「貴方がみょうじなまえさん、ですね?」
「え、あ、はぁ…?」

仕事の帰り道。さて今日の夕飯は何にしようかなと考えながら歩いていたら黒スーツのお兄さん2人に呼び止められてしまった。今日は2時間ほどの残業で済んだために、ゆっくりとお風呂に入ってゆっくりとご飯が食べられると思って浮き足立っていたというのに、とても怪しく面倒な匂いがぷんぷんした人に呼び止められてしまった事で、この気持ちは打ち上げられた花火の灰の如くひらひらと降下していった。ちなみに自分の属する会社はブラックという訳ではなく、立て続けに人が辞めていった為の激動期に入っているだけである。普段はのほほんとしたいい環境の職場だ。

「少々お話、よろしいでしょうか?」
「ええと、私達会った事ありましたでしょうか?」
「いいえ、ございません」
「……失礼ですが、ヤのつくご職業で…?」
「違います」

間髪入れずに答えられてしまって、ああ、この人達いつもそう思われているに違いないと同情の念を抱いてしまった。腕時計にちらりと目を向けると、21時19分。はぁ、と一つ溜息を吐き、眼前に立つ2人に視線を戻す。

「宗教勧誘だったら断りますから」





「や、あの、ちょっと待ってください、え?」
「ですから、この契約書に書名と捺印を、」
「いやいやいや、あの、そうでなくて、ええと、貴方達は時の政府の役員さんで、2205年から来てて、歴史を修正しようとしている軍と戦う為に刀の付喪神を顕現させて、刀の付喪神に戦をさせていると?」
「仰る通りです」

丁寧な物腰で話をする男は「飛鳥」と名乗り、ニコニコしながらそれを見守る男は「祢津」と名乗った。そんな二人から飛び出した話はどうも胡散臭く、かつ信じられないものである。宗教勧誘の方がまだ現実味があるというものだ。
さて、そんなドラ○もんもびっくりな展開は果たしてあるのだろうか。いや、実際問題目の前にあるのだから困っているのだが、何度も頭の中で繰り返してもやはり信じられない。ちなみに今いるのは自分の家の中であり、最初秘匿情報をお話するので家にあげてくださいと言われ、それを断ろうと奮闘していた30分があるのだが、割愛させていただく。

「ちなみに、"貴方"に適性が認められた為にお話しているまでです。断ろうものなら…わかりますね?」
「えっ、脅しですこれ?ねえ脅しです?」
「貴方の"ここにいた歴史"に関しては、家族の方以外抹消させていただき、また戸籍も消去させていただきますので後腐れなく就任できますよ!」
「貴方今まで喋らなかった割に随分と明るく物騒な事仰いますね」

「歴史」を消す。その部分に何故か信憑性を感じてしまった。「来歴」でなく「歴史」という言い方に、「時の政府」である事をうっすらと感じられてしまう。

「ああ、そうだ、これを見て頂けたら信じてくださいますかね!」
「あ、こら、それは審神者に就いた者にしか見せてはならぬと、」
「だーいじょうぶですよ!だって審神者になりますもん、この人」
「……はい?」
「そんな顔してますよ、あなた!」

嬉しそうに断言された言葉に訝しげに返事を返せば、これまた嬉しそうに根拠のない言葉を放った。この祢津という男、飛鳥と名乗った男よりなんか怖い。そんな気持ちを自分が抱いている事を知らない祢津は、いそいそとタブレット機器を鞄から出した。そして、その画面の上に手の平を乗せる。不思議に思いながら見ていると、そのタブレット上に青く光るキーボードが現れた。それに瞠目する。うわあ、近未来っぽい。

「これ旧式なんですけどねえ…あ、ほら、これがあなたの就任する本丸です!」
「……本来なら審神者に就いた者にしか説明しませんが、こんな過去の方にお願いをするのは初めてですからね。信じられないのも当然です。説明させていただきます」
「は、はあ…」

タブレット機器の上に表示されたいくつかの画面を空中でスワイプさせるような動きをしながら画面を切り替える飛鳥の手元を見て、少しだけうずうずした。まさかCGがこんなにも精密に空間上に再現できるとは思ってもおらず、目を輝かせずにはいられない。これだけで未来から来たという男二人の言葉を少し信じてしまっている自分がいる。

「まず、これが刀剣男士と呼ばれる者達です。この刀剣男士は初期刀と呼ばれる者で、新人審神者に与えられる最初の刀剣になります」
「ほ、ほう…や、やまんば、」
「山姥切国広ですか?」
「やまんばぎりくにひろ…」

歴史には疎く、有名な事象しかわからない自分にとって新鮮な響きだった。金色の髪と綺麗な顔を隠すように白い布を被るその姿に何故か、刀剣男士にも色々あるんだなと漠然とした感想を抱く。

