◎23 : 壊れそうな笑顔と心
「ねぇヒスイ、何処に行くんだっけ?」
シンクがあたしを見ながら聞いた。
レムが帰ってくるのが見えてあたしは駆け寄った。
『かの者は首都バチカルに向かっているようだが』
「そう、ありがとうレム。まだバチカルに着いてない、か・・・」
ぺろり、と手帳をめくって唸る。
ストーリーどおりならばどんなにはやくてもユリアシティに行くのは明日。
ならこれからバチカルに向かうか・・・・。
「予定変更、首都バチカルに行くよ」
「ここからなら一日かかるね。船の出港時間見てくる」
シンクがさっさと歩いて何処かに消える。船旅は何度もしてるからいいけれど・・・
海風ってどうも髪がごわごわになるからなぁ。
ぼーっと大きな船を見ていたら、ラクトに声をかけられる。
「夜の海は暗くて怖いかもしれませんが、夜空に輝く譜石はとても綺麗ですよ。
周りに灯りがない分輝きを増しますから」
「星は見えないの?」
「別の惑星ということですか?譜石と区別のつかないことが多いですから」
ラクトは首をかしげる。あたしの世界なら星と月しかない。
ここには別の星という概念があまりないから、多分月や星の話をしたら驚くんだろうな。
いつか話そうと思ってたことが、浮かんでは消えていく。
シンクが戻ってきて紙切れをあたしとラクトに渡した。
「これ、チケット。あと15分しかないから・・・ヒスイ?」
「え?あ、うん。行こっか」
ぼーっとしてたらシンクが心配そうな顔でこっちを見る。
「大丈夫?」
「平気・・・ちょっと、疲れてるのかな。船で休めるといいけど」
少しくすりと笑ってみれば安心したようなシンクの顔が視界いっぱいに広がる。
「ならいいけどさ。ホラ」
差し出された手を握れば満足そうに笑ってやんわりとあたしを引っ張る。
何か違和感があるような気がしたけれど確証がないし・・・。
船室に着くとすぐに横になる。
隣はラクトとシンクの部屋だけど暫く休むことを言ってあるからこの部屋には入ってこないだろう。
まぁ扉の前で見張りをしてるかもしれないけど。
ルークがきたときは確か国際会議の時だったっけ。
全部詠師テオドーロと導師イオンに任せてたから良かった。
何が良かったって・・・マルクト皇帝陛下に会わずに済んだことがだけどさ・・・。
船から降りるとなにやら荒々しい声が聞こえた。叫んでいるに近いくらいの声だから、取り乱しているんだろう。
「待ちなさい!あなたは・・・私の・・・」
「ナタリア姫、私の最愛の娘はもうこの世にはいないのだ。十八年前に奪われてな」
ラルゴがこちらにくる。ここからはナタリアの姿は確認できないけれど多分いるんだろう。
そこにはルークと、遠巻きにジェイドたちがいる。
あたしたちに気付いたラルゴがほんの少し笑った。
「聞いていたのか」
「今、ついたの。ねぇラルゴ、ホントに・・・行くの?」
「・・・最初からそのつもりだ」
大きな巨体とすれ違う。彼は、これからどこに行くんだろう。
すぐにアブソーブゲートに向かうわけではないと思うんだけど・・・。
まぁ、そんなこと聞いたところで追うわけじゃない。
勝算ならある。自信は、あんまり・・・ないけど。
それに本当ならばしたくはないこと。
「あれ、そこにいるのヒスイたちか!?」
「ルーク?」
顔を上げると眉尻下がりっぱなしのルークが立っていた。
ナタリアに本当のことを話して、それが正しいことなのか間違っていたことなのか不安な彼の姿。
それでも無理して笑いかけてくれる。
「なんだ、バチカルに来るんなら声をかけてくれれば良かったのにさ。
そうだ、泊まるとことか決めてるのか?」
「いえ、それがまだなんですよねー。今さっきついたばかりで」
あたしの代わりにニコニコとラクトが答えた。
そうなんだ、と頷けば彼はあたしの手をとって引っ張る。
「なら俺ン家行こうぜ!部屋くらい用意するからさ、ホラ!」
「あ、ありがと・・・」
「ほら、シンクにラクトも!」
にこ、とルークが笑ってあたしをどんどん引っ張っていく。
ナタリアも立ち上がってふらふらとあたしたちについてきた。
「おや?ルーク、ヒスイを何処で拾ったんです?」
「さっきそこで」
「ルーク、まず拾ったという誤解を解いてほしいな、うん」
あ、そうか、とまたにこりと笑う。その笑顔に心が痛んだ。
ルークが一番つらいよね、今。
両手を血で汚して、いつ死ぬかもわからなくて、ナタリアのことの責任を感じてる。
何を言ってあげればいいだろう、あたしに、何ができるだろう。
あたしの計画を話せれば彼は多少救われるかもしれない。
だけど、それはできない。あたしだけしか未来に関与しちゃいけない。
ラクトやシンクにも、言っちゃいけないこと。
「では戻りましょうか、一旦城に。」
「そうだな、ヒスイ、大丈夫か?」
ガイがジェイドの傍から離れてあたしの顔を覗き込んだ。
