私と太宰幹部と人生


「早く本部に帰って調べないと……」
 今日も今日とて真面目に仕事をこなす。いや、マフィアの時点で既に真面目ではないが。最近外に出る必要のある仕事が多く、今日はその帰りだ。全く、この年でこの仕事量はきついと思う。働き詰めの十四歳とか見たくない。ここにいるけどね。正にブラック企業だ。……中身の年齢については何も言うまい。
 川沿いを小走りで進む。帰ったあとも調べなければいけないことや処理しなければいけないことが沢山あるのだ。戦闘に赴かない自分のポートマフィアとしての存在意義は情報員としての腕だけ。捨てられないだけの実績を積み上げ続けなくてはならない。そうした焦りの中、視界に映るのはただただ続く長い道と川と、川と共に流れる足……足?
「え」
 川とともに流れる足ってなんだ足って。思い切り川の方を向くと、やはり見間違いではなく川から足が出ていた。そしてそれは今も流れている。
 ……これは助けるべきなのか?
 今の自分はマフィア。そのマフィアが人助け。しかし元は一般人。助けなければいけないのではとも思う。しかしなんだか嫌な予感がする。このシチュエーションにどうにも既視感を感じて仕方がない。の、だが、このまま放って置けば私の心が痛む。……そして考えている間にも流れていく足。
「ど、どうにでもなれ!!」
 川と共に流れる足を目指して、全速力で走った。
 そして、思い切り川に飛び込んだ。


