26 : ありがとう







傷が、癒えていく。








「あの・・・兄を助けていただいて、ありがとうございます。導師様」

「ううん。こうして話すのって、初めてですね・・・ノエルさん」


傷を負ったギンジを癒しながら、あたしはノエルに笑いかけた。
確かにしっかりノエルと話すのは初めてだと思う。姿を見かけたことはあるし、アルビオールにも何度かはお世話になってるから。

因みにどうせ入り口でリグレットが待ち伏せしているだろうから、先にルークたちは行かせている。
足止めされているだろうし。
傷が癒えたギンジを確認してから、待っていたシンクとラクトに声をかけた。


「悪いけどあっちまで運んでくれる?
 ここに魔物がくることはないと思うけど、万が一に備えて隠すようにしてくれるとありがたいんだけど・・・。」

「えぇ、勿論です。私が持つのでシンク、誘導してください」

「了解」


ラクトは優しくギンジを抱える。傷は癒えたけれどまだ意識はしっかりと戻っていない。
ゆっくりと離れる2人を確認してから、少しだけ声のトーンを落としてノエルに話しかけた。


「ノエルさん、悪いんですけど頼みたいことがあるんです」

「はい、私でよければ・・・」


ノエルがあたしに合わせて声を落として返事をする。
あたしはこっそりと隠し持っていた何度も折り重ねた"其れ"をノエルに手渡した。

見られないように、こっそりと。


「あたしたちがここを離れた後、これを広げてほしいんです。あのへんに。」

「これを・・・ですか。」


あたしは木の陰になってここからはよく見えない場所を指差した。
白い布。分厚くなるまで折っているので広げればかなりの大きさになる。
それがないとあたしの"計画"は失敗するのにあたしには誰にも感づかれずにそれを広げる余裕がなかった。

だから、ノエルに頼むことにしたのだ。

勿論、とノエルが曖昧に笑うのと同時に2人が戻ってきた。
ギンジの身体を隠した場所をノエルに伝えてから踵を返す。

「あの!」とノエルが背を向けたあたしに声をかけた。


「祖父たちが、街の皆が、貴女に感謝していました・・・それだけ、伝えておきたくて。」

「・・・伝えてくれてありがとう、ノエルさん。」


あたしは笑って、その場を離れた。時間は、刻一刻と迫っている。






「シアリングソロゥ!!」

「くっ・・・」


ガイが弾をギリギリでかわすが、リグレットがすかさず攻撃を繰り返す。
その前に飛び出て盾のように膜を張れば、リグレットの動きが止まった。


「ヒスイ・・・」

「大人組はこれだから頑固だって。リグレットも知ってるでしょ?ラルゴもこっちに"ついた"よ」


強引なやり方だったけど。言葉にはせず心の中でそう付け足す。
リグレットの戦いは無駄も隙もまったくなかったけど、前に比べて迷いがあった。

彼女の瞳が、少しだけ揺れた。


「だが、私は死ぬまでここを動かない。私はお前達を討つ!」

「・・・やっぱり頑固だな。下がってて、みんな。」


片手を突き出す。ヒスイ、と抗議の声がシンクからしたけれど振り返らなかった。
あたし自身が戦うわけじゃないから。


「大丈夫だよ、シンク。あたしを護ってくれてるのはシンクとラクトだけじゃないんだ。
 ・・・でしょ、セルシウス。」


ふわり、と現れた少女はにこりと笑う。
綺麗なブルーの髪にカチューシャをつけた少女は今のあたしより少し年上に見えるだけで、まだ子供だった。

セルシウスは氷を司る大晶霊だけど、この世界の意識集合体ではないからみんな目を丸くしている。
まぁ・・・知られてない方が、戦いやすいよね。


「作戦どおりにお願い。」

『任せて、丁度イフリートのせいで鬱憤が溜まってたのよ』


バキバキ、と拳をならしてにやりとその綺麗な唇を弧に描いてセルシウスは笑った。

因みにセルシウスとイフリートの相性は最悪というか・・・イフリートの暑苦しさにセルシウスが参ってるんだけど。
イフリートはセルシウスが好きだから仲良くなりたくて近づく・・・で、セルシウスは日々ストレスを着々と溜めていた様子。

地を蹴ってセルシウスはリグレットに殴りかかった。
譜術(彼女が使うのは晶術だけど)は使わないように頼んでいる。やることはふたつ、ひたすら体力を削ってもらうこと。


「クッ・・・!!」

『中々判断力がいいわね。でも、あたしからしたら』


セルシウスがまた不敵に笑う。後ろではナタリアとティアが前衛の傷を癒していた。

そしてもうひとつ、セルシウスに頼んだこと。それは。


『止まって見えるの、人間の動きなんてね』


トン、とリグレットの延髄に手刀を入れた。
がくんと彼女が倒れる。

そう、あたしがセルシウスに頼んだことは"気絶させる"こと。
セルシウスは氷を司る晶霊であることは確かなんだけれど、こうした接近戦のプロでもあって。
ピコハンみたいな譜術はすぐに気絶したのが解けてしまうから彼女に頼んだのだ。

