◎17 : 覚悟を、決める
ダアト ノームリデーガン・レム・27の日
「こ、ここは・・・」
『ここは、チーグルの森だ。』
ユリアの縁者よ。その声に振り返ると少し色褪せたチーグルが寄ってくる。
確かこのチーグルは族長だった・・・はず。
あたしは突然苦しくなって身を起こした。
ざぶ、と音を立てて液体の中から身体を大気へと戻す。そこで初めて水の中にいたことを知った。
『この液体は命の水と呼ばれている。回復が促進するものだ。』
「そう、ですか・・・。あの、」
『ぬしがここにきたのは今から一ヶ月以上前のことだ』
あたしの聞きたいことを察したかのように、ちらり、とふさふさの眉毛の奥からあたしを覗き見る。
それ以上あたしは口を挟むことをしなかった。
『ライガ・クイーンが倒れていたぬしらを保護し、我らの元へと連れてきた。
我らとライガ族では、人間から向けられる感情が異なる。
我らの方が人間を保護するには適した環境にいる。そこで我らはぬしらを保護した。
莫大な音素を消費したぬしの体力を回復させるために我らは命の水にぬしを浸した。』
「あの、あたしの他にここで保護されている人がいる・・・ということですよね?」
『もうすぐ戻って・・・きたようだな』
がさり、と木の幹の入り口でりんごが入った籠を落とす。見慣れた顔。
白い服に身を纏って、目を丸にしてあたしを見ている。
「ヒスイ・・・!?」
「お久しぶり、シンク。ちょっと背が伸び・・・ってうぁ!?」
どん、とシンクに抱きつかれてあたしはぐらりとバランスを崩す。
慌ててシンクが支えてくれた。
「アンタ、全然目を覚まさないから・・・死んだか、と」
「言ったでしょ、そう簡単にくたばらないって。
それよりシンク、今何月何日?」
「ノームリデーカン・ノーム・27の日だよ」
そう言って彼は肩に乗せていたクポをあたしにずい、と差し出した。
ああ、クポも一緒に地核に落ちたんだっけ。というより、なんであたしたち平気なんだろう?
地核に落ちたら多分普通死ぬんだよね?
クポに挨拶をして手帳を取り出す。
えーと、ノームリデーカンノームリデーカン・・・
「マクスウェルとゼクンドゥス?が、アンタとボクのことを助けたんだよ。」
シンクの言葉にああ、成る程。流石大晶霊様だね。と手帳を眺めながらあることに気がついた。
大変・・・なことを、忘れてた・・・?
「シンク、起きてそうそうで悪いけど出発するよ」
「ダメ。アンタ自分がどんな体がわかって物言ってるワケ?」
「どんな体でも行かなきゃいけないの!」
あたしはシンクが落としたりんごをひとつ拾ってかじった。
暫く物を食べていないから一口でかなり救われた気がした。
「あーもうわかったよ。だけど、その前に」
とん、と壁に軽く押し付けられる。
今のあたしの力ではシンクのいつもより随分軽いこの力にも抗うことはできそうにない。
「何をしに行くの。」
「・・・マルクト軍のアスラン・フリングス将軍を救出する。
キムラスカ軍に見せかけたレプリカの一個中隊が襲撃をするはずだから・・・」
それを見つけなくちゃ、と言う前にあたしは体の自由を奪われた。
目の前の白に抱きしめられたことを感じて、その胸に顔を埋めた。
心配してくれたんだよね、きっと。
ずっとひとりで抱え込んで、・・・ホントに、
「ごめんね」
「まったくだよ・・・・・・お願いだから、ボクを置いていかないで」
(アンタがいないと、ボクの生きる意味なんかないんだから。)
大丈夫、とあたしはわしわしとシンクの頭を撫でると、彼はすぐに身体を離した。
さて、気を取り直して行きますか!
ていうか、27の日なんてギリギリに目を覚ますかなぁ、あたし!
