◎15 : 消えない傷をより深く
イオンは秘預言を確認して、あたしは膨大な禁書の中を歩いている。
こうして本に囲まれたのは高校の図書室以来だな、とふと思った。
『暫く、ヴァンといるよ』
シンクがあたしの私室にきて言った言葉だった。
それが何を意図しているのかはわからないし、シンクはラジエイトゲートに向かうだろうことは予想できた。
あたしは何も言わずに頷いたけれど、・・・すごく、嫌な予感がして。
ラクトは元気だろうか、イオンが秘預言を確認したときにいたはずだけれど。
なんでこう、離れるときは2人とも同じ時期なのかなぁ・・・ラクトの場合あたしがそう命じたからだけどさ。
ラクトもだいぶ現状を飲み込めてきたみたいだったけれど。
ほう、とため息をついて茶色のカバーのかかっている本を見つけた。これだ。
創世暦時代の歴史書。
ぱたぱたとイオンの私室に転がり込んだ。
「イオン!見つかった!」
「そうですか、良かった・・・。アッシュ、これをジェイドに」
気がつかなかったけれどイオンの後ろにアッシュがいた。
ちら、とそれを見てから布に包む。
「アッシュ、バチカルに急いで。ナタリア・・・さんの命に危険が迫ってる。
"地下牢"をよろしくね」
「・・・あぁ。それより、ヒスイ」
アッシュはあまりあたしに話題をふることは少ない。というと、悪い知らせか・・・。
あたしはどうした?と彼の言葉を待った。
「・・・シンクの、消息がつかめない。まさかとは思うが。」
「・・・わかった、ありがとう。」
精一杯笑った。アッシュは少し頷いて部屋を出て行く。
わかってる・・・シンクは大丈夫、あたしを裏切るはずがない。
当たり前じゃんか・・・導師が守護役を信じてあげなくて、誰が信じるのさ・・・。
なのにあたしの心は物凄く不安で。
それを見透かして、イオンはあたしをソファに座らせた。
暖かいお茶をそっと淹れてくれて、あたしにソーサーを手渡す。
「ハーブティーです、どうぞ」
「ありが、と」
独特の味があたしの身体に染みた。
イオンがむかえのソファではなく、あたしの隣に座った。ぴったりとくっついて。
「ヒスイは・・・シンクが大好きなんですね」
「当たり前だろ、仲間なんだから・・・」
仲間。
もしかして、そう思っていたのはあたしだけだった?
本当はずっとヴァンについていて・・・待って、あたしはシンクを"利用していた"の?
それじゃ、ヴァンと変わらな・・・違う、あたしはシンクのッ・・・!!
す、と頬に白い指が触れた。
「泣かないで、ください。僕にはあなたの涙を止める術がないのですから」
「へ・・・?」
そっと自分の頬に触れてみた。しっとりと涙が指につく。
ああ、あたし何泣いてるんだろう・・・泣いたら肯定してるみたいじゃないか、馬鹿ヒスイ。
泣くな、泣くな・・・!
必死に止めようとすれば次から次へと溢れてきた。
何があっても泣きたくなかったのに。泣くということは、現実を受け止めることなのに。
-- 汝、我を解放せよ。さすらばすべてを意のままに
「え?」
突然、低い低い声が脳内で響いた。
嗚咽がひっこんで、あたしはイオンを見ると、彼はハンカチを差し出していた。
「どうか、しましたか?」
「う、ううん。なんでもない。あ、ありがと」
ハンカチを受け取って涙を拭った。
今はとにかく、信じないと。
それから数日もしないうちに彼らはダアトにまたやってきた。
あたしはこっそりアリエッタに会う。
「お疲れ様、ごめんねアリエッタ・・・ヴァンの回し者みたいなことさせて」
「大丈夫、です。アリエッタは・・・でも、フェレス島見て見たい、ですから」
アリエッタはフェレス島の復活を待ち望んでいる。
それは復讐でも創造でもなくて、単純に自分の薄れた記憶を取り戻したいかららしい。
「うん・・・でね、アリエッタ、ルークたちを襲ってくれないかな?」
「ぇっと・・・殺す、ですか?」
「違う、殺す"フリ"」
にこり、とあたしは笑った。
そう、このイベントがなくちゃガイは過去の記憶を取り戻すことができない。
「わかった、です」
「トリトハイムに引き渡すつもりだけど、すぐに解放するように言っておくから、被験者・・・クロと逃げて」
「はい!」
イオンに会えるとわかった瞬間嬉しそうににっこりとアリエッタは笑った。
そうだよね、好きな人と一緒にいたいよね。
あたしはすぐアリエッタから離れてイオンの私室に向かった。
「ヒスイ、僕たちはシェリダンに向かいます。」
「イオン様、その前にヒスイに聞きたいことがあります。奥の部屋を借りますよ」
イオンがジェイドに遮られて少しつまって、小さく頷いた。
それと同時にあたしは腕を引っ張られて奥の部屋へと入れられる。
ベッドに座らされて、その前にジェイドが立った。
「ヒスイ、シンクが貴方の意図しない行動をとっていると思うのですが、それは貴方の思惑ですか?」
「・・・いいえ」
シンクの行動の意味を、あたしが教えて欲しいくらいだ。
一体なんなのだとジェイドを見上げると鼻がくっつくくらいまで顔をよせられた。
「では貴方は何故預言から外れた未来を詠むことができるのです?」
「それはッ・・・い、いや、そんなことできないッスよ・・・」
「・・・嘘をつくのはこの口ですね〜?」
ちゅ、と音を立ててキスされる。
ま、待ってジェイド、いくらなんでもここはイオンのベッドだし・・・ああう、セクハラだ!