あたしにはできないし、シンクに頼もうかと思ったけど実はこの技は結構危なくて。
下手すると死んじゃうらしい。(シンクならやりかねない!)
ってことでウンディーネに相談したところセルシウスなら大丈夫ということで頼んだのだ。

倒れたリグレットを見て満足したセルシウスはあたしを見る。


『これでよかったんでしょ?』

「完璧、ありがとうセルシウス。」

『応援、してるわ』


キラリ、と氷のかけらが宙を舞ってセルシウスが消える。
あたしの中にいる大晶霊たちはもうとっくに知っているんだ、あたしの計画。

最初にマクスウェルに会ったときより随分変わった、あたしの願い。


「ヒスイ、リグレットどうするの?ここに放置してたら魔物がくるけど。」


シンクがリグレットを抱きかかえながらあたしに言った。
確かに魔物は不味い。リグレットに念を入れて催眠譜術を施しながらシンクを見た。


「ノエルのところまで連れてってくれないかな?シンクなら足も速いし安心して任せられるんだけど」

「でも・・・ボク、ヒスイの」


言いかけて、シンクは言葉を濁す。ラクトがにっこりと笑ってシンクの肩に手を置いたから。
まるで「自分に任せろ」と言うように。

シンクだってラクトの実力は嫌というほど知っている。
自分がここに残ってあたしをひとりで護るより、彼に任せたほうが安全だということも。


「・・・アイツらじゃダメなワケ」

「ルークたちはね、主人公だから」


あたしが笑ってそういえば、仕方なくリグレットを抱いたシンクが背を向ける。
「ヒスイ」と優しくあたしを呼ぶ声が響いた。


「ボクが戻るまで、無茶したら怒るから。
 ・・・それに、オキラクト。ヒスイが傷一つでも負ったら許さないからね」


そのつもりですよ、とラクトが答えるとシンクが駆け出した。振り返らず、ただ真っ直ぐに。
ジェイドがやれやれというような顔で苦笑した。


「私たちもいるんですがねぇ・・・そんなに頼りになりませんか?」

「あはは・・・ジェイドのことを信用してないんだよ、シンク。母親みたいなものなのにね。」


むしろ敵意丸出し、と笑えばジェイドは「母親はやめてください・・・」と少しげんなりした。
でもジェイドが母親だとしたら、ルークが首を少し捻る。

そして、爆弾発言。


「父親はディストってことになるのか?」

「ルーク〜?お仕置きが必要なようですねぇ〜v」

「すみませんなんでもありませんごめんなさい何も言ってません」


物凄い勢いでルークがあたしの後ろに隠れる。ああ、ジェイドの背後に般若が見えるよ。
ルークが明日の朝日を拝めるかはジェイドの機嫌にかかっているようだ。

震えるルークをよしよしと撫でると、般若ジェイドがさっさと歩き始める。
こっそりと近寄ってきたアニスがニヤニヤと笑った。


「ルークぅ、あんまり大佐怒らせるとインディグネイション落とされるかもよ〜?」

「お、俺ジェイドに味方識別(マーキング)されてるから大丈夫だって」

「でも大佐なら味方識別くらい簡単に解除できるって。だって大佐だもん。あの眼鏡に秘密が・・・」

「まぁ!あの眼鏡に能力がありますの!?」


アニスがルークを脅していると横からナタリアが目をまんまるにしてびっくりしていた。
・・・ナタリアって変なところですごく純粋だよなぁ。
まぁあの眼鏡は響律符なんだから秘密がないと言えば嘘になるわけなんだろうけど。

そこからアニスがあることないことをナタリアに話す姿は、これから最終決戦だということを忘れさせるくらい自然で。
自然と、足取りが軽くなる。

ジェイドが少し立ち止まって、にっこりと嫌なくらいの笑顔を浮かべる。


「おや、楽しそうな話をしていますね。私も混ぜていただけませんか?」

「お、俺前衛だし先に歩くよ。ヒスイ行こうぜ!」

「え、あ、うん、でもあたし前衛じゃ」


答える間もなくルークに引っ張られてジェイドから離れる。
こうした中でもしっかりとあたしの横について離れないラクトはホントすごいよ。

話は聞いてたみたいでクスクスと笑っている。

が、途端笑い声が途絶える。
忽然と今歩いてた床が消えたのだ。タイミングのいいことこの上ない、けど。


「お、落ちるうううう!!?」

「うわああああああ!!」

「落ちてますねー。」


重力に従って真下に落ちているのにも関わらず、相変わらずラクトはのほほんとしている。
上を見れば穴もしっかり塞がっていて。

まさかこんなに高いところから落ちるとは思わないし、譜術を使おうにもセルシウスを出したときの反動で思うようにいかない。
このままじゃ潰れたトマトだ!とひとりで青くなっているとラクトに抱かれる。


