05 : 冷たい水に抱かれて







「ラクト、援護いくよ!ウィンドカッター!」


ザシュッ、と風が身を裂く音が数回して魔物は消えた。






「に、しても、ヒスイ様はお強くなられましたね」

「あんまり体力はないけどなぁ。」


ラクトはそんなことありませんよ、とあたしの頭を撫でる。
この過保護なお兄さんのおかげであたしは力を使いすぎることなくスムーズにカイツールまで行くことができた。

暫く歩いて門までいくと、聞き慣れた声がした。


「証明書も旅券もなくしちゃったんですぅ。通してください。お願いしますぅ」

「残念ですが、お通しできません。」


ああ、このイベントを逃せはしない!
あたしはダッシュでジェイドの隣からひょっこりと顔を出した。

アニスはこちらにまだ気が付いていないようで、ふみゅぅ・・・と可愛らしい声を出しながら兵士に背を向けた。
途端顔がいつもの可愛い笑顔ではなくなっていた。


「・・・・・・月夜ばかりと思うなよ。」


でたああああ!腹黒アニス様の降臨だッ☆
これを見たいがためにシンクから逃げたなんて死んでも言えないですけれど。


「アニス、ルークにもヒスイにも聞こえちゃいますよ。」


イオンが笑顔で言った。あれ?イオンこっち見ないでよくあたしがいることがわかったね・・・。
もしかして後ろに目が付いてる!?

ニコニコとイオンがあたしの手をとって「おかえりなさい僕のヒスイ」と笑顔で言った。
シンクにも言ったけれどいつからあたしは所有物になった。
緑’sにかかればあたしの睨みなんてまったく意味のないものらしい。

あたしの手をとるイオンの手をラクトがとった。


「いえいえ導師イオン、ヒスイ様はシンクのものですよ。」

「何を言っているのですかラクト、ついに頭にウジでもわきましたか?」


笑顔で核爆弾を落とし始めた天然導師守護役と腹黒導師をそっとしておき、あたしはジェイドを見上げた。
おかえりなさい、といつもと変わらぬ顔をする。


「迷子にならないでくださいと言った傍から迷子になるなんてヒスイはダメな子ですねぇ」

「迷子じゃなくて誘拐されてましたがホントスミマセンデシタ。」


あたしはジェイドの眼が笑っていないことに気付き(リアルで初めてみたけど超こわい!)慌てて謝罪した。
もう逃がしませんよとクスクスと笑う彼を見て、逃げたわけじゃないと弁解する言葉が喉でつっかかった。

ルークはアニスを撫でながら「お前、無事だったか」と笑顔で言う。
ああ、この癒し系おぼっちゃまはホントに無垢だなぁ・・・と心からそう感じた。

しっかりもののティアがあたしを見て少しだけ微笑むと、真顔でジェイドに話しかけた。


「ところで、どうやって検問所を越えますか?私もルークも旅券がありません。」

「ここで死ぬ奴にそんなものはいらねぇよ!」


ざっ、と音がして何かが落ちてきた。つかお前ちゃんと旅券見せたのか?
そんなありがちな疑問を抱きながらルークは慌てて後ろに飛びのいた。
まだも切りかかろうとするアッシュの剣を出番を心待ちにして茂みに隠れていたヴァンが受け止めた。


「退け、アッシュ!」

「・・・・・・・・・ヴァン、どけ!」

「どういうつもりだ、私はおまえにこんな命令をくだした憶えはない!退け!」


・・・チッ、舌打ちをして彼は門の上を過ぎて(恐らくは)タルタロスに戻っていく。
ルークは嬉しそうにヴァンを見た。


「師匠!」


ヴァンがルークをちょっと注意すると、少し不貞腐れたようにルークは口を尖らせた。
後ろで金属音がして少し振り返ると、ティアが武器を構えていた。ナイフだ。

それを収めるよう言い、ヴァンは後ほど宿屋にくるようティアを含む全員に言った。
さぁて、ここからはどうしようかな。

ラクトととりあえず宿屋に入るが、別室をとってもらった。
コーラル城に行かなければシンクとの約束が果たせない。アリエッタには軍港で人を殺さないようには言っておいたけれど・・・。

