18 : さよならまた会えたなら







綺麗な水の壁が窓から太陽の光をキラキラと反射して覗いた。








グランコクマの城の豪華な客室であたしとラクト、それにシンクは休憩していた。
眼を覚ましてすぐにシャワーに入ったから、2人の会話を聞いてなかったけれど。


「ですが、一度ダアトに戻らないとヒスイ様が・・・」

「あたしがどうかした?」


シャワーから出たあたしがそう首をかしげると、ラクトはにっこりと笑った。


「導師ヒスイは今死んだことになっていますから・・・」


ぎゅうっ・・・とラクトに抱きしめられて、彼の胸に頭を埋めた。
心配してくれてたんだなぁ・・・悪いことをしちゃった。

でもどこか生き残れる感じがしていたのも事実。あたしはまだ、こんなとこで死ねないんだから。

こんこん、とリズムよく客室の扉がノックされて扉が開いた。
兵がぺこりと頭を下げる。


「ヒスイ様、我が軍の第三師団長ジェイド・カーティス大佐が面会をしたい、と。」

「わかりました、通していただけますか?」


もう一度ぺこり、と兵の人が頭を下げて出て行く。
ラクトが名残惜しそうにあたしの身体を離すと、シンクがすっとあたしの手をひく。
シンクのほうのベッドに座らされた刹那扉がまた開いた。
勢いよく、だ。


「ヒスイ!お前生きてたのか!?」

「シンクもいるじゃ〜ん☆」


ルークとアニスがドタバタと先に入ってくる。
シンクは相も変わらず嫌な顔をしていたけれど、気にせずにあたしは笑った。


「久しぶり、ルークにアニス。」

「おや、生きていらしたのなら連絡くらいはしてほしいものですねぇ」


やれやれと言った風に話すのはジェイドだ。
アニスはニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべる。


「とか言っちゃってぇ、大佐ってばすんごーくヒスイ様のこと心配してたんですよぅ?」

「そうそう、ジェイドの旦那がカレーにミソつっこんでるとこなんて初めて見たぜ?」


爽やかな笑顔のナイスガイはジェイドをちらり、と見る。
なんだぁ、やっぱり全然変わってないな。
(でもカレーにミソって・・・ジェイドのことだから"エンゲーブ風カレー"とでも言ったに違いないけど)