「しっかり、掴まっていてくださいね」


床がものすごいスピードで迫ってくるのが怖くてラクトの首にきつく掴まって衝撃を待った。
が、一向にこない。
恐る恐る目を開けるとラクトがにっこりと笑ってあたしを下ろした。


「譜術で衝撃を無くしたので、痛くはなかったと思いますが・・・大丈夫ですか?」

「う、うん・・・ありがとうラクト、潰れたトマトになるところだったよ」

「サイズ的にはミニトマトですね」


くすり、と笑われる。確かにミニか、と納得してしまった。
こうして和ませてくれたおかげであたしは腰が抜けて立てない!なんてことにはならなかったけど。

唸り声が聞こえて隣を見れば、お尻をさすっているルークの姿。
・・・あれ?


「ルークに譜術をかけてあげなかったの?」

「すみません、ヒスイ様を護ることで精一杯でしたから」


言葉を聞くと申し訳なさそうに聞こえるけれど、本人はかなり余裕そうで。
ニコニコしたその表情に少し違和感を覚える。


「ラクト・・・ルークに何か怒ってるの?」

「いえ、そんなことはないですよ・・・私の力不足ですから。一応ある程度衝撃を軽くすることはできたとは思うのですが・・・。」


今度こそ申し訳ないという顔になったラクトに少し首をかしげたけど、そんなことを気にしている時間はない。
折角のチャンスだから、とあたしはあたしの傍にいるであろう彼に声をかけた。


「メフィストフェレス、お願い。」


ラクトに聞かれないように、最小限の言葉で。これだけで彼は動いてくれるから。
あたしはルークの傍に駆け寄って手を差し出した。まだ座ったままのルークを立ち上がらせるために。


「大丈夫?ルーク。」

「へ、へーきだって・・・これぐらい・・・ってて」


ぎゅ、とルークの手があたしの手を握る。ぶわり、と身体が疼いて先程よりずっと・・・鉛のように身体が重たくなる。
なんとか身体を起こして大きな扉を見ればアッシュが苛々した様子でこちらを睨んでいた。


「おいレプリカ!てめェまで落ちてくるんじゃねェ大馬鹿野郎が!」

「あ、アッシュ!?なんでここに!?」


ルークがアッシュに気付いて近寄ると、うぜェ!と剣をルークに突きつける。
捨てられた子犬のような表情のルークにますます苛々するアッシュ。
一触即発だなぁ・・・とそれを見ていればラクトが困った顔をした。


「止めなくてもよろしいのですか?」

「う、うーん・・・いいんじゃ、ないかな?多分。兄弟喧嘩は気が済むまでやったらいいと思う」


金属音がして彼らが戦い始めたのを確認して「激しいけどね」と笑えばラクトも「そうですね」と苦笑した。
戦いの中でアッシュの望む答えが見つかるなら、あたしはそれを止めるべきじゃないと思う。