これからまた汗をかくことになるのかもしれない、あたしはラクトに断ってシャワーを借りた。
そういえば戦闘して結構汗かいたのに中々シャワーをあびる機会がない。
旅って結構大変だなぁ・・・とため息をつきながら頭からシャワーを浴びた。


『ボクはヒスイが好きなんだよッ!!!』


シンクの声が頭に響いた。


『逃げてるのは、アンタでしょ・・・?』


『やっと憶えた、やっと理解したこの感情をアンタは認めてくんないワケ!?』


悲痛な叫びが、耳から離れなくて。
あそこまで必死になったシンクはあんまり見たことがなかった。

ああさせたのはあたしで。
かぶっていたお湯が冷たく感じる。あたしの中ではどんどんシンクが大きくなっていく。
会いたい・会いたくない・会いたい・会いたい・会いたい。

髪を譜業でざっと乾かして服を着た。服は短時間で洗える譜業が置いてあったため洗っておいた。
クポが袋をあたしに手渡すと、それをポケットにいれる。
金木犀の花が入っている匂い袋だ。

クポを肩に乗せて浴室を出ると、ジェイドが座って待っていた。


「はやいシャワーですね、皆さんは旅の用意をしていますよ。」

「あ、遅れてすみません。」

「いえ、それより説明いたしましょうか?」


あたしはジェイドの言葉に首を横に振った。
説明はいらない。あたしは日本語で綴ったノートをぱらぱらとめくってペンで書き加える。
今のところストーリーに異常はない。
何をすべきか全て日本語で書かれたノートはいざ誰かに見られても問題ない。
どんな封印術より安心していられる。

『現在異常無し。計画遂行可』とだけ書いてパタリと閉じた。
それを後ろからジェイドが覗いていたが、「異世界から来た噂は本当のようですね、まるで暗号だ」とクスクスと笑った。
彼はもしかしたら何か解読できると思っているのかもしれないが、甘い。
日本語にはひらがな・カタカナ・漢字があるのだ!
いわば3ヶ国語を使い分けてるようなもの、そう簡単には解けないのも日本語の魅力。

だから外人サンって日本語覚えるの大変なんだろうけど。


「さ、準備ができましたから、急ぎましょう。」


ラクトが立ち上がった。クポもあたしの声につられて小さな羽根を動かして肩に乗った。
トクナガと同じような役割をするけれどトクナガより少し高性能で、自分の意思がある。
自分で動くこともできれば重いものを音素分解して体内に取り込み、運ぶことも出来る。
とは言っても限度があるけどなぁ。

あたしの肩を抱いてジェイドから庇うようにラクトは歩き出した。
ラクト、あんまりいい顔してないな、いつも笑顔なのはいいことだけど。


「ヒスイ!ジェイドに何かされませんでしたか!?」

「やだなぁイオン、ジェイドがそんなことするわけないじゃ

「えぇ、し損ねてしまいましたv」


この三十路のおっさんはああああ!
呆れてあたしがモノも言えないとラクトは「そんなこと私が許しませんから、シンクには許しますけれど」と横で笑顔を作る。
もういいよコイツラ好きにしろ!

あたしは彼らを放置してティアの傍に寄った。


「ティアさん、これからどうなさるのですか?」

「兄さんから旅券をもらったので、これで国境を越えて船でバチカルまで向かいます。
 あ、導師ヒスイとラクトさんの分がないわ・・・。」

「あ、あたしらの分はいらないですよ。優秀な部下が持ってきてくれたので。」


導師といえど表の導師がイオンだとしたらあたしは裏の導師。
表の公務にはほとんど顔を出さないため、一般人であたしが導師だとわかる人間はダアト付近に住む人たちくらいだろう。

あたしたちは旅券を見せてカイツール軍港へと歩き始めた。

暫く歩いていると、ルークがあたしにアニスの人形について聞いてきた。


「なぁなぁヒスイ、アニスのぬいぐるみ・・・」

「きゃわ〜ん☆ルークさまっ、アニスに直接聞いてくれたらいいのにぃ」

「どわぁっ!?」


ルークがあたしに話しかけてきた途端、アニスはルークのわきを突付いた。
アニス地獄耳だなぁー・・・。


「トクナガのことですかぁ?」

「・・・あぁ、トクナガ、ね。
 それ、なんででかくなるんだ?」

「乙女の秘密です☆とは言ってもぉ、ヒスイ様のクポのほうが高性能なんですよねー。」


アニスがそういうとテレたように『そ、そうでもないクポ・・・』とクポが頭をかいた。
それにルークは吃驚して目を丸くした。
あたしも最初クポをもらったときはびっくりしたなぁ。流石薔薇のディスト様だ。


