20 : 悪魔の囁き







まさに地獄だった。






障気の復活した大地に立って空を見る。
まさに悪夢の再来・・・そう思わざるを得ない。

風を感じて手を伸ばす。かれこれもう3時間もここにいる。


「黒という名の無色に染まれ・・・ブラッディハウリング!」


しん、と無音が続く。何も起こる気配はない。
ぎりっ・・・と下唇を噛んだら血の味がほのかにした。

諦められない。なんとしてでも解除しなければ。


「光の刃で引き裂かれろ、ホーリーランス!
 大地の牙よ、深くに突き刺され・・・ロックマウンテンっ・・・!!
 ノーム!シルフ!ウンディーネ・・・・どうして、どうしてッ・・・マクスウェル!ゼクンドゥス!!」


なんの変化もないこの大地のために、一体何人のレプリカが犠牲になるんだろう。
人としての喜びを勝ち得たレプリカだっているのに・・・
あたしがなんとかしなきゃ、あたしがッ・・・!


「ヒスイ様、もう戻ってください。何度やっても無駄です・・・」

「ラクト・・・」


今まで無理をしたツケなのか、だとしたら何故ローレライはあたしを生かしているのか。
変えられないのならあたしという存在は必要ないんじゃないの・・・?
結局は、見殺したユリアとあたしは一緒だと言うのか。


「それから、大詠師モースがヒスイ様に用事があるそうですよ。」

「モースが?・・・すぐ行く」


ラクトが頭を下げて教会に戻っていく。
その顔はどこか寂しそうだった。

ラクトがイオンとシンクという異様なペアを連れてあたしの部屋を尋ねてきた。


「モース様が是非イオン様とシンクを連れてくるように、と。」

「イオンとシンクを?・・・変なの。」

「では、私は部屋に戻りますね」


ぺこり、とラクトが頭を下げる。
こうして彼に会うのは数日ぶりのことで、ほとんど自室にいるようだ。
たまにシンクが何か甘いものを食堂から持っていっているようだけど。
(こういうことを言うと彼らは実に仲がいいように聞こえるけれど、やっぱり嫌味しか言わないみたいだ)

最近少しやつれたラクトを見ているとあたしは胸が痛い。

シンクがイオンを横目にあたしの手をがしり、と掴んだので我にかえった。


「ほら、(ボクコイツといるの嫌だから)はやく行こう」

「あ、うん、ごめん。 イオンもほら」


あたしがイオンに手を差し出すと、シンクは今にも噛み付きそうな顔をした。





モースは神託の盾騎士団のとある一室にいた。
もちろんそれは彼の部屋ではない。彼は大詠師職であって騎士団に所属しているわけではないのだから。

茶色の薄汚れた布にくるまれた何かを、モースは大事そうに撫でていた。


「モース・・・それは、なんですか?」


イオンの問いに僅かにモースは首を振った。
それからすっ、と離れると、イオンを手招きする。


「導師や・・・シンクと同じ、レプリカです」


ばさり、と少年は布をとられる。びくびくとイオンとシンクを見、モースの後ろに隠れた。
後に彼はアニスによって名づけられるはずだった・・・無垢な者、フローリアン。
あたしが歪めたシナリオのため、彼は第七譜石を読まずに済んだ。
だけどこれで本当に良かった?現に彼は怯えてる。

モースはあたしの顔色を窺っている。
わかってる。今あたしの顔色は良くないはずだ。
でもそれは目の前にいるフローリアンのせいではなく、封印術による副作用だ。


「大詠師モース、ずっと彼を隠して世話をしてきたんですね」

「・・・はい」


モースは俯く。わかってる、彼は利用するつもりで世話をしていた。
だけどそれは容易ではなかったと思う。彼は大詠師で、誰かの世話をするような職ではない。
なのにフローリアンの顔色はとても綺麗だし、痩せ細っているわけでもない。
しっかりと世話をした証だ。