で、とシンクは口を開いた。


「フリングスはどうなったのさ。それから、アンタたちはどう考えてるわけ?」

「将軍は今は安静にしてなきゃいけないらしーけど、命に別状はないってさ」


ヒスイに感謝してたよ、とルークがくったない笑顔で言う。
そんなこと言われたら恥ずかしいな・・・と少し曖昧に笑った。

ジェイドが言葉の足りないルークの補足をする。


「彼の軍を襲ったのは恐らく・・・キムラスカ軍ではないでしょう。
 しかし確証がないので直接キムラスカに行って事の真偽を確かめてくるつもりです。」

「そう・・・ナタリアがいるといいのだけれど」


そうですね、とあたしの言葉にジェイドは頷いた。
ふとアニスが、きょろきょろとして今いるメンバーの顔を窺う。


「わ、私、イオン様に手紙書いてきますね!」


だっと部屋を出て行くアニスを見て、あたしはため息をつく。
そうか、もうそんなところまで。
行かなければならない。犠牲の上での正義なんて・・・。

ふ、とあたしはアニスを疑っているジェイドを見た。


「じゃあ、ジェイド、あたしはダアトに戻るね。その件については任せます。
 とりあえず死んだってこと訂正しなくちゃ、だし。」

「おう、そういえばそっか。ヒスイは死んでるんだっけ?」


ルークが今更思い出したように言う。
信じてくれてたみたいないい方で、あたしの死なんてなかったかのように。
それがすごく嬉しかった。


「うん、実は死んでたからー。そうと決まったらすぐに出発・・・したいんだけど。
 ラクトをそっちに同行させてていいかな?」

「あぁ、俺たちは構わないが。」


こくりとガイが頷いた。ラクトは泣きそうな顔をしてあたしを見てくる。
うー・・・やってもらいたいことがあるだけなのに。

向かいのベッドに座っているラクトの横まで言ってそっと耳打ちした。


「できればジェイドに聞いてほしいことがあるんだ。
 ・・・第七音素を別の音素に変換する術がないか、ってこと。できればバレたくないんだけど・・・。」

「第七音素を、ですか?」

「レプリカを乖離させないために・・・もしすべてが終わるとローレライは音譜帯に還り、レプリカは乖離の一途をたどる。」


意味がわからないと口を開きかけたラクトにウィンクした。
これは、自分のことを信じて欲しいという・・・意思表示で。

仕方なく開きかけた口をラクトは閉じた。


「わかりました、ですがヒスイ様、無茶しないでくださいよ?」

「ボクがいるんだからさせるワケないでしょ?」


ぐい、とひっぱられてシンクの胸によりかかる。
うーん、地核に落ちてからシンクはまた一段とあまえんぼになったというか。
過保護になったというか。

その後船であたしとシンクはダアトに、ラクトたちはキムラスカに向かった。






「ヒスイ!生きていたのですか!?」

「当たり前でしょ、そんな簡単にはくたばらないぞー」


帰って早々イオンからあつい歓迎を受けたあたしは物凄いシンクに睨まれる事になった。

がっしりとあたしを抱きしめて離さないイオンの背中をぽんぽん、とあやすように撫でる。
数分そのままだったけど安心したようにイオンは身体を離した。


「もう皆さんにはお会いしたんですか?」

「ナタリアがまだだけれど・・・ところでイオン、手続きお願いしていいかな?
 導師ヒスイの生存、ってことで。」


にっこりと笑って頼めば勿論ですと彼も微笑む。
後ろにいるシンクをちらり、と見てイオンは少し複雑な顔をした。


「シンク・・・師団長と参謀長官の職をやめたそうですね。」

「ボクにはヒスイを守る役目しかいらない。ボクはアンタとは違うからね」


アンタはヒスイを守れないだろ、シンクは暗にそう言っているかのようにイオンを睨んでいた。
一瞬悲しそうな顔をしたイオンはそういえば、とカギを取り出した。


「シンクへラクトから預かっていたものがあるんでした。
 僕にはよくわからないのですが、これを貴方に、と。」

「オキラクトの部屋のカギじゃん、これ。」


クポの小さいマスコットがついたカギを手渡されたシンクはそれをポケットにしまい込んだ。

イオンが手続きの書類を書くために私室に戻る、とあたしたちに背を向けたのであたしはそれにこっそりとついていくことにした。
手帳とペンを取り出してメモ欄にあることを書く。


「あとで多分ルークたちがくると思うから、これをアニスに。」

「"両親は任せて"・・・?あの人形士の親、なんかしたワケ?」

「いいからいいから。」


あたしは半ば強制的に話を終わらせてイオンの後を追った。
彼女、アニスが利用するのはやっぱりイオンだろう。彼はレプリカなのだということをモースは前から知っていた。

ユリアの預言に元々は記載されていたあたしの命は多分モースにとって重い。
だからこそ、為すべきことをしなければならない。

こっそりイオンの後をつけてきて、彼が部屋に入ってしまうのを見届けてから長い長い階段を上った。
右手を上げるとわかったようにノームが出てくる。


『ほほ〜い、あんまり呼んでくれないから忘れられたと思ってたよぉ〜ん。』

「ごめんごめん、忘れるわけないよ。
 ところでこのノブを岩で固定してもらっていいかな?」

『お安い御用だよぉ〜ん。』


相変わらず独特ののんきな口調で両開きの扉のノブを岩で固定した。
途端第三音素が一瞬乱れた。(多分シルフがイラついてるんだろうな・・・ごめん!)

これでシンクがくるまでは開かれることはないだろう。
なにせ今この岩を砕く力があるのはシンク以外にこの教団にはいないはず。

ノームにお礼を言ってからあたしは神殿の奥深くにある禁書の部屋へと進む。
だいぶ広いけれど前にここにきたときにこっそりと仕掛けを探しておいたから大丈夫。

どん、と床を踏むと本棚が開いた。


「さぁヒスイ、覚悟はいい?絶対に、助ける。」


手帳を開いて確認してから、クポを撫でた。
肩に乗ったクポはしっかりとあたしに黙って掴まっているだけだった。

譜陣を踏んであたしは第七譜石のある火山まで飛んだ。







そこにはモースが眼を見開いて立っていた。


「導師、ヒスイ・・・何故このようなところに・・・!」

「大詠師モース、ちゃっかり生き延びちゃったんで、生き延びついでにあそこにいるアニスのご両親の解放を命令します。
 その代わり、貴方が知りたがっているその預言を読んであげますよ。」

