◎13 : 希望と絶望の狭間を
エアリアルボートは今日も絶好調だった。
「ちょっと・・・ヒスイ、ラクトがいつもに増して可笑しいんだけど」
「ラクトカナヅチなんだってさ」
あたしがくすくすと笑いながら言えば成る程、とへばりついてくるラクトを尻目に納得するシンク。
ラクトはかれこれ壊れたローテルロー橋をエアリアルボートで渡り終えるまでずっとシンクにくっついていた。
物凄いうざそうにシンクがべりっ、とラクトを剥がした。
「ケセドニアについたらアスターのところに行くんだよね?」
「そう。で、エンゲーブの人たちを受け入れてもらうようにお願いするの。
アクゼリュスのときよりも人数が倍以上いるから・・・気を引き締めないと。」
エアリアルボートをケセドニアの近くで消して歩いていく。
砂漠は歩きづらかったけれど、そんなことを言っている暇もなくあたしはアスター邸に入った。
「ごめんください!」
「これはこれはヒスイ様・・・」
アスターが独特の笑い声をあげて、あたしたちはソファに座った。
「ふむ、戦争が勃発し戦線が北上すればエンゲーブも危ういのですか」
「はい。そこまで中立の立場であるケセドニアに受け入れていただきたいのです。」
2万という住民を受け入れるだけの時間とスペースは確保されてる。
アスターは快く引き受けてくれた。
アスターの屋敷の裏にある、広い敷地にアクゼリュスのときの譜陣を敷いた。
ちらり、とシンクがあたしを見る。
わかってる・・・また血を吐く可能性があることを。それを、ラクトに気取られてはいけない。
何も知らないほうが、いいに決まってるんだから。
あたしはラクトを手招きした。
「バチカル同様ここでラクトには送られてきたエンゲーブの人たちを先導してもらうね。
陣はアクゼリュスのときで成功してるから、今回もきっと大丈夫。
送られてきた人たちを素早く避難地まで案内してもらえる?」
「はい、わかりました・・・くれぐれも無理なさらないでくださいね」
にっこり、ラクトは頷いた。
なんとなく騙している気がしてあたしは心から笑えずに彼に礼を言う。
エアリアルボートを出現させてシンクとそれに乗り、またローテルロー橋に止まるまで風に座った。
「ねぇ・・・ラクトに、言わなくていいの?」
「知らないほうが、いいんだ。心配なんかかけたくないしね・・・」
大丈夫、きっと上手くやれる。
本当は避難なんかしなくても上手く行くはずだけど、ゲームでもあるように犠牲者が出ないとも限らない。
これ以上、ジェイドを穢したくない・・・レプリカのことだけでも彼はきっと辛いだろうから。
あたしがジェイドを思ってため息を吐くと、ぷに、と頬をつねられる。
シンクを見上げればすごく不機嫌な顔をしていた。
「今別の男のこと考えてた。」
「き、気のせいだ!それより、ほら、そろそろ着くよ!」
シンクの言葉を誤魔化しながらあたしは頬をつねっていた彼の手をとって立ち上がった。
ふわり、と大地に足をつけるとシンクはあたしの身体を持って走る。
「こっちのほうが、はやいでしょ」
風のようなはやさで駆ける彼にあたしは思わず苦笑した。
彼の足の速さのおかげで接近してくるモンスターから逃げながら進むことができた。
できれば体力は温存しておきたいしね。
エンゲーブについたらシンクは広い場所に譜陣を描いてくると言ってあたしと別れた。
あたしはローズさんのところに足を運ぶ。
「おや、アンタはイオン様と一緒にいた・・・」
「導師ヒスイと申します。」
ぺこり、と頭を下げた。そういえばセントビナーの一件ではお世話になっていたなぁ。
家に上がらせてもらってお茶を出してもらった。
お茶を飲みながら簡単に事情を説明すると、少し悩んでからでも、と言う。
「ヒスイ様の申し出は嬉しいけどねぇ・・・ここには2万の人間がいるんですよ。
それを移動させるとなると大変じゃぁないのかい?」
「あたしの譜術を使います。が、流石に2万となると体が持つかわからないので・・・。
幸い戦争が始まり戦線が北上するまでの猶予はまだありますから、ゆっくり転送していきますね。」
休むのに宿を手配してくれたので、あたしは感謝をして家を出た。
シンクが終わったらしく家の前で待っていてくれた。
「話はついたよ。あとは、村の人たちにローズさんから説明がいくまで待機かな?
宿をとってもらったから行こうかー」
「・・・うん」
曖昧な返事のシンクにちょっと首をかしげて、彼の顔を覗き込んだ。
仮面の下は一体どういう表情をしているんだろう。
「余計なこと考えてないで行くよ」
さ、と仮面をおさえて早歩きになったシンクにあたしは置いていかれた。
なんだろう、物凄くシンクにしては珍しくそっけない。
・・・なんで、だろ。
胸がきゅっ、と苦しくなった気がしてあたしはきっと薬を飲んでいないせいだと誤魔化した。
宿でシャワーを借りてから仮眠をとる。彼らがセントビナーに行き、タルタロスでシェリダンに行きギンジさんを助ける。
そしてアルビオールでセントビナーの住民を乗せた後ユリアシティに行き、外殻大地へ戻ってくる。
それだけ猶予があれば多分平気だろうな。
3時間の仮眠のあと、あたしは寝ぼけそうな頭を目覚めさせるため何度かぱちん、と頬を叩いた。
シンクはあれから一言も喋らない。なんでだろ・・・何か気に障るようなこと言ったのかな?