「ハァッ……ハァ……」
 地面に手をついて呼吸を整える。全身びしょ濡れで、俯けば髪から水滴が溢れる。私一応十四歳の少女ですよ。特訓してても女です。泳いで男性を川から上げるとかハードすぎです。
 男性を川から上げるのには困難を極めた。まず普通に泳いで普通に持ち上げるのは無理だった。筋力をもっと鍛えておくべきだったのか。結局異能力で光の壁をつくって足が流れていくのを止めたり、光の玉を何個も出現させて、その玉を使って人を持ち上げてみたり、という、特訓で鍛えた異能力をフル活用していた。この異能力の使い道……心情としては複雑なのだが、成長したと喜ぶべきなのか。
 ふと隣をみる。地面に横たわるのは私と同じくびしょ濡れの男性……我が兄でありマフィアの太宰幹部。太宰幹部だと気づいた瞬間、しまったと思った。え、もしかして私、自殺邪魔したこと怒られる?
 しかし、目覚める気配がない。まさか死んだ?いやいや、あの太宰幹部だ。あの生命力だ。死なない……よね??
 上から顔を覗く。閉じられた瞼。頭に巻いてある包帯。びっしょりと濡れている髪。そして、ばちっ、と開く両目……って。
「わっ!!」
 吃驚した!!いやさっきまで死んだように眠ってたよね!!いきなり両目を開けます!?
 ある意味心臓をバクバクとさせていると、平気そうにむくっと起き上がる太宰幹部。そして自分の足、体、手を見て、手を動かす。
「……ちぇっ」
 今『ちぇっ』って言った!!言ったよねこの人!!
「誰だい、私の入水を邪魔したのは……あぁ、君か」
 ばちっと目が合う。途端に気まずくなり、どう言おうか一瞬迷う。
___落ち着け自分……今の太宰治は探偵社時代の太宰治じゃないのだ。返答次第でボコボコにされるかもしれない……。
 そんな風に思考を巡らせながら、慎重に言葉を選ぶ。
「その、太宰幹部と気付かず、引き上げてしまいました。……申し訳ありません」
 さて、太宰幹部はなんていうのか。怖くなり、思わず下を向く。
「……まぁ、いいけど」
 そう言われて顔を上げると、太宰幹部は既にこちらを見ておらず、どこか遠くを見ていた。その目はとても暗く、虚ろだ。……ふと、言葉が出る。
「……何故、そこまで死を望むのです」
 その瞬間、また目と目が合う。
___やってしまった!
 言わないつもりだった。だったのだけれど、ついぽろっと言葉が出てしまった。どうしよう。撤回するか?怒られてしまうのだろうか?冷や汗をかきながら焦っていると、太宰幹部が口を開く。
「君は、この酸化する世界の夢から醒めたいと、思ったことはないかい」
 聞いた瞬間に思い出す。それは、確か、元の世界で見聞きした、太宰治の言葉。
 そして急に息がしづらくなったような感覚に陥る。この世界と、元の世界。最近ははっきりとは思い出さなかった数々の記憶が頭をよぎっては泡のように消えていく。
 固まったまま黙って何も言わない私を見て、太宰幹部はふう、と息を吐いた。
「ああ、やっぱり答えなくていいよ、それより、」
「この人生が、全て夢だったらいいのに、と思ったことはあります」
 太宰幹部は言葉を切る。そして、私は言う。
「この生きてきた十四年間が、全て私の夢だったらいいのにと思います。マフィアで情報員をやっていたとか、この一四年間見てきたヨコハマの街並みとか、今まで関わってきた人達全てが私の作り出した幻で、ふと目が覚めたらいつもの朝で、私の知ってる世界で、ああ、怖い夢だった、って」
「なまえ」
 名前を呼ばれて、ふと我に返る。
 私は今、何を、言った?
 数秒考えて。深呼吸をして。もう一度考えて。冷静に思い返す。
「……」
「……」
「……すいませんでした!!!ペラペラと本当にごめんなさい!!」
 何について謝っているのか?自分でもわからない……!
「えっと、本当に気にしないでください」
「君、」
「あの、でも、自殺が解決してくれるとは思いませんよ」
 自暴自棄になりながら誤魔化すように言葉を並べていく。
「たとえその人生が終わったとしても、その先があるかもしれません。あの世とか天国だとか地獄とか、次の人生、だとか」
「……」
「もし、もしもそれがあったとしたら、その先にあるのは今よりも辛い、苦痛と孤独……だと思います」
 現にここに、次の人生を歩んでしまっている私がいるから。かといって、目の前の太宰幹部に、私が二度目の人生を歩んでいると言えはしないけど。絶対変な目で見られる。
「……へぇ、君はそう考えているのだね」
「……あ、あぁ、はい」
 興味深そうにこちらを見る太宰幹部……怒ってはいなさそうだ。
 その時、思い出す。……私、仕事で急いでいるんだった!
 バッと立ち上がり、太宰幹部の目を見て言う。
「あの、仕事があって!急いでいるので、失礼します!」
 その場で一礼すると、返事を待たずに本部へ向かって走った。
 ……そう言えば、私の名前を呼んでくれていた?
 珍しいことだとは思うが、自分の苗字とかぶるから仕方なく呼んでいるだけだろうか。
 妹として呼んでいるわけではないか、と深く考えないようにし、一度目を閉じる。
 そして思い出す元の世界での思い出。温かい両親。見覚えのある私の部屋。大好きだった仲のいい友人。いろんな人と笑いあった日々。顔もよく思い出せなくなってきてしまった人々。楽しくて、退屈で、平和な私の日常だったもの。
 自分が大切だった生活はあの世界での友人や家族と過ごす日々で、この世界での人生を望んでいたわけではない。親切や好意を受け、笑いながら過ごしている反面、そこにあるのはどうしても感じてしまう、環境による苦痛、周りとの違いによる孤独。どうしても、私はこの世界の住人ではないのだと感じさせられるのだ。
 今見ているものが全て夢だったらいいのにと度々思う。なのに一向に目覚める気配などない。
 ならば、現実として受け入れるしかない。
 ……少し、疲れて情緒不安定になっているのかな。
 濡れて冷えてしまった体を一生懸命動かしながら、仕事を早く終わらせて休もうと思った。

「……あぁ、行ってしまった」
 こちらの返事を待たずに去ってしまった少女。走っていった方向を見てみるも、もうその姿は見えない。
 血縁関係上、妹である太宰なまえ。先ほどは答えにくいであろう質問をしたが、まさかあんな返答が返ってくるとは思いもしなかった。
 こちらを見ずに、どこか違う世界を見ているように言葉を紡ぐなまえ。そして、自殺したらどうなるかと話す彼女の目は、とても暗く、虚ろだった。
 驚いた。普段はしっかりとそこに立っている、生気を感じさせる目をしているから、自分とは違うと思っていたが。
「『私の知ってる世界』……ね」
 どこか特別な意味を感じさせるようにも思えるが、一体どういう意味だろうか。何かの揶揄か。もしくはもっと別の意味か。
「……もう少し、調べてみる必要がありそうだ」
 そう言って、太宰は立ち上がった。

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