「あなた……いえ、失礼しました。審神者の仕事は主に遡行軍の現る歴史の節々に刀剣男士を派遣し、目論見を阻止するのが主です。その他、遠征による各地域の調査、新たな戦力補充の為の鍛刀…此方が鍛刀部屋ですね」
「わ、わ、鍛刀も私がするんですか?」
「(ちょろいな…)」
「(ほら、やっぱりちょろい顔してると思った!)」

うひゃー、と間抜けな声を出しながら鍛刀を行なっているデモンストレーション動画を凝視するなまえに、飛鳥は呆れたように息をつき、祢津はやはりといった表情でにんまりと笑った。

「勿論、これは公務員として働いていただくので、給金も出させていただきます。基本給プラス、戦績によってボーナスもはいりますし、また各歴史的に名のある城の地下にて新しい刀剣情報がありましたら出陣要請を出しますが、その際にみつけた小判などを我々に提出いただければその分また給金がでますので、悪いお話ではないと思います」
「ち、ちなみに基本給はいくらほど?」

デモンストレーション動画から顔をあげて恐る恐る聞いたなまえに飛鳥はにっこり笑い、無言で電卓を鞄から取り出すと、軽快な手つきで電卓をたたき、なまえの眼前に突き出した。その0の多さになまえの目が点になる。

「え!?い、今の仕事の、5倍、え!?月給ですか!?」
「勿論です」
「え、ええええ…」
「あなたにとって、悪い話ではないでしょう?事前にあなたの家庭環境は調査済みでして、お金、要り用ですよね?」

その言葉に、なまえの驚愕に満ちていた眼差しはスッと真剣なものに変わった。その深い深淵を携えた瞳の色、その気迫に政府役人2人は背筋を伸ばす。

「……プライバシーって、2205年には無いんですね」
「そうですね、政府の権限を以ってしたらこれくらいは造作もありません」
「……悪趣味」
「よく言われますね」

何秒間かはわからない。ただ、ここにいる人によっては何分間にも、何時間にも感じられたかもしれない。先に折れたのは仕事で疲れきっていたなまえの方だった。

「………はぁ。私の歴史が無くなるという事は、そもそも今の会社に入社もしていないことになるんですよね」
「……そうなります」
「……今の会社にはお世話になったんです。私がいなくなったら、人手不足でてんやわんやなったりとかは…」
「あ、ああ、その点は大丈夫ですよ。歴史には改変抑止力というものがありまして、あなたがいない場合は他のものがあの会社の面接に受かり、あなたと同じような立ち位置で働いていくのみです」

その言葉に、なまえは寂しそうに笑った。

「はは……そうですか」









あの後、契約書に書名と捺印を済ませた後はあれよこれよと話がとんとん拍子で進んでいった。家族に説明と別れを告げ、必要最低限の荷物だけまとめて政府役人と2205年へ飛び、時の政府内の一室で簡易的に講習を受けた。本来なら、数年に一度審神者適性が出たものを集めて大々的な講習を行うようなのだが、自分は異例らしい。何が異例なのかは聞き辛い雰囲気だった為に聞けなかったが、一通り仕事内容と霊力の使い方を学んだ。当初、自分に霊力はないですよと口角を引きつらせたものだが、霊力の顕現方法、結界の張り方を学んだ所、なんと出来た。凄い、自分はもしや安倍晴明の生まれ変わりなのでは、などとうっすら思ったが、そういえば審神者適性がある人は皆出来るのかと思い至り考えを改める。とにかくこの霊力というのが便利のようで、この霊力を注いだ式神達に鍛刀をさせるようなのだが、その鍛刀中にも霊力を注ぐ事が可能らしい。そうした方がレア度の高い刀剣が鍛刀される、との事なのだが、そもそも刀剣男士にレア度などがある事に驚きである。

そんなこんなで時の政府内で過ごして3日。正直3日で講習が終わると思っていなかった。自分のいた会社では最低でも二週間は研修期間を設けていただけに不安で一杯である。しかも刀剣男士を率いる、要するに管理職なのだから、……いや神職?神様だもんなあ、率いるの。まあ時の政府曰く公務員と言っていたので公務員なのだろう。多分。

前述した不安を胸に、自分を勧誘しに来た飛鳥に連れられ、自分は転送ゲートの中に立っていた。ワープだなんて、流石2205年。わくわくしながら飛鳥の手元を凝視していると、飛鳥は操作を終えたのか、おもむろに此方を振り返った。凝視していた為に、それに驚きでびくりと肩が跳ねる。

「そうだ、一つ、言い忘れていた事がありました」
「え?何ですか?」
「あなたが着任する本丸のお話です。あなたに着任して頂く本丸は実は新しい本丸ではありません」
「……へ?」

