episode 111
姫の目覚め
『それ、サクラの羽根!!でもでも!モコナ、めきょってならないよ!』
「…感知されない様にしてるんですか」
「大正解。ご褒美をあげよう」
「いりません」
「…どういう事だ」
薄っぺらい笑みを浮かべる封真の手には、透明な容器に入れられたサクラの羽根があった。それに対して声をあげるモコナの周りに居るレイノや『小狼』は勿論それから目を離さない。ふざけた様な言葉を放った封真に、彼女は警戒心を抱く事を忘れなかった。そんな感情を向けられる封真曰く、この羽根には側にある何かを守る性質がある。しかし、どれだけ調べてもどう言ったシステムなのかは分からなかったらしい。けれど、都庁とタワーが酸性雨に晒されても崩れなかったのはこれのお陰だ。しかし、都庁の羽根は消えたのだ。なぜ分かるのか、と言う視線を向ける都庁の集団の反応は妥当である。
「何故そう思う」
「都庁に夢で未来を予知する者がいるように、こっちには異変を察知する巫女がいる」
『この世界の嵐も巫女さんなんだ』
「『本質』は一緒だからね、興味もそちらに向くんでしょう」
「そうだとして、君がその羽根とやらを手にここに来た理由は何かな?」
「取引がしたいんです。この羽根を都庁に渡します」
「代わりに?」
「タワーにいる人達をここへ移住させて下さい」
封真の視線を辿っては視界に入った人物は、一行が旅を始めて一番最初の国で出会った「嵐」と同じ顔と名を持った女性である。何処か懐かしさを感じるが、一行が知る人物ではないのだ。それに、今では状況が変わりすぎた。隣で眉を顰めて問いを投げ掛ける遊人には、明らかな警戒心が見え隠れしていた。そんな遊人に対して、封真はとある取引を投げ掛けたのだ。
タワーの水の残りは少なく、多く見積もっても一年だろうか。現状は厳しく、片方に水があり、片方に羽根がある、と言うものだ。それならば、お互いにそれらを出し合い、より居住空間が広い都庁で暮らしたほうが良いのではないか、と考えたばかりである。
「どうかな?神威」
「決めるのは俺じゃない。俺は、もう行くから」
近付いて来た封真から昴流を守る様に前に出た神威は不機嫌そうに嫌悪感を露わにして封真の事を睨んでいる。そんな神威の様子に、納得したらしい封真は「なるほど」と一言溢し、僅かに口角を上ずらせた。その後ろでは都庁の集団が何やら話し込んでいる。この国を出るらしい神威の事を考えれば、自身らがタワーの集団に、封真に勝つ事は出来ないだろう。「受ける」と、草薙が声にした時だった。その場には悲痛なモコナの声が響く。思わず瞬きをしてしまった事は許して欲しい。
モコナは、『小狼』と小狼を別の存在として考えているらしい。それが、互いにとってどれだけ救いになっているか、きっとモコナは分かっていない。そんなモコナが声を響かせる中、弱々しい声がその場に響いた。それの正体は、今にも座り込んでしまいそうなサクラだった。
「大丈夫です」
申し訳なさそうに敬語を使って『小狼』を見つめるサクラは、記憶が殆どなかった頃の様である。しかし、しっかりと記憶がある事が分かっている彼は彼女の態度が変わってしまった事にもちろん気付いており、その事がやけに苦しかった。充分触れられる距離にいるのに、同じ顔で、多分同じ声で、同じ強い瞳なのに、どうして、どうしてあの人じゃないんだろう。そんな思いが外してしまった視線はもう二度と、戻らないんだと思う。
「レイノちゃん、モコちゃん、羽根があるの、今でも分からない?」
『うん』
「…そうだね」
今度はしっかりと立ってみせたサクラは視線をレイノとモコナの方に向け、問いを投げ掛けた。無意識に言葉をどもらせてしまったわたしはきっともう、サクラちゃんと打ち解ける事は出来ないのだと思う。そんな考えがきっと届いてないと良いのだけれど、そんなに上手くはいかないよね。
「羽根があれば、この建物と中の人たちを守れるんですね」
「そうだね」
「…その羽根はこのまま、この国に」
『でも!羽根が戻らなかったらサクラの記憶も戻らないんだよ!』
「いいの……」
静かな空間に再び響いたサクラの言葉はまだ結論を言ってはいなかったけれど、これから紡がれる言葉は何となく想像出来ていた。それは都庁の集団の表情が物語っている。そして、ぎゅ、と強く握られたサクラの拳もまた、自身の決意を物語っていた。嗚呼、彼女は変わってしまうのだろうか。唯一の光がなくなってしまう事がこんなにも苦しい事だなんて、想像もしていなかったけれど。
「いいの」
もう誰にも、姫を甘やかす事は出来ないのだろうか。
「なんだかあちこち崩れてる」
「ちょっとあってね」
「でも、穴は開いてないよ。確認したもん」
「そう。良かったわ」
カラン、と小さな瓦礫が落下する音が響き渡る。それはきっと人の足が踏み入られたせいである。なかなかみつからない足場は、先程の小狼との戦いによる物だ。そんな中をレイノは遊人に支えられながらゆっくりと前に進んでいた。ちなみに会話は一つもない。そんな事をする気力もないのだ。瓦礫が擦れる音のみが響き渡る中、輝いた場所には再び侑子が映っていた。
『ここでいいのね』
「ああ」
草薙の了承の言葉を聞いた侑子は、二つのモコナを通じて水が入った多数の瓶を東京に送った。毎度ながら思うが、モコナの口はブラックホールである。魔法も秘術もないこの国では異常な現実だろう。そんな疑問も片付かない内に、彼女に言われるがままに瓶を開けた都庁とタワーの集団は勢い良く吹き出す水に目を見開いた。そして、それらは地下に再び溜まって行くのである。
prev next