譜陣には既にたくさんの人が集まっていて、シンクの先導の元女性や子供から乗っていく。
マクスウェルがいつの間にかあたしの横に立っていた。
『しかし、ヒスイよ。もう少し自分を大切にすべきじゃぞ』
「え?」
『あの仮面の少年はヒスイが心配で仕方ないみたいじゃの』
ほっほっ、と楽しそうに笑うマクスウェルの視線の先にはシンクがいた。
またちらりとこちらを見て、ばっちりと目が合う。途端その視線をはずされてしまったけれど。
「そうかなぁ・・・なんかさっきから妙に避けられてるよ、あたし」
『若さゆえ、じゃ。ほれ、やるぞぃ』
マクスウェルに言われて手を重ねた。邪念をはらえ、集中しろ。
今回の譜陣は大きく書くことができたから一回に2000人くらいは送れそうだ。
シンクとラクトに感謝して目を瞑った。
ふわり、風が吹いた。マクスウェルがあたしに"同調"する。
ばん、と大きな音がして一回目の成功を告げた。
ぐらり、と視界が一瞬揺らいで地に膝をついてしまう。
「ヒスイ!」
シンクがあたしの名を呼んだ。
正確には叫んだ。ぐらつく視界をなんとか戻して立ち上がる。
以前より体が少し、弱くなったかな・・・?アクゼリュス崩落からそんなに時間経ってないはずなのに。
ショックを受けている暇は無い。あと、9回は耐えなければならないんだから。
ぐ、と足に力をいれてシンクに笑いかける。あたしは大丈夫。
苦虫を噛み潰したような顔を一瞬してから、先導を再開する。その間にあたしは薬を口に放り込んだ。
クポが水筒を取り出して渡してくれて、あたしはそれを口に含む。
冷たい水が咽を伝う。
「ありがと、クポ。」
『無理、しないでほしいクポ。ディスト様も心配なさるクポ』
クポがあたしの頭に座ってぽんぽんと叩く。
慰めているつもりなんだろうなぁ。もう一度お礼を言って手を合わせた。
思い浮かべて、ケセドニアの砂漠を。ラクトの元へ。
ばん、と音がして2回目が成功する。先程の眩暈はもう既にしないからきっと大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせて震える足に気がつかないふりをした。
ついに立てなくなったのは5回目を過ぎてからだった。
視界が揺らいでマクスウェルが驚いてあたしに手を伸ばそうとした瞬間、シンクが飛んできた。
身体を支えられていることがやっとで、あたしは世界に焦点を合わせられなくなっていた。
「ヒスイ・・・!」
「し、く・・・」
言葉を発することが困難になっている。
咽に痞えた言葉を荒い呼吸と共に吐き出すけれど、おかしい。
悪魔じゃない、これは、悪魔よりずっと厄介な"ナニカ"。
シンクはあたしを抱いて宿に走った。
ベッドに横にされて少し頭を浮かせて水を飲ませてくれる。
違う、この苦いのはライフボトルだ。水のように透き通っているけれど、驚くほど苦い。
「ありが、と・・・」
「いいから、喋んないでよ・・・もう全部アンタひとりで抱え込まなくていいから」
ぎゅ、と軽く、でも強く引き寄せられた。
鼻を啜る音がして、マクスウェルが言ったことの正しさを思い知らされる。
こんなに大切にされて、あたしはなんて幸せなんだろう。
アクゼリュスのときからシンクは余計にあたしを庇うけれど、もしかしたら何か知っているのかもしれない。
あたしを庇わなければいけない理由を。
悪魔ではないナニカの正体、を。
力が少しだけ戻ったからシンクの背中に手を回した。
世界を救うことができたなら。預言を数ある未来のひとつにできたなら。
あたし、ずっとシンクといたい。
何をバカなこと考えてるんだろう。あたしはもう"死んでいる"のに。
世界を救うことができたなら、あたしはもう必要の無い存在だ。
異端者を受け入れるほどこの世界が優しいとは思っていない。その力がマクスウェルにあるとも思えない。
「大丈夫だよ、シンク。もう、随分楽になった。」
「ッ・・・す、少し、眠りなよ」
こっそり鼻を啜ってシンクが顔を上げた。
仮面で隠してるからその表情は見えないけれど、きっと眼が真っ赤だ。
悪いことをしたとは思っても嬉しくて頷いた。
「じゃぁ頃合よく起こしてね。はい」
布団をべり、とめくって隣をぽんぽんと叩く。
少し戸惑って、シンクが入ってきた。
「こうして寝るのは久しぶりだ、これからも・・・あると・・・いい・・・・・・」
ね。そう言おうとしたけれど瞼が閉じてしまった。
今が永遠に続けばいいなんて、結局はあたしの自分勝手な願望でしかない。
こうしている間にも傷ついてる人はたくさんいるのに。
だけど、離れたくなくて夢にまどろむ中でシンクの服をぎゅっと握った。
08.07.30 13 -- あたしはまだ、まだ生きていられる。よね?
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