「うぬぅ、計画がバレてしまっては仕方ない・・・さっさと始めろ!」


ですが、とあたしはにやりと笑った。


「先に人質を解放しないとね?別に、あなたを殺した後でも構わないんですが・・・ねぇ、イフリート?」

『そうだな、久々に暴れるとするか!』


嬉々とマグマの底から現れたイフリートにモースはしりもちをついた。
なんてこの男は無力なんだろう。
ただ純粋に預言を信じ、絶対なオールドラントの繁栄を祈った。

ただ、それだけだったのに。


「ひとつだけ、貴方が死ぬ前に考えさせたいことがあります。
 何故ユリアは第七譜石をホドに置いたのでしょうか?自分の読んだ預言にホドが消滅すると書いておきながら。」

「そ、それは・・・預言を悪用されないために決まっている!」

「ではこれを聞いた後でもそれを言えますか?」


あたしはモースに背を向けて手をかざした。
第七譜石とあたしの身体が共鳴するように光り始める。
頭の中に文字が浮かんできて、それを口に出す。







「・・・ヒスイ!!!」

「・・・やがてそれが
 オールドラントの死滅を招くことになる

 ND2019
 キムラスカ・ランバルディアの陣営は
 ルグニカ平野を北上するだろう
 軍は近隣の村を蹂躙し要塞の都市を進む
 やがて半月を要してこれを陥落したキムラスカ軍は
 玉座を最後の皇帝の血で汚し
 高々と勝利の雄叫びをあげるだろう

 ND2020
 要塞の町はうずたかく死体が積まれ
 死臭と疫病に包まれる
 ここで発生する病は新たな毒を生み
 人々はことごとく死に至るだろう
 これこそがマルクトの最後なり
 以後数十年に渡り
 栄光に包まれるキムラスカであるが
 マルクトの病は勢いを増し
 やがて、一人の男によって
 国内に持ち込まれるであろう」

「やめろヒスイ!」


ルークの叫ぶ声が聞こえて手を止めた。続きはまだあったけれど、ここまで読めばわかるだろう。
まだここまできていない遠くのルークに笑いかけてから、あたしはモースに向き直った。


「ここまできて、まだわからないですか?
 ローレライ教団は人の死の預言を読まない。
 ユリアは読んでしまったオールドラントの死の預言を隠すためにホドに置いた!」

「ッ・・・・!」

「それを読んだ貴方のような人間が、どんな行動にでるかわからなくなるから。」


嘘だ、嘘だ!狂ったかのようにモースが叫ぶと、やっとジェイドたちがついた。
シンクとイオンもそこにはいる。
イフリートが出番がないことをようやく察してまわりの魔物を滅ぼし始めたのであわてて体内に閉まった。


「大詠師モース、ユリアは知っていたのです。そして、何もしなかった。
 自分の預言が絶対だと信じたくなかった。
 そして今、ここには預言を絶対視しない人間がいます。」


ちらり、とルークたちを見た。
ジェイドはアニスの両親の方へ行き、アニスは俯いている。
自分がスパイだったことも話したんだろうな・・・。

あたしはここでもうひとつ、やるべきことを思い出してティアに近寄る。


「ティア」

「ヒスイ・・・」

「今まで、ご苦労様。」


彼女の鎖骨に片手を置いて目を瞑った。
あの日あの時、あたしは被験者イオンに同じ事をした。
我武者羅にしていたあの時とは違う。体力も、あたしの身体の不安定な音素もこの状態ではどうなるかわからない。

でもできることなら今この場で彼女を楽にしてあげないと。


「全ての癒しよ、悪しきものを虚無へと誘え。
 世の理さえも覆し命の導きを示さん・・・エンジェルドロップ」

「あぁっ・・・!!」

「ティア!」


ティアががくん、と倒れたと同時に真っ黒なガラスのような球が落ちた。
ルークはいち早くそれに気付いてティアに駆け寄った。

とくん

心臓が揺れる。

とくん

視界が揺らぐ。
途端、あたしの身体は何かを拒絶するかのように肉が至るところで裂け始めた。
真っ赤な血があたりを濡らしていく。


「ヒスイ!?」

「いけません、音素暴走です!」


ジェイドが叫ぶのが最後に聞こえて、あたしは意識を失った。








08.08.30 18 -- どうか、最後に貴方の笑顔を。





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