episode 10
誘拐犯の正体
「Alle !Dit !」
先ほど落ちて来た紙切れの内容を瞬時に理解したらしい小狼にそれを見せられるが、レイノらは唖然とした表情を浮かべ、一言も発さない。何やら焦っている事は分かるが、意思疎通が全く出来ないのだ。彼女らの表情は変わらず、唯一それが変化した彼女もファイの横で頭を抱えていたのである。それだけでも驚きはあるが、その後(あと)に発されたファイと黒鋼の言葉にこの場は混乱状態となるのだ。
「今◎△×鳥■◎何飛◆◎連××?」
「КЦФ!!ЖЭф$ЫЮ□ЧюЭЪV<У」
「…このお城ってどこにあるんですかね」
「Wat!?」
「ЩЪКФб!?#щъ@ЛЖ」
「阪神城■◎行××▲!?」
「……な、何これ」
「Д8Чю」
「違◎」
ファイと黒鋼、そして、小狼は意味が分からない言語を次々と喋って行く。ファイと黒鋼は耳がおかしくなった、と思ったのか、とんとん、と耳を叩いたり耳をほじる事を繰り返していた。彼女は何か心当たりがあるのか、恐る恐る、と言った調子で言葉を紡いでいる。そんな時、彼女はとある考えを浮上させた。まさか、とは思ったが、それしか思い当たらないのである。そして、それが大事だった。――彼女らは目を見開き、互いに指を差したのだ。
「「「「モコナ!!」」」」
「モコナ」が共通言語だと言う事には、驚いたけれどね。
「ねー、ホントにあの子なのぉ?笙悟君が気にいったって言ってたのはぁ」
「間違いないです!髪ツンツンでデカイの!金髪でひょろいの!髪ふわふわで小さいの!で、それと一緒にいる二番目に小さいのが「シャオラン」のはずです!」
「ふぅーん」
レイノらの混乱の原因であるモコナはそんな事になってるとは露知らず、可愛らしく笑い、垂れる縄と戯れていた。現在、モコナと正義が居るのは阪神城の鯱の頂点で、縄で吊られているのである。モコナが喜んでいる横では怖いのか、正義が号泣していた。そんな光景に掛けられるのは、ソプラノの可愛らしい声色だ。それを発するのは水色の透き通った髪を団子にして括るアイドルの様な女の子である。彼女の後ろには数名の男らが跪いており、どうやらひと悶着ある様だ。
「Le château de Hanshin est ici !」
「ЖЪФЛ」
「面倒◎▲!」
「つ、通じない……」
(距離とかも関係あるのかな……)
レイノらは阪神共和国のマップを手に、阪神城へと走り出す。ファイは何時もの様にへにゃり、と笑いながら手を横に振り、黒鋼は面倒臭そうに頭を掻く。小狼も困った様に眉を下げてしまっていた。どうやら誰もが否定の意を伝えたい様である。しかし、彼女の手に誘導されて視界に入ったのは阪神城の頂上に存在する二つの影だった。
「モコナ!正義君!」
「あんな所にいるよー」
「正義君尋常じゃないほど泣いてるんですけど」
「楽しそうじゃねぇかよ。白いほうはよ」
モコナと正義の様子から、危害を加えられてはいないみたいである。しかし、モコナはお気楽すぎると思うのだが、そう思うのはわたしだけなのだろうか。小狼の声に誘導されたファイと黒鋼もそちらに視線を向け、各々言葉を放つ。やっと通じたそれぞれの言葉に、レイノらは思わず目を合わせたのだ。
「通じてるな」
「うん。わかるね」
「お互い、何をしゃべっているのかがね」
「ということは、やっぱりモコナが」
「翻訳機のかわりをしてたってことだねぇ」
「ほんとにすごいですね、モコナは。異世界を移動したり、翻訳機のかわりをしてくれたり、リンゴを丸飲みしたり」
「おい。それって、今後もあいつと離れると言葉が通じなくなるってことかよ」
「そうなるねぇ」
