◎ロゼッタのしろいゆめ(シルバー)
「なんでもっとはやく起こしてくれなかったんですかっ!」
「ぐっすり眠ってた奴は誰だったか…」
「うぐ。」
寝巻きの上に防寒着を着ていて、お世辞にも色気があるとは言えないヒスイの姿。
ここ数日、俺たちはシロガネ山のポケモンセンターに滞在していた。
俺は不運にもこの女…ヒスイに鉢合わせてしまった。
修行に来たと言うのに、何故か、流星群の観察に付き合わされている。
以前コイツに「お人好し」と言った記憶があるが、俺も相当そうだと思う。
コイツだけに限ったことではあるのだが。
「だって、ピークの昨日も一昨日も、雲しか見えなかったんですよ!?
月すらも見えなかったのに!」
わざわざここまできたんだから、と頬を膨らますコイツに「一体何をしにここに来ているんだ」と口から滑り落ちた。
一瞬ぽかんとして、星を観に、と薄く笑う馬鹿も程ほどに、俺たちは真っ暗で静かなポケモンセンターの屋上によじ登った。
よじ登ったという表現は実に適切で、ハシゴすらついていないこの屋上にのぼるのは一苦労だ。
ポケモンを出せばいいだろう、と言ってはみたものの、俺のポケモンは昼間の修行でジョーイに預けているし、コイツときたら「だって折角寝てるのに起こせないよ」と一丁前に言い出す。
階段から落ちるわ梯子から落ちるわのコイツが屋上に登れたのも、俺が手を貸さなければ無理な話なのに。
つまり、俺はこの馬鹿で弱い女に、ヒスイに、骨抜き状態もいいところだ。
「うっわー・・・」
感嘆を、小さく、白い息と一緒に吐き出した。
麓は雪こそ積もっていないがかなりの寒さで、指の先がじんわりと痛くなってくる。
口を開けてただ上を見つめるコイツの顔は間抜けもいいところなのにも関わらず、どこかそのキラキラとした瞳は真っ直ぐ、星空じゃない、もっと高みを見ているようだった。
…負け続けている俺が言うのも、なんだが。
リュックから大きめの毛布を取り出して、にっ、と笑う。
普段は大人っぽいような言動なのに、こういうときばかり無防備になる。
手に負えない。
「ほら、シルバー、」
こっちに座って、と隣を指差す。
腰を落ち着かせれば大き目の毛布の中へと誘われた。
先程よりはずっと暖かな感覚と、打って変わって頬がピリピリと乾燥した寒風にあてられて少しだけコイツに近づいた。
少しきょとん、として俺を見るが、何を思ったのかぴったりとくっつく。
俺とは違い少し高い体温が右側から伝わってくる。
「シルバーは、なんか貧血っぽいですよね。寒くない?」
曖昧な敬語で(それよりもずっと、最初の時よりくだけたのだが)俺の顔を覗き込む。
貧血なつもりはないが、よく、血色が悪いと言われる。
生まれつき、こうなんだ。ほっといてくれ。
また視線を上に上げて、ほう、と白い息を吐き出す。
ため息なのかそうでないのかはわからないが、恐らく、そういうネガティブな意味を孕んだ行為ではないとは思う。
「あたし、思うんですけど」
唐突に、普段からコイツは唐突だが、口を開いた。
なんだ、と思って少しだけ視線を隣にやるがその視線はまだ上のまま。
仕方なく、俺もまた視線を上へと戻す。
「流れ星って、願い事を3回言うと叶えてくれるって言うじゃないですか」
動かない星に向かってか、ヒスイはまた、白い息を吐き出した。
「でも、それって、違うと思うんです。
たった一瞬に願い事を3回言う努力というか、そんだけの根性があったら、なんだってできると思うんですよね。
それっていうのは、つまりは、気の持ち様なワケで。」
流れ星が見たくてきたくせに、そういったメルヘンな思想は持ち合わせてないのだろうか。
俺は勿論そんな子供染みたことを信じる歳ではないが、てっきりコイツは、信じているとばかり思っていた。
いや、結論から言えば信じているのかもしれない。
ただ信じ方が違うだけで。
「だからあたし、願い事なんてしないんですよね。
でも星が流れるって、その星の最期を看取る行為なワケでしょう?
