中原中也は、寝台に横たわる少女を、ただじっと見つめていた。
眉間に皺を寄せながら、ただただ、悔しそうに。
今もまだ寝ている少女の顔は青白い。力の消費が大きかったのか、精神的に大きな負担がかかっていたのか。呼吸も浅い。離れたところからだと死人のように見えて仕方がない。
「なまえ……」
知らなかった。聞いていなかった。
手前が、殲滅任務に行かされることになってた、なんて。
中也はなまえが殲滅任務に行く事になる少し前から、遠方の任務へと赴いていた。自分が心底嫌うなまえの兄となまえとで何か問題が起きないか、全く心配していなかったわけではない。しかし、仕事は遂行しなければいけない。それにあの兄は妹にあまり干渉しないだろうと思っていたし、今までもそうだったから。だから、そばを離れていた。なのに。
その結果が、これだ。
あの芥川とかいう太宰の部下や、黒蜥蜴のおかげか大きな傷はないようだが、初の戦闘任務でやはり怪我を負っていたらしい。それに精神的疲労を加え、その状態での、今までには使ったことのないような、全力での異能力の行使。限界を超えれば、当然倒れることが分かっていたはずだ。わからないほどコイツは馬鹿じゃない。
だがなまえは、優しかった。聖人ではなくとも、普通の一般人以上には。
例え自分が逃げ出したいと思っていても、辛いと思っていても、怖いと思っていても。周りを助けたいと思ってしまうのだろう。自分のためではなく、ただ周りのために。
そしてその優しさや一般人程度の精神の正常さは、逆に自分の首を絞めるモノになってしまった。
コイツは芥川や太宰のように、人が死ぬところをみて平然としていられるような奴じゃない。それが全く親しくもない、知らない人だったとしても。
そんな手前に、
「手前に、この世界は似合わねぇよ……」
なまえの冷たい頬に触れ、それから頭をそっと撫でて、医務室を出た。
「やァ中也、なんだか不機嫌そうだねぇ」
医務室から出たあと、大股で向かった先は、今目の前にいる男の元。いつ見てもイラついてしまうが、医務室で見てきた顔を思うと、今日はいつも以上に腹が立った。
そんな中也に構わず、片手で持っている紙の束をヒラヒラとさせながら、太宰はムカつく面をして言った。
「その紙は」
「あぁ。情報員から貰った、次の任務の資料だよ。……なまえが仕事場から抜けてるからか、大変そうだったよ」
そうやっていつも通り、ヘラヘラと笑って言った。
「……手前がなまえを任務に行かせたみてェだな。……なんで行かせたんだ」
俺が前を睨みつけながらそういうと、太宰はピタリと動きを止めた。
一瞬のうちに無表情になる。
そして、首をゆっくりと動かしながらこちらを向いて、不気味な笑顔で口を開いた。
「さぁ……なんでだと思う?」
その瞬間、紙が宙を舞った。
思いっきり奴の胸倉を掴み、アイツの顔に向かって噛み付くように言った。
「手前、妹に何させようとしたのか分かってんのか?!アイツは、なまえは、殲滅には向いてないって分かってただろ!?」
「……全く、相変わらず短気だね」
はぁ、と溜息でも吐くように言う太宰にまたイラついた。顔も、その平然とした態度にも。此奴は理由を言う気はないのか?
「中也は、なまえのあの目を見たことがあるかい?」
「あの目って、」
「まるで別世界を見るような目だよ。そしてどこか私と似ているようで似ていない感情がにじみ出ている……こちらと一線を引いているような。……言葉ではうまく言い表せないね」
「……手前と似ているなんてあるわけねェだろ」
でも否定しきれなかった。確かに一言では言い表せないようなあの目は今でも鮮烈に思い出せる。困惑、戸惑い、恐怖、諦め。一緒にいるはずなのにいないように感じさせるあの瞳。
……考えていると、また様子を見に行きたくなってきた。
「……手前は、なまえの様子を見に行かなくていいのか」
「生憎、私は忙しくてねぇ」
「ッハ、そうかよ」
思いっきり手で突き飛ばすと、少しよろめきながらも直ぐに体制を整える太宰。反撃は、なかった。
「任務の確認、早く終わらせるぞ」
「どうしたんだい中也、急にやる気になって」
「手前と早く離れたいだけだ、クソ太宰」
あの虚ろな瞳が脳裏にこびりついて離れない。
なぁ、本当は、できることならば。
俺は手前に、光の道を歩んで欲しかった。
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