「わかった、わかった話すから!」
「理解のはやい子は好きですよv」
ふう、とため息を一回ついてからあたしは口を開いた。
「知っているのは、貴方たちの話が"異世界"、つまりあたしの故郷に存在しているから。
物語上の世界にあたしは引き摺り込まれたの。あたしはその世界の結末を知っている。
それを捻じ曲げたくて行動している。」
「アクゼリュスやエンゲーブのときの行動の話ですね。」
「だけど、未来を話すことはしない。それはルール違反だよ」
ジェイドはふむ、と顎に手を当ててわかりました、と言った。
あれ、問い詰められるかなと思っていたのに。
最後に、とジェイドが口を開く。
「私たちは、"間違って"いますか?」
「いや、正しい。というよりは"合っている"だけだね」
正しい答えなんか数学じゃないんだから存在しない。
あたしがそういうともう一度、彼はあたしの唇にそれを重ねた。
「ご褒美ですよ、素直でいい子のヒスイに、ね♪」
「・・・なんでだろうものっそい嬉しくないんですけど!」
顔がぽーっと赤くなるのを感じて両手で両頬をおさえた。
ああー、もう!調子狂うなぁ。
ダアトの入り口にはアリエッタがライガを引き連れて待ち構えていた。
「アニス!イオン様をどこにつれていくの!」
「だぁー!もう、根暗ッタうざいよ!?」
「アニス、イオン様を!」
アニスがイオンの前に立ってトクナガを大きくする。
ガイとルークが前に出たがライガはあくまでイオンを攫うつもりで(そう見せかけて)アニスを襲った。
そこにすかさずもう一匹のライガがイオンに電撃を放つ。
「イオン様!」
パメラが飛び出してイオンを庇った。
よし、計画通り。
あたしはアリエッタをちらりと見てから彼女を拘束しているジェイドを制した。
「アリエッタ、ライガをダアトの外に。トリトハイムへ引き渡します。
ここで争うのは筋違い・・・そうだよね、イオン?」
「は、はい。アリエッタ、お願いします」
「・・・はい。」
アリエッタはばふ、とあたしに抱きついた。よしよし、と頭を撫でる。
ふとジェイドが意味深な視線をあたしに向けていたが、ガイのうめき声で我に返った。
「ナタリア、ティア!急いで治療を!」
「ジェイドはガイをお願い。アリエッタ、行こう?」
「うん」
アリエッタの手をとってあたしはトリトハイムへ会いに行く。
トリトハイムは礼拝堂ではなく図書室にいた。
「詠師トリトハイム!」
「おや、ヒスイ様。」
彼はすっ、とお辞儀をした。
あたしは図書室なのにぱたぱたと走ってアリエッタの身柄を彼に渡した。
「一応謹慎。数分ね。あたしたちがダアトから出て行ったら解放してください。」
「はい、わかりました・・・また空けられるのですね」
少し残念そうに(当たり前か、仕事が全て彼にまわってくるのだから)トリトハイムは微笑んだ。
「仕事を押し付けてごめんなさい、トリトハイム」
「いえ・・・ですが、導師イオンもヒスイ様も、どうか御無事で。」
ぺこり、と頭を下げてあたしはラクトの部屋に向かった。
「ラクト!」
「ヒスイ様・・・」
にこり、と曖昧に彼は笑った。
がさがさと何かを机にしまい込んでかけてあった剣を取る。
「あれ、レイピアじゃないんだ。」
「元は双剣使いですから。」
かちゃり、と片メガネをスペアと変える。瞳が片方だけ真紅に染まる。
「もう、この響律符も使えなくなりましたね」
「・・・それ、って」
あたしは嫌な予感がしてラクトを見た。
彼は困ったように、笑うに笑えず、曖昧な表情をした。
ああ、言わないで、続きを、あたしに聞かせないで。
静かに、彼は言葉を紡いだ。
「シンクが、ヴァン謡将に寝返りました」
08.08.02 15 -- 嗚呼、嘘だと云って?
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