たくさんの人に看取られる星は、きっと幸せなんだろうな」
ふぁ、と変な声をあげて恥じらいもせずに欠伸をするコイツをただじっとみていた。
もしかすれば、コイツも、ただその散る命を自分に重ねているんじゃないだろうか。
たまに哲学染みた言葉を吐き連ねるが、本当はただ、無意味に散るのが嫌なのではないだろうか。
だから自分を責め、自分を高めるための努力を惜しまないのか。
その身がボロボロになったとしても、コイツは、笑うんだろう…か。
そうか、とまったくなってない返答をする。
だがもう俺の言葉はコイツには届いていなかった、夢の住人は静かに柔らかい表情で寝息をたてるだけ。
最初に出逢ったあの日から、コイツは俺という人間に対して、警戒心を抱かない。
「おい、星の最期を、看取らなくていいのか」
小さく声をかければ、ん、と寝ぼけているのか寝たまま返事をしているのか、安心しきった声を漏らした。
既に言葉を為さない音に、「知らないからな」と空を仰ぐ。
これだけの星を、最後に見たのはいつだったか。
幼少の記憶を掘り起こせば、一度だけ、流れる星に願ったことを思い出した。
結局3回願うこともできなかったし、願いが叶えられることもなかった。
「(…親父は、帰ってこなかった)」
目を細め、独特なオリオン座を睨みつける。
コイツが言うようにもし3回願えずとも、気の持ち様でどうにかなった問題だろうか。
世の中にはどうにもならない現実があって、コイツはまだ、そんな汚い世界を知らないだけ。
そんな感情を、知る必要はないし、知らせたくもないと思うのだが。
「あ」
きらり、と星が弧を描く。やっと流れたひとつは、瞬く間に、消えてしまった。
一回も願い事を言えないまま、無慈悲な星は最後を迎える。
そもそも願い事なんて用意してなかった俺はただ先程コイツがしていたような間抜けた面を夜空に晒すだけ。
「…願い事か」
今の俺は、前ほどに強さに固執しなくなった。
手に入れたいものは、強さも勿論捨て切れてはいないけれど
「ヒスイ、」
呼んだ訳じゃないのに、少し、間をおいて返事が聞こえた。
生返事で自分の名前に反応をしただけなのに、心臓が高鳴る。
「願い、は」
恨むなら自分を恨むんだな。
気の持ち様だと言ったヒスイを少し笑い、言い訳にして逃げ道を作っている自分を嘲笑い、そして、少しだけ身体をよじらせた。
冷えてしまった冷たい、乾いたキスは触れるだけのものだが、それだけで満足だった。
「んっ…」
小さく身をよじって、ヒスイは俺の胸に身体を預ける。
馬鹿なヤツだ、俺の気持ちを知ればこんな無防備にならないだろうに。
「星の最期に願わなくても、手に入れればいい」
その努力を怠るのなら、きっと望みなんて叶わない。
そう言いたかったんだろ、お前は。
だったら、
「後悔するなよ」
冷たい風が、俺の決意を攫って行った。
「ど、どーして起こしてくれなかったの!」
完全に陽が登って、ようやくヒスイは目を覚ました。
俺の胸の中にいたことなんか気にも留めていないように、起きていた俺にまた頬を膨らます。
自分だけあんだけ寝ておいて、都合が良いヤツだ。
「あーあ、流れ星ひとつも見れなかった!」
あたしが寝た後、見ましたか?と諦めたように、それでもじっとりと睨みつけるような目で俺の心を探ろうと見てくる。
短く「いや、」と答えれば、嬉しそうに笑った。
「やっぱりピーク終わっちゃったんだ!なら寝てよかったー。」
へらり、と笑って立ち上がる。
朝日は相変わらず燦々としていて、凛としたその姿をヒスイは焼き付けているようで。
悔しいぐらいに、綺麗だ。
「なぁ」
俺が呼び止めれば、ヒスイは太陽を背に、くるりと振り向いた。
「お前が寝る前の話だが、」
俺も、そう思う。毛布を持って屋根から小さなテラスに飛び移れば、あ、と小さく声をあげた。
慌てたように屋根からよじよじと馬鹿丁寧に下りてくる。
やっぱり途中で落ちそうになって、いつかと同じように下で手を広げれば、安心したように落ちてきた。
…落ちたときの場合に備えていただけで、落ちてこいという意味ではなかったが。
「なんの話ですか?」
寝る前のことを覚えていないのか、にっこりと、ヒスイは笑った。
別に、なんでもない。短く答えて、コイツの抗議を聞く前に布団に滑り込んだ。
「あ、ずるい!逃げた!」と躊躇せずに潜り込んでくるコイツを捕まえて、俺は瞼を閉じた。
「もう、シルバー!」
「五月蝿い、俺は、お前と違って全然寝てないんだ」
もう一度口を塞いでやろうか馬鹿、と薄く目を開ければ、ヒスイは笑顔で「じゃああたしも三度寝します」と笑って眼を瞑る。
もどかしいぐらいに近すぎず遠すぎない距離だけど、願い事は、暫く保留にしよう。
俺は心地よい体温を捕まえて、ようやく、夢を見る。
09.10.23 --- オリオン座流星群は見れませんでした。けど、自然ってすごく偉大ですよね
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