ちょっとぼーっとしてたから気付かなくて少し目をぱちくりとした。
アニスはナタリアを心配そうに見上げてる。
いつの間にか後ろにいたシンクとラクトはあたしを見てガイと同じように声をかけてくれた。
「あ、うん、大丈夫。ただちょっとぼーっとしちゃって。」
「ならいいんだ、なんともないなら、良かった」
ガイがいつもの甘い笑顔を向けてくる。彼はあたしに恐怖感を感じないから余計性質が悪い。
天然タラシは普通の女性相手の3割増しってとこだから。
シンクが後ろであたしの服をぎゅっと掴んだ。
「ちょっと、ボクのヒスイに近寄らないでよね」
「おやおや、その誰かさんのヒスイは以前私に見惚れていたじゃないですかー」
首を突っ込んできたのは勿論ジェイド。最初会ったときには苦手だと思ったけど。
あのハンカチ、洗ってポケットに入ったままだ。
返そうかな、と思ったけどシンクと喧嘩しながら先に行っちゃってるし。
まぁまだ時間はあるか、と歩き出そうとしたら、ナタリアがあたしの服を掴んだ。
「あの・・・」
「ナタリア、さん?」
「ナタリアと呼んでください。あの、私の父が誰だか、ご存知でしたか?」
「・・・まぁ、導師なので。どんな預言も詠めますから。
知らないことが一番残酷だと思います。知ればもっと色んな可能性ができますから。」
あたしがそういうと、ナタリアは不安に瞳を揺らして「例えば?」と問い返した。
「そうですねー・・・ナタリアが、父と知らなければ彼を討つことしか選択肢にない。
だけど彼を父だと知って、選択肢が増えた。だから、迷ってるんでしょう?」
「え、えぇ、そうですわね・・・」
「迷ってください、時間はないけど、その分深く。どれが正解かはわからないです。
だけど、どれもが正解だとあたしは思います。」
す、と目を少し伏せるナタリアをアニスが引っ張っていく。
あたしこそ、何が正解か一番知りたい。
あたしはあたしが一番信じられないから。
だけど、あたしはあたしを信じてくれる仲間を信じてる。だからあたしを信じなければいけないんだ。
例えそれが間違いだとしても、・・・それが正解なんだから。
あたしは3年近く悩んだし、考えた。こんなギリギリまで考えてる。
わかるでしょヒスイ、アンタにはもう時間がないの。
腹を括れ、ヒスイ!
「ヒスイ様、眉間に皺、寄ってますよ?」
「じゃあブサイク2割増だね!」
ラクトの言葉にあたしは笑った。
すぐにラクトがあたしの頭を撫でる。
「何を言ってるんですか、ヒスイ様は誰よりも可愛らしいですよ?」
「もー、ラクトは上手だからね!」
ひょい、とラクトの隣を抜けてルークたちのところまで走る。
天空客車に乗るときにルークが手を差し出してくれた。
そういえば貴族の嗜みっていうのか、こういうの。
その手をとって乗り込むとむっつりとしたシンクと目が合う。
いつも大体むっつりしてるけど。
「ありがと、ルーク」
「ん・・・ほらラクト!はやくしないと置いていくぜー!」
ルークが叫ぶ。その声にラクトが少し足をはやめた。
あっという間に乗り込むとガコン、とゆっくりと動き始める天空客車。
落ちたら痛いどころじゃないな、と外を見ながら思った。
太陽が赤くなり始めてる。
「俺たち一旦城に行くからさ、ヒスイたちは俺ン家でゆっくりしててくれよ。
メイドに一応言いつけとくから。」
「ありがとう、なんかお邪魔してごめんね」
「何言ってんだよ!気にすんなって!」
城まで一気に上がるとルークが屋敷まで走って行く。それにゆっくりとあたしたちは続いた。
言ったとおりメイドがぺこりとあたしに頭を下げた。
ルークはまた後でな、とあたしに耳打ちをしてそのままジェイドたちのところに走っていく。
「では、ヒスイ様は私がご案内させていただきます。
おふた方は彼女が」
「よろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げたのは別のメイド。
どちらも綺麗な人だった。メイド服も可愛いし・・・。
シンクとラクトが連れて行かれて、あたしはひとり屋敷の装飾を眺めつつ部屋までついていく。
部屋に着くとメイドは「何かあればお呼びくださいませ」と出て行った。
窓から海が見えて、太陽のまぶしさに目を細めた。
窓を開けて外に出れば潮風が頬に当たる。
もうすぐ消えるというのに、あたしはこんなにも穏やかだ。
この世界だって危機なんて感じさせないくらい綺麗な空を見せている。
いつまでこうしていたか、ノックが聞こえてあたしは振り返った。
ルークがこっそりと部屋を覗いてる。
「あー・・・入って、いいか?」
「いいけど、どうかした?」
部屋に戻って扉を開ける。頭だけしか入ってなかったルークがおずおずと中に入ってきた。
そのまま窓に近づいて、バルコニーに出た。
「俺さ、この部屋好きなんだ。海が見えるだろ?
