私と最下級構成員の出会い


 任務までにはまだ時間がある。
 だけど、どうしても信じたくなくて、受け入れたくなくて、ずっともやもやしたまま仕事をしていた。そのせいか全く仕事は進まない。それなら早く寝ようとしても全く眠れない。そしてその様子を見た首領に数日の休養を取るように言い渡される。最悪だ……。きっと丸一日悩んでしまって休養らしい休養にはならないだろう。
 そうして私は今、外をゆっくりと歩いていた。空は暗く建物の明かりや街灯が道を照らす。仕事でもないのに、夜に出歩くのは久しぶりだった。本部の外はマフィア傘下の商店街や建物ばかりなのだから、危険ではあるのだけれど。いざとなったら異能力で相手の目を眩ませて逃げればいい。

「おい、何をしている」

 ふと背後から大人に声をかけられる。男性の声だ。マフィアか?偶然犯行現場に来てしまったのだろうか?異能力で逃げるか?

「……子供がこんなところで何をしている。迷子か?」

 ふと気が付くと声の主は目の前にいた。
「え、う……わっっ!」
 異能力を使おうとして顔を上げると、驚いて思わず後ろに後退る。
 赤毛に、黒いストライプのシャツ。砂色のような外套。目の前にいる人は正しく、あの兄の、太宰治の友人、織田作之助だった。まさか、まさかの。ただ情報員をやっているだけなら会うことはないだろうと思っていたのに。また登場人物に関わってしまった。
 驚いてそのまま固まっていると、彼はこちらを気遣ってくれているのか、心配そうにこちらを見ていた。
「顔色が悪い……大丈夫か」
 何を言えばいいかわからない。突然の出会いに驚きすぎて声すら出ない。どうしよう、どんな対応をすればいいのか?
 するとふと、頭に重みを感じた。そして軽く頭をぽんぽんとされる。
「……泣きそうな顔をしているぞ」
 思わず相手の顔を見る。泣きそうな顔?自分では気付かなかった。動揺しすぎたのか。
「家出か?親御さんは……いや、まて」
 誰かに似ているような気がする、という声にハッとした。彼……織田さんと呼ばせてもらおう。織田さんは私の顔を見て考えているようだった。バレたらバレたで面倒だ。太宰治の妹と気づかれる前に退散しよう。遠回りして自分の部屋に帰ろう。
「いえ、あの、気分転換に外に出ていただけなので。もう家に帰りますね」
 では、と一礼して返事を待たずに歩く。そしてその場を去るはずだった。
「やぁ、織田作」
 ……だったはずなのになぁ。
 いつの間にかやってきた男……太宰幹部は織田さんに挨拶をする、だけではなく私の肩をがっちりと掴んでいる。離してください……本当に……。
「やぁ、なまえ」
「……こんばんわ」
 あの職場での出来事などなかったように、にっこりと笑う太宰幹部。私は思わず顔が引きつった。
「太宰、その子供は」
「あぁ、私の妹だよ」
 さらりと答えやがった。
 何故ですか太宰幹部。つい最近まで関わりほぼ皆無でしたよ。兄妹らしい兄妹じゃありませんでしたよ。どういう風の吹き回しですか……。と聞きたいが、怖くてできない。
「その子供が例の……それで、どうするんだ?もう遅い時間だが」
「んーそうだねぇ、このままいつもの店に行く?」
「……太宰の妹も連れてか?」
「うん」
 何故か私抜きで話がトントンと進んでいく。『例の』とは何ですか。私の知らないところで私の話でもされてるんですか。いつもの店ってあの店?もしかして私も行くんですか?私未成年ですよ?大人しく帰りたいんですが?
「あの……私、帰りますね。明日も仕事がありますし」
「明日から数日休みになったんだって?仕事はないでしょ?」
 なんで知っているんですか!!!
「最近仕事詰めらしいじゃないか。たまにはこういった息抜きも必要だと思うよ〜ね〜織田作?」
「そうだな」
「いやそこ突っ込む所ですよ織田さん!」
 息抜きに行くところが酒場か。私は未成年だぞ。法律上駄目だよ。マフィアの時点で色々アウトだけど!
 にしても、これが天然というやつか、恐ろしい。誰か止めてくれこの二人を。主に太宰幹部を。
 と、思ったところで二人がピタリと止まった。そしてこちらを見て、織田さんは言う。
「……俺の名前、教えたか?」
「へ?」
 あ、しまった。
 心の中で織田さんと言っていたのがいけなかったか。小説で何度も目にしていたから勿論名前は知っていたけれど。ボロを出さないように気を付けなければ……。
「……ほら、さっき太宰幹部が名前を呼んでいたじゃないですか」
「あぁ、そうか」
 そう言うと、織田さんは私から視線をそらす。なんとか誤魔化せたかな、とほっと息を吐いた。
「……よし、じゃあ行こうか」
「あぁ」
「へ?」
 肩に置かれていた手が離された途端、今度はがっちりと手を掴む太宰幹部。
 そのままずるずると引きづられていく体。痛い痛い、引っ張らないでください!
 なんとか引き剥がそうとしてみるが、男女の力の差が大きい。それでもなんとかしようと頑張っていると、太宰幹部がにっこりとこちらを見た。その笑みが抵抗をやめろと言われている気がしてならなかったので、渋々、諦めた。

 そうして、必死の抵抗も虚しく、私はそのまま連れて行かれてしまったのだ。

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