あたしが口を開きかけると、モースの前にフローリアンが立ちふさがった。
まるで、父親を護る息子のように。


「モースをいぢめないで」

「別にボクらはいびってなんか・・・」


シンクが眉をひそめてそういえば、そうなの?と彼は小首をかしげた。


「うん、そうだよ。モースはあたしの大切な仕事仲間だからね。
 それより、君に名前はあるのかな?」


あたしがにっこりとフローリアンの頭を撫でる。あたしよりも背が高い彼はふるふると緑の髪を揺らした。


「なまえ、って?ぼくになまえ、あるの?」

「・・・うん、あるよ。君は今日から、フローリアン。大切な名前だから覚えて、フローリアン」


そしていつか、アニスが名づけたこの名の意味を知ってくれればいい。
イオンやシンク同様彼もまた、頭のいい子だろうから。


「ふろー、りあん。・・・フローリアン。ぼくの、なまえ」

「導師イオンやシンクを共に呼んだのは他でもない、この子の世話をお願いしたくてな・・・」


大詠師モースは今までの償いの分、働くといってきかなかった。
この後の予定もびっちりだし、明日の予定もびっちりだ。

つまり彼の世話を任せられる者に任せたいということで。


「イオンやシンクなら安心して任せられるか・・・お願いできる?シンク、イオン」

「えぇ、僕はもちろんです。」

「(導師サマと一緒に、ねぇ・・・絶対やなんだけどな。ヒスイとならいいけど・・・でもヒスイの頼みだし)
 やってあげないことも、ないけど」


シンクの言葉にあたしは納得してにっこりと笑う。
これでフローリアンのことは大丈夫。

モースがこれからの教団についても支えてくれるし、残るは・・・レプリカ問題。


1万人殺し


その言葉がいやに重くのしかかる。
ルークは・・・ダメだ。でもあれをしないとローレライの宝珠は取り出せない。
それに、あたしがどうこうできるわけがない。上位譜術さえも操れないのに、超振動を起こすなんか。
ゼクンドゥスも、マクスウェルすらも出てきてくれないのに、誰も救えないことくらい理解できる。
何もできないなら何故、ローレライはあたしを消さないでいるの?そんな力はもう残ってないから?

ふと、脳裏にあの男の姿がよぎった。
メフィストフェレス、って言ったっけ・・・彼なら、何か知ってるかもしれない。
あれは悪魔だけど彼は言った、"人間からすれば"と。


「シンク、あたしは部屋に戻るね。フローリアンをよろしく。」

「あ、ちょっと、ヒスイ・・・!」


シンクの制止を遮ってあたしは自室へと走った。長い長い階段に気管支が狭まる。
いつもの悪魔が顔を出す前に部屋に戻ることができて、あたしはゆっくりと扉に寄りかかって座った。

途端、世界が闇に落ちたように暗闇があたしを取り囲む。


『我を喚んだな、人間よ。弱き、弱き人間・・・』

「あなたに聞きたいことがあって。確か・・・"光を愛せざるもの"。
 だけど人間を羨んでる、天国にいきたいから。」

『いかにも。その知識に間違いはない。だが、我が汝の思う善き者とは限らぬ』


クックッ、と音を殺すように笑った。
何故そうして笑うのか。からかっているのだろうか?

