私と首領とエリスちゃん


「私、あれが食べたいわ!」
「いいよ、好きなのをお食べ!」
「……」
 あれ、なんで私ここにいるのだろう。
「ほら、なまえちゃんも、好きなのを食べていいからね」
「あ、ありがとうございます……」
 目の前には沢山の、煌びやかで美味しそうなスイーツ。おそらく高級の。それだけだったら、多くの女子は喜ぶであろう。滅多にない機会にスイーツビュッフェの如くどんどん食べていたかもしれない。
 しかし、幾つか疑問がある。何故、私は甘ロリと呼ばれるフリフリでピンクなロリータ服を着ているのだろうか。何故、机の向かい側には我がマフィアトップである首領がいるのだろうか。何故、その首領の大切な子であるエリス嬢がこんなにも近くにいるのだろうか。何故、この二人のお茶会を共にしているのだろうか、と。
そんな自問自答を繰り返しては、二人のやり取りを微妙な心境で聞いているのだが。いくら甘いものが大好きでも、隣にいるこの方は我がマフィアのトップ。いくら幼女にデレデレとしていても、幼女の言うがままになっている所があったとしても、この方はマフィアのトップ。そう、トップなのだ。だから、私が何か不味いことをしてしまったとしよう。首が飛ぶ。もちろん職業的に、ではなく人体的に、だ。
「そんなにかたくならなくてもいいんだよ?ほら、好きなのを食べて」
「あ、はい……あの、首領」
「なんだね」
「私、十四歳、なんですけど」
 十二歳、超えてますよ……?
 そう言うと、首領はこちらをみて驚いたように目を見開いた。しかし、すぐに表情は切り替わり、こちらをみて微笑していた。
「なぁに、なまえちゃんは特別だよ。君は幼い頃から私が面倒を見てきた。娘のようなものだよ。ほら、気にしなくていいから、食べなさい」
「は、はい」
 首領は笑っていたけれど、いい加減食べろと言われたような気しかしなかったので、お皿に一番近くのフルーツタルトを乗せ、フォークで小さめに切って口に入れた。
「そういえば最近、困ったことはないかね」
「……困ったこと、ですか?」
「そう。必要なものがあれば遠慮せずに言ってくれ」
 君は周りに遠慮しすぎだからねぇ、と首領は笑う。周り……はともかく首領は別問題なのでは、と思う。確かに、首領……森さんには、2度目の人生、幼い頃からお世話になっているが、甘えるとか遠慮せずにお願いできるかといえば、答えはノーだ。怖くてできない。
 でも、困ったこと。最近あったことと言えば、芥川君と戦わせられたことぐらい。兄である太宰幹部や芥川君に理由もわからず冷たくされていることについては困っているが、それ以外は特に無い……。と、ここまで考えて、ある考えが浮かんだ。
「では首領、お願いがあります」
「ほぅ、なにかね」
「私に、芥川君の怪我の処置の許可をお願いします」
 そう言うと、また驚いたように目を見開き、そして言った。
「それは、私に言わなくともできることではないかい?」
「太宰幹部に咎められてしまえば、それまでなので」
 そう、前々から芥川君の怪我を気にしてはいたものの、処置したくとも芥川君の上司である太宰幹部に止められてしまえば、一人の情報員でしかない私は何も言えないし、何もできなくなる。
 ただし、首領の言葉があれば別。いくら兄が幹部であろうとも、マフィアのトップである首領に言われてしまえば、言うことを聞かざるを得ない。もちろん芥川君も、私のことが嫌でも、首領の名前を出せば、反抗できないだろう。
「まぁ、いいよ。許可しよう」
「ありがとうございます」
 よかった、と湯気が立っている紅茶を飲んで、ほっと一息をつく。
「それで」
「はい?」
「君のお願いは、それだけかい」
 真顔でそう言われ、どう言えばいいのか迷った。私のお願いは芥川君の怪我の処置の許可だけで、それ以外は特に何もない。ないのだが、一体何かまずいことをしてしまったのだろうか。
 考え込んでしまい、つい黙っていると、ハァ、という声が前から聞こえた。まずい、と思って顔上げると、首領は呆れたようにこちらを見て笑っていた。
「全く、欲がない子だねぇ」
「は……はぁ……すいません」
「いや、謝らなくてもいい。怒ってるわけじゃないよ」
 そう言って首領は少し冷めてしまった紅茶を飲んだ。
「なまえ!」
「はい、エリスちゃん、何でしょう?」
「このケーキ、美味しいわよ」
 そう言われたのは、これまた高そうなチョコレートケーキ。きっとこれだけに限らず、ここにあるケーキは全て美味しいのだろう。……値段も高いだろうが。
 エリスちゃんに言われたケーキをお皿にのせて、フォークで小さく切って口に運んだ。苦くなく、甘すぎない、上品な味。クリームや生地も私がいつも食べるケーキと違うことがよくわかる。
「とても美味しいです」
「そうでしょう?」
 にこにこと、満面の笑みを浮かべながらケーキを頬張るエリスちゃん。金髪の美少女という容姿もあってとても可愛い。首領の気持ちも、少しだけわかる気がした。……幼女趣味ではないけれど。
「ねぇなまえ。私、なまえとこうやって話したり、貴女が笑っているところを見るの、好きよ」
「……エリスちゃん?」
「だから、そんな怯えた顔、しないで」
「……?」
 怯えた、顔?
 した覚えはない。ないのだが、エリスちゃんから見ると、私の顔はそう見えたのだろうか。だとしたらいけない。エリスちゃんに気を遣わせるのは良くないことだ。
「お気遣い、ありがとうございます。エリスちゃん」
「……えぇ」
 エリスちゃんはどこか納得していない様子だったが、またすぐにケーキを口に運んだ。
「……さて、なまえちゃん。もうそろそろ予定の時間が迫っているのではないのかい?」
「……あ」
 そうだ。今日は仕事で一度外に出向かなければいけないのだった。
 腕時計を見ると、もうそろそろ準備しなければいけない時間だった。
「準備しなければいけない時間なので、今日はこれで失礼します」
「うん。また時間があれば一緒にお茶会をしよう」
「なまえ、また一緒にケーキを食べましょう!」
「……はい、機会があればまた、是非」
 正直怖くて心臓が持たないんだけどね……!
 そう思いながら、首領の部屋を後にした。


