episode 133
不幸の双子

 ファイの身体を射抜くその瞳は純粋であり無垢で、責め立てられている様な感覚さえ感じる。真っ直ぐなその瞳は今のファイが既に失くしてしまったもので、眼帯で隠れる眉間に思わず力が籠った。押し潰されて行く様なその感覚は、酷く恐ろしくなったのだ。そんな恐怖に塗(まみ)れたその瞳に懐かしく感じるも妬ましい、そんな光景が浮かび上がって来たのである。


「オマエ、ガ、コロシタ」

 その言葉で殺されるオレは、きっともう優しくはなかった。




 その光景は石を掴む音から始まった。その音を響かせているのはボロボロになったアンクル丈の服を着た小汚い少年だ。彼の指先はとっくに爪が剥がれ落ちてしまっているのか、血で塗(まみ)れ、真っ赤だった。きっと痛覚さえも麻痺している。それにも関わらず前に進もうとする彼の脳内には屈辱的な言葉達が連なっていた。


『我がヴァレリア国の皆が心待ちにしていたのに』
『弟王の皇子誕生を、兄王も楽しみにしておられたのに』
『何故、双子だったのか』

 そんな事、こちらに言われてもどうする事も出来ないのに。国の事なんて分からない。どうして双子が駄目なのかも理解できない。ただ、あの子の側で生きられるならそれだけで良かった。生まれた理由とか、自分ではどうする事も出来ない事で蔑まれてもどうにも出来ないのに。


『弟王が突然の病で身罷られた』
『やはり双子は凶兆』
『作物が育たぬ』
『水が濁って』
『弟王の御妃が自ら命を』
『ご自分が双子の皇子を産んだからこのような不幸が、と』
『やはり凶兆』
『双子は凶兆』
『しかも、強大な魔力を』
『御産まれになって間もないのに、お二人合わせれば既にヴァレリア国の皇である兄王に次ぐ魔力をお持ちだとか』
『成長されれば皇を凌ぐやも知れぬ、と』
『不幸を呼ぶ、不幸を』
『父君と母君、どちらも死に至らしめ、国まで滅す』
『しかし、殺せば、更に厄災が増す』

 上を見上げても出口は見えず、ただただ暗闇が続くだけだ。この言い様のない不安は誰にも告げる事は叶わなかった。巨大な穴の中心には朽ちかけた一本の塔がそびえ立ち、そこには多量の雪が降り注いだ。その中から響く決死の足掻きの音はきっと誰にも届かないのだろう。生まれてからずっと投げ掛けられた言葉達が頭の中で響き渡る。それらを掻き消す様に、少年は再び固く目を瞑った。




『不幸の双子』

 その言葉も生まれてから何度耳にしただろうか。物心が付き始めた頃を見計らって先程の少年とその少年と見た目が酷似した少年は兄王に呼び出された。どうやらすべての厄災を負わせ、その身に不幸を封じる為に閉じ込めるらしい。双子であること、強大な魔力故に長命であること、産まれてきたこと、全て自身の力ではどうにもならない事だ。


 それにも関わらず、目の前の兄王は双子が不幸であればあるだけ、国は栄え、民は幸福となる、そう言うのだ。そして「呪われた双子」と、口癖の様に述べる。兄王は双子をそれぞれ別の場に閉じ込め、幽閉するらしい。魔力が効かぬ、刻の流れが違う谷の上と下へ、その身を捧げろ、と言うのだ。そして、極めつけ、と言いたげに次の言葉を口にする。


『双子が、生きて、不幸でいる事が、皆の幸せ』




 その瞬間、少年ははっと目を見開く。谷の上には微かに二つの人影が見えた。その人影はある物体を勢い良くこちらに投げ込む。それは少年の身体と衝突し、今まで積み上げて来たものを崩すのである。そっと地面を見れば、四肢が歪みに歪んだ男性が少年と同じ様な服を着て、雪に塗(まみ)れていた。
 痛々しいその姿に再び蒼い瞳を隠すと、谷の事を教えてくれた時を思い出す。この谷は罪人の捨て場である。ヴァレリア国の中では、罪を犯したものに安息の墓などは存在しない。そこで朽ちることもせず、ただうち捨てられたままそこに在る。それが罪人の末路だと言う。所謂「この国で最も呪われた場」であり、少年二人もそこで、ただ「在り続ける」べきらしい。そう言った兄王の顔はきっと何も思っていない、ただの能面だったんだろう。




『選べ、それを厭うならひとりに。どちらかを殺せ』

 こんな幼子らに言うべき事ではない。冷静に考えれば、そう言った考えも出て来るだろう。しかし、「凶兆」と呼ばれる存在を前にすれば誰もがそれを排除する、そんな考えしか出て来ないのである。――死にたくない、死にたくない。きっとそんな思いもあった。けれど、自身の写身(うつしみ)の様なそんな存在を殺すなんて、出来るはずもなかった。今ここでその存在を殺せたとしても、きっと酷い罪悪感に苛まれるのだろう。生まれた時が一緒なら、死ぬ時も一緒だ。そんな思いから、手を放せなかったんだと、そう思う。それを見た兄王は少年らを谷へ幽閉する様にと、そう告げた。しかし、その後に続いた言葉こそが「呪い」の様だと思ったのは隠せない事実だった。


『決して、そこから出てはならぬ。世界が滅ぶまで』




『生きているひとは、ここにはいない。生きてるのは…』

 そう呟いた少年はちらり、と天に伸びる朽ちかけた塔を見上げた。そこにはきっと、あの子がいる。そんな微かな希望を感じては、少年は雪が降り続ける空を見上げたのだ。その下には死ぬ事すら許されない大量の罪人達が倒れ込んでいる。きっと底には五体も満足にない、もはや死体になった罪人も居るのだろう。けれど、それらを犠牲にしてでも少年はもう一人の自分にもう一度会いたかった。
 ――出たい、出たい。そんな気持ちがもう既にボロボロになった身体を突き動かしてくれる。罪人らの身体を引き摺り、それを山の様に積み上げて行く。それらを階段の様にしてあの子に近付けて行く。何時かここを出れると信じて、何時かは魔力を使えると信じて、ただ進むしかないのだ。


『行くんだ、二人いっしょに。ファイ』
『…ユゥイ…』

 ファイとユゥイ、それが「不幸の双子」と謳われる少年らの名だ。塔にあるたった一つの窓には錆び付いた格子が付けられており、ファイはそれを掴んで白い息を吐き出した。ただ見ている事しか出来ない自分が恨めしくて、情けなくて少しだけ、ほんの少しだけ、死にたくなった。そんな事、ユゥイに言ったらどんな顔をされるのだろう。




 幾分か時が経った。相変わらずこの国は寒く、雪が途絶える事は無い。地響きの様に響き渡る風の音は、まだ自分が生きている事を証明してくれていた。そんな中、再び嫌な音が響く。しかし今回はどうやら何時もと違うらしい。一度だけではないその音は連続的に響き渡り、ユゥイの目の前には夥しい数の死体が転がる事になった。見開かれた蒼い瞳には先の見えない不安や疑惑、そして、僅かな好奇心が孕んでいた様に思う。


『ヴァレリアに、何かあったのか』

 その声は、ただただ暗闇に吸い込まれるだけなのに。


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