25 : 愛するが、故。







「エルドラントに来い!
 師匠を倒すのは弟子の役目だ、どちらが本当の弟子なのかあの場所で決着をつける・・・」


扉を開けると、アッシュが丁度背を向けたところだった。






「ナニアレ、なんでキレてるワケ?」

「ルークの成長にアッシュ様がついていけなかったんですよ。ルークは、変わりましたから。」


状況を見ていたラクトがシンクに説明した。
なんかアッシュ様ってすごく違和感を感じたけれど、よくよく考えればラクトの上司だもんね。
六神将を抜けたシンクもアッシュが上司だと思うんだけど・・・なぁ。

ルークがあたしたちに気付かずに悲しそうに笑った。


「あいつが・・・羨ましいよ。あいつはいつだって師匠に認められていた。俺だって認められたかった。
 弟子でありたいって、ずっと思ってたんだ・・・。」

「あたしにはわかんないなぁ。あの人、ただの髭でただの変態だよ?」


あたしがルークの肩を叩けば、びっくりしてこっちを見る。
なんだろう・・・みんなしてこっちを見て。

ジェイドはいつもの笑顔だけど。


「随分と長い休憩でしたねぇ。ナタリアとラルゴから話を伺いました。
 ・・・無事で、何よりです。」


一瞬だけ、瞳を伏せたジェイドはすぐににっこりと作り笑顔を顔に貼り付ける。
少しだけその表情に疑問を持ったけれどすぐに考えることをやめた。

ラルゴとナタリアが目に入ったからだ。


「・・・具合は、もう大丈夫なのか?」

「心配しましたのよ、わたくし、とっても!」

「そんなことでくたばってたら導師なんか務まらないって」


へらり、とあたしが笑うとナタリアも安心しきった顔になる。
見れば見るほど似てないな、この2人。・・・似てなくて良かったか、うん。

いきなりどこかに引っ張られて、誰かの胸に当たる。
抱きしめられているんだと理解してから顔を上げると、綺麗な赤髪が目に映る。


「すっげぇ、心配した。もう大丈夫なのか?無理してないよな?」

「ルークは心配性だね。あたしの心配より自分の心配しなさい!」

「そういうヒスイは自分のことまったく大事にしてねーじゃん!」

「まったくだ。」


ルークの言葉に頭を縦にふって口を出してきたのはガイ。
彼はルークとあたしをべり、と剥がして視線だけどこかへ向ける。

その先には、ぷるぷると震えてるシンクとおろおろしてるラクト。


「ボクのヒスイに・・・」

「シンクってばヤキモチ妬きぃ〜」

「アンタは黙ってなよ!」


からかうアニスにキレながらあたしを引っ張るシンクはまるで子供だけど、嬉しくて頬が緩む。
もう少し、この気持ちにはやく気付きたかった。

ぎゅ、とシンクの服を掴めば安心したようにあたしを離して手を繋ぐ。


「で、これからどうするワケ?」

「軍はケセドニアにいるので、そちらに向かおうと思います。そちらもアルビオールで行きましょう」

「ありがとう、力温存できる〜」


お礼を言うといえいえ、とシンクからあたしを取り上げて軽々と荷物のように持つジェイド。
荷物扱いっていうのもなぁ・・・シンク怒ってるし。
まったく、余計なことをしてくれる。ジェイドは余計なことだらけ・・・か?

むすっとしながらアルビオールに乗り込むシンクを確認してから、ジェイドはあたしに耳打ちする。


「もうすべて、貴女は知っているのでしょう?」

「・・・何を?」


どきり、とした。全てを知っているのはジェイドのほうなんじゃないかと、思った。
こんなに動揺してしまう。あたしの考えも、これから先に起こることも、あたしが何をするかも。
何もかも全て。