傷つけあってわかることだって、きっとあるから。

金属音が鳴り止んで、顔を上げれば膝をついたアッシュが映った。
ルークが持っていた剣を鞘にしまってアッシュに近寄ったが、腕を振られてそれを拒まれる。


「来るんじゃねェ!・・・クソ、レプリカ風情に負けるなんて、な。」

「アッシュ・・・」


傷だらけで、でも先程よりすっきりとしたアッシュの顔を見てからあたしは近寄った。
あたしをルークのように拒むことはしなかった。

たくさんついた傷を癒す。もう、対象が止まっていないと譜術を発動できないくらいあたしの力は弱まっていて。
命の残量を知らせるかのように身体が途端に重くなる。


「これを、持っていけ」


ローレライの剣をルークに投げて渡す。それに躊躇したルークにアッシュは吠えた。


「ぐずぐずしてんじゃねェ屑が!」


アッシュが地面に向けて超振動を放つと同時にどこからかレプリカ兵が入ってくる。
それはかなりの数で、ゲームで見たようなものじゃなくって。


「お前もはやくしろ、ヒスイ!」

「ッ・・・!」


絶対アッシュは死ぬ。わかりきってるんだ、そんなこと。
覚悟したでしょ?あたしは自分に問いかけた。

ぐ、とラクトの袖を引っ張る。


「ラクト、ここに残ってアッシュを助けて。」

「ヒスイ、様・・・?私が護るべき人は導師であるヒスイ様ただ一人で「ラクト=ブラウズ!!」ッ・・・!」

「これは、お願いではありません。導師ヒスイの命令です。」


立ち上がって、ルークの傍に行く。敵は剣を構えている。
もうすぐ傍まで迫っていて。


「ヒスイ、様ッ・・・!」

「ラクト」


扉をくぐる前に振り返った。ひどく、辛そうなラクトの顔を見る。
こんな顔を見たいわけじゃないのに。

何か、言わなくちゃ。言いたいことたくさんあるのに。
ラクトが加勢すれば多分アッシュは死なないと思う。だけど、ここでラクトとは"さよなら"で。

唇が、弱々しく言葉を紡いだ。


「ありがとう、ラクト。それと」


音を立てて扉が閉まっていく。聞こえないだろう、それでもあたしは唇を動かした。


「ごめんなさい」







あたしとルークはジェイドたちと合流して先に進む。合流していたんだろうシンクが口を開いた。


「オキラクト、アンタを放って何処に行ったの?」

「・・・アッシュのとこ。あたしが、命令したの」


それだけ言えば、シンクはそれ以上は聞かなかった。
そう、と答えてから、少しだけ笑った。


「まぁヒスイは傷ついてないし、ちゃんとボクと一緒に居るし。帰っても何も言わないでいてあげるよ」

「帰っても・・・」


その言葉だけ嫌にあたしにまとわりついた。
何も聞かずにラクトが傍に居てくれた昨日を、思い出す。

あの時にあたしは覚悟した。今更もう、何も思っちゃいけない。

またあたしの中の恐怖が疼き出さないようにただ無我夢中で前に進む。
そっとシンクがあたしの手を握ってくれたことに感謝しながら。

ホドの町並みを抜けて、ゲームでシンクと戦うだろう場所まで来てルークを見る。


「ん?俺の顔になんかついてるか?」

「あ、ううん、なんでもないの。」


あたしは曖昧に笑って誤魔化す。そうだ、彼を見てもなんの意味もなかった。
それであたしの身体にも変化がない。


「(よかっ・・・た・・・・・・)」


人知れずあたしが安堵の息を吐けば、シンクがあたしの顔を覗き込む。


「疲れた?歩けないなら抱いて歩いてもいいけど」

「だ、大丈夫!っていうかさらっと言わないでよ、恥ずかしいなぁもう」

「今更でしょ」


シンクが、にやりと笑った。








扉が完全に閉まる直前に確かにヒスイ様は「ごめんなさい」と言った。
言ったかどうかは確かではないが、口の動きからしてそうだろう。

離れるべきではなかったのに。私の心には後悔が津波のように押し寄せる。

「おい!」とアッシュ様の声に呼び戻されて、私は前を向き直った。


「お前、戦えるのか?」

「これでも導師守護役ですから。・・・これを、つかってください」


アッシュ様に双剣の片方を投げてレイピアを構えた。
持ってきて良かった、とこの時ばかりは用意周到な自分を褒める。

剣に比べて短いこの双剣は使いにくいとは思うが、素手でレプリカ兵に立ち向かうよりは幾分か負担は減ると、思う。


「・・・後で返す」

「えぇ、是非お願いします。レイピアだと本気が出せないので。」


かちゃり、とレイピアが音を立てた。風の譜術を身体に施して駆け出した。
まずはひとり。鎧の隙間から刃を差し込めば血が噴き出した。それをまともも浴びて服が紅に染まる。

そんなことに構っている余裕はない。はやく、はやくヒスイ様のもとに戻らなければ。


「ラクト、飛べ!!」


アッシュ様が突然叫ぶ、視線だけ彼に向けて意味を理解すると地を蹴って高く飛んだ。
くるくると弧を描きながら飛んでくる双剣の片割れを掴むとレイピアを兵へと投げて刺し殺す。

