16 : 謳われた鎮魂歌







「ヒスイ、様・・・」


ラクトの声が空に溶けた。






シェリダンで振動周波数測定器を受け取ったルークたちはタタル渓谷に向かった。
あたしは、ラクトにも行くようにいったけれど彼は命令に従わなかった。


「ヒスイ様を置いて、行けませんよ」


彼は曖昧に笑う。
ねぇ、シンクがいたらあたしになんていうかな。
今のあたしを見て馬鹿だね、って、いつものように嫌味っぽく言ってくれなきゃ。
つらいよ、どうして・・・シンク・・・。

ラクトがあたしに渡したのは彼のためにディストが用意した小さなクポ。
彼がラクトに会ったときに渡したものらしい。
ハッキリと、彼は寝返ると宣言して。


「さぁ、作業を始めなきゃ、ね」


あたしはたくさんの金属をシェリダンにある音機関で加工する。
プログラムはあたしが組んだから、独自の働きをしてくれるけれど。

ぱちぱちと製品が次々に作られていく。
シェリダンの人口が8万人以上だから、流石にあたしの力を使うことはできない。

きたるべきあの時に向けてあたしは譜術発動装飾防具を作っていた。
もちろんイエモンさんたちにもたまに話を聞いたりしてね。
防具自体はすぐできるけど(大量生産してるからね)、それを配るのに時間がかかりそうだった。
平和条約締結までにはなんとしても配らないと。
さっそくできたものを配りにラクトがいってくれる。

あたしは、・・・間違っていたのだろうか。






「シンク」


凛とした女性の声がボクを呼ぶ。この声はリグレットだ。
ボクは黒に塗りつぶされた仮面を押さえて視線も向けず何、と答える。


「シンクは・・・つらくはないの?」

「は?何言ってんの、つらいに決まってるじゃん」


好き好んでなんでヴァンなんかの捨て駒しなくちゃいけないのさ、とボクは笑った。

ねぇヒスイ、アンタ、無理してないよね?
ボクがいないからって泣いてないよね?オキラクトと仲良くやってるよね。
アンタの人生にボクって、どれくらいの大きさなのかな。
あそこに生えてる雑草くらい?それとも、さっきからうるさい犬くらい?
ねぇ、アンタの無駄に広い部屋くらいは期待してもいいの?


「計画を確認する。お前は私が任務を失敗しやつらを取り逃がした場合、タルタロスに侵入して譜陣を消すこと。
 そしてやつらを始末すること、だ。」

「ヒスイ以外をね。」


ヒスイの力を封じるためにヴァンに封印術をもらった。
これさえあればヒスイは力を使わなくて済む。
あとは彼女をボクの部屋に閉じ込めてしまえばいい。それが唯一彼女を救う方法だ。

あいつらが死んだら・・・ラクトが死んだら、アンタは泣くかな・・・?
アンタの泣き顔を独り占めできるんだ、これほど嬉しいことは無いよね。
たとえアンタがもうあの眩しい笑顔を見せないとしても、さ。


「シンク・・・私には、わからないのよ。
 閣下のいう未来が本当に正しいのか、・・・ヒスイは、私たちですら救おうとしているのではないかしら」

「それはアンタが考えることじゃないよ。ボクたちはヴァンについていく、それだけだろ?」


ふ、とリグレットが視線を落とした。
もしかしたらリグレットはシェリダンで失敗するかもしれない。
ううん、ボクとしてはそのほうが好都合だしね。
アイツラが苦痛に歪んで死んでいくのが浮かんでボクは笑った。

そう、ボクはこの結末を"望んでいる"んだよ、ヒスイ。





3日で、ようやくすべてを配り終えた。
ラクトが一人で大丈夫と笑ったけれど無理について行った。何かをしていないと、落ち着かなくて。
イエモンさんたちにも配って、余ったものをこっそりと箱につめた。
説明もしてある。肌身離さずつけていること、だけど。
これで犠牲がなくなるといいけれど・・・。

ふう、とため息をついてベッドに横になる。


「ヒスイ!」


ガイがあたしを揺さぶった。あれ?ガイ?
もしかしてもうきちゃったのか・・・?