間抜けな声を発した瞬間に青白い光が転送ゲート内に満ちた。その中であるにも関わらず、飛鳥は淡々と続ける。

「所謂引き継ぎです。前任が諸事情により解任された為、その本丸をあなたが新たな審神者として引き継ぎされました」
「あ、確認じゃなかった、これ決定事項だ」
「詳しくは、本丸内にいるこんのすけというナビゲーターにお聞きになってください」
「あの、この逃げられない転送中に仰ったって事は…そういう事ですよね?」
「さて、どういう事か、私にはわかりかねます」

にっこりと丁寧に笑んだ飛鳥に、*がひくりと引きつった。異例の審神者就任、引き継ぎの本丸、前任は諸事情により解任……これから連想される言葉は「ブラック」又は「訳あり」。

「ほら、着きましたよ。ここがあなたが本日から着任される本丸です」
「わあ」

青白い光が薄れてきたタイミングで飛鳥が放った言葉に、恐る恐る背後の景色を振り返ると、その光景に間抜けな声が漏れ出てしまった。

そこにはパンフレットで見たような綺麗な本丸は存在していなかった。いや、本丸自体はある。確かにそこに存在する。建物自体はあるのだが、まさかここまで淀んだ空気で溢れているとは思わなかった。霊力とはなんたるか学んだ後にこの光景を見てしまうと、どれだけここが瘴気で溢れて、荒んでいるのかが嫌でもわかってしまい、殊更、*が引きつり笑みのような形になってしまった。立派だったであろう門は所々禿げ、奥に見える建物の屋根瓦は少し飛んでいる部分もある。

「わあ!この本丸に着任出来て嬉しいという笑みですね。引き継ぎした甲斐がありました」
「え、嘘ですよね、それ本気で仰っていらっしゃいます?」
「では、お元気で!」
「ちょ、ちょっと待、」

なまえが飛鳥へ手を伸ばしたときには既に遅し。飛鳥はこれまた丁寧にお辞儀をして転送されていってしまった。ゲートの外でぽかんと呆気にとられ立ち尽くしていたが、それも数分の事で、心のなかで「よし」と呟くと改めて本丸の方に視線を向けた。そこにはあいも変わらず淀んだ空気漂う暗い本丸が鎮座している。覚悟を決め、一歩一歩、確実に近付けば、近付くごとにやはり瘴気は濃くなり、どんどん肩が重くなってくる。

「(すごいなあ…最初のお仕事は換気かなあ…)」
「審神者様!!!さーにーわーさーまーー!!!」
「ぶへっ」

とてとてという可愛らしい効果音がつきそうな足音なのに全力で自分の顔面にダイブしてきたのはもふもふの狐だった。顔面にしがみついた狐は、これまたもふもふの尻尾をぶんぶん振っているものだか、それが鎖骨周辺に当たり、くすぐったい。

「こんのすけめは、こんのすけめは何のお役にも立てず…!!皆様可哀想です!!見てられません審神者様!!!」
「ほんほふへはん、はふほいへふへはふは?」
「審神者様!?まさか、まさか審神者様、碌にお話が出来ないのですね…!!今度こそ、今度こそお役に立ってみせます審神者さ、わっ!!」
「っふは、こんのすけさんが顔に張り付くからですよ」

一旦持っていた荷物を置き、両手でこんのすけの両脇を持ち上げ顔面から剥がせば、こんのすけはきょとんと首を傾げていた。どうやらわかっていないらしかった。それになまえは、ふへ、と破顔してしまった。男ではあるが、可愛らしいものは大好きである。

「大丈夫ですよこんのすけさん。私はお話出来ますので、他のことをサポート頂けますか?」
「っ!!なんなりと!!審神者様!!」

両手で抱えられたこんのすけは当初、不安そうにだらりと尻尾を下げていたのだが、自分の言葉にそのまま振り子のごとくぶんぶんと尻尾を振り始めた。なんて可愛らしいんだこんのすけ。そんなこんのすけを肩に乗せる。所謂、こいつは俺の相棒こんのすけ!状態に持っていきたかったのである。

意外とずしりとしたこんのすけの重みに少しの心強さを感じ、なまえは本丸の戸に手をかけた。ぱたぱたと振られるこんのすけの尻尾がなまえの背中を押すように叩く。大丈夫、きっと大丈夫、最高に運が悪い自分でも今までとことん生きてこられたのだから、ここでも生きていける、大丈夫。なまえは心の中で念じながら戸をガラガラと開けた。意外と立て付けはいい。

