私と芥川君と敵


 これは一体、どういうことなのだろうか。
 芥川君はどんどん敵を倒していく。当然倒された人の、その体には傷ができる。血も流れるはずだ。なのに血だまりは出来ていない。
 いったい、なぜ?

「……彼処かッ」
 
 芥川君の視線の先は上。同じように視線を向けると、上の階からこちらを見ている、フードをかぶった成人男性らしき人物がいた。こちらが気づいたからか、その男性は階段で上へ駆けていく。
「逃がさぬッッ!」
 上をきつく睨みつけながら、階段へと駆けていく芥川君。
 ついていくべきなのか?
 後ろを見ると、湧き出てくる敵を次々と倒していく黒蜥蜴の人達。
 ……迷っている暇はない。ここは彼らに任せよう。
 そう決断し、私も階段を登っていった。



 あちこちに横たわる人、死体、死体……。
 芥川君が倒していったものだろうと思われるそれを辿りながら着いたのは、屋上に繋がる扉。おそらくこの先に、敵と芥川君がいる。……血を流して、死んでいる人がいるかもしれない。
 震える手足。汗が吹き出る。バクバクと心臓が嫌な音をたてている。
 なかなか言うことを聞いてくれない体を無理やり動かしながら、ゆっくり、ゆっくりと扉を少しだけ空けて、片目で外の様子を伺った。

「ッ……う、ぁ」

 血、血、血、あかい、あかい、あか……血だらけの人、死体、顔もわからないモノ。
 戦う芥川君。面白そうにニヤリと笑いながら避ける男性。何処からともなく現れ芥川君を襲う人達。羅生門で倒していく芥川君。そこらじゅうに舞う血飛沫。倒れていく血だらけの、人。

「う、うぅ、ぁ」
 気持ち悪い。
 扉を背に蹲り、手で口元を押さえ、必死に吐き気を抑える。思わず涙がこぼれて、嗚咽が止まらなかった。

 なんで、わたしここにいるんだろう。いやだ。いやだ。にげたい。

 怖い、気持ち悪い、逃げたいっていう気持ちでいっぱいだ。私は、ただの人、だったのに。
 だった、のに……。
 でも、でも今の私は。今の私は、そうじゃない。そうじゃない、から。
 私は、マフィアだから。あの、ポートマフィア幹部、太宰治の妹、なのだから。

「わたしも、なにか、やらなきゃ」
 ここにいるだけではただの役立たずだ。せめて何か、異能力でも使って、サポートできないか。
 吐き気と頭痛に耐えながら、ゆっくり立った。もう一度扉の隙間から外の様子を伺うと、先程と状況は同じだった。しかし、敵の男性は余裕そうに笑っているのに対して、芥川君の顔色が悪化している。このままではやられるのも時間の問題だ。
 何か、何かないのか?
 光の玉で攻撃……ここからでは離れている。攻撃できても中途半端な攻撃じゃあ意味がない。芥川君にでも当たったらそれこそ最悪だ。
 芥川君を敵の攻撃からバリアで守る……いや、芥川君が敵に攻撃するにはバリアは邪魔だ。
 光で敵を気絶させるか?……ここからだと距離があって厳しい。気絶覚悟で精一杯異能力を使わなければ、こんなに距離があると、今の私では相手を気絶させるまで光らせることなんて出来ない。近づくか?……いや、戦闘の邪魔になるし足を引っ張ることになりそうだ。
 ……なら離れたところから頑張るしかない。
 目を瞑り、深呼吸をする。
 震える体を無視して、思い切り扉を開く。そして走った。




「芥川君!!目を瞑って!!!!」




その瞬間、眩い光が辺りを包んだ。
 あまりにも激しい光だ。
 耳に届いた声に反応して反射的に目を瞑っていた芥川は、瞼越しでも感じる光の強烈さに頭が混乱していた。心なしかふらふらとするような、瞼がビクビクと動いているような気さえした。そしてしばらくしても、いまだ光に包まれているのか、もう終わったのかわからなかった。
 恐る恐る目を開くと、目の前には先程まで余裕そうに笑っていた男が倒れていた。下を見てみると、血だらけの死体…………は、いない。周りを見てみると、先程まで死体や血だらけだった床はまっさらなただの床になっている。
「……幻影か何かの異能力か」
 そう言うと芥川は、男をその黒外套から伸びる獣で、とどめを刺した。
 これで終わりか、と息を吐く。と、途端にちらつくある少女の顔と声。
 ……そういえば、と思い出す。
「先程の、あの、声は」
 あの声と、あの光は、異能力は。
 バッっと扉の方を見ると、倒れている華奢な少女が一人。
「ッなまえッッ!!」
 すぐに少女のもとに駆け寄り、片手で上半身を起こす。
「……しっかりしろ」
「……あくた、がわ……くん」
 ゆっくりと瞼をあけて、自分と目が合う。
 そして……笑った。
「よかった」
「ッ!おい」
 なまえは満足そうに笑ったあと、また目を瞑ってしまった。どうやら眠ってしまったようだ。
「……僕は」
 助けられたのか。治療に引き続き、今回も。
 潜入直前に見た、青白い顔と震えた手足。あんなに怖がっていても、怯えても、結局最後にはなまえは自分なりに努力し、行動しているのか。
「……全く、お前は」
 そう言うと、芥川はなまえを横抱きしながら、下へと降りた。

prev / next
back / top
ALICE+