腰に吊るされた鞘からもうひとつ双剣を抜いて構える。
"眼"が、待っていたというように疼いた。

血のように紅く染まった瞳から譜陣が皮膚を侵食していくのが感覚でわかる。


「すみません、急いでるので」


先程よりももっと速いスピードで兵を斬る。
背後から迫る兵を斬ってから、アッシュ様の後ろで剣を振り上げている兵に向かって譜術を放った。


「サンダーブレード!」

「ッ・・・助かった!!」


アッシュ様が剣を振り回しながら私に向かってそう叫ぶ。
彼は不器用ではあるが根は優しいとシンクと私に言っていたヒスイ様を思い出して苦笑した。

案外素直みたいです、ヒスイ様。


「ッハ・・・キリがねェな、屑が」

「そうですねぇ・・・向こうは第七音素さえあれば無限に生まれるのでしょうし、困りましたね」

「困ったようには見えねェけどな・・・上司より強い部下ってどうなんだ?」


敵を斬りながらアッシュ様が話しかけてくる。
そういう貴方も余裕そうですね、と返そうと思ったが先程より随分息切れしてる。

やはり大爆発(ビッグバン)現象が進行しているのだろう。

彼を庇いながら戦うにはやはり数が多すぎる。やはり"アレ"を使うか・・・。
万が一失敗した際のリスクが大きすぎる。

私が決断できず迷っていると、大きな音がして扉が崩れた。
超振動で開く仕掛けになっている、あの扉の一部が破壊されたのだ。

新手かと思って警戒すればライガが飛んでくる。


「ラクト!」

「アリエッタ様・・・?」


何頭ものライガを従えてアリエッタ様が崩れた際に舞い上がった埃の中から飛んでくる。
後ろに大きな影が見えたと思えば、大きな鎌を軽々と振り回す彼・・・


「ラルゴ・・・様?」

「黙っていられなくてな」


得物を振り回していう彼の瞳には迷いが消えていた。


「上司の尻拭いは部下がしなければな」

「六神将も大変ですねぇ」

「お前ら・・・」


アッシュ様が思わぬ助けに剣を再び構える。先程より相手をする数が減って肩でしていた息も収まったようだった。

ふと、負っていた傷が消える。振り返ると黒いローブに身を纏ったイオン様が立っていた。
ただレプリカの方ではなく、"被験者"の方のイオン様だということはすぐにわかった。
あの腹黒そうな笑顔は優しいレプリカの彼にはできないだろうし、ヒスイ様の言っていた"クロ"という呼び名もぴったりな気がして。


「僕に不可能はないんだよね。悪いけど、消すよ。」


レプリカ兵に向かって譜術を放つ彼は爽快なもので、アリエッタ様は彼に気をとられている。
ふと、クロ様と目が合う。


「あんた、ラクトだったっけ。何度かヒスイの後を追って僕のところまで来たよね」

「えぇ、そうですね。随分前の話ですが・・・」

「行きなよ」


そう言って彼が指差したのは壊れた扉の一部分。
ライガが一匹私の傍に来る。


「ラクト、行って!その子が足になってくれる!
 ヒスイはアリエッタの親友だから・・・ヒスイを護って!それがラクトのすべきこと!
 アリエッタ、ここで頑張るから、イオン様と頑張るから!」

「メリルに、よろしく伝えてくれ。ここが片付いたらすぐに追いつく!」


アリエッタ様とラルゴ様が叫んだ。ほら、とクロ様が私の背を押す。
命令が、と言いかけた私の言葉を遮るようにアッシュ様が返り血だらけの顔を私に向けた。


「こンの屑が!ぼさっとしてんじゃねェ!
 命令だとか理屈こねてる場合じゃねェだろ!!てめェの護りたいものはなんだ!わかったらさっさと行って来い!!」


アッシュ様のその言葉に、私は双剣を鞘にしまった。


「・・・はい、行ってきます!」


ライガに跨り走った。ありがとう、ヒスイ様が残した言葉とは反対の言葉を風に乗せて。







ティアの大譜歌が紡がれて、ヴァンの中にいたローレライが勢いよく飛び出した。
苦しそうに、ヴァンが膝をつけばルークが駆け寄ろうとする。


「師匠ッ・・・」

「ルーク・・・お前はいつまでも甘い、な」

「師匠!!」「兄さん!!」


傍に寄ろうとするティアとルークを遮って、ルークの剣を奪ったあたしはヴァンの傍に寄った。
「借りるよ」と言えばルークが心配そうな顔であたしを見ている。
恐らくこれでトドメをさすつもりだ、とか考えてるんだろうけどそれは違う。

ローレライの宝珠を床に置いて剣だけにする。
うっすらと点滅を始めるヴァンの身体は乖離し始めていた。


「ヴァン、答えは・・・見えた?」

「あぁ・・・そうだな、お前の勝ちだ、ヒスイ。」

「それだけ聞かせてくれれば十分。ね、シンク!」


冷たくヴァンを見下ろしていたシンクも不貞腐れたような顔になって「どうでもいいし」と唇を尖らせた。
シンクは、ヴァンに利用されるために生かされてたわけじゃない。
あたしの意向だったから、ヴァンに対する憎しみがゲームよりきっと少なくて。
むしろ身体に譜陣を刻んでくれた借りもあったりして。その分もちろん仕事で利用はされていたんだろうけれど。