「ごめんください、刀剣様がた。新しく就任する審神者の者ですが、誰かいらっしゃいますか」
「あの、審神者様、あなたがこの本丸の主、要するに一番偉いお方になるんですよ、ご自由に入られてください」
「いけませんよこんのすけさん。皆様が生活なさる場に見知らぬものがずかずかと入り込むなんて失礼極まりないですよ」
「は、はぁ…」
「……新しい、主か」

肩に乗せたこんのすけをたしなめていると、奥から誰か歩いてくる姿が見えた。その姿になまえは小さく、あ、と漏らした。これは勧誘の時に見せてもらった初期刀の一人だ。

「山姥切国広さん、ですね」
「……呼び捨てでいい。あんたが、新しい、主でいいんだな」
「あ、はい、今後ともよろしくお願いしま、え、あの、ちょっと」

新しい主である事を肯定すると、玄関先でまだなまえは上がり込んでもいないというのに、山姥切はなまえの目の前で膝をついたかと思うと、白い布を床に散らし土下座の形をとった。それになまえはギョッとする。

「山姥切さん?そんな大層なお出迎えは、」
「頼みが…ある」
「頼み、ですか?」

慌てて山姥切国広と目線を合わせるように片膝をつくと、山姥切はそのままの姿勢でぽつんと呟くように言葉を漏らした。

「ここに顕現して過ごしている刀剣は、皆手入れでは治らない傷がついている。……こんな事を頼むのはあんたに失礼とは重々承知している、承知しているんだが…っ、頼む、必要最低限以外はあいつらに関わらないでやってくれないか」
「や、山姥切国広様!新しい審神者様はここをどうにかしようと、」
「こんのすけさん。……山姥切さん、お願いします、顔をあげてください」
「…………」

まずは話がしたく思い、顔をあげるよう言ったのだが、その願いは聞き入れてもらえなかった。それになまえは困ったように笑った。

「……わかりました、そのお願い、聞き入れましょう」
「……ありがとう、ございます」
「審神者様ぁ……」

またシュンと尻尾を垂れ下げたこんのすけの頭をぽんぽんと撫でれば、不本意そうながらも少しだけ気持ちよさそうに目を細めた。それにまた癒されながら、なまえは山姥切国広に向き直る。

「山姥切国広さん、実は私、先程引き継ぎのお話を伺ったんです。なので、ここで何があったのか私は全くわかりません」
「な、そう、なのか」
「はい。私は……そうですね、離れにでもいましょう。何かあれば声をかけていただいてよろしいですか?」
「………助かる」

やっと顔をあげた山姥切国広に、なまえはふにゃりと笑った。頭からすっぽりと被っている白い布の向こうの顔はとても端正で、綺麗な顔をしており、その表情は安堵が混じったものだったからだ。それだけで、この人がここをどれだけ大事にしているかわかってしまった。

「綺麗な瞳ですね」
「……………前の主も、そう、言ってくれた」
「前の主は、随分慕われていたんですね」
「……そうだな」

それ以降は、何も話してくれなかった。
その後、玄関先に正座をしていた山姥切は、すっと立ち上がると、一礼をして去っていってしまった。

「審神者様ぁ…本当によろしいんですか…?」
「うーん。根が深いと感じましたから。けれども彼らは優しいから、完全な拒絶は出来ないのですね」
「……審神者様なら、皆さんの心を治してくれるって信じてます!こんのすけも、審神者様の為に精一杯尽力します!」
「ありがとう、こんのすけさん。改めてよろしくお願いしますね」

また頭をぽんぽんと撫でれば、こんのすけは尻尾でなまえの背をぽんぽんと優しく叩いた。なんとも心強い相棒を持ったものである。

「さてこんのすけさん。パンフレットには母屋と離れがあると記載されてましたが、どちらですかね」
「離れはこの玄関を出て、右にずっと真っ直ぐです!畑のすぐそばでございます!」
「では、行きましょうこんのすけさん」
「はい!審神者様!」

こんのすけの元気な返事を皮切りに母屋の玄関から出て右に真っ直ぐと進み始めたなまえは、ふと、縁側に目をやってしまった。縁側に沿う一つの部屋から視線を感じてしまったからだ。だが、視線を感じ振り向いた時には視線の主はもうおらず、寂しげな室内のみが見えるだけであった。男は首を傾げたが、先程の山姥切との約束を思い出し、また離れへの道を歩み始める。そんな中、視線を向けていた主……薬研藤四郎は大量の冷や汗を流しながら、外からは見えない部屋の死角にうずくまっていた。震える自身の手をぎゅっと握りしめ、あのどうしようもない真っ赤な炎の中の記憶を掘り出す。あれは、あの顔は忘れるはずもない。自身の刀身で貫いた感触、最後の恍惚とした表情をしながら倒れた姿。あれは、あれは。

「森、蘭丸、様」



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