あたしはただ黙ってその男のいるだろう場所を睨んだ。


『我は汝の欲から生まれた。
 あの時、そう、汝が力を欲したあの時我は覚醒した。それは我が汝を利用するためだ』

「利用?あたしをどうするの?」

『汝の欲を叶える。汝は、他の人間のための欲を持っている。
 汝のための欲ではない。それを手助けすれば、我は天界へと導かれる。』

「だけど、あたしを助けてくれない!ローレライもマクスウェルも、応えてくれない!」

『あぁ、そうだ。汝は弱い。そして、今はもっと脆い。応えられる器ではないのだ。
 だからこそ我が応えよう。だが今汝が思うことは現実にはならぬ。それが道理』

「道理がなんだっていうんだ!仕方ないからって諦めろっていうのか!?見殺せっていうのか!」


叫んだ。思い切り。
それに反応して俄かに光が差し込んだ。あまりに細く弱弱しい光だったけど、暗闇に慣れたあたしには眩しかった。

はっきりと、男の・・・メフィストフェレスの顔を見た。
真っ赤な瞳があたしを捉えた。


『我の顔はそんなに珍しいか、ヒスイ。』


薄い唇があたしの名を呼んだ。それだけで、ぞわり、と彼の闇に飲み込まれそうになる。
わからない、悪魔なのか、救世主なのか。
あたしはどうすればいいのか。

赤い瞳を少し細めて、男が近づく。


「あ、案外美人さんだなって思っただけ!
 とにかくあたしはレプリカを助けたいの、なんとか・・・」

『それは無理だと申しただろう。・・・眩しいな』


光を見ないように、彼は俯く。よほど光がこわいのか。
あたしはそっと彼の手をとった。


「あー・・・ごめん、あたしが、叫んだから光が入ってきたんだよね。」

『光は・・・嫌いじゃない。光を愛さないのではない、光が、愛してはくれないのだ』


そう囁いた彼はひどく寂しそうな顔をしていた。
まるで、アクゼリュス崩落のときのシンクみたいに。

ぎゅ、とその大きく、でも細い彼の腰に抱きつくとほんの少し冷たかった。


「大丈夫だって。光はいつだって受け入れてくれる。
 あたしなんか髪も眼も真っ黒だけど、太陽はあたしを照らしてくれてるし。」

『・・・変な人間だな。我は悪魔だというのに。』

「変なのは認める」


あたしが腕の力を強めると、彼は困ったように笑った。


『ひとつだけ教えよう。汝が祈れば、その魂は導かれ、やがて生命へと繋がる。
 決して死が消滅ではない。汝が誤っているのは、そこだ。』

「祈ったら、また生まれることができる?たとえ、レプリカだとしても?」

『さよう。だが、肝に銘じておけ。汝の死は消滅だ』


ふ、と彼の冷たい感触がなくなった。
それと同時に視界に光が差し込んで、あまりの眩しさに目を細めた。


「・・・夢?」

「ヒスイ、もう眠った?悪いんだけど、ルークがアンタに用事だって言ってる。
 開けてもいい?」


がちゃり、と返答待たず扉が開いた。シンクがあたしを見た途端しゃがみこんだ。


「ちょっとヒスイ!?具合悪いの!?こんなとこで倒れた!?」

「落ち着いて、シンク・・・あたしなら平気だ。それよりルークがきてるんでしょ?いれてあげて。」

「あぁ、うん・・・でも無茶したらベッドでボクと一緒に寝てもらうからね」


むすっとしたシンクの頭を2,3度撫でてあたしは立ち上がってソファに座った。
幾分身体が軽いような気がした。

少ししてルークが丁寧にノックして入ってくる。


「あの・・・ヒスイ、俺さ・・・」

「まぁまぁ、座って。立ち話じゃなんだからなぁ」

「・・・わかった」


ルークがちょこん、といつもより幾分小さくソファに座ったのを見て、あたしはお菓子とお茶を用意した。
彼はきっとあたしに"大事なこと"を話したいんだろう。

どうぞ、といってチョコチップ入りのスコーンを彼の前に置いた。
紅茶は少し渋めにして。


「で、ルークは何が心配かな?」

「へへっ・・・やっぱヒスイはすげー導師だよ。わかるんだな、俺が不安だってこと。
 もう預言から世界が外れちまってるのに。」

「別に・・・預言を詠んでるんじゃないよ、友達として、そう思っただけ。」


彼は紅茶を綺麗に飲む。こういうところは王族なんだなぁ。
じっとスコーンを眺めていたと思ったら、あたしの目を見た。


「俺さ、障気を消そうと思う。たくさんのレプリカを使ってさ。」

「・・・うん」

「それで、俺、死ぬと思うんだ。」


彼は軽く笑ってそう言った。でも、微かにその声は震えている。


「嫌だよ俺、ホントは死にたくねぇよ・・・だけど、そんなこと、言えない。
 俺はレプリカなんだ。これは被験者のアッシュがすることじゃない、レプリカの俺がすることなんだ。
 俺はそのために生まれたんじゃないかって、思うんだ。思うんだけど・・・」


言葉を、彼は濁す。あたしはただ黙ってそこに座っているだけで。
頷きも、相槌も、彼の求めている言葉さえ発しない。

これがあたしの知らない未来ならどうだろう。
あたしは慌てただろうか。そうだな、きっと無理をしてラクトやシンクに怒られてる。
いや、ジェイドたちだって怒るかなぁ。


「なぁヒスイ、教えてくれ。俺は死ぬべきなのか?
 お前のその小さな手と俺の手は全然違うよな、俺はこんなに血で穢れた!!
 なぁ、助けてくれよ!お前ならできるだろ!?」


ああ、こんなに不安なんだ。
自分の手が血に濡れることも、自分が死ぬことも。

でもなんとなく、あたしにはメフィストフェレスが言ったことが理解できた。
だけど、現時点で見殺すことは変わらない。
ならあたしに何ができる?力のない、弱い弱いあたしに。

立ち上がって、ルークの隣まで歩いた。そして、その震えた手を握り締めた。
あたしより大きいはずなのに、小さく見えて胸が苦しくなった。


「あたしには、何もできない。力が、もうないの。あと少ししか・・・
 だけどルーク、その未来をあたしは知っている。知っていた。だから言える。
 ・・・1万人殺しの汚名は、あたしのものだよ。ルークのこの手を穢すのは、あたし。
 だから、あたしの手よりルークの手のほうがずっと綺麗なんだ。」


ルークのもうひとつの手が、あたしを引き寄せた。
まるで母を求める子供のようなその行為は、暫く、時をゆっくりと動かした。








08.09.23 20 -- 欲と救いと、僅かな光と。





back

ALICE+