だから、そんなに仲が悪いわけでもなく。


「悪いけど、ヴァンにはそう簡単にくたばってもらっちゃ困るんだよね。まだまだ働いてよ」


第七音素を、身体に入れる。あたしの中の第七音素は既に底が見え始めていた。
だけどこれがあれば少しの第七音素でもヴァンの身体を再構築させることができる。


「何を、するつもりだ、ヒスイ。」

「んー?敵意のない敵は敵じゃない、ってこと。
 死ぬってことはさ、すべてから逃げることだと思うから。生かすほうが罰になるんだよ。」


第七音素によって再構築された身体はもう輪郭をはっきりさせている。
あたしは隣に立っているシンクを見上げた。


「シンク、悪いんだけどさ、ヴァンに肩貸してあげて?あたしじゃ低いからヴァンが大変だしね」

「・・・まぁ、ヒスイが言うなら」


不服そうにヴァンに肩を貸し、ルークたちのところまで歩いていく。
シンクが離れてからあたしは宝珠を再度剣に取り付けた。

その刹那、遠くから叫び声が聞こえた。
聞き慣れたあの声は・・・


「シンク!!ヒスイを止めてください!!!!」

「ラクトっ・・・!?」


シンクが眼を丸くした。ライガに乗ってこっちに向かってくるラクトは必死な顔で叫んだ。
いつもなら「ヒスイ」なんて呼び捨てないくせに。

でも彼にはわかっているのだ、これから始まるあたしの無謀な計画が。

シンクが近寄るよりはやくあたしの中からマクスウェルが飛び出した。
空間を歪めてシンクの侵入を拒む。


「ヒスイ!お願いです、どうか、どうかそれだけはやめてくださいッ・・・ヒスイ!」

「ラクト、ちゃんと説明してよ!ヒスイがどうしたっていうのさ!?」


ラクトが口を開く前にあたしが口を開いた。


「シンク!」

「ッ・・・ヒスイ・・・・?」

「ごめんね」


つう、とあたしの頬に雫がこぼれた。泣かないって、決めてたのにな。
それを拭うのも億劫になる。


「なんで、ヒスイが謝るの・・・?ねぇヒスイ、アンタじゃローレライの解放はできないんでしょ・・・?
 だったらさぁ、ルークに任せてさっさと帰ろうよ・・・・!!」

「・・・ごめん」

「なんで謝るんだよ!!!」


シンクが、歪んだ空間に向かって思い切り蹴る。けどそれをまったく物ともせずにただあたしたちを隔てるだけで。


「マクスウェル、始めて」

「・・・あいわかった」


マクスウェルの返事と共にあたしの皮膚が切られたように裂ける。
シンクと合流してからあたしは譜術を一切使えなかった。使えば、こうなってしまう。

それは、契約。

彼らの立つ場所だけ床が虹色に光り始める。空間転移のための譜陣は書き込んでいないけど、この程度の人数ならいける。
今頃アッシュたちの床も光っているだろう。ラクトが跨っていたライガはきっとアリエッタのライガだ。
アリエッタがあるならクロもいるだろうし、2人の保護者としてラルゴもついてきているんじゃないかなぁ。

