episode 140
変わらぬ言葉
『やはり双子は凶兆』
巨大な門の前に広がる凄惨な光景を見ては、ファイはその透き通る様な蒼い瞳を僅かに歪ませた。その時、ファイの脳裏で再生された言葉は彼の中で渦巻いて止まない、彼の存在価値を揺るがさないものだった。―――ああ、ああ、そうだった。オレは、おれは、誰も幸せになんか出来ないじゃないか。
『不幸を呼ぶ、不幸を』
『ヴァレリアの皇、乱心遊ばし』
『罪ない人を殺め』
『すべては、不幸の双子の』
ファイの脳裏に暗い暗い、忘れる事は無い過去の言葉がリフレインを繰り返す。この一ヶ月間、見ない日は無かっただろう死体達を思い出す。その中には自身に笑い方を教えてくれた少女や初めて笑った自身を慈しんでくれた同業者も混じっていた。とても、幸せだった。けれどそんな気持ちも、静かに注がれるアシュラの視線で全て弾けるのだ。そして、思い出す。オレはどうしたって誰かを救う事も、助ける事も出来ないのだと。その時、コツ、と静かな足音が城内に響き渡った。
『城内はもう誰も生きていないから、外に出て探そうか、殺す者を』
そう言ったアシュラの口元には何時もの笑みが浮かんでいる。しかし、焦点の定まらない瞳や血で塗(まみ)れたその右手は、紛れもなく異質なものだ。少しずつ蓄積されて来た疑惑や違和感は、今この場でようやく解き放たれる事になる。絶望を孕んだ瞳でアシュラを見つめるが、やっぱり、と言った感情も確かにあったのだ。けれど見ていたくなくて、信じたくなくて、ファイは「王」と、そう吼えたのだ。
過去のファイの咆哮が流れると共に、ボロボロの片割れを抱いているファイも雄叫びをあげた。その叫び声に力が宿り、ファイを守る様に竜巻が起こったのだ。それに巻き込まれた柱は、跡形もなく砕け散る。それと真正面から向かい合った黒鋼は顔を酷く歪めながらもたった一本の刀で、暴発したファイの魔力を受け止めたのだ。
「黒鋼!」
蒼氷とファイの魔力が混じり合い、ビリビリ、と激しい雷撃がその境界線では起こっていた。そんな激しい攻防の中、微かに耳に届いた自身の名を呼ぶソプラノの声色はレイノのものだ。先程のアシュラの攻撃が効いているのだろう。それでもどうにかしようと声を張り上げる彼女は相変わらず無茶をする。――けど、馬鹿みたいに我慢強いあいつの為にも、そんなあいつが惚れてる男の為にも、黒鋼は刀を振るった。
ファイが目を見張った時には既に、黒鋼は使い慣れた蒼氷を振り上げていた。その刀の切っ先はファイが抱いている片割れへと向けられ、ファイの悲痛な叫びさえも無視して、幻術だったらしい片割れを引き裂いたのだ。そして黒鋼は、今まで溜めていた怒りをぶつける様にファイの頭を地面に押し付けた。
「言った筈だ、おまえの過去は関係ねぇとな。それに、俺達にそいつが見せたのがおまえの過去だというなら、辻褄が合ってねぇだろう」
「な…に」
「おまえの魔力が使えば使う程強くなるものならもの、使いたいだけ使って更に強くなれば、『自分より魔力が強い者を殺す』とかいう呪いは発動し辛くなる」
片割れが砕けた場所にはパラパラ、とガラスの欠片の様な物が夥しく舞っている。そんな中で頭を押さえ付けられているファイを見ながらも、アシュラは静かな笑みを絶やす事は無かった。そして、黒鋼の言葉を止める事もしない。まるでこの時を待っていた、とでも言いたげに楽しそうに、その光景を眺めていたのだ。そうして告げられた過去の矛盾を、黒鋼は苦々しく言葉にする。
「強くなるのを抑えてどうするんだ。あれがおまえの過去なら、何故、おまえはそんな紋章を負った」
微かに耳に届くパラ、と言った音を聞き流し、黒鋼は眉間に生まれた皺を深くする。その怒りややるせなさはファイではなく、もっと別の何かに向けられている気がした。そんなファイは言葉を発する事はせず、瞳を僅かに見開かせて、目の前に降りて来たとあるガラスの欠片を手に取った。その瞬間広がったとある光景は、覚えがない筈なのに酷く懐かしい感じがした。
『それを解く事は出来ないが、抑える事は出来る。君の魔力は使えば使う程強くなるものだが、これを身に写せば文様が消えるまで、君の力がこれ以上強くなる事を抑えてくれる』
『…でも…それじゃ…』
『それで、いいんだよ。もう少し君が大人になって、『その時』が来たら私の魔力は君を超える。それまでに君の魔力があまり強くなっては困るんだ』
ファイは幼いながらも、アシュラの言った言葉の違和感に気付いていた。ファイは愚かなほど優しいが、馬鹿ではない。しかし、アシュラの朧げな瞳には抗えないでいた。何を見ているのか、何を聞いているのか、自分でも分からない状態が暫く続く。そんなファイを抱き締めるアシュラは決して冷たくはなく、愛情で溢れていた。
『その時殺して貰うのは、私でなくては』
「考えるな」と告げたアシュラの表情は酷く柔らかく、そして、悲しかった。
「茶番はいい加減にしろよ。こんな、すぐ綻びが分かる過去を見せて、何を企んでやがる」
「――願いを叶えて欲しいだけだよ、ファイ」
黒鋼の胸中に孕んでいる怒りややるせなさ、と言った思いの矛先は、アシュラに向けられていた。それは酷く鋭い黒鋼の視線が証明してくれている。それでも静かな笑みを絶やさないアシュラは、過去と同じ言葉を再び口にした。――こんな時に限って変わってないなと、分かってしまう貴方は、本当に狡い。
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