「リンタロウ。なまえ、また怯えてたわよ」
「うーん、相変わらず、だねぇ」
 彼女、太宰なまえはあの幹部である大宰君の妹であり、優秀な情報員。加えて、私がだいぶ昔から面倒を見ている子でもある。
 彼女が幼い頃。最初、私は特に彼女のことを気にしていなかった。勿論、未来のポートマフィアのため、優秀な異能力者に育て上げようとは考えていた。
 しかし、接してみて思う。なんと、子供らしくない子供なのだろうか、と。
 勿論それは、兄である太宰君の方もだった。でも彼女はまた違った意味で子供らしくなかった。私に対する恐怖と戸惑い、困惑、諦め。それと、どこか達観したような物言い。こちらを見ているはずなのに、まるでどこか遠くを見ているような、別の誰かを見ているような、そんな目。雰囲気はまるで、大人のような……いや、それとも違う、他と違う何かを経験してきたような。
「幼い頃に比べれば、良くはなったんだけどねえ……」
 会って初めの頃よりは年相応の様子も見せるようになってきたものの、瞳を見ればあの時と同じような感覚に陥る。あの子はきっと他とは違う。いつか、一人で静かに生と死の境界を越えてしまうこともありえなくはないと思わせるほど、不安定な子でもあると思った。
「私、なまえに元気になって欲しいわ」
「そうだねぇ、私も、そう思うよ」
 本人のいないこの部屋で、森は、そう思った。

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