少しだけぴくりとさせた。
けど何も追求せずにそうですか、と一言そう言っただけだった。
それにナタリアがきっ、と彼を睨む。
「六神将の烈風のシンクがここにいるのですよ、大佐!ヒスイが利用されると思わないのですか!?」
「心外だね、ナタリア王女。ボクはヒスイを守るためにいるのであって利用するためにいるんじゃない」
「・・・ナタリア、シンクの言葉を信じてください。彼はヒスイを絶対に傷つけませんから」
ナタリアとシンクを見かねてイオンが口を出すと、ちっ、とシンクが舌打ちした。
いくら彼が傷つけないと言ってもナタリアは納得しないけれど、導師イオンが言うのであればそうなのだろうとおずおずと引き下がる。
これがシンクにとってはつらいのだ。
あたしはそれを察してナタリアに「大丈夫です、あたしの独断だから」と笑った。
ここにいるのは六神将の烈風のシンクではない。
導師守護役のシンクでしかないんだ。
「わかりましたわ・・・ですが、ヒスイに何かあればわたくしは貴方を許しません!」
「別にアンタに許されなくたって構わないけどね」
相も変わらないシンクの態度にまぁ!とナタリアが口元に手を当てて怒る。
あたしは半ば引っ張るようにしてシンクとラクトと共に彼らから離れた。
「で、今度はまずどうしたらいいのさ、ボクたちは。」
思えば3人でいることなんか久しい。
少なくともあのタルタロスに攫われたときにラクトとシンクが会ったことくらいで、こうして旅をするのは初めてだなぁ。
なんだか嬉しくなってくすくすと笑って「ケセドニアだよ」とシンクに答えた。
ラクトが小首をかしげて「ケセドニア・・・ですか?」と尋ねた。
「そ。まずあたしたちはルークたちがセントビナーを救う間にケセドニアのアスターのところにいく」
「戦線が北上することを見込んでエンゲーブを人々を救う、ということですね」
流石、ラクトだね。まさにそのとおりだよ。
あたしが彼にそういえば膨れっ面でシンクはあたしを見る。
「ボクがバカだって言いたいわけ?」
「ち、ちがうってば!そんなに怒るなよーっ・・・」
「でもヒスイ、アンタ忘れてるみたいだけどローテルロー橋ぶっ壊れてるんじゃないの」
シンクの問いに「そのへんは任せて!」と言うと彼ではなくラクトがすごく嫌な顔をした。
ああ、そういえばラクトはカナヅチだもんな・・・。
エアリアルボートの上でのラクトの叫びっぷりはいつもの彼からは想像も出来ない光景で、
それをシンクに見られるのは吝かではないだろう。
「ま、ヒスイに策があるんならボクはついていくだけだし・・・
っと、敵のお出ましだね」
このあたりの敵はそう強くない。シンクは地を蹴って拳をいれ、ラクトはレイピアを素早く突き刺した。
あたしは武器がないので通常攻撃は音叉に音素をためてそれを吹き飛ばす攻撃をする。
譜術ではないから身体への負担が極端に少ない。
テオルの森を出てからなんとなく会うモンスターを2人が片付けてくれるのであたしは待ってるだけだった。
ふと、ラクトが何かを見つけたようにぱたぱたと走っていく。
「どうしたのさ、オキラクト。」
「この剣、珍しいですね。こんなところにささってるなんて。」
ん?剣?
まさか、と思ってあたしはラクトに叫んだ。
「触っちゃだめ!」
「え?・・・うわぁ!?」
遅かった、彼が見つけたのはソードダンサーだった。
あたしは音叉をぎゅっと握って後方にまわる。
「び、吃驚しました、魔物でしょうか」
ラクトは現れたものをまじまじと見る。ルークたちが本来ならこれを倒すべきなのに!
ちっ、と舌打ちしてシンクが地を蹴った。
「面倒な相手だね・・・一筋縄ではいかなそうだ」
「久々に楽しめそうですねー」
ラクトが片メガネを外して瞳を朱に染める。
風というより光に近い速さでラクトがレイピアを突きつける。
死角からシンクが攻撃をしているが、ソードダンサーは動じない。
「困りましたねー。」
「アンタが変なの呼ぶから!」
困ったなぁ、とあたしがアクアプロテクションとブレイズエミッターを2人にかける。
「ヒスイ、無理はしないでよ!」
「わかってるよ!
狂喜したかの者の雪崩、ブリザード!」
ざぁ、と吹雪がソードダンサーを襲うが、隙を作る程度しかできない。
でもすぐにシンクが飛んで連続攻撃を繋げる。大きくソードダンサーがバランスを崩した。
「いくよ、双憧掌底破!」
「負けていられません、時雨!」
タイミングよくシンクの後にラクトが続く。
そうだね、とりあえずなんとかしちゃわないと・・・。
「七色の剣は断罪の審判・・・これで終わり、プリズムソード!」
七つの剣がソードダンサーを引き裂くと、断末魔をあげて消えた。
とすん、と力が抜けて膝をつくあたしを見てシンクがラクトをげしりと蹴る。
「もうちょっと働きなよ!アンタのせいでヒスイが疲れたじゃん!」
「ヒスイ様、綺麗な石をゲットしましたよー」
「聞けよ人の話!」
シンクが苛々とラクトにつっこむと、ラクトはどうしたんですか?と相変わらずにこにこしている。
2人は少し疲れていたみたいだけれど、あたしほどではないみたいだ。
彼から綺麗な石と言われるものを受け取ってみる。
こんなものドロップしたっけ・・・?
「でも禍々しい音素を放ってますよねー」
「捨てなよそんな危ないもの!ちゃっかりヒスイもクポにいれるな!」
「どっかで使えるかもしれないよ」
こうして3人集まるとシンクが何故かつっこみに回ってしまうことに苦笑して、重い足でゆっくりと立ち上がった。
手帳を取り出して今のことを汚い字で書くと、あたしたちはケセドニアに行くためローテルロー橋を目指した。
08.07.29 12 -- 無念だと、伝えたくて。
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