屋敷に軟禁されてた頃はよくここにきて外を見てたんだぜ。」
「だから、あたしだけここの部屋にしてくれたの?」
あぁ、と頷いた彼の赤い髪が揺れた。
柔らかい髪は風に抗うことをしないで、ただその意思に従っている。
「俺さ、助かっちまったんだ。」
「・・・レムの塔の、こと?」
「ん・・・」
瞳が、少し揺れる。後悔してるのかもしれない、レプリカを殺したこと。
普通後悔するよね、たくさんのヒトを生贄にしたんだから。
自分が生き残ってしまったことを、強く強く後悔してるのに。
死にたくないと思ってるんだろう。
「じゃあ、"まだくたばるな"ってことだよ。」
「でも、きっと恨まれてるよ。生きてるレプリカたちにも、死んだレプリカたちにも」
「ばかだなぁ、ルークは」
柵にひょい、と腰をかけて太陽に手を伸ばした。
もう少しで見えなくなるんだ、あの眩しいくらいの光も。
「ヒトに恨まれないで生きてるヒトなんてさ、いないんだよ。誰だって誰かに恨まれてる。
それが多いか少ないかの違いじゃないかな」
「ヒスイは、誰に恨まれてるんだよ」
「さぁ、でも、少なくともルークよりずっと多いと思うよ」
本当はトリップした直後にヴァンを殺せばよかったのだろうか。
そうしたら丸く収まったし、アクゼリュスだって被害も少なく済んだ?
未来を知るものの責務って、一体なんなんだろうか。
少なくともあたしはこの世界中の人に恨まれていると思う。
そして、あたしのせいで巻き込んでしまった冬樹だって。
「ありえねーって。ヒスイ、かなり好かれてるぜ?」
「そんなことないよ。誰だって光と闇を持ってるんだからさ。」
ひょい、とその柵に今度は立ってバランスをとる。
危ないから、とルークが手を出すのをひらりと避けて歩いた。
「危ない?ここから落ちたら、あたしは死ぬよね。でも死なないよ、落ちないから。
だってあたしにはまだやらなきゃいけないことがあるもん」
「やらなきゃいけないこと、って?」
「それは内緒。でもね、ルークにもあったんだよ、やらなきゃいけないこと。
何をすればいいかわかるでしょ?」
彼は押し黙ってしまった。考えてるのかもしれない、しなくてはならないことを。
怖い気持ちばかり黙っていたら膨らんでしまうんだろう。
あたしは少し腰を曲げてルークに顔を近づけた。
「ルーク、死ぬのが怖いと思うのは、まだ死んだことがないからだよ、きっと。
あたしは怖くないからさ。ルークとあたしの違いってそこなのかなー」
「ヒスイは死んでるのか!?」
「この世界に来る前だけどね」
そうだっけ、とルークが首をかしげた。それから、どうだった?と聞いてくる。
「死んだ感想?」
「う・・・ま、まぁ、そう・・・」
「なんともなかった。というのは、あるのは目の前の現実だけだったから。」
未練とかってあったっけ?単純に彼を助けるためだけに生きてきて、あんまり考えてなかったなぁ。
今はただシンクを、みんなを助けたいだけ。
その中に世界なんて含まれてない、最初・・・から。
「やっぱ、ヒスイってすげーよ」
ぐっ、といきなり手を引かれそのまま重力に従って落ちるとルークの胸の中だった。
顔を上げればいつもの純粋な笑顔に戻ってる。
「ありがとうな。俺、弱気になってた。死んだときに弱気になることにする!」
「なに、それ」
クスクスとあたしが笑うと、つられてルークも笑った。
なんて、穏やかなんだろう。
あたしがここで笑っている間にも誰かが泣いているという事実に、気付かぬフリをして。
08.11.11 23 -- ごめんなさい、ごめんなさい。
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