ジェイドは唇に弧を描いてその紅い瞳をうっすらと開く。


「・・・いえ、なんでもありません。私には・・・どうすることもできないのですから。」


やっぱり、すべてを知っているんだ。知っていて止めない。
彼の性格なんだろう。ルークに死ねと言った、あの時と同じ覚悟なのだろうか。


「・・・ありがとう、ジェイド」


その綺麗な頬に他の人から見えないように唇を重ねた。
精一杯の感謝の証。


「おや、私にしておきます?いつでも式の準備をすることができますよ〜?」

「け、結構です!」


ジェイドのいつもの求婚攻撃を全力で断って、あたしはアルビオールに乗り込んだ。
今のジェイドの表情が、いつもの胡散臭い笑顔ではないことに気がついてしまったから。

ごめんなさい。

そんな言葉を紡ぐ資格はないとわかっていても、あたしはひとりそう呟いた。







アルビオールはケセドニアでまでくると、乾いた風があたしにあたる。
もう砂漠なんか見ることがないんだろうなと思うだけで目に入る砂すらも愛しい気がして。


「シンク、あたし、行きたいところがあるんだ」

「・・・ラクトは?」

「えっと・・・ゆっくり、休んでてほしいかな・・・?」


あたしが遠慮がちにいうと、ラクトは少し瞳を伏せてわかりました、と小さな声で言った。
悪いとは思うけど、少しだけ2人きりにしてほしかった。

最期、だから。


「で、どこに行きたいの?」


ラクトが宿に入るのを確認してからシンクは口を開いた。
それなりに彼を考慮してたんだろう。

あたしはケセドニア北門に向かい歩き始める。
それを後ろからついてくるシンク。シンクの質問には答えない。


「シンクは、この戦いが終わったら、どうするの?」

「ボクがどうするかなんて愚問だね。ボクにはヒスイしかいない。それくらいわかるでしょ?」

「導師守護役だもんねー。あたしは、そうだなぁ・・・」


何がしたいんだろう。ケセドニアを出てからも考えてた。
ずっと黙って、ただただ歩く。

死んでから、というより、消えてからのことなんかそういえば考えたことなかった。
あたしはもう家に帰ることはできないし、あの教会の広すぎる部屋に帰ることもない。

ただ忘却の彼方へと、黙って歩いていくだけ。


「・・・思いつかないや。終わってから考えよう!」

「ヒスイって計画性がないよね」


シンクが笑いながら、そう言う。
そうだね、計画性が少しでもあればもう少し色んな人を助けられたかな。
準備期間だってたくさんあったはずなのに、もう終わりってだけでこんなにもつらくなる。

自覚したくなかったんだ、考えたくなかったんだ。全部全部、すべて。
あたしがこれからどうなるかなんて、シンクにもう会えないって。
もうその声も顔もあたしを抱きしめる腕さえも、遠いとこに行っちゃうなんて信じたくなくて。

でもそうするしか、救えなくて。

気がついたらもう目の前にはセレニアの花畑があった。
ここでルークとティアの物語が始まった。


「ホントはさ、行きたいところがあったんだけど遠くって。」

「ふーん・・・何処なの?」


シンクはあたしの隣に座り込む。興味なさそうな口調だけど、実はこういうときは結構真剣に聞いてくれてる。
あたしは少しだけ間を置いてから口を開いた。


「クロが、軟禁されてた小屋のある崖の上なんだけどね。」

「なんでアイツ(被験者イオン)の小屋なワケ。」


一気に不機嫌モードになるシンクにちょっと苦笑して、あたしは続ける。


「あたしがこっちの世界・・・オールドラントに飛ばされて初めて着いたとこがそこなんだって。
 まったく記憶がないんだけど、クロが助けてくれたそうだよ。
 ・・・そこからの景色が、好きなんだ」


あたしの物語は、そこから始まったんだ。

ぽたり、と雫が落ちた。雨かと思ったら、あたしの涙だった。
馬鹿だ。後悔なんか捨てたと思ってた。だけどしっかりそれは深く深くあたしの心に根付いてた。

今更消えたくないなんて自分勝手すぎる。

シンクに勘付かれないようにそっとそれを拭った。
「じゃあ、」シンクは口を開いた。


「この戦いが終わったら連れてってよ。ボクをさ。まぁオキラクトが一緒でも我慢してあげるし」

「ッ・・・そ、だね・・・」


珍しい、シンクがラクトと行きたいって言うなんて。
そう言ったらきっと否定するけど、こういうシンクは素直になれないだけでそういう意味なんだよね。

あたし、ちゃんとわかってるよ。


「じゃあきっと、案内する。ピクニックでもしよっか!」

「甘いお菓子も我慢してあげる、遠くたって我慢してあげるから。
 だから・・・お願いだから、泣かないでよ。"最期"なワケじゃないんだからさ」


何時の間にか立ち上がってたシンクはあたしを強く抱きしめた。
痛い、くらいに、シンクの気持ちが伝わる。

止まらない涙。止まらない時間。
刻一刻とその瞬間が近づいているのに。あたしはもう生きることすらできないのに。
ならば自分という存在を彼らの中から、・・・シンクの中から抹消してしまうほうが、きっと幸せなのに。
わかってるのに忘れられたくないなんて、死んでからもシンクを縛り続けたいっていう傲慢な考えなんだろうか。