平和条約を締結したはずだ。てことは、もしかして。


「神託の盾のやつらが襲ってきたんだ。逃げるぞ!」

「あ、うんっ」


あたしはクポをひっつかんでガイの手をとって走った。
タマラさんがリグレットの気をひいた。


「坊やたち!しっかりやるんだよ!」


ごう、という音と共に炎を噴射する。
あたしはその腕にブレスレットがついていることを確認して小さく謝った。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

あたしにはすべきことがあります。

港ではガスが充満していて、ジェイドが譜術で吹き飛ばす。キャシーさんが近寄ってきた。
大丈夫、と軽く頷いてブレスレットをしていることを確認する。


「ありがとうございます、キャシーさん。」

「導師ヒスイ、久しぶりだな」


嫌な声がして振り返る。立っているのはヴァン、だ。
ぎゅ、と音叉を握り締めてあたしはジェイドたちを先に行くように諭した。


「すぐ、追いつくから」


そう笑えば苦々しい顔をして彼らが去った。
随分寝たから体調はいい。

キャシーさんとヘンケンさんの前に守るようにして立った。


「久しぶりだな、ヴァンデスデルカ。
 残念だけどあたしは今は敵だよ。それに、これからもね」


キン、と音がしてゼクンドゥスが現れる。まかせろ、と一言彼は言って片手を上げた。
時がぴたり、と止まってあたしは詠唱を開始する。
標的確認。目的地確認。転送準備、完了。

時が一斉に動き出す。


「ヴァン、"またね"」

「ヒスイ、閣下に何を・・・!」


ばん!
音が響いて2人が消えた。良かった、キャシーさんたちが生きてて。
あたしはゼクンドゥスに礼を言ってシルフを呼んだ。


「シルフ!」

『了解、しっかりつかまっててね〜!』


シルフに捕まって地を蹴る。風に乗せられてタルタロスにつっこんだ。


「ヒスイ!?」


ティアが肩を支えてくれる。
盛大につっこんだもんだから流石に痛い。あちこち擦り剥けてるし。


「ファーストエイド!大丈夫?」

「えへへ、ありがとう」


にっこりと笑ってむくりと立ち上がった。ジェイドの声が聞こえた。


「地殻の突入ポイントが見えてきました・・・ブリッジに集まってください」


アナウンス?のようなものに反応してティアがあたしの手を引いてブリッジに集まった。
ガイとルークがぼろぼろのあたしを見て驚いていた。
ラクトも相当吃驚したみたいで無茶ばかりを、と苦笑した。

傷は全部ティアが治してくれたし。ヴァンは空間転送でダアトにいるはず。
ジェイドがアルビオールでの脱出の説明を始めたとき、警報が鳴り響いた。


「侵入者ね・・・!」


ティアがば、とあたりを見回す。あたしはジェイドの服を引っ張った。


「時間、ないんでしょ?やろう、あとで退治すればいいから」

「そうですね。」


泥の海を抜け、地殻へと・・・沈んでゆく。
地球ならマグマとか、そういうのがあるんだろうけれど・・・まったくといっていいほど違った。
きらきらと光が見えて、あたしは綺麗だ、と思った。


「あ・・・」


石碑のようなものが一瞬、光に紛れて覗く。あれは第七譜石・・・。
ねぇユリア、あたし知ってるよ。預言が死を詠まないと同じように、ユリアも死を詠まなかったんだよね?
だから第七譜石を隠したんだよね・・・?
あたしはつ、と流れた涙をそっと拭った。


「着きました、ね」


ジェイドがそう言ってノエルのところへと向かう。

は、とアニスが床を見て声を上げた。


「大佐!イエモンさんたちが言ってた譜陣が無いですよ!」

「何だって・・・!?」


ルークがアニスの後ろに立って床を見る。
痕のような物が鈍く光るだけだ。

声が、響いた。


「ここにあった譜陣なら消してやったよ」


大好きな、大切な、シンクの声がした。

ねぇユリア。あたしは預言でもそれ以上の未来すらも塗り替えたいよ。
どうして、どうして邪魔をするの・・・?


「ヒスイ様!?」


ぐらり、と眩暈がして膝をつく。
あーもー、さっきの反動、くるのが遅い。
落ち着いて、シンクと話をしなきゃ。あたしが信じないで誰が彼を信じてあげられるの?


