episode 11
再熱
「良く見ろ」
「上ですよ」
「え!?」
焦る小狼に対して、黒鋼は目線と顔を上へやり、レイノは小さく手を上げて爆発があった場所を指差した。それに誘導されて思わず上空を見上げると、煙の音と黒煙と共に優しい風に包まれた人影が見える。それは小狼が心配していた人物で、その張本人はへらへら、と何時もの笑みを浮かべていた。
「びっくりしたー。あれも巧断かー。本当にすごいねぇ、この国はー。モコナ喜びそうだねぇ、あの攻撃」
『すっごい、すっごーい!!!』
「プリメーラちゃんの巧断は特級です!気をつけてー!」
「くやしーい!!でも!負けないわよーぅ!!」
ファイの予想通り、手を叩くモコナの横では正義が泣きながらファイに注意を促している。一体どう言う状況なのだろうか。一方、プリメーラは避けられたのがよほど悔しかったのか、歯を食い縛ってマイクを振り回している。そして、再び攻撃を再開させたのだ。しかし、それもファイは余裕の笑みを浮かべながら軽々と避けてしまうのである。そのせいで阪神城が壊れても彼女は知らんぷりだ。
「なんで、当たらないのよーぅ!」
「当たったら痛そうだしぃ」
「何する気だ?」
「上に登って、二人を降ろさないと!それに、ファイさんも…!」
「あいつは放っておいても大丈夫だろ」
「身軽ですしねえ」
攻撃が一度止み、その隙を狙い、ファイはプリメーラの正面の屋根の先端へと着地した。そんな彼はへにゃん、と何時もの笑みを浮かべて腰に手を添えている。そんな一つ一つの仕草が彼女の癇に障るらしい。そんな光景をぼうっと見つめていたレイノは黒鋼の声で我に返り、思わず横を見ると小狼が焦った様子で周りを見渡していた。放置を促す黒鋼の言葉が合図だったかの様に、再び攻撃が始まったのだ。
「俺も巧断で戦ったから分かる。巧断で飛べるようになったっつっても体は元のままだ」
「紙一重で避けているのは、ファイさん自身だってことですか?」
「ああ。へにゃへにゃしてやがるが、あいつ…戦い慣れてる」
「…そうですね」
「驚かねぇな」
「ファイさんの何気ない身のこなしとか、あと…目とか見てて何となくそうかなって」
「…バカじゃあねぇらしいな」
「でも、手助けできるならしたいです」
「けど、甘くてガキなのは間違いねぇと」
「それが小狼君らしいって事ですかね」
次々と繰り出される立体化した文字を、ファイは余裕の笑みを浮かべて避けて行く。彼は不利な状況に追い込まれている筈なのに、未だに笑みを浮かべていた。この状況を面白がる様な、そんな笑みである。そんな彼を冷静に分析している小狼に向かって、黒鋼は感心する様な瞳で見下ろし、静かに呟いた。そんな黒鋼を見てくすくす、と笑みを溢すレイノは完璧に他人事である。
「こうなったらチェンジよ!!」
「プリメーラ!プリメーラ!」
「マイ巧断ちゃん、変身!マイ巧断ちゃんがスタンド型になったからには、逃げられないわよぅ!!」
再び叫ばれたプリメーラの声に一番大きいと思う程の大きな歓声が上がり、彼女はマイクを空へと掲げる。そして、マイクに僅かに強い風が巻き起こり、形が変わって行くのだ。そこに風と共に現れたのは自分の背丈よりも大きなスタンドで、彼女は思わず楽しそうな笑みを浮かべる。そこからは先程よりも巨大化した文字が現れ、ファイに迫って行くのだ。彼は横に跳んでそれを避けてみせるが、マイクの軌道に合わせて曲がった文字が避けた筈のファイの正面へと近付いて行ったのである。
「ファイさん!!」
避けきれなかったファイは顔を歪めて両手で自身の身体を守っていた。今までにない程の大きな爆発が起こり、その真下には落ちてくる人影が微かに見える。この状況にはレイノも行動を起こすと、ファイが落ちた辺りには淡い黄緑色の風が巻き起こっていた。どうやらそれらがクッションになった様である。
「変身するとは思わなかったよー。それに、あの文字のヤツ、引っ張れるんだねえ。彼女が巧断で戦ってもモコナが反応しないってことは、彼女はサクラちゃんの羽根を持ってないみたいだし。レイノちゃんも感じないでしょー?」
「はい。全く」
「うふふ。どう?もう降参?」
「降参したらどうなっちゃうのかなぁー?」
「次の相手は「シャオラン」よ♪」
「困ったなぁ。小狼君は大事な用があるんだよー。できたらオレで済ませたいなぁ」
モコナと正義は未だに阪神城の鯱の先端に吊られており、モコナは凄く音痴な歌を奏でているが、正義は未だに静かに泣いている。何時もと同じへらへらとした笑顔を浮かべ、ファイはプリメーラと対立していた。そんな中、特大サイズの立体化した文字がファイの元へ迫り来る。流れる様な動作でそれに手を添えたファイは彼女の驚いた声を無視し、素早く足を回転させて彼女に近付いて行ったのだ。
「可愛い女の子に怪我させたくないから、やめない?」
タン、と響く音はファイが阪神城の屋根に手を付いたそれである。そして、その下には焦った顔のプリメーラが居た。彼の揺らめく金髪は時折太陽の光に照らされて、酷く輝いていた。また、常に浮かべているうっすらとした笑みが余計に輝きを魅せる要因となっている。それを一番間近で見ていたレイノはほっと息を吐いたのだ。
「く…くやしいー!!!」
負けたのが余程悔しかったのか、手にマイクがある事も忘れてヤケクソになり、プリメーラは文字を出してしまったのである。それらは阪神城のモコナと正義を吊っている先端へと見事に当たり、爆発したのだ。レイノも咄嗟の事で巧断を出せず助ける事が出来ない。このままではモコナはともかく、彼は地面へ激突してしまう。
「危ない!!」
「Calling!」
正義から巧断が現れるが、落ちる勢いを弱める事は出来ない。刻々と地面へと近付いて行った瞬間、聞き慣れた声と共にエイの様な生き物が正義と巧断、そして、モコナを受け止めてくれたのだ。それをしたのは呆れた表情を浮かべた笙悟である。正義が助かった瞬間にレイノの胸元にチリ、とした痛みが走る。それは本当に一瞬の事で彼女は首を傾げたが、後(のち)に早く言えば良かったと、酷く後悔する事になるのだ。
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