◎21 : 我侭さえ哀しみに
「ラル、ゴ」
「・・・ヒスイ?」
声は彼方で聞こえた気がした。
暫く、ラルゴと昔話をした。
偶然教会にいた彼を引き摺るように部屋までつれてきて、無理矢理座らせる。
彼の巨体で3人がけのソファが半分以上埋まっていた。
昔話なんていっても、2年前。
あたしがこの教団に導師としてきた日からの話しかできない。
それでもあの頃あたしたちは笑っていたし、みんな一緒だった。
少なくともリグレットはあたしに銃口を向けることはなかったし・・・ヴァンに冷たい眼で見られることもなかった。
でもラルゴは。
「変わって、ないね」
「ん?どうした?」
ラルゴが首を少しかしげた。
ラルゴは相変わらずあたしに優しい瞳を向けてくれた。
最初は戸惑いもしただろう揺れた瞳も、今はもうない。
まるで父のような・・・。
「ナタリアが羨ましいよ。あたしも、ラルゴみたいなお父さんがほしかったな」
「・・・メリル、か」
戸惑いの瞳。本当は、ナタリアを殺すつもりはない。
こんなに優しい人が殺せるはずなんかない。
実の娘を。最愛の人との子供を。
ラルゴから視線を落として、あたしは少しだけ口の端を上げた。
それはぎこちなく動く。
「ねぇラルゴ、あたし、ローレライもユリアも預言もキライだよ。
でもね、この世界の人たちが大好きだ。生きてる全ての生命が好き。
それってラルゴと一緒だと思うし、ヴァンもリグレットもそうなんだよね。」
「破壊されるだろう時をただ待つばかりでいられるほど大人でもないし、
たぶんきっと、足掻くだけの子供なんだと思う。
それでもさ、あたしは足掻きたいと思うよ。みんなでまた笑いたいもん」
アリエッタが泣いて、リグレットがあやして。
ラルゴが彼女を抱いて、ディストがみんなに無視されて。
その隣ではヴァンが静かに彼らを見ていて。アッシュは眉間に皺寄せて。
あたしとシンクはこっそりと繋いだ手の指を絡めて。
そうやって生きたいと思った。そうやって生かして欲しかった。
ユリアは詠んでしまって、ローレライはそれを見てしまって。
でも、ね、あたし思うんだよ。
彼が見て、彼女が詠まなければ、あたしたちは永遠を信じてただ破壊を待つばかりで。
足掻くことができるのも彼らのおかげで。
預言なんか馬鹿げてるし、世界の終焉なんか知りたいとも思わないけど、いまも・・・
それでも知ってしまった以上黙ってることなんかできなくて。
ただ泣き叫んでも変わらないよ。恐怖ばかりが募る。
でもそれって、ヴァンたちだって一緒だ。
だから。
「ラルゴ、ナタリアを、守ってほしいんだ。わかってるよ、引き下がれないことくらい。
でもほんの少しだけでいいから、あたしたちと、ナタリアたちを信じて欲しいんだ。」
世界を、無に還す前に。
ラルゴが出て行ってからあたしはソファに置いてあったクッションをずっと抱きしめていた。
どうしたらいいんだろう。ラルゴは、預言を憎んでる。
そうして彼も音譜帯へと還ってしまう。
それが輪廻だとしても。あたしは食い止めたい。
親と子が争うのなんか見たくない。子が親を殺すなんてところは、見たくない。
だけどラルゴはきっと戦いを挑んで
自ら死を選ぶ。
馬鹿みたいに、預言預言預言!
一体どれくらいの人を殺せば気が済むんだよ!
ふと、シンクの顔が浮かんで消える。
彼の未来を書き換えられるだろうか。
『ボクは勝ち取ったのさ、この消滅という死をね。負け続けのボクがさぁ。』
ズキリ。
心が痛んだ。
まるで終わらない悪夢のように何度も何度もリピートされる。
離れて、離レテ、ハナレテ・・・・!!
ぼろぼろと涙の粒がクッションに落ちて染みになる。
まるで布を色濃くするそれは血のようで。
----- 犠牲があるから救いがあるんだ
誰かが言っていた。
全てを助けることなんかできないよ、あたしのちっぽけな命でなんか。
でも救いたいんだよ。あたしは世界なんか、本当はどうだっていいんだよ。
目の前の命を守りたいだけなんだよ・・・お願いだから、あたしからみんなを奪わないで
ヤメテ、ヤメテ、ヤメッ・・・・
「ヒスイ!!!」
「し、シンク・・・?」
「アンタ、ずっとこんな調子だった。すっごい心配したんだから」
いつの間にか入ってきていたシンクに気付くこともできずに闇に囚われていたみたいで。
メフィストフェレスに大口叩いたのにも関わらず、闇に堕ちている。
あんまりにも馬鹿なあたしをシンクはそっと抱きしめてくれる。
「なんか、悩んでるなら言ってよ。」
「シン、ク・・・ふえ、っぅあ・・・!」
ボロボロと泣き崩れてまともな言葉を綴れなくなって、嗚咽が漏れ出す。
いつからこんなに溜めていたんだろう。いつからこんなに弱くなったんだろう。
あたしはいったいいつから・・・
こんなに彼に頼っていたんだろう。
シンクの胸でひとしきり泣いて、やっと嗚咽もひっこんでごしごしと眼を擦るとその手を掴まれる。
「擦っちゃ、ダメ」
「ん・・・でも・・・ひゃぁッ!?」
ぺろり、とシンクがあたしの瞼を舐めて思わず奇声をあげてしまう。
いつもやることが突拍子もない。
ニッ、と意地悪く笑う彼があまりにも優しい笑顔で思わずあたしも笑ってしまった。
「もー、シンク・・・でも、元気出た。ありがとう。」
「ドウイタシマシテ。アンタが落ち込んでるときに慰めるのはボクの役目でしょ?