どうやらモコナは、ただ異世界を移動する為の術だけではなかった様だ。侑子も考えたなあ、と他人事ながらに思う。本音を言うなら先に言っておいて欲しかったけどね。阪神城の頂点では、モコナが勝手に作詞作曲をしてメロディを奏でている。そんなモコナの機能について呑気な会話を交わし、レイノらは猛スピードで阪神城へと駆け出して行ったのだ。
「あ"−っ、めんどくせー!」
黒鋼の叫び声は、きっと誰にも届かない。
「なんだこりゃ」
「ひとがいっぱい…」
「この手紙を書いたのは誰ですか!?」
目の前には目的地の大きな城、阪神城がそびえたつ。その下には気持ち悪い程の男らがわらわら、と集まっていた。そんな喧騒な場に響く声達に負けず、小狼は手紙を見せ、声を張り上げて叫んだのだ。その声に答えたそれは猫なで声の、可愛らしい声色である。ちらり、とそちらに振り返れば、そこには一つの人影があった。
「プリメーラちゃーん!!」
「なんなんだ、あの女は」
「プリメーラちゃんを知らないなんてモグリだな!」
プリメーラちゃんはアイドルなんだ!歌って踊れて、美脚だぞ!朝の連ドラにも出てるんだぞ!その上、すごい巧断が憑いてるんだ!可愛くて強いんだ!最高だ!」
先程の声の正体はプリメーラ、と呼ばれる少女らしく、それが響いた直後、群がっている男らが歓声を上げた。見た事がない顔に黒鋼は顔を歪めるが、それに対して男らはブーイングを出し、説教する様に叫び出したのだ。男ら曰く、彼女は芸能界では有名らしく、ファンも多い、と言う事である。
「モコナと正義君を降ろして下さい!」
「アレ「シャオラン」じゃないの?」
「小狼はおれです!」
「ばかーぁ!思いっきり間違えてるじゃないのよぉー!」
「用があるならおれが聞きます!早く二人を降ろして下さい!」
「だめよ」
小狼は未だに吊られているモコナと正義を降ろせ、と要求するが、ハリセンを手にしているプリメーラには届いていないのだろう。そんな彼女に、小狼は再び声を張り上げたが、彼女は即答で否定の言葉を発し、下の屋根へ可愛らしく降り立ったのである。どうやら一筋縄では行かない様だ。
「返して欲しかったらあたしと勝負しなさい♪」
「プリメーラちゃーん!」
「かわいいー!」
「うるさいって!」
「登れる所を見つけないと!」
「オレ、上行けるかもー」
「階段、わかりますか!?」
「ううん。でも、行けると思うー」
「どうやってだ」
「自分の巧断に手伝ってもらって、ですか?」
「大正解ー」
再び大きく歓声が上がり、男らと一番距離が近かったレイノは耳を塞いで苛立ちを露わにしていた。その隣で笑みを浮かべたファイの背後には薄い緑の巨大な鳥が現れ、ファイを包み込む。ファイの背中に羽が生えたと思われたが、違うのだと瞬時に悟った。鳥の巧断はファイの体内に取り込まれ、ファイはフワ、と柔らかい風に包まれ、空を舞ったのだ。
「飛んだ」
「凄いですね」
「つくづく何でもアリだな。巧断ってのは」
「むっ!飛べるなんてずるいー!あたしだってできないのに!」
身軽にプリメーラよりも空に舞うファイに、彼女は地団太を踏み、可愛らしく頬を膨らませた。しかしそれは一瞬の事で、笑みを浮かべた彼女が手を横へ伸ばすと、その手の平には軽快な風が生まれている。その風の中から玩具のマイクの様な物が現れ、どんどん形を作って行く。完全に形の出来たマイクをチャッと手に構え、彼女は水色の髪を靡かせて余裕の笑みを浮かべたのだ。マイクからビリビリ、と電流が走り、マイクを通じて叫んだ言葉が立体化し、ファイを襲った。それらは互いにぶつかり合い、ファイの近くで巨大な爆発が起こしたのである。
「ファイさん!」
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