ラクトが見えない歪みの壁に向かって譜術を放つ。綺麗な赤い瞳をどんどん刺青のようなものが侵食していく。


「ラクト・・・あたし・・・」

「悪いと思っているならここを開けてください!!」


悲痛な、ラクトの叫び。譜術の威力は普段よりずっと高くて、マクスウェルの顔が歪んだ。


『いかんの・・・それ以上したらおぬしの身体が持たんぞ、ラクト』

「私の身体なんかどうでもいい!!ヒスイ、どうかお願いですッ・・・!」


ちらり、とマクスウェルがあたしを見た。どうやら準備ができたようで。
もうおわかれかと薄いその見えない壁にそっと触れる。シンクが何かを言いたそうにしていて。

触れたくなる衝動をぐっとこらえた。


「シンク、ごめんね。一緒には帰れないよ」

「なんで、アンタはいっつもそうやって、勝手なのさ・・・ボクがどれだけアンタを愛してるかまだわかってないワケ?
 ヒスイが、ボクの世界の全てなんだよ・・・!!」

「ッ・・・ありが、とう・・・・」


あたしがシンクに背を向けたと同時に、彼らの姿はそこから消えた。
次々にあたしの中から出てくる大晶霊たちは少しずつ光って空気に溶け始める。


『ヒスイ、よく頑張りましたね』


そう言ってくれるのはウンディーネで。


『な、泣くな・・・笑ってないとヒスイらしくないぜ!』


励ましてくれるのはイフリートで。


『ただの人間のくせに、よく頑張ったって僕も思う。だから、もう少し頑張れるでしょ?』


シルフはいつもの無邪気な笑顔で。


『お主にはやらねばならぬことがまだあるのじゃろう?ならば泣くのはまだ早いのではないのか』


厳しいお説教はレム。


『我・・・護レナイ。ヒスイ、応援スル』


カタコトで一生懸命伝えようとしてくれるヴォルト。


『泣いてても何も始まらないよぉ〜ん?』


いつもの調子で大きな鼻を揺らすノーム。


『イフリートじゃないけど・・・泣かないで。もう少しだけ、我慢して?』


イフリート嫌いはいつも変わらずのセルシウス。


『我らはもう何もできることはない。今度はお前の覚悟だけが必要だ』


シャドウは淡々というけど、心配そうな声色も窺えて。


『・・・私には、お前を助けることはできない。もうじき消えるからな。
 それでも私はお前がお前の為すべきことを為すだろうと確信している。』


普段は口数が少ないゼクンドゥスは、めったに見せない柔らかい表情でそう言ってくれる。


『さて、時間じゃのう。』


マクスウェルの言葉に大晶霊たちは空に溶けていく。
最後に残ったマクスウェルは綺麗な髭を揺らしてあたしの頭を撫でた。


『おぬしと一緒に僅かな時を過ごすことができて、良かった。ありがとう』


優しく笑って、マクスウェルが消えた。
あたしだけがそこに取り残されたようになって。


「こちらこそ、みんな。ありがとう・・・」


でもまだ、終わったわけじゃない。
重たい剣を地面に突き刺した。ふわり、と彼が姿を現す。
メフィストフェレスはその綺麗な顔を幾分か歪ませていた。


『ひとつ、指示されたタイミングでルークとお前の音素振動数を交換する事。
 ひとつ、お前の身体をローレライ解放まで一定の状態に維持する事。
 さぁ、我に最後の望みを言え。血の契約はそれで完了する。』

「・・・最後の、望みかぁ」


地面が崩れて輝き始める。あたしは、最後の望みを、口にした。


「"お世話になったメフィストフェレスを、天使にしてください"」

『・・・お前』

「色々考えたんだけど、ここまでこれたのはメフィストフェレスのおかげだから」


最後の願いを聞き入れて、彼もまた、あたしの前から姿を消した。
途端に襲ってくる眠気と倦怠感。それでもまだ倒れるわけにはいかない。

刹那、ローレライが姿を現した。あたしの目の前で大きく輝く。


「この時を待ってた。ローレライッ・・・」

『我が願いを叶えてくれたこと、私を解放してくれた事、感謝する。
 ・・・だが、何故私にその切っ先を向けるのだ、ヒスイ。』


あたしはローレライに彼の誓いである剣の先を、彼自身に向けていた。


「色々、あたしも考えた。こっちにきてから数年ね。
 でもわかんなかったの、シンクを救う方法。このままじゃシンクは生きられない!
 第七音素は互いに惹き合う。普通の人としてシンクには生きて欲しいんだ!
 だから・・・あたし、貴方を殺さなくちゃいけない。」

『譜術も使えずそのようなボロボロな姿になっても、尚も私に立ち向かうというのか』

「笑っちゃうよね、でもあたしの望んだ物語の結末、だからッ!!」


重たい剣を振りかざせば、いともたやすく跳ね返される。
吹き飛んだ身体に反応して"悪魔"が反応して咳が出る。
並みの人間以下の体力で、どうやったらローレライに勝てるんだ・・・やらなくちゃ、いけないのに・・・!

ころり、とポケットから袋が落ちた。からからに乾いたあたしの大好きな花と、それに包まれていた黒い石。
全然シンクのいうような効果は得られなかったけど、ふたつ目のおまもりで。


『ッ・・・それは!』

「こ、これ?この黒い石がどうかしたの?」


あまりの驚きようにローレライに尋ねると、そっと手を差し出される。
その石を大きな手に乗せれば、ぐ、とそれを握る。


『レプリカの乖離現象ならこれでなんとかなるかもしれない』

「・・・へ?」

『この鉱物は"ベルセリウム"と言う。
 この世界には存在しない筈だが・・・これの持つ力で、"私の性質"を打ち消すことができる。』

「で、でも・・・第七音素は確か、分子の結合を助けてる。だから、レプリカを生成できるんでしょ?
 惹き合う性質を消したら一瞬にして乖離するんじゃ・・・」

『全ての第七音素に適用すれば、そうなる。だが、音符帯となった私にだけ適用することもできる。』


音符帯になったローレライ、第七音素だけがその性質を失うことで、既にオールドラントに存在している第七音素には影響されない?
だから乖離現象がなくなる、ってこと・・・?