「フリングス将軍、お逃げください!」
「いえ、関係の無い貴方を巻き込んでしまったのは私です、私に構わずはやく!」
煙に囲まれて飛び出す栗色の髪はフリングス将軍に背を向けて彼の背後を守るように双剣を構える。
あれは、ラクトだ・・・。
「シンク」
「わかってる!」
あたしは煙の中に飛び込むと、シンクの手をとった。
「その剣は天より堕ちて断罪を下す」「雷雲よ刃となれ」
「「サンダーブレード!」」
レプリカ兵に向かって譜術が炸裂し、彼らは乖離して消える。
やっぱりレプリカ・・・
「ヒスイ様!?」
「ラクト、久しぶり!」
ばっ、とラクトが抱きついてくるのをシンクががしりと止めた。
「今はとりあえずここを離れるのが先決。セントビナーに行くよ」
シンクの言葉に軽くあたしは頷いた。
ちらり、とレプリカ兵に目をやった。できることなら全員乖離させたかった。
殺戮兵器と化して自分の意思もないままに操られる人形として、あたしは絶対生きたく無いからだ。
それはあたしの考えでしかないけれど。
だからこそほんのすこしの戸惑いもある。
レプリカだから、殺していい。というわけじゃないし、代用品として考えているわけでもない。
どうすれば彼らが幸せになれるかなんて今のあたしにはわからなかったけれど、せめてモースの手駒には。
あたしはまた前を見て、生き残っている兵に声をかけた。
「これをセントビナーにいらっしゃるマクガヴァンさんに見せて保護してもらってください。
もし、あたしたちを追って誰かが首都に戻るようなら、その方に返していただいて構いません」
そう言って首から下げていた音叉を手渡した。
清らかな音が一瞬鳴って、兵の手に渡った。走りながらのことだからちょっと荒々しい手つきだったけど。
兵の人は頭をぺこりと下げてレプリカから逃れるように走っていく。
あたしはちらりとフリングスさんを見る。・・・少し、出血が多いな。
「困ったな、辻馬車も見当たらないし・・・」
レプリカ兵から離れられたのは幸いだったけれど、このままじゃフリングスさんが危ない。
立ち止まって少し木の陰に隠れるようにして休憩した。
「ちょっと待ってねフリングスさん・・・すぐになんとか・・・」
あたしがそっと傷に手をかざして応急処置を施す。
腹部の出血は怖いからなぁ・・・独特のにおいがしてあたしは眉間に皺を寄せた。
ふと、がさりと草が動いた。ラクトとシンクが戦闘態勢に入った。
気がつけば草むらから大きなライガがこちらを睨みつけている。かなり数が多い。6・・・いや、8はいるか。
しかし一向に攻撃してくる風もなく、ただあたしという一点を見ているだけのようだ。
なんとか傷が粗方塞がったところであたしはライガを見た。
「あ、アリエッタママの・・・子?」
その中で小さい(とはいっても結構大きいけど)ライガが少し鳴いた。
そういえばチーグル族の長老がライガが助けてくれたことを教えてくれたっけ。
『貴方とお話しするのは初めてですねっ!えへへ、嬉しいです♪
噂に違わぬ可愛らしい方で・・・ぼくの姉にあたるアリエッタも可愛い方だって聞いてますけど』
「あ、ああ、うん。えっと、どうしてここに?」
あたしがチビライガにそう尋ねると、シンクが嫌な顔をしてラクトが目をまん丸にしていた。
フリングスさんはちょっと疲れたみたいで瞼を閉じている。
『あ、ママに言われてきたんでした!ママは貴方にたくさん感謝してるんですよ。
だから、逃げていた貴方がたを見て、ぼくたちライガが手助けできないかきてみたんです』
「あ、じゃぁぜひお願いがあるんだ。あたしたちをグランコクマまで運んでくれる?
一人重傷な方がいて・・・彼をここで失うわけには、いかないから」
『そうですね・・・北の人間の町まで、ですか。一番大きい彼に任せましょう』
そう言って一番大きなライガがす、と前に出てきた。
アリエッタママほど大きくは無いが、ゆうに大人の男性が2人乗っても大丈夫そうだ。
あたしはシンクとラクトをちらりと見た。
「えーっと・・・フリングスさんを起こさないようにそっとライガに乗せて欲しいんだけ、ど・・・」
「あ、では私が一緒に乗って支えますね」
そっ・・・と風の譜術でライガの上にフリングスさんを乗せたラクトはそのまま彼の後ろに跨った。
さも当然だという風にシンクがあたしの肩を抱く。
「ボクはアンタを支えるよ。なんか文句ある?」
「い、いや文句じゃなくて・・・」
なんでこんなに不機嫌なんだ!とつっこみたい気持ちを押し殺すと、さっきのチビライガが出てきた。
『じゃぁ貴方とその緑はこの二番目に大きな彼に任せます』
「ありがとう、よろしくね」
あたしはその二番目に大きな彼の頭を撫でると、少しだけ気持ち良さそうに目を細めた。
シンクがあたしを乗せてその後ろから抱きしめるように支えてくる。
耳に息がかかってどうしようもなく恥ずかしくなったあたしは身体を前かがみにさせてその息から逃れた。
チビライガが決してはやくない速度で先導を始め、二番目に大きい彼がそれに続いた。
他のライガはまわりにいてモンスターを威嚇して道を空けている。
「ねぇヒスイ、アンタソーサラーリング、だっけ?あれが無くても魔物と話せるの?」
「・・・え?」
そういえばまったくもって疑問に思って無かったけれど、シンクの言葉に首をかしげた。
本当だ、ソーサラーリングを装備してるのはミュウであってチーグルの長老でもチビライガでもない。
ということはあたしが話してたことって物凄い独り言だったってことか!
ようやくあのシンクの嫌な顔とラクトの目を丸くした理由が理解できた。
「超変人じゃないか、あたしって!」
「・・・すごい今更発言だよ、ソレ」
シンクが呆れたように笑った。
そういえば、と思い出したようにあたしはシンクにもたれかかって見上げた。
「服、着替えたの?仮面も外してるし」
「あぁ、これね。ダアトに一度戻ったんだよ。ラクトはいなかったんだけど。
アンタの生存報告と六神将やめてきた。ついでに参謀長官も。」
「えぇぇぇ!?じゃぁシンクってぷーたろーなわけか!」
あたしが心底驚いていると、何言ってるの、と彼はあたしをきつく抱きしめた。
「ボクには導師守護役って仕事が残ってるし。それだけで、いいんだよ」
もうヴァンのところなんか戻らない。アンタから離れない。
耳元でそう囁かれて顔が紅潮するのが嫌でもわかった。
いつからこんなに男っぽくなったんだろ・・・背も少し、伸びたみたいだし。
-- ずっと、一緒だよ。
そう言いかけて言葉を飲み込んだ。
一緒にいられるわけがない。だって、あたしは異端者で。
もしシンクと生き残ることができたなら、物語の結末を見ることが許されていたなら。
決意していたことがあるから。
あたしはローレライに、刃を向けるだろう、から。
08.08.16 17 -- 失いたくはないなんて、なんて我侭なんだろう。
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