でも、アイツはどうにもなんないんだよね。」
「アイツ?」
あたしがだれ?と首をかしげると「オキラクト」と短く答える。
そういえばずっと様子がおかしいってシンクもずっと言ってたっけ。
研究を押し付けたのはあたしだし邪魔しちゃ悪いと思って様子を見に行かなかったけど・・・
よし、そうか。あたしの出番か!
すっかりと立ち直ったあたしは壁にかけたエプロンを身に着けて袖をまくった。
「シンク、あたしラクトのところに行く!お菓子作ってね。」
「・・・わかれば、いいんだよ。癪だけどね」
ツン、としてシンクは言うが、あたしから眼を逸らさない。
なんだろう、凝視されてる?顔になんかついてるかな。
ああ、ひどい顔をしてるんだろうな。
あたしがひとり納得すると途端にシンクは怪訝な顔つきになった。
「ヒスイ、また変なこと考えてるでしょ」
「へ?いや、シンクが見るからそんなひどい顔してるかと思ってサ。でもひどい顔のほうが、ラクトも笑ってくれるよね」
「(ホントはエプロン姿が可愛いと思っただけなんだけど・・・絶対馬鹿にされるから言わない)」
シンクがむすっとして簡易キッチンに入ってさくさくと材料を容易する。
ん?あれ?
「だめだシンク、砂糖の量を3倍にしないと」
「えー!?ボクが食べられないじゃん!」
「・・・じゃあ2倍?」
「いや・・・尋常な量じゃないよねそれ」
結局普通の量にして材料を量り始めるあたしとシンク。
甘いものがほしいと思うんだけどなぁ、頭を使ったら。
・・・少なくともあたしは。
シンクが精確に材料を量ってくれるから助かる。
きっとA型だよね、うん。
「ヒスイさ」
小麦粉を量りながらシンクが口を開いた。「どうしたの?」と返せば視線は秤を向いたままで続けた。
「2年前より丸くなったよね。口調とか。もっと冷たかったのに」
「ん?そうかな?」
「今のだって2年前なら『そうでもないぞ』って言ってたトコだよ」
小麦粉が入ったボウルを手に持って、シンクが少し笑った。
そういえばそうかもしれない。親友の彼が男だったから口調もかなり荒かった気がする。
しかも結構根暗だったし。
でもそれをシンクに言われるのが悔しくてボウルを半ば奪いながら彼を睨む。
「シンクだって、口調は相変わらずだけど皮肉しかほとんど言わなかったじゃん。
昔ならラクトのことを気にもかけなかったと思うしここぞとばかりにいぢめてただろっ!」
「っく・・・」
暫くそのまま睨みあってたけど、すぐに吹き出して笑い始めた。
「っはは・・・!お互い変わったんだね、やっぱり。」
「だね、ボクがオキラクトの部屋に様子見に行くって、かなり気色悪い!」
笑いすぎて粉が気管に入って少し咽る。シンクがコップに水を入れて渡してくれた。
「平気?」と彼が顔を覗いてくる。平気と答えようと口を押さえていた手を退けた瞬間、あたしはボウルを落とした。
粉が床に舞う。
「ヒスイ!?」
「ごめんちょっとトイレトイレ!」
口を押さえたままバスルームについているトイレに向かって鍵を閉める。
手をどけてその手の平にあったものは、紅。
口の周りにも悲惨なほどその色は広がっている。
「メフィスト、フェレス」
『なんだ』
鏡を見ながらあたしがそう呼ぶと、後ろに彼が現れたのがわかった。
手を洗い口の周りにこびり付いたまだ生々しいそれを落とすたびに水が紅く染まる。
「あたし、時間、ないの?」
『そうだな・・・お前の望む終焉まで、我がなんとかする。その血はどうにもならんが。』
「・・・そっか」
咳と一緒に出てきた血は、あたしの命の終わりを見せるかのようで。
マクスウェルからもらってた薬はまだあるだろうからそれで咳を抑えよう。
これはバレちゃいけないことだ。ラクトにも、シンクにも。
あたしの望む終わりは、あたしの中に留めておかないといけない。
トイレから出て簡易キッチンに行くと、掃除をしてまた量りなおしているシンクがいた。
こう見ているとものすごく異様だ・・・小麦粉を量るシンク・・・。
「あ、ヒスイ。トイレならそれでいいけど、わざわざボウル落とさないでよね。
掃除もしなくちゃだし量り直さないといけないじゃん・・・あと1g・・・」
「ご、ごめんごめん。」
へらへらと笑えばいいけど、とシンクがボウルを渡してきた。
軽く水を飲んで作業を再開する。
こうしてほんのちょっとあまめのクッキーはできあがり、バスケットの中へとしまわれていった。
「じゃ、ボクは行くから」
「あ、シンク!」
あたしが彼の服をぐいっと引っ張ると、彼は素直に振り返る。
翡翠色の瞳があたしを映す。
一瞬戸惑うように揺れたが、やがて視線を逸らされる。
「ありがと、手伝ってくれて。」
「・・・別に。オキラクトのこと頼んだよ」
颯爽と去る彼を見て、クスリとあたしは笑みを溢した。
汚れたエプロンを放り投げてバスケットを抱えたあたしはラクトの部屋へと向かった。
一滴、エプロンに血が落ちていたことにも気づかずに。
08.10.02 21 -- 最期くらい、子供になっても赦されるよね。
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