私と任務


 ついに、この日が来てしまった。
 窓から見える空は灰色で、暗い。
 怖い。ベットから起き上がり、どこか重たい体で、そう思った。

 朝食を食べ、いつもよりものろのろと着替える。鏡を見ると、相変わらず顔色の悪い自分の顔が映る。隈をコンシーラーで隠して、鏡をもう一度見る。試しににっこりと笑ってみるものの、鏡に映る自分の顔は引きつっていて、とても笑っているようには見えない。
「……酷い顔」
 本当に、酷いなあ。

 持っていく荷物をしっかり確認したあと、ゆっくりと部屋の出口へ向かっていく。とうとう、今日はあの芥川君と黒蜥蜴との合同任務。敵組織の殲滅任務に参加する日だ。未だに信じられなくて、ぼーっとする頭で足を動かす。その足取りはふらついていた。
 まず部屋を出たら、武器を準備しなければならない。芥川君とも会って、それから……。
「やあ」
 扉を開けた瞬間、聞いたことのある男性の声がした。
 顔を上げてみると、包帯を巻いている男性。
「……」
 ああ、夢か。疲れているのかな……。
「ちょっと、部屋に戻らないでくれ」
 再び部屋に戻ろうと思って扉を閉めようとすると、扉の隙間からバッと手が出てきて、扉を閉めるのを止められる。
「……えっと、なんでここに」
「いやあ、今日は任務の日だろう?応援の言葉をかけようと思ってね」
 違う、そこじゃない。
 何故私の職場だけでなく住居まで知っているのか。聞いたのか。誰から聞いたんだ。怖い。そんな私の心情に構わず、目の前の男はいつもどおりニコニコと笑っていた。
「なまえ」
「!」
 唐突に頭をぽんぽんされて、思わずフリーズする。なんだ、酒場に行ったあの日から急に態度が変わったけど本当にどうしたんですか。
「今日の任務、頑張り給え。期待しているよ」
 そう言うと、太宰幹部はその場を去っていった。
「……本当にどうしたんだあの人は」
 どういう風の吹き回しだろうか。優しくされる反面、何かありそうで怖い。
 そう思いながら、私も任務の準備のため、本部へ急いだ。


 普段はパソコンが相棒とも言える私は、今は拳銃を装備して、敵組織の拠点潜入前という状況に立っていた。
 横を見れば平然としたような表情の芥川君。反対側を見れば、黒蜥蜴の皆様が拳銃を装備して敵の拠点を見ていた。
 この任務は敵組織の殲滅。
 ……ついに、私は人を殺すのか?
 確かに、マフィアになったときは、その人を殺すかもしれないということに恐怖を感じていた。その後、情報員に回され、安堵していたのだ。それがいけなかったのか。またその恐怖が今、戻ってきている。
 私の手にある冷たく、黒くて硬い、拳銃。人に向かって撃てば、当然血を流すだろうし、最悪死ぬだろう。当たり前だ、そのためのものだから。
 でも人を殺すという行為に対し、私は未だ恐怖し、震えている。
やだな、もうここまで来ているのに。殺さなきゃいけないのに。
 朧げなはずの記憶が、自分が死んだ時の、断片的な記憶が頭をよぎる。熱く焼けるような痛み、地面に広がる血だまり。視界いっぱいに広がる赤、赤、赤。
「あ、あぁ、ぁ……」
 拳銃を持つ手が震える。駄目だ、殺さなきゃ、自分はマフィアだから、だから……。

「なまえ」
 突然、ばしっ、と震える腕を掴まれ思わず驚いてしまう。自分の腕を掴んでいる手の先を見てみると、芥川君がじっとこちらを見ていた。
「……」
「……えっと」
 無言の芥川君。どうすればいいか分からず、狼狽えていると、芥川君は口を開いて言う。
「貴様などいなくても、この程度の任務、遂行できる」
 唐突に紡がれた言葉に、え?と首を傾げる。
「だが、太宰さんの命令だからな……。後ろで異能力でも使っていればいい」
 貴様が敵を殺生せずとも、僕一人で十分だ。
 そう芥川君は言うと、私の腕から手を離し、ばっとそっぽを向いた。
 ……これは気を使われているのか?
 もう一度芥川君を見てみるも、こちらを見てくれる様子はない。
 小さくありがとう、というと、フンと鼻であしらわれた。
「……さて、お二人共。準備はよろしいでしょうか」
 声のした方を見てみると、黒いコートにストールを巻いた初老の男性……黒蜥蜴のリーダー、広津柳浪さんがこちらを見ていた。その後ろには、マスクをしていてまるで忍者のような銀さん、茶髪に顔の鼻に絆創膏という姿の立原道造さんもいる。
「構わぬ」
「……は、はい。問題ないです」
 全てが吹っ切れたわけではない。まだ怖い。だけど、芥川君のおかげで、少し気が楽になった。無理に殺そうとして足を引っ張るのではなく、せめて、異能力で助けにはなるように頑張ろう。
「なまえ様、私共は首領から貴女を守るよう、仰せつかっております。どうか、あまりご無理をなさらないよう」
 は……?とその場で固まった。
 首領が?私を、黒蜥蜴に命令して守ろうとしている?
 その意図がわからず、ますます頭の中が混乱する。
「さて……いきますぞ」
 広津さんのその言葉で、一気に敵の拠点に突撃していく黒蜥蜴と部下の方々と芥川君。悩んでいる時間は、なかった。


 流石というのか、敵はどんどん打ち倒されていく。芥川君も外套を黒獣へと変え、敵を食い殺していった。
 私はというと、やはりその光景に吐き気を催していた。

 気持ち悪い、苦しい。

 そんな状態で、やはり私は人を殺せず、ふらつく足元をなんとか立たせながら異能力で敵の目を光で眩ませたり、光の玉で攻撃して気絶させたりしていた。
 今すぐにでも倒れそうだ。でも、今ここで倒れてしまえば、迷惑がかかるだろうし、最悪、死ぬ。
 そうならないように、必死で立っていた。

「何故、何故だ……!」

 芥川君が声を荒らげている。必死にそちらに視線を向けてみる。芥川君の周りには倒れている死体らしきものが沢山あるにも関わらず、血だまりが出来ていない。

「何故、これだけ殺めているというのに、敵は減らないのだ……!」



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