「しゃ、喋った!!」

『クポは痛みや温度を感じないクポ。でも、こうして話しているのはクポの意思クポ。
 戦いを感じたらクポはクポの判断で動くクポ。』


頭のポンポンをゆさゆさと宙で遊ばせながらクポが説明する。
だけどきっと彼はわかってないだろうなぁ。


「教団の秘密事項・・・とは言ってもあたしのクポは完璧な趣味かなぁ。」

「ヒスイ様のクポは戦えないことも無いけれど、あくまで便利に作られてるんですよぉルークさまぁ☆」


相変わらずアニスはお金持ちなルークにベタベタだ。とは言ってもあたしはルークが誰かなんて聞いてない。
いざとなれば預言を詠む事で知ることはできるけれど。


「あ、カイツール軍港が見えてきましたぁ!」


アニスが叫んだ。
途端鼻を刺激するにおいにあたしは眉をしかめた。ラクトは「火・・・。」とぼそりと呟く。
そうだ、アリエッタ!


「ラクト!」

「はい、ヒスイ様。」

「クポ、お願い!走るよ!」

『了解クポ!』


ラクトはレイピアを取り出す。クポは大きくなってあたしを抱いた。
あたしは"悪魔"のせいで上手く走ることができない。チーグルの森では比較的大人しかった悪魔もいつあたしを蝕むかわからないからだ。
だいぶ旅には慣れたものの、あたしの身体にも限界がある。

あたしの異変とにおいでルークたちも気が付いて走った。
軍港に入ると船が燃える妙で独特なにおいがあたりに充満していた。
船の乗組員たちは傷を負っていたが、死人はいなかった。


「誰の許しを得てこんなことをしている!?」

「やっぱり根暗ッタ!」


ヴァンの声を掻き消すかのようにアニスが叫んだ。
アリエッタはちらりとあたしを見て、少し目を伏せた。いや、アリエッタはよくやった。
人を殺さなければまだすべてを取り返すことが出来る。傷を負った人間も、負わせた人間も。

そういう意味であたしはバレないようにアリエッタにウィンクした。
少し伏せていた目を、ほんの少しだけ上げて頬を紅潮させ、アニスを睨んだ。


「アリエッタ、根暗じゃないモン!アニスのイジワルゥ〜!!」

「何があったの!?」


ティアがヴァンにそう問いかけると、彼は少し考えてから「アリエッタが魔物に船を襲わせていた」と短く答えた。
すまなさそうにアリエッタは目を伏せる。


「総長、ごめんなさい・・・。アッシュに頼まれて・・・」

「アッシュだと・・・!」


ヴァンが目を開いた途端、魔物が上空から飛んできてアリエッタを空へと運ぶ。
そしてあたしの身体も浮く。何故だ!


「船を修理できる整備士さんはアリエッタが連れて行きます。
 返してほしければルークとイオン様がコーラル城へこい・・・です。
 二人がこないと・・・あの人たち、殺す・・・です・・・。
 あと、ヒスイはきても返さないです。シンクの命令です。」


ぶわっ、とあたしはアリエッタの魔物にコーラル城まで連れて行かれた。
こんなことしなくてもあたしは約束を守るのに。

シンク・・・不安なのかな・・・・・?






「なぁ、アンタヒスイの導師守護役なんだろ!?助けに行くんだろ!?」


ルークが悲痛な声を上げた。
それにも動じずラクトはへらりと笑って、いいえ、と答えた。


「お傍に行ってお守りするだけです。六神将もそれは同じ。
 彼らはヒスイ様を傷つけはしない。それは私が保証しますよ。」


ふわふわといつもの笑顔は無い。
ラクトが見上げた空は、青く青く、澄み渡っていた。










08.07.16 05 -- 会いたいとただ強く思う。





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