『私を、殺さずに済んだな』

「あは、は・・・ホント、だね・・・」


ふわり、と光の玉があたしの身体から上へと上がった。
ひとつ、またひとつと上がっていく・・・少しずつ薄くなるあたしの存在を確認して、ローレライは頭を下げた。


『全てを背負わせて、悪かった』

「気にしないで、ローレライ。後は任せたよ。
 それから、そういう時はごめんなさいんじゃないんだよ。」


あたしも、さっきわかった。ラクトに伝えるべきだったのは、謝罪の言葉じゃなかったんだ。


「ありがとう、ってね」


光の玉となって消えたあたしの声だけが、そこに静かに残った。









「ねぇ、どういうことか説明してよ!!」


アルビオールの中でシンクが吠えた。
空間転移させられたルークたちはノエルの傍まで一瞬にしてきたのだ。
最初にヒスイが渡していた布は、空間転移先の譜陣。

ヒスイの味方識別(マーキング)を利用してマクスウェルが転移させたのはルークのみならず、
アッシュやライガに至るまでそこに運ばれたのだ。

なんとか暴れるシンクをガイやラルゴが抑えて全員でアルビオール二号機に乗り込み脱出したが、エルドラントは崩れ落ちる。

あの中にはヒスイがいるのに、目の前にいたのに、助けることができなかった。

その後悔だけがシンクの心に渦巻く。


「なんでヒスイが犠牲にならなくちゃいけないの!なんでヒスイだけが死ななくちゃいけないのさ!
 なんでヒスイがッ・・・」

「黙れ!!!!」


シンクの叫びに、一喝したのはラクトだった。
彼はその身を震わせ、必死に何かに耐えるように俯いて膝をついていた。
握られた拳からは爪が食い込んだらしく血が滴っている。

始終おだやかな口調で相手を思いやりながら話す彼の面影は、今はどこにもなかった。
自らへの失望、怒り、嘆き、哀しみ、負の感情が彼をそうさせずにいるのだ。

ガンッ、と音を立ててアルビオールの狭い出入り口を殴った。
凹むだけで、開く気配はない。もう一度、何度も、ただ開くまで殴り続けた。


「ラクト・・・もうやめて・・・」


溢れた涙を隠すことなくティアが控えめに制止の声をかける。
だがその拳は目の前の障壁に向けられたままだ。


「ラクト・・・アンタ、ここを開けてどうするのさ」

「ヒスイを助けます」


ボコボコと凹んだだけのアルビオールに舌打ちして、また拳を振り上げた。
が、それはジェイドの手によって制止された。


「やめなさい、そんなことをしても無駄です」

「貴方に何がわかるッ・・・離せ!!」

「いい加減になさい!」


パシン---と乾いた音が響いた。ジェイドが、ラクトの頬を叩いた音だった。
突然のことにラクトは目を丸くした。


「貴方がここで戻っては、ヒスイの犠牲も無駄になります。」

「ッ・・・ヒスイ、が、犠牲・・・・・・」


かろうじて、ラクトはそれだけを紡いだ。

伝えてないのだ。伝えるつもりはなかったが、ずっと傍にいられるのならと思っていた。
傍にいることすら叶わない今は、どうしようもなく伝えたい。
自分の気持ちを。・・・愛してる、と。

ラクトはその場に崩れるようにして座り込んだ。落ちる涙にまるで気付かないかのように崩れていくエルドラントを見ている。

ふわり、ふわりと光の玉が抜けていく。
ティアの中から、ナタリアの中から、アニスの中から。順番に何個か抜けていく。

シンクが涙を流しながらラクトを見た。


「これ、何・・・?やだ、行かないでよ、やめてよ!ボクは嫌だ!!」


自分に縋るシンクに、どうすればいいかわからずラクトはジェイドを見上げる。
彼も同じように自分から抜け出る光の玉を見ながら困ったように笑った。


「粋なことをしてくれますねぇ」

「これは・・・?」

「"彼女"との記憶や思い出、ということになるんでしょうね」


自分から出る光の玉を、ラクトは必死に掴もうとしたがかなわなかった。
ああ、自分がこんなにも愛し恋焦がれた"彼女"の顔が、服が、髪が、匂いが、思い出が。
少しずつ抜けていくのだ。


「ヒスイ、嫌だよ、ヒスイ・・・ヒスイ!!」


何度も何度もシンクが叫ぶように、縋るように、失くさないように、名を呼ぶ。
最後のひとつを見ながら、シンクは虚ろな瞳を外に向けた。




「さようなら・・・ボクの、大切な」




続きが紡がれることなく、アルビオールは遠くの空へと消えた。









08.12.13 26 -- さようなら。





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