「烈風のシンク・・・!ヒスイを傷つけないんじゃないのか!?」

「そうだよ?ボクはヒスイを傷つけない。アンタたちは殺すけどね!」


シンクが地を蹴ってガイに蹴りかかった。
ガイが鞘でそれを防ぎルークが斬りかかる。そしてジェイドの譜術で吹き飛ばす。
そんなものをもろともせずシンクはすぐに体制をたてなおす。

あたしを支えていたラクトが赤い瞳をおさえて立ち上がった。両手に剣を構えて。

ガイとルークは膝をついて息を整えている。
2人もそうだけどジェイドも譜術を使いすぎて体力が限界にきているみたいだった。
アニスとナタリアが攻撃をしかけるも、難なくかわされてカウンターを受けている。
ティアが回復しているけれど追いつかない。

ていうかシンク、強すぎだし・・・なんでだろう。
結局ラクトしか動ける人間がいなくなって彼はシンクの傍に歩いていった。
6人とあたしを庇うようにして立つ。


「アンタは何もわかっちゃいないよ、ヒスイのことをさぁ!」

「わかっていないのは貴方です!」


ラクトが力の限り叫んだ。

キィィィィン!

拳と双剣が交わって独特の音を出す。
今までに無いくらいのはやさでラクトはシンクを斬りつける。

圧倒的な、力の差。だけれどもラクトの瞳から刺青がどんどん侵食していく。
一体あれはなんなんだろう・・・ジェイドを見ると、青い顔をしてラクトを見ていた。
「まさか、」と彼が呟いたあと、金属音がしてシンクの仮面が地に落ちた。


「そんな・・・」

「イオン様が、2人・・・!?」


隠し通せないことはわかっていても、あたしは駆け出していた。
シンクの顔を隠すように彼の頭を抱いて首を横に振る。
頭が現状についていかない。

やだ、やだ、いやだ・・・!
レプリカだと皮肉る彼を見たくない・・・!


「やはり・・・貴方もレプリカなのですね」

「貴方も、って・・・まさか、イオン様・・・」


イオンの言葉にアニスは彼を凝視した。はい、と視線を落とし彼は頷く。


「黙っていてすみません、アニス。僕は生まれてから2年ほどしか経っていません。」

「あたしが導師守護役になった頃・・・アリエッタを解任したのは、貴方に過去の記憶が無いから?」


アニスは驚きを隠せずに目を丸くして、身体を僅かに強張らせていた。
あはは、とあたしの腕の中のシンクが笑った。
どん、と突き飛ばされてあたしはラクトに支えられる。


「ボクは導師として選ばれなかったんだよ、使い道のない物としてザレッホ火山の火口に捨てられたんだ!
 ボクたちはまだ生きていたっていうのに、さぁ?」


にぃ、と口の端を上げてシンクは笑った。
あんまり冷たいその瞳を向けて端まで歩く。

ああ、聞きたくない、聞きたくない、行かないで・・・!


「ボクがどうしてヴァンに寝返ったか教えてあげるよ、ラクト。
 ヒスイの悪魔の進行を食い止めるためさ。アンタは知らない、ヒスイはね」



死ぬんだよ



ラクトが、固まった。

薄々あたし自身も理解してた。最近睡眠が異様に深いこと、簡単に疲れること。
そこまで最初はひどくなかったのに。
それでもいいと思ってた。最後まで導くことができたら、それでもいいと。
でも、生きる希望を捨てたわけじゃない。

あたしの望みを叶えるまでは這ってでも生きてやる。


「ヴァンが方法を教えてくれたからね。まだ薬はできてないんだけどさ。
 だからボクはアンタたちを殺すまでヴァンの捨て駒であり続けるよ・・・ヒスイはボクの、大切な人だから」


ふわり、とシンクが浮いた。
スローモーションがかかったように地殻に落ちる彼に、あたしはラクトから最後の力を振り絞って抜け出した。

たん、とタルタロスを蹴って彼を捕まえる。

ゆっくり、ゆっくり、ふたりで落ちる。


「アン、タ・・・なにやって」

「馬鹿だなぁ、シンクは。あたしがそう簡単にくたばると思ってるの?」


くすり、とあたしが笑った。
タルタロスの上ではラクトがジェイドたちに押さえつけられている。

ごめんね、ラクト。ちょーっと留守にするよ。

あたしは心の中で謝罪して、ちいさくちいさくシンクにキスをした。









08.08.03 16 -- 崩落編、終了。





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