自分で自分がわからなくなる。

涙がこぼれたまま、あたしは笑った。精一杯強がってしまえば、自分の気持ちと向き合わずに済むと思ったから。


「泣いてない、これは青春の汗だよ」

「・・・バカ、じゃないの。」


シンクからの、キス。涙を舐めるように瞼に。
それからおでこに、ほっぺたに、首筋に。そして唇に甘く重なる。

しょっぱいと覚悟していたけれど、味なんかわからなかった。
引っ切り無しに溢れてた涙も簡単に引っ込んで。
ただその甘いキスに酔いしれた。

何度も角度を変えては重なって、時折シンクの熱い吐息が漏れる。あたしは、息をできているだろうか。
少しの隙間からシンクの舌があたしの中へと入ってきた。
絡まって、離れようとしたら追ってきて、また絡まる。

随分長い間そうしてキスをしていたと思う。正直、いくらしてもしたりなくて。
名残惜しく唇が離れるとまた重ねられる。
そこからそそがれる愛にあたしは応えることもできないくせに、こうしてシンクの優しさに甘えてる。


「ヒスイ、この戦いが終わったら・・・」

「・・・うん?」

「ボクのしたいこと、聞きたいんでしょ?この戦いが終わったら、ボクの・・・恋人になって。」


シンクの発した言葉が、真っ直ぐに心に届いた気がした。
でも、そう言いかけてあたしはやめた。

答えられないよ、あたしには、シンクの気持ちに応えることができないよ・・・。

返事は真っ直ぐに返さなかった。あたしの卑怯さが、強欲さが、醜いところがいっぱい出るような言葉。


「シンク。
 ・・・愛してる。これまでも、これからも。」


精一杯の返事。ずるいよね。憎んで。その気持ちさえきっと忘れてくれる。
なんだ、結構覚悟してたじゃんあたし・・・心の中で失笑すれば、シンクはあたしの顎に手をかけて
顔を上に向けさせると触れるだけのキスをした。

まるで愛の誓いのような。神聖なものだった。







ケセドニアまで戻るまで、シンクとは会話をしなかった。
しっかりと手を繋いでいたけれど言葉は交わさない。

それでもずっと言いたいことが言えたような、なんともいえない安堵感があって。
繋いだ手から惜しむことのない愛を感じた。

宿に戻って隣の部屋に入っていくシンクを見届けてから、もう一度耐えられなくなって外に出る。

誰もいない港に浮かぶエルドラントを見ながら込み上げる嗚咽を吐き出した。
覚悟することも切り捨てることもできないなら最初から契約しなければよかったのに。

あたしが最後まで生き延びなきゃ、シンクも、イオンも、フローリアンも、ルークも!
みんなみんな乖離しちゃうんだって、頭の中ではわかってるのに。
だから最後まで生きるために契約を交わしたはずなのに。

つらい、と口に出したら負けそうな気がして、わかっててもつらくって。
その言葉の代わりに嗚咽がこぼれる。


「ぅあ・・・あぁっ・・・ッふ・・・・」


薄い壁じゃ、あたしのこの泣く声もバレるから。
波の音で消してくれるここなら、誰にも気付かれないで済むよね。

ふわり、とあたしの肩が抱かれる。どちらかというと細い腕、嗅ぎ慣れた甘い甘い香り。
振り返ることはまわされた腕に邪魔されてできず、抑えられなかった嗚咽は少しずつこぼれる。


「私は、今だけ風になります。波の音で貴女が泣いているなんてわかりません。
 だから、思う存分、泣いてください。」

「ラク・・・」

「私は、風ですから。」


ぎゅ、と抱きしめられた腕に力が入った。
彼の優しさがひしひしと伝わってきてまるで子供のように大声をあげて泣いた。



あたしが泣いてる間、少しだけ波の音が大きくなった、気がした。








08.12.04 25 -- 鈍すぎ、バカすぎ。・・・愛しすぎ。






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