私と芥川君と治療


 首領とエリスちゃんとある意味ドキドキのお茶会を終えて数日後。
 情報員である私は、一通り仕事を終えて、ほっと一息をついていた。
「もうそろそろ、かな」
 今日も芥川君と兄である太宰幹部はスパルタ特訓中……のはずだ。そしてもうすぐ終わるはず。いろんなところから情報が来るのでそれくらいはわかる。これでもマフィア内の情報員なので。
 先日、あの首領から芥川君の怪我の処置の許可を貰ったので、せっかくだから早速治療しに行こうと思う。絶対殺されそうだけど。怖いけど!
 いくら芥川君のための特訓とは言えど、あれは流石にハードすぎると思った。そういう面でもやはり中也さんは尊敬できる上司だと思う。いや、太宰幹部が駄目だと言っているわけではないけれど、中也さん飴と鞭の使い分けがうまかった。特訓はとても厳しいがちゃんと褒めてくれるところが私は好きだ。……他の人に対してはどうなのかは知らないが。芥川君はただ兄に認められるためにあそこまで耐えているのかと思うと、なんとも言えない気持ちになる。
 悶々としながらも、救急箱とその近くにあった袋を掴んで、今頃特訓しているであろう二人のもとへと向かった。


 ……相変わらず凄い匂いだ。
 前に来た時と同じように部屋いっぱいに広がる鉄の匂いに、私は顔を歪めた。
 物陰に身を潜め、視線だけを部屋の中心に向けると、二人はまだスパルタな特訓中だった。
「休んでいる暇があるなら立て。まだ攻撃できるだろう」
「……ック」
 冷たい目で芥川君をみる太宰幹部と、立ち上がろうとするも蹲ってしまい、苦しそうにしている芥川君。その光景に、心臓が縮んでしまうような感覚がした。
「そんなのだから、前のなまえとの戦いにも呆気なく負けてしまうのだよ」
 そこで私の名前を出すのか。本人の目の前では名前すら言わないのに。
「彼女は中也の特訓をうけていても、女性であり情報員で非戦闘員だ。なのに君は負けた」
「……ッ」
 太宰幹部を物凄い勢いで睨む芥川君。この様子だと、私に対する態度はもっと悪くなるんだろうな。
「……あぁ、もうすぐ任務の時間だ……今日の特訓はここまでだ」
 そういいながら、太宰幹部は部屋を出て行った。
 ……残ったのは、部屋の中心で蹲っている芥川君と、物陰に隠れている私。
 どうしようか。あの話をされた後だと、絶対拒絶されるに決まっているし、私も気まずい。だがしかし、あれ以上怪我を放置すれば支障もでるだろう。芥川君はなかなか自分で手当をしないから、見ているこっちの心が痛んでくる。しかもほとんど兄の特訓によるものだという……。
 このままでいるのも仕方がない。深呼吸をして、勇気を出して蹲っている芥川君のもとへ歩く。
「ッ誰だ!」
 足音に反応したのか、凄い勢いでこちらに顔を向ける芥川君。……と、シュッと伸びてくる羅生門による黒外套。それを素早く避けながら走っていき、芥川君の目の前に向かって進んでいく。
 ……暴れたままだと治療できないからなぁ、私が危ないし。そこで、ある考えが浮かんだ。そうだ、異能力を使えばいいんだ。
「異能力、斜陽」
 そう言い終わった途端、目の前に黒外套が迫ってきていた。しかしそれは見えない何かによって、私の体に届く前に弾き返されてしまった。
「……!どういうことだ」
「私も異能力の特訓、してるので」
 私の異能力、斜陽は割と凡庸性が高く、中也さんと特訓しているうちに光の玉で攻撃したり光で目を眩ませたりするだけではなく、大きい光の玉で自分包むような感覚で異能力を使うと見えない壁ができて攻撃から身を守れたり。と、防御もできるようになった。今も色々と特訓中だ。
「さて、芥川君。怪我、今回のだけではなく前回のも放置したままでしょう。治療しますよ」
「要らぬ、そんなもの必要ない!」
「首領の言葉があってもですか」
「……なんだと?」
 いや、首領の命令ではなく、私がお願いしたのだけれどね?まあ、わざわざ言うとまた暴れられそうなので、勘違いさせたままにしておこう。
 大人しくなった芥川君を見て、私は早速救急箱を開けて中のものを取り出す。
「……何故貴様にこんな事をされなければならないのだ」
「私がしたいからですかね」
「何故」
 問いかけられて、何故だろうか、と考えてみる。この様をみて放って置けないとは思った。兄が芥川君にスパルタ特訓をしている様を見て、辛そうだなと思って。なのに芥川君は耐えて、頑張って。酷いことを言われても、ただあの人に認められるために。ただそれだけのために。
 自分でもわからない、ごちゃごちゃとした感情を抱きながら、ゆっくりと言う。
「……自分でも、よくわからないんですけど。だけど、放って置けないな、と」
「……」
 私の答えに満足しなかったからなのかわからないが、下を向いて黙り込む芥川君。そんな芥川君をみて、私は。
「……ッ!」
 頭を撫でた。
「私、女だし、弱いし、あの人の妹で、あの人ではない、から。不満かもしれないけど」
 私、芥川君のこと、すごいと思うよ。
 黙っている芥川君。あれ、なんでこんなこと言っちゃってるんだろう。おかしいな、私が褒めたって意味ないのに。静かなのをいいことに、私は続けて言う。
「私、芥川君がどうして私にそんな態度をとるかはわからない。あの人の妹だから?だとしたら、それはやめて欲しい。……あの人から認められたことも名前を呼ばれたことも、一度もないのだから」
 バッと顔を上げる芥川君。
「しかし、太宰さんは」
「さっきの名前呼びですか?きっと、芥川君を刺激するためでしょう。……私の目の前では、一度も、」
 そう、一度だってなかった。
 ここまで自分で言っておいて、なんだか虚しくなってきてしまって、思わず下を向く。本当に、なんで唯一の家族なのに、こんな冷めきった関係になってしまっているのだろう。
 無言になってしまった私と、同じく無言な芥川君。いけない、と思い、声色を変えて明るく言う。
「ま、まあ、そういうわけだから。私を見て私を嫌うのなら構わないけど、兄……太宰幹部の妹ってだけで嫌うのはやめてね」
 話しているうちに巻き終わった包帯。そして道具を全て救急箱に戻し、忘れ物はないかと周りを見て思い出す。
「はい、これあげる」
 救急箱と一緒に持ってきていた袋を芥川君に差し出す。芥川君は不思議そうにこちらを見ながらも袋を受け取ってくれた。
「無花果。美味しいと思う。ちゃんと調べて選んだから」
「……何故、僕が無花果を好むことを知っている」
 まあ、わざわざ他の果物ではなく無花果を貰えば疑問に思うか。とは言えど別世界の漫画や小説を読んで知りました!とは言えない。そう思い、一言。
「私、情報員ですから」
 じゃあね、とぼろが出ないうちにその場を去ろうと出口へ足を進めた。
「まて」
 呼び止められて足が止まる。なんだろうか、私はまた気に障ることをしてしまったのだろうか。
「治療と無花果………礼を言う」
 一瞬聞き間違えかとも思ったが、現実だと認識すると、口元が自然に弧を描く。そして、じわじわと嬉しい気持ちが湧き上がってくる。
「どういたしまして、芥川君」
 そうして、私はそのまま部屋を出た。


「ふうん、なまえが芥川君の治療ねぇ……」
 二人のやり取りを影で見ていた男は、やっぱり、私に似ていないなぁ、と一人ぼやいていた。

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